指先一本でも、筋力を使わなくても。
マウスやキーボードなど、身体が不自由な人にとって操作しやすい「アシスティブテクノロジー」を開発してきたのが、テクノツール株式会社です。
設立から30年。次の一歩として、これまで就職先の選択肢が少なかった、重度の身体障がいのある人へ、新しいフィールドをつくっています。
子会社として生まれたテクノベース株式会社は、神奈川・横浜にある就労継続支援B型事業所。日本では数少ない、重度の身体障がいのある人が多く働く事業所です。
開所からおよそ1年半、利用者は昨年から3倍ほどに増え、卒業して一般就労へ移った人もいるそう。
今回は、利用者へ業務を教えたり、操作方法のサポートをしたりしながら、業務開拓や事業の立ち上げにも挑む、新しい働きかたをつくる人を募集します。
今まったくの別業界で働いている人でも大丈夫。テクノベースの想いに共感してくれる人を求めています。
新しい働き方を開拓していくことで、誰かの可能性も自分の可能性も広がる仕事だと思います。
横浜駅からブルーラインに乗って10分ほどで、南区にある吉野町駅に到着。
駅から徒歩5分、茶色いタイルのビルの1階がテクノベース。
中に入り話を聞いたのは、代表の島田さん。テクノツールの代表でもある。
昨年日本仕事百貨で取材したときは、開所して3ヶ月ほどだった。
前回よりも作業用のテーブルが増えていますね。
「そうなんです。以前は利用者さんが10名弱くらいでしたよね。おかげさまで、この1年で30名ほどに増えて、新しいスタッフも3名入ってくれました」
「ほかにも、特別支援学校の生徒さんが進路実習で体験に来て、入所されたり。一般就労した卒業生もいらっしゃったり。ポジティブな変化が多かったです」
1日に利用するのは20人弱。身体障がいのある人もいれば、知的・発達・精神障がいがある人もいる。通所・在宅が選択でき、週に2〜3日働く人が多いそう。
通所の人はスタッフと肩を並べて働く。バーチャルオフィスがあるため、在宅の人も同じ空間で働いているような感覚で過ごせる。
島田さんのお父さんが設立したのがテクノツール。テクノベース設立のきっかけとなったのは、テクノツールで、島田さんがツールの開発や市場の開拓に携わっていたときのこと。
「僕らはテクノロジーを使って、身体の状態に関係なく、遊んだり働いたり社会参加をしてほしい気持ちがあって。ツールをつくることで応援できると思っていたんです」
「でも、それだけじゃ足りないなと気づいたんです。誰でも、好ききらい、得意不得意は当然あるのに、今の社会は『障がい者だからできません。これしか選べません』となりすぎているんじゃないかって」
重度の身体障がいのある人にとって、社会参加の大きな壁となっていたのが「働く」こと。
一般的な就労支援事業所は、手先を使う作業や通所が前提の事業所が多く、重度の身体障がいのある人にとっては就労が難しい。
その壁を乗り越えるべくテクノベースを立ち上げた。
親会社のテクノツールで開発したマウスやキーボードも使用できるうえ、身体の状態に合わせて多様な働き方を選択できるように。
「リモートで働けるB型事業所もなかなかないので、そこに魅力を感じられる方も多くて。北海道や愛知からのお問合せもありました。特別支援学校や行政、企業の方々も期待を寄せてくれているのを実感しています」
「次の段階は業務の量と質を高めること。なにより主役である利用者さんを一人の働き手として尊重して、やりがいのある仕事とそれにふさわしい工賃をお支払いしたい。そのために、より良い仕事をつくっていく必要があると思っています」
テクノベースでは、データ入力やCADの図面作成など、パソコンで完結できるものを受けている。
重度の身体障がいのある人がどこまでできるのか、前例も少ないため、業務の獲得も難しいという。
「だからこそ、前例をつくりたくて。企業からの業務獲得に加えて、テクノベース自身でも収益事業の立ち上げにも挑んでいきたいと思っています」
「そうすることで、障がいの程度が重くてこれまでは働くチャンスがなかった人にも、間口が広がるかもしれないし、障がいに対する社会認識やルールも変えていけると思っていて。新しく加わる方とも協力していきたいです」
今回の募集は必ずしも福祉業界の経験がなくてもいい。
たとえば、営業経験は利用者の業務開拓に活きるし、CADなどの知識があれば、利用者のスキルアップにつながっていく。
未経験でも事業開発に関心があれば、前例のない新しい仕組みづくりにチャレンジできる。
「目の前の利用者さんの支援をするなかで、一人ひとりの個性や得意なことを知って、『この部分なら任せてください』って企業さんにプレゼンしたり、社内でアイデアを出し合ったり、力を貸してもらえるとうれしいです」
事業所内に多様なバックグラウンドの人がいることは、利用者にとってもいい影響がある。
「社会に出たら、いろんな個性があって合う人もそうでない人もいる。そういう環境をつくろうと、あえて担当制にしていないんです。新しく入る方も、テクノベースに共感していれば、ウェルカムですよ」
テクノベースの現場スタッフは5人。「個性的で力を発揮してくれている」と島田さんが紹介してくれた新しいメンバー2人に話を聞くことに。
まずは、入社2年目の齊藤さん。
前職では、13年ほど社会福祉協議会に所属し、生活困窮者の相談や貸付業務、ボランティアセンターでのコーディネーターなど、地域で福祉の支援をしてきた方。
高校生からバンドを組み、今でもバンドマンとして活動している。
どんなきっかけで福祉の仕事をはじめたんですか?
