求人 NEW

すきとおる
亀の甲羅
その手でいかす、感覚

※日本仕事百貨での募集は終了いたしました。再度募集されたときにお知らせをご希望の方は、ページ下部よりご登録ください。

鼈甲(べっこう)。

透明感のある黄色に、濃い茶色の斑点が混ざり合ったまだら模様や、アクセサリーの素材。多くの人は、そんなイメージを持っているかもしれません。

実は、鼈甲は単なる模様や素材ではありません。

ウミガメの一種で、タイマイと呼ばれる亀の甲羅を加工した、天然の動物性素材のこと。わかりやすく言えば、人間の爪や髪の毛と同じタンパク質でできています。

その歴史は古く、日本では飛鳥時代にまで遡ります。古来より光沢の美しさと加工の難しさから、貴重な品として扱われてきました。

江戸時代になると鼈甲細工が盛んになり、のちに「江戸鼈甲」として国の伝統的工芸品に指定されます。

この貴重な素材を扱い、主に眼鏡フレームの製造販売を手がけているのが、大澤鼈甲です。

今回募集するのは、この鼈甲を扱う職人。

鼈甲はただの材料ではなく自然の恵みであり、その性質を深く理解することが職人への第一歩。

「ものづくりにおいて大切なことは、言葉で教わるだけでは身につかない。単なる技術の継承ではなく、感性が求められる仕事です」

職人さんは、そう話していました。

奥深い素材と文化を、未来へつなぐ覚悟のある人を求めています。

 

東京メトロ千代田線の千駄木駅。

“谷根千”と呼ばれるエリアの一角に、大澤鼈甲の直営店兼工房がある。

1階が店舗、2階が工房で、大きなガラス窓から鼈甲でつくられたメガネが見える。店先の水槽では、アカミミガメが首を伸ばしていて、立ち止まる人も。

緊張しつつお店に入ると、二代目代表の大澤さんが迎えてくれた。

「ようこそ、いらっしゃい。お待ちしておりました」

やわらかな笑顔で出迎えてくれて、緊張もほぐれる。

少しの雑談のあと、さっそく、亀の剥製を目の前に置いて、話をはじめてくれる。

「これが、私たちが何十年も向き合い続けてきた、タイマイの甲羅です」

「一枚の甲羅でも、色や模様は均一ではありません。甲羅の部位や色の違いによる希少性によって、鼈甲の価値は変わっていきます。とくに、色の薄い白甲(しろこう)は、少量しか取れないため、非常に価値が高いんです」

そう言って、お店の陳列棚から一本の眼鏡を取り出してくれた。

「これは、白甲をフロントからテンプルまで贅沢に用いた、まさに鼈甲の最高級品です」

琥珀のような、透き通る色。フレームだけで、おおよそ100万円を超える。

鼈甲は、なぜそこまで特別なのでしょうか?

「それは、素材の力に尽きます。ひとつは、鼈甲が層になって形成されているからこそ現れる、色の奥行きと艶。光を通したときの透明感は、ほかの素材には真似できません」

「そして、最大の魅力は肌なじみの良さです。鼈甲は人間の爪や髪の毛と同じタンパク質でできている。なので、肌に触れたときの感触が非常にやわらかく、日本人の肌の色にもよく合うんです」

日常の手入れを欠かさなければ、長持ちすることはもちろん、万が一壊れたり形がゆがんだりしても、新しい鼈甲を継ぎ足して修理や調整ができる。

まるで生きているかのような、自然素材ならではの特質。

大澤鼈甲は、1956年の創業以来、この素材とともに歩み続けてきた。

しかし2代目の大澤さんが会社に入ったころ、業界は大きな転換期を迎えていた。

「当時は今より鼈甲の需要があったと思います。鼈甲は高価ですから、それを扱いたい店も多かった。ただ、その後すぐに『材料の問題』が出てくる。具体的には、1993年ごろ、ワシントン条約によってタイマイの輸入が認められなくなり、市場全体が縮小したんです」

「『鼈甲だから売れる』という時代が終わることは、肌で感じていました。それに当時は、『かっこよくデザインされていない』と、正直思っていたんです」

そこで大澤さんは素材の価値だけに頼らず、デザインやブランド力の向上に努めはじめる。

著名ブランドと積極的にコラボレーションを行い、自社のオリジナルブランドも立ち上げた。

さらに大量生産・大量販売ではなく、「商品一つひとつの価値を高めて売る」方法に切り替え、材料の消費を抑えながら売上を維持することに成功。

「現在は業界の担い手が減っていくなかで、むしろ注文が集中する状況になっています」

あれ、そういえば… ワシントン条約で、新しい材料は入ってこなくなったはず。在庫が無くなってしまったら、鼈甲業界自体、無くなってしまうのではないですか?

「その不安は当然あって。この問題は40年前から存在しています。しかし結論から言えば、私たちはこの仕事が続けられると確信しています」

それを裏付ける要因は、大きく二つある。

ひとつは、材料を絶やさないための業界の仕組み。

「古くからある在庫を、国が厳格に管理しています。また、廃業する業者さんから組合を通して材料を引き継ぐ仕組みもあるため、数年前にも長崎の老舗から貴重な材料を仕入れることができました。そのおかげで、この40年間、会社の在庫はほとんど減っていません」

さらにもうひとつが「養殖事業」。

「東京と長崎の鼈甲事業者で協力して、2017年から石垣島で養殖事業を立ち上げ、少しずつ製品化をはじめています。まだ発展途上ですが、次世代の材料を確保する道筋は見えています」

「『今ある貴重な材料を大切に使う』ことと、『新しい材料を生み出す』こと。その両輪を回すことで、鼈甲文化をつなぐことができる。だからこそ、未来を担ってくれる新しい職人さんを求めているんです」

