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しあわせな転職ってどんなものだろう?

答えは人それぞれで、きっと正解はありません。

コラム「しあわせな転職」では、日本仕事百貨の記事をきっかけに転職した人たちを紹介していきます。将来的には、コラムの一部をまとめた書籍も出版する予定です。 

どんな想いで仕事を選んだのか、その後どんなふうに働いて、生きているのか。それぞれの選択を知ることで、自分にとっての「しあわせな転職」を考えるきっかけになればうれしいです。

オールドファッション 出川花恵さん

都内に5店舗を構えるオールドファッションは、ハンカチを中心に身近な日用品をプロデュースしている会社。ハンカチ専門ブランドの「H TOKYO」や「swimmie」をはじめ、天然繊維でつくられたトランクスや靴下など。どのアイテムも自分たちで企画し、職人さんと一緒につくっています。そんなオールドファッションに2018年に入社し、中核として活躍しているのが、出川さんです。

今は、エリアマネージャーと世田谷区にある三宿本店の店長、広報を担当しています。入社して5年。いつの間にか、社内で一番肩書きが多くなっていました。

湘南生まれ湘南育ちで、大学までずっと実家から通える範囲の学校に通いました。卒業後も、大手の小売店に就職して、地元の店舗で働いて。

そのお店の商品がもともと好きだったんです。シンプルで主張しなくて、だれの生活にも馴染むところがすごく素敵でした。

働き方も特徴的で、商品を引き立たせるために、スタッフは個性を出さないし、積極的にお客さまに話しかけることも少なくて。

全国展開のブランドだったので、どの店舗も統一感のある売り場になるように、本部の指示書通りに商品を並べたり、フェアを開催したり。接客が苦手だと思っていたので、そのスタイルがむしろ心地よかったんです。

ただ、8年ほど勤めたころ、仕事が流れ作業みたいに感じるようになって。

指示書に沿ってきれいな売り場をつくれたとしても、それはブランドの世界観を保つため。自分の個性を潜めなくてはいけなくて、存在意義がわからなくなってしまって。

あと、扱っている商品について、あまり知らないことにも違和感を抱いたんです。

普通に生きていると、安さや見た目で判断して、つくられた背景まで考えずに買うことって多いと思うんですけど、どんなものにもつくった人が必ずいるはずなんですよね。

考え過ぎなのかもしれませんが、いろんなものを見ては、「表に見えないところで、ものづくりに人生を懸けている人がいるんだ」と想像が広がることが昔からよくあったんです。

どんな人がどんな場所で、どんな気持ちでつくったのか。ものの背景をもっと知って、自分なりに接客をしてみたいと思いました。

小さい会社なら、ものをつくる人たちとコミュニケーションを取りながら、自分の望むような仕事ができるのかもしれないと考えて。

そこで思い出したのが、数年前に催事で出会ったオールドファッションでした。出会った当時はプライベートでいろいろあって、メソメソしていた時期で(笑)。

そのせいか、ハンカチの手触りの柔らかさや優しさにグッと来たり、こんなに種類があるのか! と驚いたり。店員さんからは、信頼できる人と一緒に天然素材を使ってハンカチづくりをしていることも教えてもらいました。

洋服や装飾品と違って、人に見せることの少ないハンカチに、これだけこだわりを持っている人がいるんだと思って。

悩んだ末に、2枚だけ買って帰りました。その2枚は、今でも大事にとってあるんです。

1枚は周りがギザギザしている多角形の形で、もう1枚は石をイメージした不思議な形。両方とも珍しいデザインなんですけど、これを見たとき、ハンカチって正方形じゃなくて自由な形でいいんだ、って発見でしたね。

変わった形だからこそ、飾って眺めたり、飾り棚に敷いて小物を置いたり。手を拭く以外にも、いろんな楽しみ方に気づきました。ハンカチが「すごいでしょ!」って自信ありげに言っているようにも見えて。なんていうか、のびのびとして自由な意志を持っているような。

そのあとハンカチに興味が湧いて、直営店にも足を運びました。

店員さんはみんな、一方的に喋ってくることもないし、「もしよかったらこちらもどうぞ」みたいな感じで、商品も無理にすすめない。距離感もすごく心地よかった記憶があります。

転職を考え始めて、あらためてオールドファッションのサイトを見ました。そしたら、ハンカチづくりに関わる人の熱のこもったインタビューがたくさんのっていて。

好きなものを好きだって、本当にオープンに語りたがっている会社だな、と思いました。ここなら大丈夫だと思って。求人募集はしていなかったけれど、私なりのハンカチへの想いを込めて、すぐに履歴書を送りました。

