しあわせな転職ってどんなものだろう?
答えは人それぞれで、きっと正解はありません。
このコラムでは、日本仕事百貨の記事をきっかけに転職した人たちを紹介していきます。将来的には、コラムの一部をまとめた書籍も出版する予定です。
どんな想いで仕事を選んだのか、その後どんなふうに働いて、生きているのか。それぞれの選択を知ることで、自分にとっての「しあわせな転職」を考えるきっかけになればうれしいです。
NPO法人ECCOM 北住尚己さん
NPO法人ECCOM(エコム)は、ビジネスを通して自然の魅力を創造する団体。森林公園の指定管理、エコツアーの企画・運営、地域活性化のためのコンサルティング・情報発信など。三重県内を拠点に自然にまつわる事業を幅広く手掛けています。そんなECCOMに2014年に入社したのが、理事兼アートディレクターの北住尚己さんです。
生まれも育ちも、三重県菰野(こもの)町です。
学生時代は劇団に所属していて。ちょっと絵を描くことができたので、公演を告知するためのポスターとかもつくっていました。その経験があったので、大学卒業後はデザインの専門学校に通って、名古屋のデザイン事務所に就職しました。何社か転々として、3社目で10年ぐらい働いたのかな。
デザインの仕事は好きだったんですけど、部署異動でマーケティング寄りの仕事をすることになったんです。本当にいいものかわからないなかで、無理やりお客さんの購買意欲を見つけ出して売っていく、みたいなやり方にすごく疑問を感じて。
働き方もかなりハードだったんで、だんだんストレスが溜まって、仕事中にいきなり倒れたんですよ。手足もずっと震えてしまって。自分では気づいてなかったんですけど、そのまま病院に行ったら鬱病って診断されました。
翌日、休みをもらうために会社に行こうとしたけれど、どうしても動けない。これはもう無理だわと思って、3ヶ月くらい休職させてもらうことにしました。そこで、転職しないといけないかなって思ったんですよね。
そのころ趣味でアウトドアにはまっていて、マウンテンバイクに乗ってレースに出たり、登山やキャンプに行ったり。なので、デザインに関係なく、そういったものに関われる仕事がないかなって転職先を探していました。マラソン大会を運営する会社とか、自転車レースのイベントを企画している会社とか。
転職活動の気分転換に、「三重県民の森」っていう地元の森林公園に遊びに行ったんですよ。そしたら、園内で音楽ライブをやっていて。小学生の頃は、毎年遠足で訪れていた公園だったんですけど、しっかりスタッフさんがいて素敵なイベントも運営していたなんて知らなかった。
ここって働ける場所だったんだってすごく驚きました。興味を持っていろいろ調べていくうちに、公園を管理していたNPO法人ECCOMの求人を日本仕事百貨で見つけたんです。
ちなみにスタッフの山岡さんは現在育児をしながら働いている。そうした働き方もここではしやすいという。
「暮らす環境としても、いいと思います。子育てに関して言えば、自然体験を売りにする幼稚園がありますが、ここは生活が自然に直結しています。ごく普通のことなんですね。」
代表の内山さんはこれから働く人に伝えたいことがあるという。
「自然の仕事には、好きなことができればお金は二の次という雰囲気があると思います。でも、それでは長く続けていけませんよね。結婚して家族を養えるぐらいにはちゃんとお金も生んでいきたい。だから、きちんと事業感覚も持ちながらやっていきたいです。」
『自然から人へ』より
デザイン事務所で働いていたときは、毎日始発近くの電車に乗って出社して、終電ぐらいの時間に帰っていました。ちょうどその頃って、子どもが生まれる直前で。こんな働き方をしていたら、これから妻とも子どもとも絶対コミュニケーション取れないなと思っていました。
求人を見たときに、赤ちゃんを抱っこしながら仕事をしているスタッフの写真があったんです。
育児しやすい環境って建前で言っている会社もあるけれど、実際にそういう働き方をしている人がいる。しかも、代表は自然をフィールドにビジネスをしている。そんな会社が地元にあるんだってことが、一番の驚きでした。