具体的に、どんな人がいいでしょうか。

「ものづくりが本当に好きで、探求心がある粘り強い人にきてほしい」

「普通だったら言われた通りしかできないところを、一歩先に踏み込んで、その技術を『進化させる』ことを考える。単なる技術の継承ではなく、ものづくりの感性が求められます」

 

「ぜひ仕事ぶりを見ていただければ」と、2階の工房へ案内してもらう。

ラジオが流れる静かな工房では、職人さんたちが真剣な眼差しで作業に集中している。

現在、職人は4人。成形と修理を専門とするスタッフに加え、一連の製品製作を担う職人が2名いる。

新しく入る人は、製品製作の仕事を覚えてもらうことになる。

工房の一角、奥に座るこの道19年の池田さんに、鼈甲の製作工程の一連の流れを教えてもらう。

鼈甲の製作は、代表の大澤さんの「材料選び」から始まる。大きな甲羅から、どの部位をどの製品に使うかを判断して、無駄がないように切り出す。

切り出したパーツは薄いため、必要な厚みを出すために何枚かを重ねる必要がある。

その後職人の手に渡り、「固め」や「張り合わせ」と呼ばれる工程へ。池田さんいわく、「ここが最も難しい工程のひとつ」なんだそう。

パーツをヤスリで削り、万力(まんりき)を使って熱した鉄板で挟み、強力な圧力をかける。

「鼈甲は接着剤を使わなくても、熱と水だけでくっつきます。熱と水を加えることで、素材自体が持つ『にかわ成分』を引き出すんです。熱で一時的に柔らかくなったときに強力な圧力をかけると、ひとつの塊のように溶け合って一体化します」

熱した鉄板の温度調節は、濡らした指先から水を落として、シューッと蒸発する音と感覚のみを頼りに行う。温度計は使わない。

「接着の出来上がりは、完全に職人の感覚次第です。鉄板の温度、万力を締め込む力加減、そして熱が伝わってから締めるタイミング。『あと何分待つか』は、マニュアルでは決められません」

さらに、天然素材ゆえの硬さや反りといった材料の癖を見極める感覚も必要。これは材料のことをどれだけわかっているかという経験が必要になってくる。

万力でプレスする直前、パーツのまわりを、池田さんが金属の棒で囲んだ。

「これは、僕が作業のうちに編み出した工夫のひとつです。プレスするとき、材料が横に逃げたり潰れたりせず、圧力が均一にかかることで、接着の『つき』が格段に良くなりました」

この工夫は、作業を積み重ねていくなかで「ああしてみよう、こうしてみよう」と、自然に生まれてきたもの。

製造工程のすべてを一人の職人が担当する一貫体制だからこそ、効率の良さを追求したり、ミスを減らすための工夫を編み出したりすることができる。

張り合わせが終わると、いよいよ眼鏡の形に削り出していく工程。

厚みを出した材料を、設計図通りに削り、眼鏡の形にしていく。さらにフレームを顔のカーブに沿って曲げ、テンプルとフロントをつなぐ丁番と呼ばれる金具を取り付けて、最後の磨き上げの工程へ。

「何段階も表面を磨き、色の奥行きと美しい艶を最大限に引き出します。この磨きが、製品の『かっこよさ』を決める最終工程です」

ここまでの工程を、ひとりで担当する。

夢中で工程について教えてくれる池田さんに、大変なことについて尋ねると、答えに困っているようす。

すると、隣に座る職人さんが「…しいて言うなら、夏場の暑さです。鉄板の熱が近くにある環境での作業なので、暑さに弱い方は大変かもしれませんね」と補足してくれる。

心底熱中できる作業だからこそ、大変だという感覚は、意識の外にあるのかもしれない。

池田さんはもともと、美術大学のプロダクトデザイン学科出身。卒業後は家具製作の会社で働いていたけれど、手に収まるサイズのものをつくるほうが性に合っていると感じ、大澤鼈甲にたどり着いた。

鼈甲に興味を持った最大の理由は、「触れる機会のなさ」だったという。

「代わりのきかない天然素材で、伝統工芸品をつくる。命を預かる、そんな唯一無二の手しごとに惹かれました」

入社当時は、鼈甲がどういうものかすら、ほとんどわからない状態。マニュアルはないため、ひたすら実践を通じて技術を身につけていった。

新しく入る人も、最初から難しい工程は担当しない。

まず、鼈甲の端材を使って耳かきをつくったり、眼鏡のテンプルの部分だけをひたすら削ったりと、比較的簡単な作業から入り、感覚をつかんでいく。

「もちろん、みんな親切ですから、聞けば何でも教えてくれます。鼈甲細工は理屈ではなく、感覚的なことが多いんです」

「たとえば、『ヤスリをどれくらいかければ滑らかになるのか』は、人から言われてわかるものではありません。自分でやってみて、感覚をつかむしかない」

技術習得には時間がかかるけれど、そのぶんしっかりと自分のものにすることができる。焦らず、日々触れる鼈甲から多くのことを学んでいける環境だと思う。

「居心地の良さもあって、もう19年も経ったのか、って感覚です。ここでつくるものが『かっこいいもの』であること、唯一無二の素材の奥深さを追求できること。それが働き続けられる理由だと思います」

 

鼈甲という唯一無二の素材を、一生ものの芸術品へと昇華させるために、長く時間をかけて、技術を磨く。

ものづくりに本気で向き合いたいと思うなら、これほど奥深く、極めがいのある仕事はほかにないはず。

未来へ残すべき文化を担う職人として、ここで一歩を踏み出しませんか。

(2025/09/10 取材 田辺宏太)

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