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「全身はなかなか見れないんですよね。しっぽの残像が見えたかな?ぐらいで。足も速いんです、タタタ!っていなくなってしまう」
山鳥の森オートキャンプ場のみなさんが、場所の名前の由来にもなった鳥「ヤマドリ」について、そう話してくれました。
赤褐色の体に、長くのびた尾。見た目にも特徴的な、日本固有の鳥なのだそう。
追いかけても捉えきれないその存在は、まるで自然界へといざなう案内役。人と自然の接点となる、キャンプ場のシンボルとしてはぴったりです。

熊本・南小国町にある山鳥の森オートキャンプ場。5年前の豪雨災害を乗り越え、新たなスタートラインに立っています。
被災した経験をもとに、あらためて自然と向き合うきっかけを提供していきたい。
そんな2代目オーナー夫妻の想いを、ともに形にしていく人を募集します。
キャンプ場の日々の運営に一部関わりつつも、主に担ってもらいたいのは、自然と人をつなぐ企画づくり。この土地に積み重なってきた歴史や文化、自然の豊かさや脅威も、丸ごと味わえるような体験プログラムを企画・運営していってほしい。
南小国町が独自に取り組んでいる、新規事業型の地域おこし協力隊としての採用です。まちづくり公社SMO南小国のコーディネーターによる研修や定期的な壁打ちなど、手厚いサポート体制もあります。
自然やアウトドアが好きで、キャンプ場の可能性をもっと広げていきたい。そんな人を待っています。
九州本土最高峰を擁する九重連山と、世界最大級のカルデラをもつ阿蘇山。
雄大な山々に挟まれた静かな森のなかに、山鳥の森オートキャンプ場はある。木々のトンネルをくぐり、細い道を進んでいくと看板が見えてきた。

およそ1ヘクタールの広大な土地に、41のテントサイトと3棟のバンガローが並ぶ。敷地内には天然温泉やサウナ、釣り堀やプールといった遊び場も。
このキャンプ場を立ち上げたのは、現オーナーの井(い)聡也さんの両親。もともとは農林業を営む百姓だった。
「昔はここ一帯が田んぼでした。ぼくも小さいころは稲刈りなんかで遊びにきていたので、なんとなく覚えていて。小学校5、6年生のころ、父が急にキャンプ場をやるって決めたんです」

はじまりは、温泉を掘り当てたこと。
2年かけて土地を造成し、2000年の7月にオープン。
“オーナーが百姓のキャンプ場”をコンセプトに、お米や野菜の収穫をしたり、酪農を営むお母さんの実家からジャージー牛を連れてきて乳搾り体験をしたり。
自然に触れる機会を数多く提供してきた。
「山からとってきた木を自分で切って、昆虫の形をつくる木工教室もやっていました。足はどこから生えているのか、どんなふうに体が分かれているのか。じっくり昆虫を観察していくと、いろんなことが見えてくるんですよね」
田んぼの泥に突っ込んだ足の感触、自分で収穫した野菜のおいしさ、天気が変わるときの風や匂い…。
百姓の何気ない日常が、訪れる人にとっては非日常の思い出になる。
お客さんはファミリー層が中心。田舎の親戚を訪ねるように、何度もリピートしてくれる人が増えていった。

以前は地元の森林組合に勤めていた聡也さん。家業を継ぎたいという想いで、6年前からキャンプ場の仕事を手伝いはじめた。
豪雨に見舞われたのは、その翌年。
すぐそばを流れる川に敷地の半分以上がのまれ、露天風呂やバンガローは浸水。河川沿いの地形が変わってしまうほどの甚大な被害を受けた。
「被災後の惨状を見て、父は『もうキャンプ場を続けるのはむずかしいんじゃないかな』と言いました。再建しようにも、相当な労力と費用がかかるのは目に見えていたので」

それでも、聡也さんは諦めなかった。
「20年間、たくさんの方が来てくれて、たくさんの思い出が詰まっているわけです。そのことを思うと、簡単に『やめます』とは言えないなって」
被災状況を発信すると、たくさんの励ましの言葉が寄せられた。3ヶ月先まで埋まっていた予約のキャンセル連絡をしたときには、涙ながらに「がんばってください」と声をかけてくれる人や、手紙をもらうことも。
「そういった後押しもあって、家族でもう一度がんばってみることにしたんです」
再建にかかった時間は、およそ2年。
もとの姿を取り戻すだけでなく、新たな挑戦も加わった。
たとえばバンガローは、デジタルファブリケーションの技術を使って、中学生から大人まで、専門家でなくても建てられるキットを開発。全国的に自然災害が頻発するなかで、いざというときには自前で仮設住宅を建築できるような仕組みをつくった。

再建に向けたクラウドファンディングでは660万円以上の支援を集め、温泉棟や管理棟をリニューアル。
その旗印となったロゴは、被災の半年ほど前からデザイナーと何度も打ち合わせを重ねてつくりあげたもの。ステッカーやTシャツ、場内のサインなど、現在もさまざまな形で活かされている。

この5年間は、建築家やデザイナー、ボランティアなど、いろんな人たちとともにキャンプ場をアップデートしてきた。
「被災と同時に経営のバトンを受け取って、復興に向けて走ってきました。これまではやらなきゃいけないことが多かったけれど、最近ようやく、やりたいことに向かっていけるタイミングに切り替わったのかなと思っていて。ワクワクしています」
今回は、そんな山鳥の森のこれからをともにつくっていく人を募集したい。
どんな方向へむかっていきたいのか、キャンプ場の運営や企画を担当している妻のありささんにも話を聞く。

