コラム

人のセックスでご飯を食べる
かきぬまさんの
これまでとこれから

これはしごとゼミ「文章で生きるゼミ」に参加された薄井由実果さんによる卒業制作コラムになります。

文章で生きるゼミは伝えるよりも伝わることを大切にしながら文章を書いていくためのゼミです。

かきぬまさんは高円寺に住む大学生。ラブホテルで働きだして、2018年の10月で2年が経つ。

「わたし1年続いた仕事なくって、すごくないですか!?」と、自分に驚いて人懐っこく笑う。

「ラブホテルで働いていると、こういう人がいるんだろうな、こういうこともあるんだろうな、っていう自分の想像を超えてくるようなこともあって。プレイのために家具の配置まで変えてしまうとか」

ロウソクのロウは掃除が大変。ブルーシートを使うプレイには、絵の具や金粉、いろいろ登場するけれど、比較的みんなビニール袋に綺麗にまとめて退出してくれる。お風呂場に撒かれたとろみのあるローションは、透明で気づきづらい罠。よく滑って転ぶため、脚には生傷が絶えない。

かきぬまさんは、どうしてラブホテルの仕事をはじめたのだろう。

「大学に入った頃は、茨城の実家から通学していて。朝も働けないし、昼間も大学。授業終わりから終電まで働ける場所っていったらラブホかなって。単純に面白そうって気持ちもあって」

「接客は苦手。すぐ自分と人を比べちゃうし、店員とお客さんって関係性も、強く言われたり、何もしていないのに突っかかってこられたり、本当に怖い。仕事は、怒られるのが当たり前、みたいなところもあるじゃないですか。なんでわざわざ怒られに行かなきゃならないの!って」

とにかく、人と関わりたくない。

時間の融通も利き、人と接さずにいられる仕事を探した末にみつけたのが、ラブホテルの清掃員だった。

かきぬまさんにとってラブホテルのイメージは、働く前も今も変わらず、えっちな場所。でも、その「使い方」はそれぞれで、“えっち”という一言で片づけることはできない。

「いろんな人たちが来るから、自分にとっての普通がわからなくなって。ラブホって欲を持つ人たちのための場所で、方法は違っても、根本的な目的は一緒」

「みんな一緒じゃん。じゃあ全然大丈夫だ、わたしも。自分に自信がなくても、相手がどうでも、普通とか、他人とか、そういうものと比べる必要がないなって思うようになって」

かきぬまさんは、大学で映像やメディアについて学んでいる。友人と遊びながらラジオ制作をしたり、大学で習ったプログラミングにハマって、自分の誕生日を祝ってくれるだけのプログラムを組んでみたり。もともと表現することや、ものづくりも好きなのだとか。

あるとき、友人に本を出してほしいといわれ、自分が見てきたラブホテルの使い方について描いてみようと思いついた。

自分の経験をもとにした絵本。気が弱くて人と接することが苦手な主人公の「ヤンちゃん」がラブホテルの清掃員の仕事にたずさわるなかで、少しずつ成長するストーリーだ。

「ラブホテルで働いていると、みんなからいろいろと聞かれるので、まとめちゃった方が早くない?って思っていたところもありました。絵本のイラストを描いているときに、インターン先の社長に見つかって、面白いから展示やりなよって。そこから3週間後に展示が行われることになって」

そこから、かきぬまさんの人生初の展示、『人のセックスでご飯を食べる』展の準備が始まる。

「展示なんてやったことないし、絵本もちゃんと作ったことがない。告知も全部自分。短期間で、資金も限られた中での準備は、本当につらかった」

「勝手にひとりで戦っているような気持ちでいたら、展示3日前の夜中に、絵本を作る紙のサイズが間違っていたことに気づいたんです。次の日はバイトがあるし、お金もない。積もっていたつらさが決壊して、号泣しました」

はじめての会場設営は、展示開始日のギリギリまで続く。

そして、なんとか初日を迎えられた。

かきぬまさんが柔らかな色味で描く、切実でクスッとしてしまうラブホテルの「使い方」は、初日から最終日にかけてSNSを中心に少しずつ広まり、客足も伸びていく。

展示が終了する頃には、次の展示会場が決まったり、イラストを見た人からショップカードの依頼があったり、作品とともにかきぬまさん自身の活躍の場も広がっていった。

「やりたいことを最後まで成し遂げられたのも初めてだから、自分でもびっくりしているし、うれしい! ラブホテルって、結構扱いにくい話だと思っていて。でも自分が体験しているから、世の中に『ヤンちゃんみたいな見方も楽しいよね』って提示できた」

ラブホテルの仕事で他人への意識が変わったかきぬまさんは、展示を通して、また少し強くなれた。これからも、一番身近に自分が体験して、感じたことを世の中に提示していきたい、と話す。

「今は“大人”についてよく考えています。例えば、ズボンのチャックが開いていて、教えるかどうか悩むのも、すごくバカバカしい。でもあえて言わないことが大人、みたいな風潮がある」

「言うべきことや言いたいことを言わないとか、怒っているけど出さないとか、そういうのが大人なら、大人って何なんだろうって」

(2018/10/16 薄井由実果)