いきなり書いたんですよ。なんででしょうね(笑)。人生でそういうときってないですか? 突然、訳のわからないパワーが湧く瞬間。まさにそんな感じでした。
 
そしたら、「近いうちに日本仕事百貨で求人をするので」と丁寧にお返事をいただいて。公開されて、記事を読みました。

「お店を構えるからには商品の良さも体感してほしいし、売り上げも考えます。でも無理に勧めてもいけないな、とも思っていて」

「時間が許す限りゆっくりと回っていただいて、手に取っていただいた商品のストーリーを伝えています」

『世界一のハンカチ屋さん』より

まさに、自分の理想とする接客のスタイルだな、と思いました。

お客さまに買ってもらうことだけを考えるような希薄な関係は望んでいないし、ものづくりのストーリーを真摯に伝えて、商品を気に入ってもらえればうれしいな、くらいの気持ちだったので。

マネージャーがそんなふうに言っている会社なら、きっと社風が自分に合っているはず、と入社への意欲がより高まりました。

無事採用してもらって、新しくオープンする日本橋店の店長として配属されました。

前職で販売は8年ほどやってきたけれど、自分からお客さまに声をかけた経験がほぼなかったので、はじめは戸惑ってしまって。接客の仕方も違うし、商品知識もない。店長でありながら、スタッフに支えられて一から学び始めました。

接客の引き出しは先輩から教わったり、社内のハンカチ研究会で身につけたりして、少しずつお客さまとお話できるようになりましたね。

ハンカチ研究会は各店舗の有志を募って、生地やものづくりなど、毎回さまざまなテーマについて学んでいくものです。

その一環で、以前、布をつくっていただいている工場見学に行ったことがありました。見学中、工場の方がお話しされたことが今も印象に残っていて。

「季節や水の温度によって、出来上がる生地も変わってくる。同じ商品であっても色の出方や、風合いに変化があることは当たり前。布も生き物なんですよ」とおっしゃっていたんです。

それまでは、同じ商品でも色味が少し違うな、と疑問に感じることがありました。でも、そのお話を聞いてからは、微妙な色の違いもかわいく見えてきて。ハンカチをより愛おしく思うようになりましたね。

つくられた背景をよく知っていることもあって、うちの社員はみんな、ハンカチをすごく大切にします。

店頭で刺繍を入れることもあるんですけど、間違ってしまったときも糸を抜いてアイロンをかけ直したり、生地に混じっている綿毛を見つけたら自分たちで抜いたり。簡単に処分することはせず、自分たちでハンカチを生まれ変わらせようとするんです。

そういう会社のあり方はありがたいですし、好きなところの一つですね。

今は生地やデザインのこともわかるようになってきて、お客さまにご提案できることも増えました。

一枚一枚、お伝えしたいことは山ほどあるけれど、語りすぎてもお客さまを圧倒してしまう。接客中は、「お手にとってご覧ください」というお声かけをして、お客さまがハンカチをどう手に取るかをよく観察しています。

畳まれているものを広げて初めてわかる柄もありますし、なにより触っていただいて、生地の気持ちよさも感じていただきたい。お客さまの様子から、生地や柄、値段など、なにを求めているのかを読み取って、必要な情報をバランスよく伝えられるように考えています。
 
あと、お客さまのご要望に寄り添うことも大切にしていますね。

ときどき、「この人にハンカチを贈りたいんです」と、贈る方のお写真を見せてくださるお客さまもいらっしゃって。お写真のお洋服から好みを想像したり、お人柄を伺ったりしながら、どんなハンカチにしようって一緒に悩む時間も楽しいです。

ハンカチに込められたこだわりや想いをお伝えすると、「全部ほしくなっちゃいます」って言ってくださる方もいたりして。お客さまと自分の想いが合致したと思える瞬間がすごく感動します。

今は接客の仕事はメインではないんですが、たまに店頭に立つと、常連のお客さまが「久しぶり!」って声をかけてくれて。なかには、お互いに家族の話までしてしまう方もいるんです。“店員とお客さま”という関係を超えているなと思うときもありますね。

商品の感想をいただけることはもちろんですけど、ハンカチを通じて人とつながっていることもうれしいなと思います。

これから、ハンカチの魅力をもっともっと知っていきたいですね。ハンカチづくりに関わる産地や工場に、足を運んでいろんな話を聞きたい。自分が知るだけだともったいないから、少しでもそういう感動を多くの人に伝えていきたいと思っています。

2023年4月27日 東京・丸の内 H TOKYOにて
聞き手 小河彩菜