「被災を経験して、一層感じたんです。自然は癒しやレジャーを与えてくれる一方で、突然牙を向けてきて、命まで脅かされるものになりうるんだなって」
「うつくしいな、楽しいなというだけじゃなく、自然との向き合い方を少しでも考えるきっかけになるような。ただの体験で終わらない事業をつくっていきたいと思っています」
現在は聡也さん、ありささん夫妻と先代の両親という4名の家族経営で、マンパワーが足りていない。協力隊を迎え入れることで、新事業の企画・運営をもっと進めていきたいというのが狙いのひとつ。
それからもうひとつ、新たに仲間を募集したい理由がある。
「ここで生まれ育った彼には、この環境が当たり前すぎて、貴重という感覚がないんです。わたしもここでの生活が長くなるほど、だんだんその感覚が薄れてきていて」

象徴的なのが、おふたりの出会いのエピソード。
林業の協力隊として、地元の神戸から南小国町へ移住して活動していたありささん。企画・運営に携わった町主催の婚活プログラムに、当時森林組合で働いていた聡也さんも参加していたそう。
「みんなでビアガーデンでわいわいやっているのに、いなくて。遠くのほうでウシガエルを愛でていたんですよ。何してんだこの人は、だからダメなんじゃないのとか思いながら、その後縁あって結婚するんですけど(笑)」
「ここの家族はみんな、肌で季節の変わり目を感じていて。もうじき秋がくるとか、匂いで近くにたぬきがいるのがわかるとか。本当に鋭い。いろんなものを受け取りながら生きている感じがして、すごいなって思います」

山の神さまの信仰が根付いていたり、釣りのエサを自分で調達するところからやってみたり。
この土地に積み重なってきた文化や歴史、何気ない日常のなかに、さまざまな価値がある。
それらを客観的な視点から掘り起こして、体験プログラムの形に落とし込んでいける人こそ、今回求めたい仲間。できれば、宿泊のオプションとしてのライトなものではなく、じっくり自然と向き合えるような企画を一からつくっていってほしい。
たとえば、親子で参加できる5泊6日のプログラム。親はワーケーション、子どもは自然体験をしながら、ともに防災を学んだり、参加者同士で交流したりできる企画もいいかもしれない。
アイデア次第で、可能性はいくらでも広がっていく。

「日々のキャンプ場運営にはそこまで関わらなくてもいい」とありささん。それよりは企画づくりに注力してもらいたい。
とはいえ、キャンプ場を知る意味でも、最初の3ヶ月ほどは清掃や接客などのルーティーン業務もしっかり経験しておくといい。
「お客さんの素直なリアクションは、企画のヒントにもなると思います。アウトドアに精通した方もたくさんいらっしゃるので、自然について教えてもらえるし、その方をガイドに迎えた企画を立てることもあり得るかもしれません」
自然やアウトドアに親しい人だといいけれど、特別な経験や知識は不問。好奇心や、いくつかの要素をつなげて企画をつくる編集の視点が活かせる仕事だと思う。
また、今回は南小国町の地域おこし協力隊としての採用となる。
活動に伴走するのは、まちづくり公社SMO南小国のコーディネーターたち。代表して、未来づくり事業部長の安部さんがサポート体制について教えてくれた。

「まず、年間通してどんなふうに活動していくのかという計画を、一緒につくります。新しい人が入って、ありささんたちにも少し余裕が生まれたら、ほかの地域をみんなで見にいってみましょうよとか、そういう提案もできてくるかなと」
月に2回壁打ちの時間も設けていて、1回目は協力隊とコーディネーターでざっくばらんに話す整理MTG、2回目は山鳥の森のみなさんも交えて事業を推し進めるためのMTGと、明確な目的をもって進めていく。
コーディネーターは担当制ではなく、3〜4人のローテーション。商品開発や観光など、それぞれ専門が異なるので、活動状況に合わせたサポートが受けられるのも心強い。
ほかにも、外部講師を招いた研修や1年ごとの活動報告会などを通じて、3年の任期を終えたあとのことまで一緒に考える。

聡也さんもありささんも、新しい意見を一緒におもしろがってくれる柔軟さを持っているし、安部さんたちSMO南小国によるサポート体制も手厚い。家族経営の輪に加わると考えると、ハードルを感じるかもしれないけれど、そこまで心配はいらないようにも思う。
「新しい視点を持ち込んでもらいつつ、ここにあるものの価値や、山鳥さんが今までやってきたことに心から共感できる人が合うと思うんですよね」
「山鳥さんが山鳥さんらしく、この先10年20年と続いていくために。持続的な収益につながる設計もしっかりと考えてほしいけれど、それ以上に山鳥さんらしさを大事に活動していってほしいなと思います」

取材後、そのまま一泊させてもらうことに。
日の出前に目が覚めて、外へ。
山の明け方は、夏でも半袖だと少し肌寒い。焚き火をつけて暖をとる。
うっすらと空が色づいていくのを眺めながら、ヒグラシが鳴き、きれいな鳥の声が行き交い、川が流れ、薪がパチパチとはぜる音に耳を傾ける。心地よい自然のBGMを持ち帰りたくて、ついICレコーダーで録音してしまった。
もしかすると、これも自然と向き合うひとつのきっかけになるかもしれません。
まずは一度、この環境を自分の目や耳、全身で味わってほしいです。
(2025/08/26 取材 中川晃輔)


