コラム

何もしない、
それが理想のコーチ

これはしごとゼミ「文章で生きるゼミ」に参加された鈴木花菜さんによる卒業制作コラムになります。

文章で生きるゼミは伝えるよりも伝わることを大切にしながら文章を書いていくためのゼミです。

オッケー! ナイスプレー!

活気ある声が飛び交う中、選手を一歩後ろから見守る人物。それが、横浜国立大学男子ラクロス部のヘッドコーチを務める やすさん。ほぼ無償ながら、毎週欠かさず練習や試合、ミーティングにも参加している。

やすさんも、この部のOB。

「大学では、上手くなりたくて全力で頑張っていたら関東代表にも選んでもらえたんだけど、そこにいるのはすごい選手ばかりで。自分が上手くなるだけじゃ、横国は全然強くならないって思ったんだよね」

横国が強くなるよう、代表練習で学んだことをチームに還元するように。そうしているうちに、チームが成長するための橋渡しのような立場に、面白さを感じたという。

「自分が頑張って上手くなるのは当然だけど、自分の伝え方や存在感でチームに良い影響を与えるのは、なかなかできることじゃないなって」

「だから引退したときも、自分が活躍できたことより、チームとして成長したことの方が嬉しかった。この経験を自分だけのものにするつもりはなくて、良いチームを作ることをこれからもっと極めたいって思ってた」

そして大学を卒業して数年後、ヘッドコーチとして横国に戻ってくる。

そこでまず初めにしたことは、チームに問いかけることだった。

「みんなは、この部活を通じて何を成し遂げたいと思っているの?」

この問いを1人1人きちんと考え、みんなで共有する。その上で、チームで目指すところはどこなのか、どんな集団になりたいのか。自分たちで考え、決めてもらう。

「これは、個人として、チームとして、これからの行動の指針となるものだから。最終目標だよね。それさえ定まれば、あとはそれを達成するための行動を続けていけばいい。だから、納得できるまで時間はいくらでもかける」

「コーチが考えて、チームでこれを目指そうって押し付けるのは簡単。だけど、そうじゃなくて、自分たちで決めるのが大事」

やすさんは、押し付けない。

「みんながミスを怒ってるのにすごく違和感を持ったんだよね。それって、チームの雰囲気が悪くなるだけだし、目標の達成には全くつながっていない。それよりも、ミスした行為を責めるんじゃなくて、認める。その方が、みんな楽しいし雰囲気も良い。頑張れる」

「だから、ミスした時に、もっとチャレンジしよう、ナイストライって。そういう声かけが出るようになったらいいなって」

その思いから、あるレクレーションを行った。

指一本で支えているフラフープを、声をかけあい、息を合わせて下げていく。最初はどのチームも上手くいかなかったものの、作戦会議を経て、みんな成功することができた。

「それじゃあ、チームが前進した言葉と後退した言葉をあげてみなって。そうすると、よし、いいぞってメンバーを認めるのが、プラスな言葉。なんでだよ、おいってメンバーを責めるのが、マイナスな言葉だってみんな勝手に気がついた」

そのときやすさんが選手に伝えたのは、「これって、ラクロスでも同じだよね」。ただそれだけだった。

しかし、その後の試合では自然とみんながプラスの言葉を使うようになり、チームの雰囲気が劇的に良くなったという。

指示や命令をしてしまうのは簡単だが、そうはしない。選手が自分で気がついたり、納得して決めたりできるようにする。

「みんな誰かに言われたことより、自分で納得して決めたことの方が頑張れるからね」

たとえば選手が、やすさんの考えとは違うプレーをしたとする。そのときも、それはだめだ、こうしろ、と指示はしない。そうではなく、まず選手に聞く。

「なんでそうプレーしたの?あぁ、なるほど、って。聞くことで、やすさんは自分のプレーを認めてくれてるって選手は感じると思う。その上で、ちなみに俺はこう思ったけど、これはどう?って俺の意見を提示する」

「そうしたら選手は、あぁその方がいいですね、とか、いや自分はそう思わないです、って、自分の意見と比べて自分で選択することができる。言われたことをやるんじゃなくて、自分で納得して決める」

やすさんが伝えたいのは、あくまでもラクロスだけではない。

「自分で目標を決める。そのために何が必要なのかを考えて、行動、判断する。そうしてでた結果なら納得できる。これって、部活だけに必要なことじゃない。社会に出ても同じ。この部活での経験すべてが、ラクロスだけじゃなくて、社会に出た後、それぞれ活躍する舞台で活きるはずだと信じてる」

「だから究極は、自分は何もしなくても、いいリーダーが育って、自分たちで全部できるチーム。たまーに、これどうですかって言われて、おう、いいんじゃない?って言うだけ。その一言が異様に重い、みたいな。一歩引いて側にいて、やすさんが見守ってくれてるから、自分たちはただ信じて頑張ればいいんだって思ってもらえたら、一番理想のコーチ」

(2018/11/1 鈴木花菜)