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薬草文化の芽吹き

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

「薬草」と聞いて、どんなものを思い浮かべますか?

たとえば漢方で有名な葛根湯は、クズ・マオウ・シナモン・シャクヤク・ショウガ・ナツメ・カンゾウといった薬効成分のある植物を組み合わせたものです。

聞きなれない名前もあるけれど、意外と身近なものが薬草として使われています。

長い歴史がありながらも、まだまだ一般的には知られていない薬草。その魅力を伝えようと、岐阜県飛騨市が薬草を活用したまちづくりをはじめています。

今回募集するのは、地域おこし協力隊として飛騨市の薬草プロジェクトに参加し、ゆくゆくは中核となってプロジェクトを引っ張っていく人。

すでに活動している地域の人や市役所の人と協力しながら、薬草文化を醸成していきます。

薬草に関する知識や経験はまったく問わないそう。それよりも興味を持って積極的に取り組んでくれるような人を求めています。



名古屋駅から特急列車に乗って約3時間で、飛騨古川駅に到着する。

飛騨古川は古い町並みが残る落ち着いた雰囲気のまち。どこを歩いても遠くには稜線の美しい山々を眺めることができて、清々しい空気感がある。

そんな飛騨のまちに明治4年から続く老舗の料亭旅館『蕪水亭』を訪ねた。

ここで最初に話を伺ったのは4代目館主の北平さん。NPO法人『薬草で飛騨を元気にする会』の理事長も務めている。

『薬草で飛騨を元気にする会』は飛騨市が官民一体となって薬草プロジェクトを推進するために立ち上げたNPO。北平さんはその理事長として、民間側の代表を務めている。

ほかの地域では民間レベルで薬草事業に取り組んでいるところはあるものの、飛騨市のようにまちを挙げて行っている地域は全国的にもめずらしいという。

どうして飛騨市で薬草プロジェクトがはじまったのだろう。

「もともと12年ほど前に、旧古川町が薬草の調査を村上光太郎先生に依頼をしたのがはじまりなんです」

「そのとき250種類もの薬草がこのあたりに自生していることが分かって、全国的にも薬草の宝庫だと先生は仰ったんですね」

村上先生とは熊本にある崇城大学薬学部で教授をされていた方。日本や世界を歩き回り、地域や家庭に伝わっていた民間薬を調査・分析してきた薬草研究の第一人者だ。

薬草の活用を全国に広めようと、薬草によるまちづくりや全国薬草シンポジウムなども手がけていたという。

村上先生は惜しくも昨年に逝去されてしまったが、それまで飛騨市は先生に師事を受け、薬草を活用したまちづくりを模索してきた。

「僕が飛騨市の薬草プロジェクトを知ったのは2013年。けど最初は、苦い・渋い・えぐい・辛い・酸っぱいの薬草をどうやって広めるんだろう、料理するにもできるわけないよねって思っていました」

蕪水亭では代々館主自らが包丁を握るのがしきたり。北平さんも長年料理人として様々な食材を扱ってきたから、薬草を使うことの難しさが容易に想像できたという。

「薬草を美味しく料理することなんてできるわけない。飛騨市の職員にはっきり伝えたら、できると言うんですよ。それで連れられて、2013年の全国薬草シンポジウムの会場だった徳島の上勝へおじゃましたんですね」

会場では、アケビの肉詰めやサツマイモをクチナシで煮付けた料理など、薬効のある食材がふんだんに使われたオードブル料理が出てきたそう。北平さんは地元の料理人や村上先生に、つくり方と薬効を一つずつ教わったという。

「薬草も、こうやって料理すれば日常的に摂取することができて、元気になれる。これは面白いと思ったんですね」

こうして北平さんは独自に薬草料理の研究をはじめることにした。

ところが最初はうまくいかず、失敗の連続だったという。

「薬効って、要はアクとか苦味なんです。それって味と見栄えが重視の日本料理では捨てるのが当然な部分。薬効を残した料理をつくるっていうのは、僕が長年やってきた日本料理をある意味否定するようなことだったんですね」

「だから美味しくて見栄えのいいオリジナルの薬草料理をつくろうとすると、これがなかなか難しくて」

どう解決しようとしたのですか?

「苦味をうま味に変えるんですよ」

苦味をうま味に。

「そう。コーヒーだって苦いけど美味しいでしょ?苦味はうま味を引き出す要因でもあるんです。だから、たとえば薬効が残った汁をジュレとして使って、料理全体でバランスを取るんですよ」

「薬草をうまく使った料理がやっとできるようになって、それで2014年に飛騨で全国薬草シンポジウムが開催されたときは50種類の薬草料理をつくったんです」

同年にNPOが発足。北平さんを中心に約80名の地域の人たちが参画し、薬草を活用した市民の健康づくりや地域活性化を目指して、市役所とともに官民一体となった取り組みを行ってきた。

そのひとつが『薬草フェスティバル』。薬草をもっと身近なものとして飛騨の人たちに知ってもらうために、2日間にわたって開催したイベントだ。

地元の人たちの協力を得て、ゲストハウスで薬草ベーグルを提供したり、カフェで薬草ハンドソープづくり体験をしたり。蕪水亭でも薬草料理を提供し、村上先生と開発した薬草茶の販売も行った。