「音楽系の専門学校へ進んで、卒業後はライブハウスでアルバイトをしていました。そのライブハウスが移転するとなって、一旦実家に戻ったんです。だらっと過ごす毎日で、これじゃまずいよなって」
「そこで応募したのが、社会福祉協議会の非常勤でした。当時は、職種にこだわりはなくて、バンドを続けるにも働かないといけないって気持ちが大きかったですね」
実際に働いてみると、相談対応が自分に合っていると感じたり、ライブハウスで出会ってきた人たち困りごとの背景が重なったり、福祉の仕事を身近に感じたという。
「コロナ禍に入って、生活が不安定になってしまった方に向けての対応が急増したんですよね。本来なら関係性をしっかりと築いたうえで、支援を進めていくのですが、そのときは申請業務が立て続いて」
「終わりの見えない相談対応に毎日が押し流されていくような感覚に陥って、今後の働き方もあらためて考えたいと、転職活動を始めました」
その後、日本仕事百貨でテクノベースの記事を見つけた。
「環境を整えれば、障がいの有無関係なく、力を発揮できる人はたくさんいる。島田さんやテクノベースの考えに共感して、挑戦してみたいと思って応募しました」
「初期のころから利用されている方で、千葉県から在宅で働いている方がいらっしゃって。ものすごく明るくて前向きなんですよね。その姿勢から自分もパワーをもらっています」
その利用者さんは、自己免疫疾患で身体のこわばりや関節痛などが起こる重度の身体障がいがある。週に2日ほど、在宅でデータ入力や簡単なデザイン業務をおこなっているそう。
「月一の訪問に伺うと、『新しい業務に挑戦したいです』とお話しいただいて。本がお好きな方なので、テクノベースのブログに本の紹介を書いてみませんかって提案しているところです」
身体を動かすことが難しくても会話は問題なくできたり、身体に障がいはないけれど、知的、精神的な障がいのある人がいたり。
障がいの特性に合わせながら、利用者それぞれの得意なこと、好きなことを活かして柔軟に業務を提案できるのも、テクノベースの特徴。
すぐに工賃が発生することはないかもしれないけれど、利用者にとってはやりがいになるし、担ってもらう業務の可能性も広がると思う。
「これからスタッフとして働く方は、まず利用者さんとの関係構築から始めてもらいたいと思います」
テクノベースには福祉業界で経験を積んできた先輩が多いし、担当制ではないから、スタッフ全員が利用者の状況をまんべんなく把握している。対応に困ることがあれば、すぐに相談できる体制が整っている。
「自分のことも、周りのことも、思った通りにいかないのが、人間だと思うんです。一人ひとりに世界観やペースがあるから。だからまずは、ちゃんと聞く。時間がかかっても待つ。そういう姿勢が大事だと思います」
最後に話を聞いたのは、入社して3週間の菅(かん)さん。同じく日本仕事百貨の記事をきっかけに、愛媛から横浜へ移住してきた。
新しく入る人の一番身近な先輩になる。
「今やっと利用者さんの8割くらいとお話しできている状態で。だんだんお顔とプロフィールが一致してきたところです」
8年ほど特別支援学校に勤め、主に高等部の生徒を指導してきた菅さん。進路を生徒と一緒に考えるなかで、卒業後のことも、支援したいと思うようになった。
「以前からテクノツールのことは知っていて、学校でもツールを使っていました。テクノベースができたときは、生徒たちの可能性も広がるなって思っていたんです。そうしたら、求人を見つけて」
ちょうど新年度になったタイミング。担任を持っていたためすぐの転職は難しかったけれど、「1年後に働きたい」と思いを伝え、今年の春に入社が決まった。
働いてみていかがですか?
「担当制ではないのは、新鮮でしたね。特別支援学校だと、担当の先生が決まっていることが多くて、その人に頼りすぎてしまう場面もあって。いろいろな人と関わる機会が生まれるのはいいなと思いました」
「そのぶん、利用者さんを同時に見る必要があるんです。通所と在宅で分かれている利用者さんは、コミュニケーションの取り方も、相談いただく内容もそれぞれ異なってくる。大変だなと感じる場面もあります」
利用者は、毎日自分の業務内容や体調をGoogleフォームで送信。スタッフ側がそれをみて、適宜声をかけたり、相談を受けたり。
「加えて、CADを使う業務は、私自身も未経験。そもそもウェブサイトの見方とか、操作方法もわからなくて。逆に利用者さんから教えてもらうこともあるし、お互いにわからないところは一緒にマニュアルを見て覚えています」
「完璧を目指すと疲れるので、いい意味での適当さも大事にしてます。わからないことは『いったん寝かせよう』くらいがちょうどいい。齊藤さんやほかのスタッフもプロなので、いい塩梅に仕事をふってくれて、働きやすいです」
できないんじゃない。やってみないとわからないことがたくさんある。
これまで難しいと思われてきたことと向き合い、開拓できるのは、利用者にとってもスタッフにとっても、やりがいが大きいはず。
福祉業界を遠くに感じていた人も、きっと力を発揮できると思います。
(2025/04/30 取材 大津恵理子)