日本仕事百貨を運営するシゴトヒトは昨年から、「いいチームを探求し、つなげて、広めていく」をミッションに掲げ、さまざまな事業に取り組んでいます。
「自分の仕事をしている」と感じられる組織って、どんなものだろう。
このコラムでは、自社での取り組みや、ゲストの組織づくりの経験を紹介しています。
今回紹介するのは、わたしたちがファシリテーターとして関わらせてもらっている、株式会社名優さんの実践。
トップダウンの経営から、メンバーが能動的に動くチームを目指して。代替わりにあわせて、コミュニケーションのあり方をがらりと変えようとしています。
なぜこのタイミングでコミュニケーションに投資することを決めたのか。それによってどんな変化が起きているのか。
1年目の取り組みを経営層とスタッフ、2つの視点から振り返ります。
いいチームってなんだろう?
そう考えたことのある人なら、きっとうなずける話もあるはず。昨年を振り返りながら、新しい1年について考えるきっかけになればうれしいです。
株式会社名優は、千葉県八千代市にある医療機器メーカー。
1993年の創業以来、欧米のユニークで優れた医療機器を医療機関に紹介し、販売しています。
患者さんも医療者も、そして自分たち自身も、心から良いと思える製品を届けたい。扱う製品は、創業者である山根貫志さんがみずから目利き。
そのあり方に共感するメンバーが集まって「名優」という会社をつくってきました。
見方を変えると、会社=社長、という状態が続いてきたとも言える。
とはいえ、貫志さんがずっと前線で働けるわけではない。2024年10月、息子の山根優一さんに社長を引き継ぐことを決めました。
大手人材会社やコンサルで経験を積んできた優一さん。
人事評価制度をつくるにあたって、メンバーとコミュニケーションをとるなかで「自分の思考はマッチョだと気づいた」と話します。
ともに歩むこと約一年が経過した2024年秋。それぞれ、どんなことを感じているのでしょうか。
まずは名優代表・山根優一さんと、シゴトヒト・長島の対談をお届けします。聞き手は、編集者の阿部です。
山根優一(やまね・ゆういち) :
1991年生まれ。株式会社名優代表。大手人材会社、コンサルを経て現職。
長島遼大(ながしま・りょうた) :
1995年生まれ。「日本仕事百貨」「リトルトーキョー」を運営する株式会社シゴトヒト所属。代表のナカムラとともに、名優の組織づくりのファシリテーターを務める。
優一:
僕が入社するまで、名優には評価制度っていうものがなかったんです。
というのは、働く人は前社長がすべて自分で採用していたし、一緒に歩んできたから。誰が何をしてるか、どういうスキルがあって、どのくらい貢献しているか、自然と把握できている状態だったんだよね。
でも僕はみんなの歩みも知らないし、全員の仕事を常に把握できるわけじゃない。同じやり方は無理だろうと。
なので、成果を客観的に評価できる制度をつくったんです。
長島:
いわゆるWill-Can-Mustを作成したり、定量的に測れる指標で目標をつくったりしたんですよね。
優一:
社員全員と1on1をするようにもなりました。どんな姿を目指したい? 次は何をすればいいと思う? など、成長のための支援になればという思いで。
そんなとき、スタッフのひとりが、僕が口癖のように発する「成長」という言葉がプレッシャーになっている、という話をしてくれたんです。すごく衝撃的だった。
その方はプライベートが大変な時期で、正直、目の前の仕事で精一杯。
だけど、社歴も長いし、仕事もできる。この人ならもっと上を目指せるだろうと、勝手に理想を押しつけていたんですよね。
長島:
よかれと思って発言していたことが、ある人にとっては辛さになっていたと。素直に伝えてくださったのは大きいですね。
優一:
そういう視点でこれまでを振り返ると、急に末恐ろしくなってしまって。
もちろん、一人ひとりの待遇を上げることを考えると、個人の成長は欠かせません。仕事での成長は充実感につながるとも思っています。
それは前提としてありつつ、なかにはペースを落としてプライベートに集中したい、という人がいてもいいよなと。こちらが勝手に決めてはいけない。
互いが考えていることを本音で伝えられる環境じゃないと、きっと似たことが起こる。そういう気づきもあって、本音で話せる組織づくりを進めようと、シゴトヒトさんにファシリテーションをお願いしています。
長島:
モヤモヤとしているものはあるけれど、話せないという状況は、ほかの企業さんも課題に感じているポイントだと思います。
同じ方向を向いているはずなんだけど、なんだかうまく回らない。長い目で見れば経営にも影響すると思います。
なんでも話せるようになるには、「話しても大丈夫」と感じられる関係性がつくられていることが必要。それって回数を重ねていくことが大事で。
取り組みとして、優一さんと貫志さんへの公開インタビューを見てもらったり、双方向のコミュニケーションがとれるようなワークショップを企画させてもらうなどしました。
ワークショップ後には全員に感想を書いてもらうようにして。率直な言葉が届くようになると、こちらも安心しますよね。
長島:
最近の優一さんを見ていると、社員のみなさんのことを「知らなきゃ」から「知りたい」に変わってきているように感じていて。
いいコミュニケーションをとれているのかな? と。
優一:
たしかに、その変化はあるかもね。
もともと人に興味はあるほうだったけれど、最近は「知ってほしい」という気持ちが大きくなってきた。
長島:
知ってほしい?
