コラム

「これこそは」って
胸を張りたい

しあわせな転職ってどんなものだろう?

答えは人それぞれで、きっと正解はありません。

コラム「しあわせな転職」では、日本仕事百貨の記事をきっかけに転職した人たちを紹介していきます。将来的には、コラムの一部をまとめた書籍も出版する予定です。 

どんな想いで仕事を選んだのか、その後どんなふうに働いて、生きているのか。それぞれの選択を知ることで、自分にとっての「しあわせな転職」を考えるきっかけになればうれしいです。

THE SHOP 松尾理保子さん

東京都内と横浜にお店を構えるTHE SHOP。グラスにシャツ、洗剤、醤油差しなどの日用品を中心に、「これこそは」と思える定番の一品だけを集めたお店です。販売する商品は、ひとつのカテゴリにつき一種類のみ。デザインの美しさや機能性だけではなく、つくり手の働き方や自然環境への影響、文化や経済など、あらゆる観点で “最適”なものを選び抜いています。そんなTHE SHOPに2020年に入社し、丸の内にあるTHE SHOP TOKYOで働くのが、松尾さんです。

THE への転職を機に上京するまで、ずっと福岡で暮らしていました。絵を描くことが好きで、デザインやインテリアにも興味があったので、大学では建築学科に進んで設計事務所に就職しました。

小さい事務所だったんですけど、住宅のほかに病院とか大きい物件も設計していました。先輩と一緒にお客さんの要望をヒアリングして、図面を描いて模型をつくって、またプレゼンする。2年半くらい働いていたんですけど、だんだんと自分にはあまり向かないのかなと思いはじめてしまって。

建築の仕事って、まだできあがっていないものを、自信を持ってお客さまに提案しないといけないんです。空間だけでなく、タイルとかパネルとかの素材ひとつでも、お客さまを不安にさせないように堂々と提案していく。でもわたしは、自分がよさを体感していないものを心から薦めることがあんまりできなくて。建築は今も好きなんですけど、自分が建てる側じゃなくてもいいのかなと思いましたね。

設計事務所を退職して、1年くらいは単発のバイトをしながら、ふらふらしてて。求人サイトはいろいろ見ていたんですけど、どこも同じようなことばっかり書いてあって、どんな人が働いているかイメージが湧かなくて。何がきっかけだったかな。「自分のやりたい仕事をする」みたいなキーワードで検索していたと思うんですけど、代表のナカムラケンタさんが書いた本をネットで見かけて、日本仕事百貨のことを知りました。

一度地元の福岡を出てみたいっていう気持ちもあって、東京の会社を中心に、あまり職種や業界は絞らずに記事を見ていました。仕事内容よりも、どっちかっていうと一緒に働く人に重点を置いて探していたので、どんな人がどういう気持ちで働いているのか、わかりやすかったです。

THEの記事で、液だれしない「THE醤油差し」を開発したときのエピソードが印象に残りました。「定番をアップデートして、この醤油差しが当たり前になることで、もっと暮らしは良くなっていくんじゃないか」みたいな話があるんですけど。その考え方がすごくいいなと思って興味を持ちました。

建築の仕事をしていたときから、クライアントの要望に応えるのは前提で、それが果たして社会的にいいものなのか、って考えることもあって。もっと大きい単位、大きい視野でものごとを考えたい、社会的な意味みたいなものがほしいと思うことがありました。THEはそれをしっかり考えている会社なのかなと感じて、共感した部分があります。

「新しいものを生み出すっていう活動は世の中に対しても責任がある。だからこそ慎重になりますね。美意識や、機能性、経済、地球環境、つくり手への負担、それらをクリアしなければ、定番としては紹介できないんです」

醤油差しというと、定食屋などでいつもトレイやおしぼりとセットで置かれているもの。従来は、液だれするという不便さを受け入れることが前提となっていた。

その違和感を解消するべく、青森県のつくり手と共同で2年をかけて“絶対に液だれしない”醤油差しを開発。形状や素材、サイズ感にもこだわり、どんな料理の席にも合わせられるものを目指した。

