「自分たちの信じるモノだけをつくり続けよう」
BROS JAPANは独自の哲学のもと、クラシックアイウェアを単なる商品ではなく美しい作品として追求しています。

福井県鯖江市を拠点に、アイウェアの企画・販売を行うBROS JAPAN。
主に自社ブランド「BJ CLASSIC COLLECTION」「EVE un BLUE」を展開。アメリカンヴィンテージの黄金期と呼ばれる1940年代のアイウェアを根底に、日本の職人技術でより洗礼された時代を越えた「定番」となる作品を世に生み出しています。
今回は、海外と国内の営業職、そして新商品のデザインやブランドの世界観を伝える企画職の3つを募集します。
それぞれの役割に加えて、共通しているのが新作アイウェア会議への参加。BROS JAPANのものづくりの哲学に共感し、自分の意見をしっかり伝えられることが大切です。
経験は問いません。
心から納得できる仕事がしたい。その熱意を存分に発揮できる環境だと思います。
福井駅から私鉄ハピラインふくいに乗り換え、15分ほどで鯖江駅に到着。
駅の看板やベンチなど、至るところに赤いメガネのマークを見つけることができる。さすが、メガネの聖地。

BROS JAPANのオフィスは、駅から車で10分ほどのところにある。
中は、吹き抜けの天井に、ガラス張りの社長室兼ミーティングルーム。シックなトーンで押さえられたインテリア。
まるで洋画ドラマで見るような、海外の弁護士事務所にも思える。

迎えてくれたのは、代表の浜田さん。
「あれ、あなたの掛けているメガネって、うちのBJ CLASSIC CORECTIONやな?ちょっと貸してみて」
手渡すと、真剣な眼差しでアイウェアを覗き込む。
「ネジがゆるんでるな。111のテンプルネジ、2つ持ってきて」
すぐさま社員さんがネジを持ってきて、その場でササッと交換する。

「このネジの先に緑色の樹脂がついてるでしょう。この樹脂があることで傾きや緩みを防ぐんです。でも製造の工程で樹脂が溶けてしまうから、わざわざ新しいものをつけ直します。あとは、『実はここ、つけ直してるんですよ』ってお客さんと会話してほしいから、あえてネジの色もゴールドとシルバーに変えているんです」
「それからうちのクラシックフレームには、見た目の美しさ、そして歴史やクラシックへの敬意を表して、あえてマイナスネジを使っていて。一般的には、プラスネジのほうが量産には向いてるけど、そこを面倒だからと端折ってしまったら、僕たちがつくる意味がなくなってしまう」
非効率であっても美学を貫く。
ネジ一本のこだわりから、BROS JAPANの哲学が伝わってくる。
「僕はメガネそのものというより、ものづくりに執着してるんです」と浜田さん。
その原点は、25年前にさかのぼる。前職で、大手食品会社で製品開発の責任者をしていたときのこと。
生まれて間もない息子さんがアトピーになったのをきっかけに、心から安心・安全な食品をつくれるか悩み抜いた末、10年勤めた会社を退職することに。
その後、水と空気がきれいな鯖江に移住する。

「最初は再就職も考えました。でも自分が信じることをするには、起業するしかない。そのとき、移住した先がたまたまメガネの産地だったので、つくってみようと」
2001年にBROS JAPANを設立。
世界最古のアイウェアブランド「American Optical」の日本総代理店となる。プロデューサーという立場で企画製造を任され、クラシックアイウェアのデザインや技術、精神を学び、魅力に引き込まれていった。
BROS JAPANには信念がある。
ネジ一本にまでこだわりつくす職人的ものづくり。その高い技術を駆使して、アイウェアを単なる流行りではなく、ジーンズの原点「リーバイス501(ゴーマルイチ)」のように、時代を超えて愛される定番にしたいという想い。
その想いを形にしたのが、ブランド創業初期に生まれた「P-501」というモデル。
「1940年代のアメリカンヴィンテージの雰囲気をそのまま再現したかった。僕はアメリカ製品の無骨さが好きだったのよ。なんとも可愛らしいというか、人間味あふれててね」

フロントと耳にかけるテンプルの繋ぎ目が少し不揃いで、隙間も空いている。
「そこまでの精密さって必要なの?」という大雑把さをもつのが、アメリカンヴィンテージ特有の魅力。
「だから僕は、職人に頼み込んであえて少しデコボコした歪みまで、忠実に再現してつくったんです」
そして出来上がった第一弾。世間の評価は、浜田さんの予想とは真逆のものだった。
「『最低な技術しか持っていない』『こんな歪んだ不揃いなものは商品じゃない』ってボロクソに言われたんですよ。日本のメガネ業界は、寸分の狂いもない均一で綺麗な仕上げこそが正義だったから、あえて残した無骨さの意図が伝わらなかった」
「悔しくてね。世の中に価値を理解してもらい、本物の定番になるには、越えなきゃいけないプロセスがあるんだと痛感しました」
浜田さんは寸分の狂いもない精度さで、完璧なアイウェアをつくり続けた。
そして、だれもがその技術力を認めるようになった創業20周年。
満を持して、あの第一弾と同じ無骨さを再現した復刻モデル「リバイバル エディション」を発売する。

「ようやく世間からも、あえて忠実にヴィンテージを表現した本物として認められた瞬間で、うれしかったね」
圧倒的な技術を駆使し、世界のクラシックアイウェアの定番をつくり続ける。その作品、哲学を広めていくのが、今回募集する3つの職種。
国内と海外の営業、企画のそれぞれの仕事は、日本全国250店舗ほどある小売店への営業や、アジア・ヨーロッパに向けた海外展開、新商品の開発や展示会での空間づくりなどをおこなう。
次に話を聞いたのは、企画営業課長の竹田さん。新しく入る人の上司になる。

