地元に帰省したとき、幼いころに通った保育所が閉園することを知りました。
さまざまな理由があれど、自分が育った場所が無くなるのはやっぱり寂しい。
人口が減り、維持できなくなる施設やサービスも出てくるなか、地域はどうなっていくのだろう。
10年、20年後も地域が続いていくために。新たな地域経営のモデルづくりに取り組む人たちがいます。

舞台は、山梨県丹波山村(たばやまむら)。東京・奥多摩のさらに奥、多摩川の源流が流れる人口500人ほどの村です。
ここで関係人口を創出し、新たな地域づくりを目指しているのが一般社団法人tabanone。「大人の地域留学」、「オフィシャルアンバサダー」事業を軸に、地域と関わり続ける人の輪を広げています。
関係人口とは、移住した「定住人口」でも、観光に来た「交流人口」でもない、地域と多様に関わる人々のこと。
人口減少や高齢化が進む地方において、地域づくりの担い手として注目されています。
今回募集するのは、丹波山村に拠点を置き、事業を進めるマネージャーとスタッフ。地域への集客から行政・外部パートナーとの調整など、業務は多岐にわたります。
今後この事業を各地で立ち上げる予定があります。まず丹波山村で経験を積んで、将来ほかの地域にモデルを展開するのも大歓迎。
持続可能な地域づくりに興味がある人。一つの場所に留まらず、いろんな地域と関わりたい人に知ってほしい仕事です。
丹波山村があるのは、奥多摩の西側。東京方面からアクセスはよく、新宿駅から電車とバスを乗り継ぎ3時間ほどで到着した。
路線バスの終点にある丹波山村役場は、2年前に新築されたばかり。木と開放的なガラスの美しいデザインが目を引く。

1階は役場の執務室で、2階は誰でも自由に使えるフリースペースになっている。
「2025年は東京、広島、愛知、北海道から留学生が来てくれて、村に若者がどんどん増えています。数年前には考えられない光景ですね」
うれしそうに話すのは、村長の木下さん。
新しく入る人が所属する、一般社団法人tabanoneの代表理事も務めている。

かつて林業で栄えた丹波山村。産業構造の変化とともに人口減少に直面し、一時は「2025年には380人まで減少する」と言われていた。
村が消滅する危機感から、地域おこし協力隊や山村留学などの移住定住政策に力を入れ、次第に減少がゆるやかに。
「これまで47名の協力隊が在籍し、林業やジビエで起業する人も出てきました。村外から役場に就職する人も増えて、いまでは住民の2割が移住者です」
平成の大合併のときも、独立し続ける道を選んだ丹波山村。その理由は、多摩川源流の自然環境を守るため。
「合併して村がなくなれば、森林の保全活動が難しくなる。この村には、東京にきれいな水を届ける役割があるんです」
東京で水が飲み続けられるように。将来にわたって人が住み続けられるように。持続可能な村づくりに取り組んでいる。

そんな丹波山村で新しくはじまったのが、「大人の地域留学」や「オフィシャルアンバサダー」をはじめとする関係人口事業。
もともとは島根県の沖合にある人口2300人ほどの離島、海士町(あまちょう)で生まれた取り組みだ。
「海士町に視察に行ったとき、若者たちが楽しそうに暮らしていて。留学を終えたあとも、さまざまな形でまちづくりに関わっている。その光景を見て衝撃を受けたんです」
「これからの地域経営に必要だと感じて。丹波山村でも関係人口事業にチャレンジしたいと思いました」
破綻寸前だった財政を立て直し、2021年には島根県で唯一人口が増加に転じるなど、持続可能な地域のモデルとなっている海士町。
そのノウハウを全国の自治体に広げる動きがあり、丹波山村がその第1号になった。

メインの事業は2つ。
1つ目は、大人の地域留学制度。
3ヶ月、または1年の間、地域で働きながら暮らせる制度。住まいと仕事が用意されているので、参画者はスーツケースひとつで行くことができる。
地域と関わる気軽さが好評で、海士町では立ち上げから5年で参画者が200名を超えるほどに。
地域にとっては、産業の担い手不足の解消や、自分たちが住む地域の魅力を再発見するきっかけにもなっている。
丹波山村では2025年度からスタート。4名の留学生が観光や関係人口の分野で働いている。
「3ヶ月間だけでいいんです。丹波山村を知って、遊びにきてくれる人が増えていく。それが村にとっても財産になると思います」

二つ目は、オフィシャルアンバサダー制度。
まちに愛着を持った人が、離れた場所からも地域づくりに参加できる仕組みだ。
「大人の地域留学を終えて地元に戻った後も、丹波山村を応援できる。年代や職種を問わず、さまざまな人が地域づくりに関わることを期待しています」
アンバサダーになると、一人ひとりにデジタル名刺が配られる。それを相手のスマートフォンにかさずことで、応援する地域を知ってもらうことができる。

ほかにも、地域行事に参加できたり、地域の魅力を発信するための企画をしたり。自分の好きなペースで地域と関わることができる。
将来的には、地域づくりにも参加してもらえるよう準備を進めている段階。新しく来る人には、これらの事業をさらに推進してほしい。
「外から5人、村に来てもらうだけでも『よくやったね』と喜んでもらえる。小さい村だからこそ、地域を動かす手応えを感じられると思います」
大きい組織のなかで仕事の手触りを感じづらい。地域のために何かしたいけど、関わり方がわからない。
そんな人にとって、仕事の手応えをダイレクトに感じられる環境だと思う。

