コラム

私が私でいられる場だから
新しい道が見えてくる

しあわせな転職ってどんなものだろう?

答えは人それぞれで、きっと正解はありません。

コラム「しあわせな転職」では、日本仕事百貨の記事をきっかけに転職した人たちを紹介していきます。将来的には、コラムの一部をまとめた書籍も出版する予定です。 

どんな想いで仕事を選んだのか、その後どんなふうに働いて、生きているのか。それぞれの選択を知ることで、自分にとっての「しあわせな転職」を考えるきっかけになればうれしいです。

若衆bar やまと男ノ娘 あおいさん

「若衆bar やまと男ノ娘(おのこ)」は名古屋の錦にあるニューハーフバーです。店主のすずさんが2017年に創業。落ち着いた和の雰囲気漂う店内は、まるで小料理屋のよう。店の奥にはこたつが置かれていて、訪れたお客さんがゆったり気楽にお酒を楽しめるような工夫がされています。そんなやまと男ノ娘に4年前に入社したのが、岐阜県出身のあおいさんです。

今は「若衆頭 (わかしゅうがしら) 」という肩書きで働いています。ほかのお店だとチーママみたいな役割ですね。ママがいなくてもお店が回るように開店準備とか、お金周りのこととかいろいろやってます。

スタッフの子には「ペットボトルの蓋を開けるときは肘を上げない」とか、接客のコツを教えることもありますね。女性らしく美しく見せる所作は、私もママから教わってきたので。

やまと男ノ娘に入ったのは2019年です。ここに入る前は飛騨高山の酒造で、日本酒をつくる「蔵人(くらびと)」の仕事をしていました。蔵人になったのは高校生のときに読んだ「もやしもん」という漫画がきっかけです。

もともと絵を描くのが好きで、地元の名古屋にある美術系の高校に通っていました。だけど絵描きで食べていくのは難しいなと思っていて。卒業後の進路をどうしようかなと迷っていたときに読んでいたのが、「もやしもん」でした。

漫画には農業や発酵のことが描かれていたんですけど、それがすごく面白くて。そこから米とか日本酒とか日本の伝統的な食に興味が湧いて、それに関わる仕事をしてみたいと思ったんです。

でも何をしたらいいのかわからなかったから、とりあえず農協に行って米づくりの相談をしたんですよ。そしたら農協の方にすっごい真面目な顔で、「お米は大変だからやめておけ」って言われて(笑)、「米がダメなら、日本酒をつくってみよう」となったんですね。

それでどこの酒造がいいだろうって考えて。自分が好きな古いまち並みのある飛騨高山がいいと思って、高山の酒造メーカーに片っぱしから電話をしました。

無事に一件、雇ってくれるところが見つかったので、高校を卒業してそこでお世話になることになりました。約4年半、日本酒や麹をつくりつづけましたね。

だけどあるとき家で、朝からホットプレートを出して焼き肉を食べていたことがあって。よくよく考えたら、この状況はおかしいって自覚したんですよ。「あ、朝から焼き肉食べないといけないくらい疲れてたんだな」って。

それに気づいたら、だんだんと仕事のやる気がなくなっちゃったんです。少し経ったあと酒造をやめて、地元の名古屋に帰りました。

しばらく自動車会社で車の販売をやって。保険の営業までできるようになったんですけど、その仕事も大変で。なにか気晴らしがないかなって考えていたときに、昔見たきれいな女装の人のことを思い出したんです。

それまで、女性の服を着たことはなかったんですけど、実は高校を卒業するくらいからずっと興味があって。しかも中学生とか高校生とか、過去を思い返しても自分は全然男らしくなかったんですよね。

それなら自分も女装してみようと思って、女装する人たちの集まるイベントに参加してみました。だんだんと女装の友だちができてきて、うれしい気持ちがある一方で、「なんか違うな」とも感じるようになっていたんですね。

