これはしごとゼミ「文章で生きるゼミ」に参加された八幡有哉さんによる卒業制作コラムになります。
文章で生きるゼミは伝えるよりも伝わることを大切にしながら文章を書いていくためのゼミです。

日曜、午前8時。東京都・南阿佐ヶ谷。
急に降り出した秋の冷たい雨に打たれながら、駅前のカフェへ駆け込む。
開店直後の店内には、他の客の姿はない。軽快なジャズが流れるなか、ホットココアをすすりつつ彼の到着を待つ。
彼と会うのは実に三年ぶりだ。ずっと気になっていた“ある事”を聞くために、久々に連絡を取ってみた。
「あ、いたいた。おはよう」
声を張るわけでもなく、つい先日会ったばかりというようなトーンでこちらに近づいてくる。低く太い声と落ち着いて穏やかな雰囲気は、昔と何ら変わらない。
話を聴かせて頂くのは、大学時代の友人である横山雄太さん。平日はネット通販や不動産仲介の仕事で生計を立てる、32歳のフリーランスだ。

実は、彼にはもうひとつの名前がある。
『事例亭 独楽太』(じれってい こまった)
そう、彼は、落語家である。
「芸名の由来?周りの落語家さん達に、勝手に決められたんだよ。どんな名前にするか悩んでいたとき、“困った”顔をしてたから(笑)」
現在は“アマチュア”落語家として、月に3回ほど高座に上がっている。落語の世界では、師匠について入門した者を“プロ”、それ以外を“アマチュア”と区別するらしい。
お金を頂いてのイベントだけでなく、老人ホームや図書館といった場所でも登壇するそう。
たまたまSNSを通じて、彼の落語家としての活動を知った私。最後に会った3年間には挙がらなかった話だ。
なぜ突然、彼は落語の世界へ足を踏み入れたのか。旧友として、気にならざるを得なかった。
「はじめは、仕事でのトーク力を高めるために落語を聞きはじめたんだ。先代の圓楽(えんらく)師匠ってわかる?笑点の司会もしてた方。圓楽師匠の『芝浜』という演目を聴いて、そこから一気にハマったね。『なんだこれ、かっこいいじゃねぇか!』って、心を掴まれて」
そこから落語に目覚め、2016年に杉並江戸落語研究会へ所属。稽古を重ね、今では定期的に高座に上がるようになった。

これまでで最も印象に残っている高座について、聞いてみる。
「勝どきに、敬老館っていう年配の人が集まる場所があって。そこで落語をやらせてもらったんだ。お客さんは30人くらい居たんだけど、その中に無表情で全く反応しないおじいちゃんがいてさ。腕組みして、顔も体も微動だにしない。高座から話しててもその姿は目立っていて」
「それで終わった後、そのおじいちゃんが僕の所に来たんだよ。そしたら『いやー、私は落語が好きでね、今日は最高に楽しかった』ってポロっと言ってさ。『いや、だったらもっと笑ってくれよ!』ってツッコミかけたよね(笑)」
太く凛々しい眉を掻きつつ、苦笑いを浮かべ当時を振り返る独楽太さん。
「でもその言葉を聴いて、『反応しない=つまらないと思っている』わけではないと気づいたんだ。反応しているか、よりも、心が動いているか、に目を向けることが大切だなって」

お客さんの心を動かすためには、演目の世界観にどっぷりと浸かって貰うことが大事だという。
どうやって、お客さんをその世界に引き込むのだろう。
「『台詞を味わう』こと…かな。落語では、複数の登場人物を一人で演じるんだよ。その中で役同士の掛け合いもある。身体を右に向けて、次に左に向けて。身体の向きで演じ分ける。ただそのときに、覚えた台詞をしゃべるだけだと、会話している感じにならなくて。面白みも深みもない」
「例えば、AさんがBさんに『馬鹿野郎!』と言う場面があるとするよね。その言葉の真意は、罵倒なのか、愛情なのか。Bさんの立場になって、言われたことをどう感じるかしっかり味わって、反応として次の台詞を返していく。同じ演目でも、その点を深められるかによって臨場感が全然違ってくる」
話は止まらない。
「落語の導入部分を“まくら”って言うんだけど、そこで何を話すかは高座に上がるギリギリまで考えるかな。話す演目をその場で変えることだってある。客席をじっと観察して、お客さんの年齢層や笑いのツボに合わせて、ベストを探っている感じ」

聞けば聞くほど、落語家としてのこだわりが見えてくる。今後“プロ”を目指す考えはあるのだろうか。
「変に誤解されたくないけど、“アマチュアが丁度良い”と思ってるんだ」
「お客さんに喜んでほしい、とは当然思うよ。だけど『自分が心から良いと思える落語』を突き詰めることが、何より大事」
制約なく、自分のこだわりを貫ける。それが“アマチュア”である醍醐味だという。
「落語家自身が楽しんでいて、自分の落語に確信を持っているからこそ、お客さんに熱量が伝わる。だから自分の落語を突き詰めて、それを面白いと感じてまた来てくれるお客さんを、大事にすればいいんじゃないかなって思うんだ」
「“プロ”だったらそうはいかないかもしれないけど。僕は“アマチュア”として、楽しみながら高座に上がり続けたい。自由にのびのびと。それくらいが、僕にとっては丁度良いかな」
(2018/10/28 八幡有哉)