「経験を積んで、別の地域に行くのも大歓迎です。ぼくらにとっては、一時期でも関わってくれることがうれしい。気軽な気持ちで仲間に加わってもらえたらと思います」
「地域と関わるには覚悟が求められることもあります。『10年いるなら話を聞いてやろう』みたいな。でも、住んでいなくても地域を応援したい人はいる」
「そういう人たちが関われたら、地域経営はもっと良くなると思うんです」
隣で聞いている、tabanone理事の三島さんも続けて話してくれる。
普段は海士町のある島根県にいて、月に1回、丹波山村に滞在している。新しく入る人にとっては、頼りになる上司のような存在だ。

プロジェクトマネージャーの仕事は、大人の地域留学、オフィシャルアンバサダーの参画者を増やすこと。
2026年度は、累計21名の留学生の受け入れと、50名のアンバサダーを目指している。
「計画は大まかに決まっていますが、予定通りにいかないこともある。そこで別の広報プランを考えて実行するなど、プロジェクトがうまくいくように進めるのが役割です」
SNSで地域留学の取り組みを発信したり、興味を持った人向けに都心でイベントを開いたり。
留学生の仕事と住まいも必要になるので、役場や事業所とのやりとりもある。
「僕はいつも丹波山村にいるわけではないので、状況に合わせて動くのが難しくて。新しく参画する方に、事業の推進を担ってもらえるとうれしいです」
三島さんもフォローに入ってくれるので、はじめから完璧にできる必要はない。
計画に固執せず、状況に応じて柔軟に対応できる人が合っていると思う。

三島さんから見て、丹波山村の魅力はどんなところでしょうか。
「いろんな地域を見てきましたが、丹波山村の実家感はハンパないです(笑)帰ってきたなって安心感がある。500人の村の一員になれるのは魅力だと思います」
「実は東京から行きやすいのに、まだ知られていない。手付かずの自然を活かした観光に取り組めるのも、丹波山村の特徴だと思います」
たとえば、みんなで百名山の雲取山に登って山小屋の温泉に入ったり、丹波川で渓流釣りやテントサウナを楽しんだり。
山菜採りや狩猟文化、お松曳(おまつひき)と呼ばれる、飾り付けした木ぞりを引っ張る伝統行事も残っている。
働く人自身も村での暮らしを楽しみながら、関係人口づくりを進めていけるといい。

「まちづくりって、住む人とそうじゃない人を分けて考えるけど、実態はもっとなめらかで。住んでないけど、地域と関わりたい人は沢山いるんです」
ずっと住み続けなくてもいい。でも、この場所で過ごしたいとか、力になりたいと思えるものに出会えたら、もう少し関わってみる。
その結果が、移住や定住につながっていくんだと思う。
「ぼくらが目指しているのは、人の流動性が高まる未来。いくつもの地域と関わる生き方が当たり前になって、多様な視点が混ざり合うことで、地域が面白くなっていく」
「この思いに共感してくれる人と出会えたらうれしいですね」
最後に話を聞いたのは、tabanoneで働いている西川さん。海士町で大人の島留学を経験したのち、2025年の4月に丹波山村に移住した。
新しく入る人にとって、一番近くで仕事を進めていく人になる。

「丹波山村は若者が少なくて、会うたびにみなさん気にかけてくれます。畑で採れた野菜をもらったり、仕事帰りにご飯に誘ってもらったり」
「はじめは2拠点生活でしたが、暮らしが気に入って村に移住しました。最近はお米が高くなったからと、村から現金の支給があって驚きましたね(笑)」
東京で生まれ育ち、大学まで実家で暮らしていた西川さん。就職活動がはじまり、焦る気持ちがあったそう。
「3年生で周りが就活をはじめて、自分も合わせなきゃって。でも気持ちが向かなくて、違う世界を見てみたいと思うようになったんです」
大学を休学して行き先を探していたとき、大人の島留学を見つける。
「海士町は周りが海に囲まれているので、海で遊んだり、ビアガーデンを企画したり、毎日が非日常でしたね」
その後東京に帰り、海士町に戻るか、新卒で就職するかを迷っていた西川さん。丹波山村で立ち上げに加わらないかと声をかけてもらう。
「大人の島留学に行って、世界が広がったんです。自分が思っている価値観や常識がすべてじゃないし、海士町という場所が、いろんな生き方があることを教えてくれた」
「この経験をみんなにも知ってほしいし、また帰ってきたいと思える場所ができたら、自分もうれしい。最後は直感で丹波山村を選びました」

実際に働いてみてどうですか?
「留学生との面接や、職場や住まいもすべて担当するので、正直にいうと大変です(笑)でも、地域留学が全国に広がって、誰かのきっかけになる未来に関わっている。そう思うと、とてもワクワクしています」
観光でも移住でもない、第三の選択肢として。関係人口は、これからの地域を支える、新たな一手になると感じました。
興味が湧いたら、まずは丹波山村まで遊びに行ってみてください。
そんな気軽な一歩から、地域はもっと良くなっていくのだと思います。
(2026/01/14 取材 櫻井上総)