こんなふうに、日常のなかでつい受け入れてしまいがちな小さな違和感をきっかけに、企画が生まれていく。

『THE=“これこそは” デザインマニアの プロダクト問答』より

採用してもらったのは、2020年の2月でした。はじめはコロナの影響で、完全に自宅待機状態だったんですけど、1ヶ月過ぎたあたりから、オンラインショップの運営がはじまって。週に一度渋谷のお店に行って、荷物を詰めて発送するようになりました。そこで初めて、ほかのスタッフの人とはじめましてって顔を合わせて、一緒に作業をしましたね。

本格的にショップの仕事がはじまったのは、6月くらいからでした。接客は、大学生のころにパン屋さんとか居酒屋さんで働いていた以来です。必要があればお客さまのほうから声をかけられるお店とは違って、THEではスタッフが商品について詳しく説明していく接客スタイルなので、常にこちらから声をかけにいく必要があって。

実はもともと自分があんまりお店の人に声をかけられるのが得意じゃないんですけど、THEがめちゃくちゃ接客するお店っていうのを入社してから知ったんです(笑)。お客さまにどう声をかけていいのか、商品についてどう説明したらいいのか、最初は恐るおそるやっていました。

いきなりおすすめを伝えても一方的すぎるので、先輩スタッフの接客を近くで盗み聞きしながら、なるほどこんな感じかって学んで、チャレンジしていきました。でも建築とは違って、扱う商品を自分も実際に使ったことがあるので、「こういうところがいいですよ」「こんな使い方がおすすめですよ」って伝えやすいのは、すごくよかったなと思います。

思い入れがある商品は、やっぱり代表作の「THE醤油差し」ですね。今、店舗の仕事と並行して、noteっていうメディア媒体で記事を書いていて、その一発目のテーマが醤油差しだったんですよ。

醤油の歴史から調べて、そもそも醤油差しはいつ生まれてどういう経緯で使われるようになったのか、みたいなところまで遡って。いろいろと調べて記事を書いたので、愛着はすごく湧いています。THEに来なかったら、気にも留めなかったんだろうなって。そういうことに、仕事を通じてたくさん触れられるのは面白いです。

ただ正直、自分はそこまで、プロダクトそのものへの興味関心はないのかもしれないと思っていて。代表の米津とか、商品のセレクト担当のスタッフは、形や素材、デザインに対する追求心を強く持っているんです。でも、自分はそこまでではないなって、ここで働くうちに気がつきました。

どっちかっていうと、自分はものをつくっている人の考えとか、想いの部分のほうに惹かれているのかなと思います。THEで扱うのはバックグラウンドのしっかりした商品なので、こういう理由でこの素材が使われているんだ、この形なんだとか、知るきっかけはすごく多いお店だなと思いますね。

店舗の仕事も好きなんですけど、もともと自分で何かをつくるのが好きなので、接客だけだとちょっと物足りなさを感じるというか。noteの記事みたいに、ひとつ目に見えて自分の仕事が残っていくのは、個人的にはすごくうれしいです。

写真を撮るのも好きで、記事でも、こうすればわかりやすくなるんじゃないかって構成を考えながら自分で撮影しています。あとは今年の夏、「THEのグラスを使ってドリンクをつくってみよう」っていう記事のときに、動画を撮影したのも楽しかったです。THEのなかで、形に残せる仕事をもっと増やしていけたらいいなって思います。

THEには、一緒に働いていて面白い人しかいなくて。一緒に働いてるスタッフはみんな、何かしら話すと面白いんですよね。漫画とか洋服とかラジオとか、私が全然知らないことでも詳しい人が多くて、話を聞くのがすごく楽しいです。

ここに来てから、やりたいことにチャレンジできるようになってきたと思っていて。全然仕事とは関係ないんですけど、挑戦してみたかった髪型とか髪色にしたり、服装をちょっと変えてみたり。やりたいことをどんどんやってる人が社内にも多いから、影響を受けているのかもしれないです。仕事でもプライベートでも、いいなって思ったら、これからもどんどんチャレンジしていける自分でありたいなって思います。

2022年10月13日 東京・渋谷 THE SHOP SHIBUYAにて
聞き手 増田早紀