「今の気分は… 幸せですね。すごく幸せです」
取材のはじめに、今の気分や体調を聞くことが多い。
“仕事が立て込んでいて寝不足気味”とか、“エアコンが効きすぎてちょっと寒い”とか。気になることを一旦共有したうえで、なるべく「今・ここ」に意識を向けてもらえるように取り組んでいる、ぼくら編集者のルーティーンのようなもの。
人によって答えはさまざまだけれど、「幸せ」って答えた人はほとんどいなかったような気がする。だから冒頭の返事がかえってきたとき、思わずおおっ、と声が出たし、きっとこの取材はいい時間になるなと予感しました。

佐賀県伊万里市にある一軒の古民家。この場所で加藤雄太さんは、カフェ「Noppo」を夫婦で営んでいます。
冷たいアイスコーヒーをいただきながら、たっぷりお話を聞きました。
日本仕事百貨では、佐賀県の地域おこし協力隊を特集しています。詳しくは特集のTOPページもあわせてご覧ください。
暑い、暑い夏の日。伊万里市の市街地へ。

周辺には市民図書館や小学校があり、たまにチャイムの音が聞こえてくる。子どもたちはもうすぐ夏休みかな?
地図にしたがっていくと、一軒のおうちにたどり着いた。ここがカフェ「Noppo」だ。

店休日ということでのれんもかかっておらず、道中の看板がなければ見過ごしていたかもしれない。
「ここはもともと奥さんの親族の家だったんです。わたしの協力隊2年目が終わるころにここを出るって話があったので、そのまま借りて。直前まで住んでいたから状態もいいし、二世帯住宅で住居スペースもしっかりある。親族の縁もあって、周りも見知った人たち。安心して店をひらける条件が揃っていたんですよね」
店主の加藤さんがそう教えてくれた。やわらかな雰囲気のなかに、強い芯を感じる方。

埼玉県出身の加藤さん。小さいころから料理をつくるのが好きで、高校卒業後から3〜4つ掛け持ちで飲食のアルバイトをしていたそう。
大学在学中は、言語聴覚士を目指していた。言葉の進みが遅い子を、生まれたときから18歳ぐらいまでみる仕事。
けれども途中で、これは自分に担える仕事ではないかも?と思ってしまったそう。
「子どもたちの人生に関わる仕事なので、ちょっと怖さというか、プレッシャーを感じてしまって。そのときに、料理なら一番ストレスなくできるなと思ったんです。これを仕事にできたらいいんじゃないかなと思って、途中で切り替えて」
都内で10店舗以上を展開するカフェチェーン店で1年のアルバイト期間を経て、店長に。それから5年間にわたってお店を切り盛りしつつ、新規開店の立ち上げ支援やメニュー開発にも携わった。
そんななかで、結婚を機に妻のゆきさんの地元である伊万里への移住を考えはじめる。試しに旅行で訪ねてみると、すごくいいところだった。
「でもいきなり伊万里に住むのは怖いなと思ったので、まず福岡に移住をして。1年ぐらい博多に住んでたんですよね」
「で、お互い仕事を見つけて生活してたんですけど、働き方が東京にいたころと変わらなくて。このままずっと過ごしていくのは健全じゃないね、みたいな話をしたんです。もっとふたりの生活が幸せになる方法を考えようって」

そこであらためて、伊万里での暮らしを想像してみる。環境はいい。ただ、仕事はあるか?が一番の心配だった。
インターネットで調べてみると、伊万里市内の2つの地域で協力隊を募集していた。今から8年ほど前のこと。
「当時は地域おこし協力隊のことはまったく知りませんでした。3年間安定して給料をもらえて、住めるところもある。条件よすぎじゃない?って」
埼玉生まれで海辺に暮らしたことがなかった加藤さんは、海辺の地域を選んでエントリー。無事採用され、伊万里市で唯一の漁港をもつ小さなまち「波多津」での暮らしがはじまる。

伊万里のまちなかから波多津までは、車で20分ほどかかる。ものすごく不便というほどではないものの、ひと山越えるような距離感だ。人が集まり、地域の魅力に触れてもらえるような、何らかのきっかけをつくることが協力隊としてのミッションだった。
加藤さんは、着任と同時期に立ち上がったNPO法人「まちづくり波多津」に席を置きながら、地域の人たちが手づくりする「波浦の塩」のPR・ブランディングや、牡蠣小屋のリニューアルなどに関わった。
波浦の塩は今でも、カフェのクッキーに使われている。妻のゆきさんがお皿に盛ってさりげなく出してくれたクッキーは、甘じょっぱくてとてもおいしかった。

協力隊に応募するにあたって、飲食や新店舗の立ち上げを支援してきた経験が活かせると思ったんでしょうか? と尋ねると、「それもあったかもしれないですけど」と加藤さん。
「自分が協力隊になった理由は、移住したかったのが一番ですね。生活の基盤ができるっていうことがまず重要だったので、仕事内容は何でも。自分にできること、求めてもらえることがあるならやってみようと思っていました」
ここまでの話に共通して、加藤さんは「これがやりたい!」と強い意志をもって決断してきたわけじゃないんだな、と感じる。強いて言えば移住したい、くらいかな?
でも、ふらふらしているわけじゃない。向かいたい先があって、そこへの道のりをブレずに歩んでいるように見える。健やかなほうへ、幸せなほうへ。
どうしてそんな歩み方ができるんだろう。
「奥さんとよくふたりで話すのが、“幸せの閾値を下げる”ってことなんです」
幸福のハードルを下げておく、みたいなことですか?
「そうですね。生活の質を上げすぎないというか。ふたりで生きていくうえで何を求めてるのか、たくさん議論を重ねたんです。結果、お金をかける贅沢ってそんなに求めていないよねって話になって」
「もちろんお金は必要なんですけど、生活していくうえで最低限これぐらいはいるって計算もして。そのぶん稼げるなら、生きる方法はいくらでもあるよね。フリーターになってもいいし、最悪奥さんの実家でごはん食べさせてもらおう、みたいな(笑)」