「実は昔、人と話すのが苦手で動物園でゾウの飼育員をしてました。その後、予備校講師やメガネ店のバイヤーを経て、自分の言葉で想いを伝える楽しさに目覚めたんです」
「メガネって、どんなに良いものでも『言わなければ伝わらない価値』がたくさんある。僕はつくり手の想いを代弁して、エンドユーザーまで届ける仕事がしたくて1年半前に入社しました」
企画営業課では、営業と企画それぞれに役割がある一方、新作アイウェアの企画や開発は協働で行っていく。
それが代表の浜田さんも交えた企画会議。
一般的には、デザイナーが数パターンの案を出したうえで話し合うことが多いけれど、BROS JAPANでは小売店やお客さんの声、スタッフ個人のアイデアを持ち寄るところから始まる。
「集まったアイデアをもとにデザイナーが紙に描き、ハサミでチョキチョキ切って、全員の顔に当ててデザインやフィット感を検証します。最終的には1シリーズあたり80から100パターンほど試すので、僕は仕事の大半をこの企画会議に費やしていますね」

1シリーズの企画提案だけでも3〜4ヶ月、完成までは約1年という長いプロセス。
すでに3人でも膨大なパターンを試していたけれど、より多様な意見を取り入れるために、昨年から会議の人数を企画営業課の全員に変更した。
いいアイデアも生まれている反面、手間や時間も大幅に増加。昨年だけで約10人のスタッフが会社を去ったという。
その一因にあげられるのが、浜田さんの求める圧倒的な基準の高さ。
「求めるがあまり、なかなかOKは出ないんですよね。外から見ても浜田は絶対的な存在に見えるし、何度もダメ出しされるとやっぱり大変ですよね。それにエネルギーが強すぎて思いを伝えられない社員もいました」
「でも実は、だれよりも人の意見を聞きたがる人なんですよ。だから企画会議の人数も増やしたので。いまの企画営業課は、僕を含めて『社長、それは違いますよ』ってハッキリ伝えます。浜田は頼れるアニキみたいな存在で、意見をぶつければちゃんと応えてくれる。正解なんてだれにもわからないからこそ、一緒に考えていけたらいいなって」

竹田さんをはじめ、みんなが遠慮せず意見を出し合える環境をつくっているところ。
「仕事で必要なスキルは入社してから覚えれば大丈夫。自分の仕事に熱を持って取り組める人なら、これほどやりがいを感じられる職場はないと思います」
「生みの苦しみの連続だからこそ、お客さまから『やっぱりBROS JAPANはすばらしい』と言われたときは、言葉では表現しきれないうれしさがありますよ」
最後に話を聞いたのは、浜田さんの息子の恵伍さん。やわらかい人柄ながら、仕事に対しての熱意も伝わってくる。
「僕は生産・出荷管理の責任者をしているので、社内にいることも多いです。課はちがいますが、会社や仕事のことでわからないことがあれば、なんでも気軽に相談してください」

恵伍さんが案内してくれたのは、2027年5月にオープン予定の新工場「BROS JAPAN CELLULOID FACTORY」。
直線とガラスが特徴的で、工場というより美術館に近い気がする。

BROS JAPANの唯一無二のアイウェアを、素材で支えているのがセルロイド。鯖江では職人の高齢化と扱いのむずかしさから、加工しやすいアセテート素材へ切り替える工場が相次いでいるそう。
「セルロイドは、硬くて加工が難しく、手間も時間もかかります。そのうえ、170度で発火する特性があるんです。でも、ほかの素材には出せない独特の深いツヤと、肌に吸い付くようなかけ心地があります」
クラシックアイウェアの根幹であるし、その技術も一度消えてしまっては再現できなくなるかもしれない。
そこで伝統の継承と技術の進化を目的に、自社工場をつくることになった。
新工場は、職人の技術や会社の変化を間近で感じられる場所。新しく入る企画営業課のメンバーも、ここでBROS JAPANのものづくりをクライアントに紹介する機会もある。
いま製作できるのは、アイウェアのフロント部分のみ。マシニングというデジタル切削機械と、ガラと呼ばれる研磨機を使い作業を進めるそう。
マシニングを使うことで、発火の危険性を最小限に抑え、安全性を確保できる。一方でデジタル化は、手仕事を大切にしてきたBROS JAPANの姿勢と逆行するように思える。

率直に疑問を投げかけてみると、「これも確かな職人的なものづくりなんです」と恵伍さん。
「マシニングを動かすプログラミングには、職人の細やかな気遣いや思想がすべて表れます。刃の回転数や削るスピード、焦げさせず一番美しいツヤを出すにはどうするか。100年後には、このマシニングを使うこと自体が伝統的な手仕事と呼ばれる時代が必ず来ます」
「自分たちの信じるモノだけをつくり続けよう」という想いで始まったBROS JAPAN。
ネジ一本、削りの1ミリまでこだわり尽くす。ついには自分たちで工場をもち、製作にまで挑戦しようとしています。
哲学を持ってものづくりの面白さを伝えていける環境が、ここにはあります。
なかでも営業企画はとくに、その哲学を広めていくうえで重要なポジション。
歴史、技術、デザイン、素材。
あらゆるこだわりを自分の言葉にして、一緒に「定番」を残していきませんか。
(2026/07/14取材、2026/08/24追加取材 小菅綾香)