考えてみたら、私は遊びで女装をしたいんじゃなくて、もっと普段から女性らしくいたいんだってことに気づいたんです。

それからホルモン注射を始めて、徐々に女装のコミュニティとも遠ざかってしまって。自動車会社の仕事もやめて、女性として生きていこうと決めました。

でも、これから何の仕事をしていけばいいんだろうっていろいろ探しているうちに、日本仕事百貨の求人記事でやまと男ノ娘を見つけたんですよ。読んでみたら、ママの真面目な想いとかも書かれていて。

「会話にも共感しつつ、流されちゃいけないし。かと言ってまったく鈍感でも仕事にならない。気を使いつつも気を使っているように思われてはいけないんです」

「ラフさを演出しているだけであって、本当にグダグダなわけじゃなくて。社長さんに『おい、ハゲ』って言うこともあるし、ちょっとやりすぎたなって、あとで反省する日もあるし」

『自分を生きていく』より

「あーなんかこういう考え方の人だったら、一緒に仕事しても楽しいかもなぁ」って思ったんですよね。

見た目が若かったから、「20代後半ぐらいのママなんかな?」って思って面接に行ったら、バリバリ30代後半で!びっくりしたんですけど、無事採用していただけて。

初日からイベントがあって、本当に大変でした。今考えればそういう忙しい日だと、新人さんがどれくらい働けるか確かめられていいと思うんですけど…そのときは焦りました。

ただ、自分の女性としてのスタートを認めてくれる人、そしてそのことを普通に扱ってくれる人がおると思ったら、そのときはうれしかったですね。

しばらく働いたらコロナ禍で、お店が営業できなくなったんです。時間ができたから電気工事士の資格を取得して、ママが別事業でやってるリサイクルショップで働いたりもしました。

そのころレジ打ちとか事務作業のバイトにも応募してみたんですけど、どれも落とされてしまって。だけどそのときに不思議と、「私を雇わないなんてもったいないな」って思えたんですよ。

きっとやまと男ノ娘で働く前だったら、「あ、私は女っぽいやつだから落とされたんだ」って考えたと思います。自分でも変わったなって感じましたね。

あ、でも性別自体はまだ自問自答していて。男性でも女性でもない、みたいな。だから性別がどうこうというよりも、「あおいでありたい」と思っています。正直、性別についてはあんまり深く考えないようにしているんです。考えつづけるとドツボにハマっていっちゃうから。

このお店で働いて感じたのは、しっかりとした目標がなくてもいいけれど、自分が何をしたいか、人生をどうしていきたいのか、常に考えることが大切なのかな、と。適当にお金をもらって、平行線な感じの人生を過ごすのは、私もママと同じで面白くないって思うんですよね。

近々、やまと男ノ娘の姉妹店が新しくオープンするんですよ。今度そこのママを任せてもらえるので、今は開店の準備を頑張っています。

ママと一緒に仕事してるから、どうしてもお店のコンセプトは似てくるんですけど、やまと男ノ娘にちょっと洋風な趣を加えて大正時代っぽくしたいな、と。あとカラオケも入れる予定です。

ママもそうだけど、経営者ってやっぱり「誰かのために」「世の中をよくするために」って勉強をするじゃないですか。私はまだそこまで大層な想いがあるわけではなくて、お金をもうけて事業を拡大していきたいとか、そんなふうに思っています。

あとは、お客さんが日々の疲れを癒せて、自分の居場所と思えるような空間をつくっていけたららなと考えています。

今はまだお店のイメージは漠然としているけど、だんだん形になってきたら、「こんなお店にしていきたい」って感じるものがもっと出てくると思っています。

お客さんの幸せはもちろんだけれど、私たちキャストも一人ひとりが成長していって、どんどん未来を引っ張っていくようなスタッフも増えていったらうれしいですね。

2022年4月24日 愛知・名古屋 やまと男ノ娘にて
聞き手 ナカムラケンタ
書き手 小河彩菜