自然素材をありのまま、飾らずに建てられた家。
古典的な佇まいのなかに、どこか今っぽさを感じます。

実はこちら、素朴屋株式会社の代表を務める今井さんの住まい。
檜皮(ひわだ)の壁が特徴で、職人の遊び心と哲学が散りばめられています。
暮らすほどに味わい深く、住む人とともに成長する建物。
今回は、素朴屋で働く大工を募集します。
木材一本一本の反りや曲がり、木目を確認し、どの向きで使うべきか判断しながら印を入れる「墨付け」、それを手加工で削っていく「手刻み」という手法の木造建築を中心に、日本やベトナム、ドバイにも進出しています。
経験を積んだ大工が望ましいですが、実直に木や建物に向き合える人を探しています。
自然のなかで、自分の手を信じる。家づくりに夢中になれる。そんな居場所を求める人に読み進めてほしいです。
特急あずさに乗って、小淵沢駅で下車する。
曇天でも、北杜市から見える空は美しい。山が着飾っているような景色を、雲衣(くもころも)と呼ぶそう。

15分ほど車に乗って、素朴屋に到着。
広い敷地のいたるところに、挽き板や柱材、太鼓材などの木材が置いてある。加工場は、受注が増えるにつれてどんどん拡充しているところ。
「お久しぶりです。また来てもらっちゃって」と話し始めたのは、代表の今井さん。

大学まで水産を学び、海で過ごす。学校が休みになると、バックパッカーでアメリカやカナダ、アラスカの山を登るようになった。次第に、森林で生きてみたい気持ちが沸く。
「日本の林業会社でお金を貯めて、カナダのログハウスを建てる会社で働きました。子どもが産まれるときに帰国したんですけど、やっぱり山の仕事がしたかった」
山梨の森林組合で木こりを始める。1ヘクタールにつき1万本が植えられている山でひたすら間伐をしつづけた。一本ずつ木と向き合い、伐り倒し、森に光を入れる。そんな木々の呼吸を整えていく仕事は、素朴屋の原点になっている。

「僕が伐った木で家を建てるために創業した会社なので、土地に根ざした木を使うようにしています。うちで働くなら多少くせがあっても、目の前の木と真剣に向き合える大工さんがいいですね」
素朴屋で使う木々のほとんどが、建てる場所で育ったもの。風土の声に耳を澄ませて「今だ」という時期に伐って、木挽きをする。
どんな山で育ったのか。気持ちのいい風に吹かれたのか。眩い光を浴びたのか。
年輪に触れながら、鑿(のみ)や鉋(かんな)を使い、あらゆる木の記憶をたぐり寄せて、手で刻む。
そして、柱と梁ができあがる。静かにまっすぐに組んでいき、ようやく建てられる。

大工は、木と人を、過去と未来をつなぐ仕事かもしれない。
「土のにおいとか澄んだ水とか、木が受けとめたすべてを聴いて、語りあうように建てます。やっぱり、愚直に木が好きな人がいいですね」
「木材だって、機械で大量に製材すれば早くて簡単で、画一的に稼ぐ方法もある。効率が重視される世の中で、手刻みをやるのはどうも非効率ですよね。手でつくるこだわりと好きな気持ちがあれば、うちで長く働けると思います」
素朴屋がひとたび求人を出すと、未経験の人から応募が寄せられる。若手を育成しているなかで「ひたむきに修行してきた人に来てほしい」と感じた。
「鑿や鉋の手入れ、掃除や挨拶。基本的なことだけど、絶対におろそかにしない。雄弁に語ろうが何をしようが、道具の扱いや現場での立ち回り、そうして完成した家を見ればわかるから」

今井さんが見ているのは、日常で手を抜かない職人としての姿勢と、仕事を通して実現したい未来。
「僕たちが建てるもので、すこしでも世界を変えることができれば。今の規模だとまだ届かないから、新しい仲間と建築で未来をよくしたいですね」
「夢を語れる大工さんがいいな。未来とか世界とか大きいことでも、目の前にある小さなことでも。夢を持っていれば人生は楽しいでしょう」
この前の取材と変わらず、遠くを見つめているように感じる。
今井さんの夢を尋ねると、照れくさそうに笑う。
「仕事じゃないけど、アラスカのユーコン川で川下りをしたいですね。全長3200kmの長い川なんですよ。20年ぶりに挑戦してみたいなあと思っています」
広くなった加工場のひとつに入ると、木でつくられた箱のようなものが並んでいる。聞けば、ドバイの企業に檜風呂を230個納品するそう。
棟梁の宮路さんは、妥協を許すことなく木々と向き合ってきた大工。新しく入る人にとって、頼もしい存在になる。

5年前まで、埼玉で家具や什器づくり、家のリフォームをしていた。長野で働くようになり、のちに北杜市へ移住。大工に転向した理由は、もっと大きなものをつくりたかったから。
「知り合いの大工さんのもとで、家づくりを手伝うようになりました。『おもしろい会社が大工を募集してるよ』と現場で教えてもらって、素朴屋を知ったんです」
「面接で案内された建物に圧倒されましたね。コワーキングスペースなのに、清水寺みたいだと思った。いい加工場でいい仕事を後押ししてくれる環境なのも魅力で。絶対にここで大工になろうと決めたんです」