また、国産薬草茶ブランドtabelの新田理恵さんや料理家で元Taihibanシェフの森本桃世さんをゲストとして招き、北平さんと一緒にトークイベントも行った。

「フェスティバルで大人気だったのはこれです」

そう言ってガサゴソとたくさんの瓶を取り出す北平さん。

瓶の中に入っているのはすべて飛騨で採れた薬草だという。全部で30種類ほどあるだろうか。

「ティーセレモニーといって、薬草を組み合わせて自分に合う薬草茶を飲もうっていうワークショップです。これはtabelの新田さんにプロデュースしてもらったんですよ」

「さっそく実演しましょう。目をつむって、身体や体調のことで気になる部分を考えてみてください」

んー… パソコンをよく使うので、目が一番疲れている気がします。

「そうしたら目に効くお茶をつくりましょう。目って腎臓とつながっているんですね。腎機能を一番活性化するのはオオバコの種。それをシャゼンシと言いまして、漢方でも使われています。これを2杯」

「それとスギナ。シャゼンシの薬効を高めてくれる作用があるんですよ。これをひとつまみ」

オオバコにスギナ。意外と身近にある植物ですね。

「そうなんです。小豆も誰もが知っていますけど、尿が出やすくなる薬効があるんです。尿がスムーズに出ると腎機能がよくなるので、小豆を入れます」

「あとは頭の血行をよくするイチョウの葉を入れましょう。最後はハトムギ。これはリンパの流れをよくします」

完成したお茶をいただくと、とても飲みやすくて驚いた。

優しい味で安らぎのある香り。毎日飲みたくなるくらい美味しい。

「けっこう美味しいでしょ?すべて村上先生の受け売りですけど、ちょっと知識がつけばこういうこともできるようになりますよ」

最近はNPOで薬草コンシェルジュの制度をつくり、専門家の育成をはじめたという。

薬草コンシェルジュは初級・中級・上級に分かれ、上級の認定試験を合格した人はティーセレモニーなどを開催したり、講師活動ができる。

そうして自立して活動していく人が増えることで、薬草がより広く浸透していくのだと思う。

「自生している薬草だけじゃ今後数が足りなくなるので、何人かの方に栽培をお願いすることもはじめました。薬草を買い取る仕組みができれば、たとえばお年寄りの方が耕作放棄地で薬草を育てて小遣い稼ぎができる。そうやって広まっていけたらなって」

市役所の方に話を聞くと、北平さんはNPOの中で最も精力的に活動している方なのだそう。みんな本業を抱えているため、なかなか薬草プロジェクトに本腰を入れることができない。

北平さんはなぜ率先して関わるのだろう。

「最初は面倒だなぁって思ってましたよ(笑)でも、薬草料理を研究していくうちにどんどん美味しくなっていくのが面白くてね」

それなら蕪水亭だけで薬草料理を提供すればいい、となりませんか?

「たしかにそうだけど、ひとりの力ってたかが知れてますわ」

「みんなで力を合わせて地域のいろんなところで薬草や薬草料理が広まっていけば、今度は別のお店に行ってみようっていうリピーターも増えると思う。そうやってだんだんと地域に根付いた文化になっていくと思うんですよね」

文化に。

「ええ。薬草の文化が地域に根付けば、まちの人が元気になって医療費は削減できるし、商品が売れて商業に結びつく。これこそ究極のまちづくりだと思うんです」

「ただ、自分たちではうまく発信できていないんですね。よく言われるのが、飛騨の人ってアピールするのが下手だって。イベントや講演会をやっても集まるのはお年寄りの方ばかりなんですよ。だから、これから来てくれる人にはまずPRをお手伝いしてくれるとうれしいです」

北平さんは、どんな人に来てほしいですか?

「こんなのやってみましょう!って気軽に話してもらえる人がいいですね。失敗は恐れなくて大丈夫です。まずやってみて、それがダメだったら次に向けてまたやっていけばいいので」



「まずはゆっくり飛騨のことを知ってほしいですね」と話すのは、飛騨市役所の土田さん。

「来て早々にいろいろ提案してくれ、なんて言いません。最初の1年間は活動に参加いただきながら薬草のことを学んだり、地域の人たちともつながって、少しずつ飛騨に慣れていってほしいです」

今は、市街地にある空き家を改装して薬草プロジェクトの拠点をつくる計画が進んでいるところだそう。

まだまだ計画を練っている途中なので、これから加わる人にも一緒に関わってもらいたいという。

「薬草を展示したり、ティーセレモニーを実演したり、いろいろできるようになると思うんです。ゆくゆくは協力隊の方にその拠点を任せたいと思っているので、任期満了後も自立していけるようにしっかりサポートしたいと思っています」

土田さんは、どんな人に来てほしいですか?

「地域のハブになるような方ですね。我々のプロジェクトとは別に、薬草の普及に取り組んでおられる農家のお母さんのグループがいくつかあるんです。これからはそういう方とも連携していけるように、人とつながるのが好きな方だといいですね」

商品開発やツアーの企画など、できることはたくさんあるような気がします。

飛騨が「薬草のまち」として全国的に知られる日は、そう遠くないかもしれません。

(2018/2/23 取材 森田曜光)

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