優一:
入社したときから、スタッフインタビューに取り組んでいて。社員もパートさんも全員対象でやっていて、いまは3巡目になるのかな?
社外の人に知ってほしいという気持ちもあるけれど、一番届けたいのはうちのスタッフ。
「こんなこと考えてたんだ」「noteを読んではじめて知りました」という声が多いんだよね。互いのことをもう少し深く知れたら、もっといいコミュニティになるのに、と思ってる。
たとえば… フィードバックがこわい、と言われている人がいて。その人に話を聞いてみると、本心ではより良い仕事をしたいと思ってフィードバックをしてくれている。
伝え方に問題があることは自覚しているけれど、仕事がいそがしくて丁寧にコミュニケーションする余裕がない。それがすごくつらい、と。
そういう背景を知ると、受け取り方も変わるじゃないですか。
もっと成長したい、より良くしたいというポジティブな気持ちはあるのに、相互理解ができてないばかりに、マイナスが生まれてしまうのは嫌だなと思って。
業務のなかだけで、本心が伝わるコミュニケーションをとってください、というのは無理がある。意図的に機会をつくらないと。
でもこういうのってだいたい、必要だとわかってはいるけれど、時間もないし余裕もないからできません、と流されていってしまう。
だからこそ、会社として立ち止まる勇気が必要だなと思います。
長島:
立ち止まる勇気、ですか。
優一:
インタビューや1on1もそうだし、一人ひとりと向き合う時間をつくること。
目先の売上を考えたら僕が営業に行ったほうがいいはずなんですよね。
時間をかけて土壌づくりすることが、2、3年後の発展につながるはずだと僕は信じてるけれど、勇気はいりますね。
長島:
いやあ、本当に…。その勇気を持ち続けられるのはどうしてなんでしょう?
優一:
やっぱり、こう… 創業者と経営者って違うんですよ。僕の中で。
創業者って0からつくってきた人だから、ある程度なんでもできちゃう。僕はそうではない。
もちろん得意な分野もあります。戦略的なことを考えるとか、toBの営業とか。でも、名優ってひとつの事業体ではほんの一部でしかない。
30何人いる中で、うちって営業3人しかいないんです。というのを考えると、僕の得意分野って、人数比で考えたら30分の3でしかない。
30分の27は、ほかの人が考えたほうが絶対いいものが出てくる。だからその人たちが、自身の持つ能力を最大限発揮できたら、会社って自然によくなるはずで。
大事なのは、お客さんに向けていいアウトプットをすること。
とすると、すべて僕がジャッジすることがいい結果になるとは限らない。
いろいろな人が、自分の得意な領域で能力をいかんなく発揮できるように、権限を委譲していく。それが個人の成長にも、会社の成長にもつながるんじゃないかって思っています。
長島:
創業者と経営者、という話で思い出したことがあって。
前社長の貫志さんに公開インタビューをしたとき、優一さんに向けて「自分にないものを持っているから、そういうところを活かしてほしい」ということを話されていて。
その言葉を受けて、優一さん、安心されたところがあったんじゃないかなと思ったんです。
優一:
それはよく覚えてるし、公開インタビュー以外でも言われたね。
自分と同じことをしなくていいんだよっていうのは、やっぱり安心しますよね。それに、スタッフのみんなも安心したんじゃないかなと思う。
変わることが許容されてるというかさ。トップが変われば会社も変わる。変わっていくことを恐れなくていいんだよ、というメッセージにもなったと思うんです。
長島:
社長が変わるということは、考え方も変わるということ。向かうところは一緒でも、そのプロセスは人によって変わりますよね。
