コラム

移り住んだ人たちの声から
暮らしの可能性を知る
とことん地域探求編

こんにちは。日本仕事百貨の増田早紀です。

最近、「移住」という言葉をよく耳にするようになりました。

テレビやインターネットでは移住者の活躍を目にすることも多いし、周囲には地域おこし協力隊として移住した友人も。日本仕事百貨でも、地方での仕事を数多く取り上げています。

暮らし方を選ぶときの、ひとつの選択肢として身近になりつつある、移住。

そんな流れもあってか、全国各地で「移住体験ツアー」を実施する自治体も増えてきました。

高知県では、年に5回ほどツアーを開催。県内の市町村を巡り、実際にその地に移住した人たちの話を聞いたり、地域住民がよく利用する場所や空き家を訪れたり。

観光で訪れるだけではわからない、地域で暮らす上でのいいところも大変なところも知れるのが魅力です。

今回は、9月に開催された「とことん暮らし探求ツアー」の様子をお伝えします。

訪れたのは、中土佐町と土佐市。県の中心部に近い立地ながら、自然の豊かさを感じることのできる地域です。

多くの移住者を訪ねて話を聞くことで、同じまちの中にもさまざまな暮らしがあると知れたツアーでした。



東京から1時間ほど飛行機に乗り、高知龍馬空港に到着する。天気が良くて、気持ちがいい。

空港と高知駅で参加者をピックアップし、バスは出発。車中では15名の参加者の皆さんが、ツアーに参加した理由を教えてくれた。

移住に興味を持ちはじめたばかりで、これからいろいろな地域を見たいというご夫婦や、高知に何度も訪れたことがあり、数年以内に移住したいという男性。就活中の大学生から、定年後の暮らしを考える人まで。

さまざまな動機で集まった人たちを乗せて、最初に向かうのは中土佐町。ここは、高知きっての鰹のまちとして知られている。

中心地・久礼(くれ)にある大正町市場に到着し、市場内を散策する。

おすすめは、初秋のこの時期にしか食べられない、新子(しんこ)というソウダガツオの稚魚。

すぐに鮮度が落ちてしまうから、生食用は高知市内に運ぶことすら難しいそう。市場では、観光客だけでなく、地元の方も列をなす人気ぶり。

この土地ならではの味を堪能し、人口200人ほどの矢井賀(やいが)地区に向かう。



訪れたのは、オートバイ旅行者向けの宿泊施設「ライダーズイン中土佐」。

町の指定管理者としてここを運営しているのが、下野さん。1年半前に、夫婦で大阪から移住をしてきた。

もともとバイクが好きで、この施設にもよく訪れていた。管理者に応募し採用されてからは、施設の維持管理を中心に行いながら、ライダー向けにイベント企画やSNSでの発信を続けている。

「僕は、移住というより単なる引越しだと思ってここに来ました。移住って言うとちょっと重い感じがするけれど、引越しだと思えば気が楽になるんですよ」

「僕の場合は、好きなことをできる場所がたまたまここだっただけですから」

たしかに、移住という響きは少し大それて聞こえる。仕事や住居のことはもちろん考えなければいけないけれど、もっと気軽に、新たに住む場所を選ぶ気持ちでいいのかもしれない。

矢井賀での暮らしはどうですか。

「高知の人って世話好きだし、いろんなものをおすそわけしてくれるので、自分もできる範囲でお返ししています。皆さん優しい人ばかりなので住みやすいですよ」

施設内の木を伐採したときは、近所の人が手伝ってくれた。一方下野さんは、田んぼで作業している人を見かけたら、声をかけて手伝うこともある。そんな付き合いを、負担に感じることはないそう。

地域の人との関わりは、高知に来たらとくに大切になるのかもしれない。

東京から移住してきた北野さんも、こんなふうに言っていた。

「あまり構われたくない人には合わないかもしれません。『移住してきました』って言ったら質問攻めだし、ちょっと作業を手伝ったら玄関に野菜が置いてある。この前は夜遅く家に帰ったら、洗濯物がきれいに畳まれていて(笑)」

そこまで!?と驚く参加者のみなさん。高知の田舎ではよくあることなんだそう。

北野さんは大の猫好きで、猫のための事業を行いたいと考えていた。「新鮮な魚で、安全な猫のおやつをつくりたい」という思いから、2年前にこの場所に移住し起業をした。

魚の調達から加工場を整え製品化するところまで、地域の人たちのサポートを受けて形にしてきたそう。

「地域のおじちゃんと改修したプレハブ小屋で、おばちゃんたちと一緒に加工をしています。わからないことや困ったことは、いろいろな人に相談してきました。迷惑かもと思って一人で抱えていると、自分のことを知ってもらえないまま距離が空いてしまう。ここでは積極的に人の助けを求めたほうがいいんです」



海の景色を堪能したあとは、山に近い地域へと向かいます。

お話を聞くのは、農業を営む中里拓也さん・早紀子さんご夫妻。

中土佐町は、拓也さんのお母さんの地元。拓也さんは神奈川県で生まれ育ち、アメリカで長く働いたのち、農業をやるために移住してきた。

「この場所は、本当に周りの人たちがあったかくて。よそ者のはずなのに歓迎会を開いてくれたり、農業のアドバイスをしてくれたり。そういう助けがあったからやってこられたと思います」