軒先のデッキや小さな家づくりから学んでいき、次第に事務所や住宅を建てた。今では棟梁として、墨付けから現場の取りまとめまで任されている。
「まず全部の木を並べて、表情をじっと見ます。きれいなところや反っているところを確認して、こっちが上だと木の調子がよくなりそうとか、パーツがうまくはまりそうとか、よく観察しながらどれをどこの柱にしていくか決めていきます」
「2年目から墨付けをするようになりましたけど、今でも慎重になりますね。木に深さや長さの指示を書くときに、数ミリでも狂いがあったり一本付け忘れたりするだけで、現場が進まなくなりますから。責任を感じる作業です」

宮路さんの木に向き合う背中は、新しく入る人にとって大切な指針になると思う。
後輩に対して「怒って育てるタイプかも」と素直に話してくれた。
「いい加減な仕事ぶりには厳しいと思いますね。聞かずにとりあえずやってみちゃうとか、がさつに木や道具を扱うとか。最初はわからないことばかりだと思うけど、前のめりに動いてほしい」
「大工の仕事って、手取り足取り教えてくれるわけじゃないから、とにかく聞いてください。難しい仕事が回ってきたときに『このやり方、どう思います?』って先輩に相談すると勉強になる方法が見つかるはずです」

一本の木から家が建つ。その瞬間、どんな気持ちが沸くのだろう。
「安堵しますよ。墨付けも刻みも、全部手作業だから。柱の長さやパーツがぴったり組み合ったんだと、自分の仕事に自信がつく。毎回大変だけど、それ以上の達成感があります」
再び、富士山が見える製図場へ。
入社したばかりの逢坂(おうさか)さんとあいさつを交わしていたら「あっ!」と地面を指差す。足元に、ぴょこぴょこ跳ねる小さなかえるがいた。

「登山で何回かこのあたりに来たとき、自然が豊かでいいなあと思ったんです。移住してみたら、娘たちも生き生きと駆け回っているのでうれしい。本屋とかコーヒー屋とかピザ屋とか、おしゃれなお店も思いのほかたくさんあるんですよ」
逢坂さんは、大工のお父さん、別の親方のもとでも修行を重ねた。そのあとしばらく一人で働いていたけれど、少しずつ孤独を感じるように。
「3ヶ月くらい一人で、誰とも喋ることなく建てつづけていました。家づくりってなんだろうとぐるぐる考えるようになって、思い切って生き方を変えてみたいと思ったんです」
「バックパッカーでラオスに行ったとき、現地の人の生活に興味を持ちました。素朴屋はベトナムにも支社があるので、おもしろい経験が詰めそうなのも入社のきっかけでした」
素朴屋に入るまで、会社員の経験はゼロ。組織に属することのおもしろさも難しさも、今まさに味わっているところ。
「想像以上に人間関係はいいですよ。コミュニケーションをどんどん取ろうという社風もあるし、先輩が相談に乗ってくれるメンター制度もあります。ただ、僕はこれまでチームワークを意識したことがなかったので、周りから学んでいます」
9年間逢坂さんがやってきたのは2×4(ツーバイフォー)と呼ばれる規格化された木材を使う技法。素朴屋に来て、原木を伐って手刻みすることも新鮮だった。

「丸太を運んで皮むいて、製材を進めていくんですけど、素朴屋って海外のインターン生が多くて。オランダ人やベトナム人の子と必死に皮むきをやっていると、『あれ、今どこの国にいるんだ?』と思いました(笑)。これまでの大工人生だと考えられなかったですね」
「手刻みという伝統は重んじつつ、新しい建築や工法もどんどんやっていく会社なのは意外でした。こんな造り方するんや!って驚きました」
たとえば、神社の手水鉢(ちょうずばち)の製作。デザインから考えることになり、車でいろんな神社を巡り、参考にした。家のリフォームでも、思わぬところに柱を立てることがあり、そのたびに発見があるそう。
「大工をやるからには、棟梁を目指そうと思います。そのあとおじいちゃんになったら、銭湯を事業継承してみたい。狩猟も興味ありますね。リフォームで電気屋とかクロス屋の人と話したり、近所の人に畑を借りたり、この地域を楽しんでいると思います」
「人に影響を受けたり与えたり、人生、何が起きるかわからないほうがおもしろくないですか」
今井さんが話していたように、素朴屋では不揃いな木を扱うから、小さな声にも耳を澄まして向き合わなくてはいけない。
たくましく、柔らかく。それでいて遠くを見つめる。
素朴屋で働くみなさんの話を聞いていると、北杜の風みたいに気持ちがいい。
太い芯で伸びやかに生きてみたい人に届いてほしいです。
(2026/09/04 取材 久保泉)