長く勤めてきたスタッフさんからは「違う会社に勤めるくらいの変化」という声もありました。
優一:
そうですね。社長が変わるってことは、それまで積み上げてきたものが評価されなくなる可能性もあることだから。
僕、入社したばかりのころ、「頑張っても、結果につながらないと意味ないんで」ということをよく言っていて。相互理解がないなかでの発言で、すごく不安にさせたなって思う。
僕はそういう考え方で育ってきたから、結果で評価するのが当たり前だと思っていた。
ケンタさんは僕のそういうところをマッチョって表現するんだよね。「自分がマッチョであることを自覚しなさい」って(笑)。
だから、会社のみんなにも「僕がマッチョだなと思ったら、『マッチョになってますよ!』って言ってね」と伝えてる。
会社を信じて支えてきてくれた人に報いたい。そういう思いで前社長はスタッフを評価してきたんですよね。そこを真っ向から否定するのは違うなと思っています。
長島:
創業者と経営者、立場が違うからこそ見えてきたことかもしれないですね。
ほかにも違いを感じることってありますか?
優一:
そうですね。とくにうちの場合… いま取り組んでいる評価制度づくりって、会社が人格を持つことだと思ってるんですよね。
今までの名優って、「山根貫志」なんですよ。言っちゃえば。
彼がひとりで始めて、その想いに共感する仲間が集まって大きくなったので。彼の考えや表現が会社そのものでもあった。
僕は、名優っていう人格をみんなとつくりたいと思っている。山根優一にしてもそんなうまくいかないと思ってるから。
… 評価って、会社の根幹だと思うんです。名優という人格が働く人に対して、どういうことを期待するかを可視化したのが評価制度なので。
最終的には僕が判断しなきゃいけないけど、やっぱり名優らしい評価制度があるはず。
うまく形になったなというのが、去年発表したSALWAYという医療機器ブランド。外部パートナーさんの力も借りつつ、スタッフと何度も話し合って一緒につくってきた。
発信内容を考えるときも、社長がなんて言っているかじゃなくて、「SALWAYだとどう考えるか?」という考え方なんですよね。主語はあくまでSALWAY。
そういう感覚で、名優っていう組織の人格づくりのようなことを、みんなと一緒にやっているんだな、と感じています。
長島:
話を聞いていると、スタッフのみなさんを信頼されているというか。リスペクトしているのが伝わってきます。
優一:
リスペクトもしてるし、世の中にいっぱい会社があるなかで、名優を選んで働いてくれたことに感謝しています。
それに、ひとが喜んでくれたらうれしいと思っている人ばかりというのがすごいなと思っていて。
長島:
たしかに、名優の人たちって、似た性質を持ってる感じがします。
優一:
たぶん、そこがこれまで唯一の採用基準なんですよ。言葉にはしていなかったけれど。
働くことを通じて何をしたいか。ひとに喜んでもらうことがうれしいっていうのは、おそらくみんな共通していて。
そこが合わない人は、おそらく早い段階で辞めている。本人も、サポート側も違和感を感じると思うんです。
言葉になってないけれど大切にしてきたものを、一つひとつ認識していくことが人格づくりなのかなと思います。
同じ思いは持っていても、考え方がぶつかるときがあるかもしれない。そのコミュニケーションを積み上げていくのは簡単じゃないと思う。
でも、スタッフのみんなとなら、きっとできるだろうと信じてる。
そこはファシリテーションに入ってもらいつつ、コミュニケーションの土壌をしっかりつくっていきたいですね。
後半、スタッフ編はこちらから。
2024/11/19取材
聞き手・撮影・編集 阿部夏海
イラスト 後藤響子
デザイン 荻谷有花