コラム

「ゴチソウサマ」の、
その先を

これはしごとゼミ「文章で生きるゼミ」に参加された中原慎弥さんによる卒業制作コラムになります。

文章で生きるゼミは伝えるよりも伝わることを大切にしながら文章を書いていくためのゼミです。

食べることの大切さや、命を頂戴することの有難さ。

小さい頃に教わったはずのことを、大人になった今、疎かにしているように感じることがある。



学生で賑わう湘南台駅。

西口を出て徒歩三分、雑居ビルの二階にあるダイニングバー「ヤッサイモッサイ」は、「いただきます」と「ごちそうさま」を思い出させてくれる場所だ。

ファミコンやミニ四駆、漫画雑誌が置かれた、どこかノスタルジックな内装。バーカウンターの向こうにはたくさんの酒瓶が並んでいてワクワクしてしまう。

厳選されたお酒と親しみを感じる創作料理を提供するこの店で、大学1年の秋からアルバイトをはじめて約2年半が経った。

みんなから「ボス」と呼ばれる守田径記さんが、この店のオーナーだ。

「九州出身なんだけど、うちってすごい田舎で。野菜が軒先や玄関に置かれてたんだけど、野菜を見れば誰がつくったかわかったんだよね。大根だったらこの人で、白菜だったらあの人でって。次会ったとき、『ありがとうございました、美味しかったです』って言うのがマナーというか、野菜を介した地域のコミュニケーションがあった」

「でも小さい頃に大切にしていたことだったり、あのときの『当たり前』を今は大切にできてないんじゃないかって思って。じゃあそうしたことを思い出して、食べ物に対するそれぞれの積極的な部分を産むためには、生産者と消費者が繋がる必要があるんじゃないかって気がついて」

店が契約する、同じ湘南台の神山農園でつくられる野菜はどれもびっくりするほど美味しい。生で食べられる人参や大根、苦くなくて甘い春菊。毎日農園に買出しに行って神山さんのおばあちゃんと顔を合わせれば、野菜とそれをつくる人のコンディションもわかる。そうして料理に伝えられることがある。

ブランド豚のみやじ豚を使いはじめたのも、「生産から顧客の口に届けるまで」をビジョンとする社長さんに共感するところがあったから。絶妙な火加減で焼かれたステーキは、口の中に入れた途端油がじゅわっと溶けだす。

それぞれの料理から生産者の温かさや人の繋がりが感じられる。それに、一つひとつのことが考えられている。

鍋にできる灰汁を丁寧に取りながら、一つ目標があると話してくれた。

「なめられやすい業種なのよ、飲食って。福利厚生とか、間違ったところを一個ずつ正していかないと、底辺だって言われる飲食業界は変わらないはずなのね。だから個人店でもここまで出来るんだっていうのを、どこまでやれるのかやってみようっていうのが、一つの目標でもあるんだよね。ゆくゆくは個人の店でもここまで出来るんだって、胸張って言えるようになりたい」

ここで働く人たちは、みんなお店のことが好きだから働いていると思う。卒業していったアルバイトが手伝ってくれることもある。今の社員さんたちは元アルバイトで、社会人を経てこの店に戻ってきてくれた人たちだ。

「飲食で働いていると結婚できないってよく言われるんだけど、みんな結婚してくれた。最低限の部分はクリアできたかなって、すごく嬉しかったよね。一般企業としてはまだまだだけど、社会的な部分は少しずつ成長できてるかなって思う。でも比較するのが飲食業界じゃ意味がないんだ」

慣れた手つきで小気味よく野菜を切りながら話すボス。

「せっかちなんだよね、俺って。どんな仕事も、自分が何か手掛けたことの結果が出るまでには絶対タイムラグが生じるんだけど、もしかしたらそれって何年もかかってしまうかもしれない。それが待てないんだ。飲食業って『食べること』。その時間を演出できるから、評価や反省がその場でできるじゃない?」

目の前のことに丁寧に向かい合いながらも、ボスの言葉や身振りの端々には、いつも「その先」が感じられる。料理を出して終わりではなく、じゃあその先どう変えていくか。何をしたら喜んでもらえて次に繋がるか、常に一手先を考えて行動している。

お座敷をステージに見立てて音楽やお笑いのライブをやることもある。最近では、落語家さんをお呼びして寄席を開いた。そうした、ちょっと異なる使い道から、更に店との繋がりが生まれていく。

かく言う私も、新歓コンパの会場として訪れたことがきっかけだった。あのときは一緒に働くなんて、思いもしなかったけれど。

「美味しいお酒も出したいし、ご飯も、ライブも、イベントも。楽しいことならなんでもやりたいし、そこから料理や人に繋がってくれたら嬉しいから。入り口は広い方がいい。だからうちは、ぼかして“ダイニングバー”なんだよ(笑)」



オープンから今年で11年を迎える。変わらないことと、変えていくこと。

それぞれを大切にするこの場所で、大学卒業まで働く予定だ。

(2019/3/14 中原慎弥)