今は、年間40種ほどの野菜を農薬・化学肥料不使用でつくっている。

「自分たちでネット販売したり、レストランに卸したり、すべて直接取引、もしくはご紹介いただいての取引です。農薬・化学肥料不使用だからと選んでくれる人も多いですね」

「直接取引だと、すぐに反応がわかるのが面白い。これが売れたから、今度はこういうものをつくろうとか、いろいろと試行錯誤しています」

早紀子さんは、以前は東京で働いていた。

「高知に来て収入は減ったけれど、そのぶん支出もすごく減っていて。自然のなかで生活をしているので、お金の使い方が変わったなと思います」

「東京みたいな娯楽はないけれど、ほしいものはインターネットで買えるし、友だちともつながっているので、移住してきて生活が閉鎖的になったとはまったく感じません」

帰りがけに、二人が育てた新生姜をお土産にいただいた。生姜の生産量が全国1位の高知県。新生姜はそれほど辛くないから、生姜そのものの味を楽しむ食べ方がおすすめなんだそう。

その後は、中土佐町の地域おこし協力隊の皆さんとの懇親会へ。

郷土料理や地酒を楽しみながら、協力隊の活動のことを聞いたり、今日の感想を話したり。

地元の皆さんのおもてなしや、にぎやかな酒文化を体験し、1日目が終わりました。



今日向かうのは、土佐市。高知市内から車で30分たらずとアクセスがいいのが特徴で、ベッドタウンとしても人気のまち。

波介(はげ)地区で農業を営む寺下さんは、奥さんの実家の農家を継ぐために、大阪から移住してきた。

ぶどうや生姜、高知特産の柑橘である小夏などを育てている。

「土佐市は若手農家が多くて、IターンやUターンで移住して、ネギや生姜を育てている人もいます」

参加者のなかには、農業に興味のある人も。実際にはどんなことからはじめるといいのだろう。

「未経験の人がはじめるなら、県の農業研修施設で人脈をつくるのがいいと思います。研修中に希望の地域を探して、つないでもらう。高知の方はすごく気さくなので、頼ったらどんどん教えてくれると思いますよ」

元々は会社員だった寺下さん。自由に働く時間をやりくりできるのが、以前との大きな違い。

「子どもと過ごせる時間は増えました。ご飯も一緒に食べられるし、病気のときは家で面倒を見られます。逆に出荷の時期は忙しくて、どこかに連れていってあげるのは難しいですけど」

「農業では自分の働きがそのまま収入に反映されます。自由な働き方はできるけれど、雇われるよりも厳しい部分はあるかもしれません」



次に訪れたのは、宇佐(うさ)地区。ここで空き家を改修し、ゲストハウスのオープンに向けて動いているのが、地域おこし協力隊の増井さん。

改装中の建物に入れてもらって話を聞いた。

増井さんは、“土佐のおきゃく”というイベントに訪れたことがきっかけで高知に移り住んだ。

「1週間アーケードでずっと宴会をするイベントでした。知らない人たちが宴会に混ぜてくれて、すごく楽しくて。私もお酒が大好きなので、高知の気質が自分に合っていたんだと思います」

ゲストハウスをつくるきっかけになったのは、宇佐の居酒屋での出来事。

「たまにお店に観光客の方が来ると、地元の人たちはうれしくて、すごくおもてなしをするんです。わざわざ家から魚を持ってきたり、遅くまで飲めるようにタクシー代をみんなから集めたり」

そんなおもてなしや、魚のおいしさ、自然の豊かさ。宇佐では当たり前にあるものが、観光資源になると思った増井さん。

「もっと宇佐の魅力を知ってもらいたいと思って、観光の拠点になるようなゲストハウスをつくることにしたんです」

改修も家具の調達も、すべて周囲の協力を受けて進めている。

「正直、こういう新しい取り組みに否定的な人たちもいます。やっぱり、全員に応援してもらうのは難しい。でも私が宇佐を好きで、地域のために何かしたくて動いているんだってわかってくれる人たちは、全力でサポートしてくれています」



最後の目的地は、海沿いにある「津波タワー」。

津波発生時に避難するためのもので、県内に100ヶ所以上整備されている。施設に慣れ親しんでもらうため、普段から誰でも自由に入ることができる。

高知県沖では30年以内に大きな地震が起こると予想されていて、各自治体が地震・津波対策にとても力を入れている。

地震や津波の可能性は、移住するにあたって知っておかなければいけないこと。スタッフの方の丁寧な説明からは、高知県での災害の可能性や対策を十分に理解した上で移住してほしい、という思いを感じた。



ツアーの行程を終えて、参加者の皆さんから感想を聞くことができました。

移住して成功している人たちが、どのような過程を経てきたのか聞けてよかったという人。良い面もリスク面も、インターネットではわからないリアルな情報が得られたという人。次回は、移住者を受け入れた地域の人に、暮らしのアドバイスを聞いてみたいという人。

なかには、「高知の人情を知ることができた」「人柄に驚かされると思っていなかった」など、高知の人たちに魅力を感じたという感想も多くありました。

「高知への移住を真剣に考えたい」という人もいれば、「まずは移住して何がやりたいのかを見つけたい」という人も。参加者の皆さんが、移住について自分なりのヒントを得られていたらいいなと思います。



高知に移住した人たち、総勢12人から話を聞いた今回のツアー。一口に移住と言っても、そのあり方はさまざまで、いろいろな可能性が広がっているようでした。

高知県では、11月17日(土)、18日(日)にも移住体験ツアーを実施する予定です。

興味を持った方がいたら、ぜひ参加してみてください。

(2018/9/22、23 取材 増田早紀)

おすすめの記事