夜空の星を観にいったり、はじめて釣りに挑戦してみたり。お金をかけずに楽しめる方法は、この土地ならいくらでもある。
お金に余裕ができたら、たまに高級なフレンチや鉄板焼きを食べにいってもいい。都会で暮らしていたころより頻度は減ったけれど、喜びは大きくなった。
「テレビとかSNSで見た料理がおいしそうだなって思ったら、自分たちで『こんな感じじゃない?』って言いながらつくって、食べる。やっぱりおいしいねって、それだけで十分ですしね」
しっかり料理をつくれる加藤さんだから、という前提はあると思う。伊万里がゆきさんの地元で、ちょうどよく物件を借りられたことなど、単純に真似できない条件も多い。
それでも、“自分は最低限何があれば満たされるのか?”を問うことはできる。いきなり答えにたどり着けなくても、知ろうと試みること。そうやって試行錯誤を続けるなかで、幸せの閾値は少しずつ下げていけるものなのかもしれない。
「都会に住んでいると、それがむずかしかったんですよ。家賃が高すぎるし、近くのコンビニを使っちゃったり、何気なく外食しちゃったりとか。自分たちは意志の強い人間じゃないので、どうしてもコストがかかってしまって」
「選択肢が限られる空間に行ったら、それなりの生活ができるんじゃないかって。もちろん、都会が合う人もいると思うんです。人それぞれの幸せがあるなかで、自分たちにとっては移住が幸せになるための手段のひとつだった、ということですね」

自分のお店を持つことは、ゆきさんの幼いころからの夢だった。一方で、飲食業の大変さを身をもって知っていた雄太さんは当初、カフェをひらくつもりはなかったそう。
タイミングよく物件が見つかったことに加えて、協力隊の活動期間終盤を開業準備に充てられたこと、上限100万円の起業支援金が使えたことも後押しになった。
「労働時間も自分たちで決めれば働きすぎることはないし、夫婦ふたりが生きていけるだけ稼げればいい。お試し起業みたいな感覚ではじめました」
日本において、飲食店は立ち上げから1年で3割ほどが廃業すると言われている。10年続くお店は1割にも満たない。
たとえ閉店してもいいように、加藤さんたちは無借金でお店を立ち上げた。キッチンまわりはしっかり整えつつ、内装はほとんど手を入れていないそう。

「飲食店の立ち上げをやってたからこそ、失敗するお店もたくさん見てきて。最初からお金をかけすぎると、痛手が大きいんです。自信はあればあるほど危ないと思っていて」
「ぼくも奥さんも石橋を叩いて渡るタイプなので、なるべくお金をかけずに小さくスタートしました。それが結果的によかったんだと思います」
落ち着いた古民家の内装に、ゆきさんセレクトの小物や手づくりのお菓子が並ぶ。料理は雄太さんの経験を活かした、フレンチベースのコース形式。
そんなギャップは、不思議と心地よいお店の空気感にもつながっている。スモールスタートで未完成というよりも、これがふたりにとって限りなく完成に近いお店の形なんだろうな。
「あと手を加えるとしても、壁の汚いところをきれいにしたり、色を塗り直したり、それくらい。“求めすぎない”っていうのが、割と最近の人生のテーマかもしれないですね」

だんだんと悟りの境地のような方向へ進んでいった取材。
幸せの閾値を下げることであったり、求めないことだったり。でもその“絞り込んでいく”作業がなかなかむずかしいんだよなあと思いながら、じっくり咀嚼する。
すると加藤さんが、具体的に取り組んだ方法を教えてくれた。
「奥さんとふたりで、やりたいことや大事にしたいことを100個出そうって言って、バーって書いてみたんです。そのうえでお互いに書いたものを見ながら、『それ、本当にいるの?』『あれも好きじゃなかった?』って言い合ってみる」
親友や同僚など、相手は家族じゃなくてもいい。なんでも気兼ねなく話せる相手とやることが重要、とのこと。
「そうすると、残るものって意外と少なかったりするんです。SNSも、お店の発信以外はやめたし、それが今のところめちゃくちゃ健全で。自分がいらないかも?と思ったものを一度取り除いて、生活に支障がないか試してみるのはありかなと思います」
この話を聞いた後日、自分たちなりにアレンジしたやり方で、さっそく妻と実践してみました。
やりたいことを考え出すと、溢れてしまったり、ともすると枯渇して「何もやりたいことなんてないんじゃないか…?」と思えてしまったり。漠然と向き合っていると、コントロールしがたいもののように感じます。
けれどもこうして絞り込んでいくと、少しずつ手触りが増してくる。自分にとっての幸せを、手繰り寄せられそうな気がしてくる。
よければぜひ、やってみてください。
佐賀県内の地域おこし協力隊の募集状況については、下記ページもあわせてご覧ください。
🔗 佐賀県地域おこし協力隊Webサイト(外部サイトへ移動します)
8月26日(水)には、加藤さんをゲストに迎えたしごとバーを開催します。直接会って話すことで、何か得られるヒントがあるかもしれません。