正社員で応募したんですけど、「まずは施設に遊びにおいで」って感じで、アルバイトの誘いをもらったんです。場所は、地元の菰野町にある御在所岳。その山頂にECCOMが運営している自然学校があって、休職期間を使って手伝いをすることになりました。
御在所岳の山頂って、夏は赤トンボがたくさん来るんですよ。麓の田んぼで羽化したトンボが涼しい気候を求めて、標高1000m以上の山を上がってくる。そこで涼んで、秋になると産卵のために山を降りて各地へ飛び、卵を産んで一生を終える。
山頂に上がってきたトンボは、どこから来てどこまで飛んでいくのか。そのことを調べるために、自然学校では毎年夏になると赤トンボにマーキングするイベントを開いていて。
もう40年以上の歴史があるんですよ。僕らが子どもたちに赤ペンを渡したら、子どもたちは捕まえた赤トンボの羽に御在所岳の頭文字の「G」マークを書いて彼らを放す。秋になって、もしそのマークのついたトンボを捕まえることができれば、そこまで飛んだことがわかるって感じです。
毎年、4〜5万頭の赤トンボにマーキングしています。見つかるのは本当に1頭ぐらい。最高飛距離が福井県の敦賀市ですね。たまたま参加していたお子さんが、旅行先で見つけたらしくて。確率はすごく低いんですけど、風に乗れば100キロ以上は飛んでいけるっていうことですね。
そのイベントの受付やレクチャー、ほかには登山者の方への道案内などの手伝いをして、夏の期間を過ごしました。
自転車やキャンプ、登山も好きだったけれど、仕事としてはそれらを通じて地域を盛り上げることに興味があって。デザインのスキルも活かして、子どもの頃から好きだった自然公園やまちの自然を外にPRできるならやってみたいなって思って、入社することに決めました。
今は、ECCOMで自然公園の管理にまつわる仕事をしつつ、エコムクリエーションっていう別会社でデザイン関連の仕事をしています。
ECCOM代表の内山と同じ理事の山岡と立ち上げた会社なので、ほかのNPOさんの支援とか、あとはアウトドア事業者さんの案件も多いですね。
たとえば、三重県いなべ市に青川峡キャンピングパークさんっていう、西日本のキャンプ場で人気ランキング1位を何度も取ったことのある施設があるんです。
Webとデザインの知見でコンサルティングに入らせていただいて、コーポレートサイトの制作や商品のパッケージ作成など、ブランド力向上に向けた提案をさせてもらっています。
あとは、いなべ市さんや菰野町さんから、レンタサイクルや自転車をつかったまちづくりができないかってご相談をいただいて。デザインはもちろん、レンタサイクルのコース選定のお手伝いもさせていただきました。
ただ依頼されたもののデザインを納品するんじゃなくて、より広く、深いところで携わらせてもらっているので、やりがいも大きいですし楽しいですね。
今後は、よりまちづくりに直結するようなデザインの仕事も進めていきたいと思っています。
自然公園がよりまちに開けた場になったらいいなと思って。魅力のある公園でも、情報を整理して、適切な形にしないとそのよさは伝わらない。
うちのスタッフには虫にすごく詳しい人もいるし、自然を活かして子どもたちが生きる力を学べるようなプログラムも充実している。ECCOMが運営するどの自然公園にも魅力があるのに、まだまだ世の中に伝わっていないのが現状です。
それをデザインの力で変えていきたいし、代表の内山が持っている「ビジネスを通じて、新たな自然の価値を創造する」という考えも、社内外ふくめて浸透させていきたいですね。
新たな自然の価値を生み出すことで、お金も稼いでいく。まずはスタッフが納得して働けるようになれば、もっと公園の良さも伝わりやすくなると思うので。
ECCOMに来てから、ほとんど毎日、子どもと夕飯を食べているんですよ。前の会社ではありえなかったですね。共働きなので、僕がお迎えに行くことも多いです。
夕方ぐらいに「子ども迎えに行くんで帰るわ」って感じで、あとは家事とか育児の合間をぬって自宅で仕事しています。
自由に時間を使えるぶん、自分で受け持った仕事は責任を持って絶対やるんですけど、子どもと過ごせるのが本当にありがたいですね。
平日からこんなに子どもと一緒にいるお父さんっていないだろうな、みたいな。授業参観も三者面談も行けるし。そこは一番良かったかなと思います。
2022年8月1日 三重・伊賀市 三重上野森林公園にて
聞き手 杉本丞