コラム

「しあわせな転職」
長く残る、美しいものを

このコラムでは、日本仕事百貨の記事をきっかけに転職した人たちを紹介していきます。

将来的には、コラムの一部をまとめた書籍も出版する予定です。

どんな想いで仕事を選んだのか、その後どんなふうに働いて、生きているのか。

それぞれの選択を知ることは、自分の道を選ぶヒントになると思います。

 

宗教法人 和布刈神社 神主見習い・櫻井麻衣さん

福岡県北九州市に1800年続く和布刈(めかり)神社。関門橋も、海峡をわたる船も、両岸に広がる人家やまちなみもない弥生時代から、この土地を見守ってきた神社です。全国的に神職の後継者が減り、正月三が日以外は無人の神社も多くなってきたなかで、海洋散骨や思物供養などさまざまな取り組みを通じて、現代の神社のあるべき姿を問い続けています。そんな和布刈神社に2021年3月から奉職しているのが、神主見習いの櫻井麻衣さんです。

美術の勉強をそもそもしていて。昔は獣医さんになりたかったんですけど、学力が残念ながら足りないことに気がつきまして。であるならば、成績の良い体育か美術どっちかを伸ばせばいいんじゃないかって、中学の担任の先生のアドバイスを受けて、美術の道を選びました。

美術に特化した高校に入って、大学も美大に行って。そこではデザインを専攻して、いずれはCMとかをつくるアートディレクターになりたいなと思っていました。ただ、3.11の震災があったときに、価値観が全部フラットになってしまって。回転の早いものじゃなくて、長く残していけるものってなんだろうと考えて、大学院で現代美術を専門に学びました。

神社との最初の接点は、高校生のとき。友だちが「巫女さんのバイトしない?」って言うので、東京の浅草神社っていうところで、高校3年生から27歳ぐらいまで毎年、お正月のお手伝いをしていて。そこでの経験が血肉になりましたね。

浅草神社は、三社祭という例大祭が有名です。その熱気に触れるなかで、ああ、こうやって物事って続いていくんだと。神社と氏子さんの関係も、一方的に支えているわけじゃない。浅草神社があることで浅草のまちに人が集まって、おれたちの商店街が栄えてる。だからありがとうっていうような、持ちつ持たれつの関係性があって、すごくいいなって。

神社って必要なのかなと思っていたときもあったんですけど。神様そのものの大切さだけじゃなくて、それをみんなで大事にしていこうっていうつながりを目の当たりにできたことで、神社は残していきたいものだなって思うようになりました。

職歴で言うと、いろいろやっています。大学院を出てからは、まずアニメーション作家さんのところで美術制作の仕事をしていました。

もともとやりたかった広告の仕事と作家的な仕事、どちらも経験できるのが楽しくて、やりがいもあったんです。ただ、昼夜逆転のリズムが、ちょっとしんどくなってしまって。仕事終わりに江ノ島で夕日を眺めながら、わたし地球にいたんだなって、ようやく実感できるというか。スタジオはカーテンや窓も全部閉め切ってしまって、コンビニにご飯買いに行くときぐらいしか外に出ていなかったので。

そのあとに一度、神社に就職しました。そこは氏子さんとのつながりではなく、かわいい御朱印の供給と、それをほしいと思う人の受給で成り立ってるような神社で。違和感を感じて、2年でやめてしまいました。

それから友だちに声をかけてもらって、フィギュアの彩色の仕事をはじめました。必要とする人がいて、目の前のものに対して全力を注ぐ。コツコツ、ものをつくることに集中してみるのはどうかなって。

その仕事が波に乗ってきたところで、和布刈神社の禰宜(ねぎ)の高瀨さんから連絡をいただいたんです。

じつは前に神社で働いていたときに、和布刈神社の記事を読んだことがありました。当時は授与所をリニューアルする前で、「多少効率がわるくなっても、本質を大事にしたい」と高瀨さんが言っていて。こんな神社もあるんだなって。

「たとえば、授与所で一度稲穂を購入していただき、お供えしていただく。お守りを授けたあとには、ちゃんと巫女さんが鈴を振る。生産性は下がるかもしれませんが、心根の部分、本質がちゃんと伝わるような方法に変えていこうと検討していて」

めまぐるしい日々のなかで 歴史を継ぐ、淡々と』より

すでに募集を締め切っていたけれど、ダメ元で電話したんですよ。そのときは「再開したらご連絡しますね」って言われて、社交辞令だと思うじゃないですか。だけどほんとに連絡をくださって。

当時は前の神社を辞めて、満足してくれる人のためにフィギュアを黙々とつくるほうが心地よくなっていた時期だったので、「申し訳ないんですけど、お断りさせていただきます」と、高瀨さんにお返事差し上げたんですね。そうしたら、すごい長文のメールが返ってきて、ちょっと胸打たれてしまって。「すみません、お断りしたんですけど、やっぱりいけますか?」って。

そのあと、ゲリラ的にここへ視察に来ました。一度は諦めた神社で、またほんとうに働いていけるのか、自分の感覚を確かめたくて。

境内のなかでやっている雑貨屋さんの「ひもろぎ」も開いていて、そこにいたお姉さんが「どこから来たんですか?」って話しかけてくれて。応募するか迷っていて、東京から来たんですけどって話していたら、「もしかして櫻井さんですか?」っていうふうに言われて、なんで知ってるんですか?って。店員さんだと思っていたその人は、まさかの高瀨さんの奥さまだったんです。

そういう一連の偶然、一つひとつのアクションがなかったら、わたしは今ここにいないなとあらためて思いますね。

入ってみて感じるのは、おめでたいことより「お悔やみ申し上げます」という場面のほうが多いなということです。当社では海洋散骨もおこなっているので、葬儀社の仕事に近いかもしれません。

よいところは… 静かなところですかね。視覚的にうるさくない。コロナ禍で、まちなかには「マスクをしてください」「消毒してください」「距離を空けてください」っていう表示がどんどん増えて。ここはそれがないだけで、すごく癒されます。そういうのを好まないので、高瀨さん自身が。

海が近いのもいいですね。出身は神奈川の海老名で、湘南まで車で20分ぐらいで行けるので、昔は父とサーフィンとかして楽しんでいたんです。海でぼーっとするのが好きで。海の目の前で仕事できるのは最高だなって。

今も、まだ作家を諦めたくない、自分でも何かつくっていきたいっていう気持ちはあります。

神社の原点って、雨が降ってありがとうとか、実りに感謝してっていうような自然崇拝だと思うんです。それを表現したものが、土偶や埴輪だっていうのがわたしの解釈で。自分の創作の原点も、そこにつながっているような気がします。

祭式で使う土偶や埴輪をつくって、お祭りも自分ではじめられるのかな、とか。神社の根源的な部分に通じるものを、ここでならいろんな形で表現していけそうです。

 

2022年6月9日 福岡県北九州市 和布刈神社にて
聞き手 ナカムラケンタ
書き手 中川晃輔

 


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