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変わらないために変わる

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

風情ある木造家屋が軒を連ねる通りには、浴衣に身を包み、下駄を鳴らして外湯をめぐる人たちの姿。

その風景が、開湯1300年を誇るまちの歴史に積み重なっていく。

兵庫県豊岡市に今も続く城崎(きのさき)温泉。

「駅は玄関、道路は廊下、宿は客室、外湯は大浴場」とまち全体をひとつの旅館として捉える考え方で、訪れる人をもてなしてきました。

このまちで150年以上のれんを掲げてきたのが、老舗旅館「西村屋」。

歴史の息づかいを感じさせる純日本旅館の魅力は、世界にも評価されつつあり、今では国内外からたくさんのお客さまが足を運んでいるそうです。

取材を通して感じたのは、お客さまによろこんでもらいたいと日々仕事に込める想いが、旅館の歴史を形づくってきたこと。そして、働く人自身の未来にもつながっていくということでした。

お客さまをもてなす客室係を募集します。

 
東京から飛行機を乗り継ぎ、コウノトリ但馬空港へ。そこからはバスに乗り、城崎温泉駅へと向かう。

まちの中心に位置する「一の湯」という公衆浴場を過ぎ、お店が並ぶ通りを5分ほど歩くと、重厚感のある建物が見えてくる。

風格ある佇まいに、思わず背筋が伸びる。

館内に入ると、正面に日本庭園。広々としたエントランスには落ち着いた雰囲気が漂っている。

1階にあるバースペースで、代表の西村さんに話を伺った。

西村さんは7代目を務める傍ら、全国の旅館組合の青年部長などいろいろな肩書きも持ち、広く活動しているんだそう。

「旅館組合の名刺にはスローガンを載せていて。『変わらないために変わる』って、偉そうなことを言っているんですよね(笑)」

旅館の空気感に少し緊張していたけれど、気さくに話してくれる方で気持ちがほぐれる。

西村さんは大学を卒業後、大阪の企業に就職し、2000年に城崎へ帰ってきた。

家業を継いだのは2011年のこと。

「そのとき、自分の家業を次の世代にちゃんと渡すことが最大のミッションだと思ったんです」

「でもそれは、一つの館だけが頑張っても無理な話で。城崎があっての西村屋、西村屋があっての城崎でもある。地域ごと盛り上げていかないと」

観光地とはいえ、現在まちの人口は1年に約700人ずつ減少しているという。高齢者の人口がピークを迎える2045年には、若い世代は今の半数近くにまで減ると予想されている。

「何もしないままでは、次世代に対して責任を果たしているとは言えないので。まちをなんとかして良くすることをいちばん考えていますね」

まちを良くしていく。

それは、城崎のまちの人たちがこれまでずっと大事にしてきたこと。

大正14年に起きた北但大震災により、城崎温泉一帯は焼け野原となった。

復興の先頭に立ったのが、西村屋の4代目・西村佐兵衛。

ただ元どおりに復興するだけでなく、災害に強いまちづくりを目指し、道路や河川、公共施設の整備にも取り組んだ。

「そのときに、町民全員が自分の土地の1割をまちに提供しているんですよ。そうやって、みんなでまちをつくってきた歴史がある」

城崎のまちの人たちが大事にしているのは、「共存共栄」という言葉。

旅館の内湯の広さも、収容人数に対して何立方メートルとルールを決め、みんなが守っている。それは、お客さまをどんどんまちのなかに出して、地域で経済を回していこうという考えを共有しているから。

今も地域一体となって、もっと観光客が歩きやすいまちにしようと交通量削減に向けたプロジェクトが進行中。西村さんも立ち上げから関わっている。

そんな城崎に、今では年間約70万人の宿泊客が訪れる。日本へのインバウンドが人気となっているここ数年は、アメリカ、アジア、ヨーロッパ各国など外国人宿泊客が大幅に増えているそう。

そうしたなか西村屋も、パリに情報発信を目的とした拠点を設立したり、世界各国の観光地を紹介する旅行博に参加したりと、海外への発信にも力を入れはじめている。

認知度が高まりお客さまが増えてきた一方で、旅館の人手は不足しているのが現状。

全国的に見ても、最近では少ない人数で食事を提供できるビュッフェスタイルの旅館が増えているという。

「でも、うちは今のところ、朝晩お部屋で食事をとっていただくスタイルを変える気はありません。なぜかというと、お客さまからいちばん寄せられる声って、『誰々さんに担当してもらって良かった』『また会いに来ます』とか、ここで働く人たちに関することなんです」

「私たちは、“あの人たちがいる旅館に帰ってきたい”と思ってもらえることを目指しています。生産性が低いと言われることもあるかもしれないけれど、自分たちが届けたいおもてなしの形を続けていくことが、結果として将来生き残っていくことにつながると考えています」

 
普段、どんなふうにお客さまをもてなしているのだろう。

客室係の副部長を務める、成田さんに話を伺った。

以前は地元の九州で仲居として働いていたそう。仕事の引き出しを増やしたいと、13年前にやってきた。

「入社して、ここではより密接にお客さまと関わりながら仕事ができると感じました。特別な時間を求めていらっしゃるので、ゆっくり快適に過ごしていただけるように、しっかりと目を配りながら仕事をしています」

これまでで印象的だったことを尋ねると、あるエピソードを話してくれた。

「とあるお客さまのお部屋に入ったとき、奥のテーブルにお写真が立ててあるのが目に留まりまして」

そのお客さまはリピーターの方で、写真に写っていたのはよく一緒に訪れてくれていた友人の方だった。

もしかすると亡くなられたのかもしれないと考えた成田さんは、友人の方にも食事の時間を楽しんでもらえるようにと陰膳(かげぜん)を準備しておいた。

陰膳とは、故人の写真の前にお供えするお膳のこと。

「お食事がはじまる直前に伺ったら『せっかくなら乾杯だけでも一緒に』ということだったので、もうひとつ食前酒をお持ちして」

「毎回一緒に来てくださっていたほどの仲だったようで、写真に写るご友人に『よかったねぇ』と語りかけながら、よろこんで涙されたんです。それを見て私も、『あぁよかったな』というふうに思いました」

そのお客さまにとっては、かけがえのないひとときになったと思う。

成田さんは前職で経験はあったものの、知らない土地で一人暮らしをはじめたころは、馴染んでいくのに時間がかかったそう。

「でも、そういう時間もあったから逆にこのまちのことを知ろうと思って。城崎の名物やお土産やさんについて調べて、実際に足を運んだり、食べてみたりしました」

お客さんからは城崎や西村屋のことを聞かれることも多く、まず自分自身が知ったことで、お客さんとの会話がスムーズに続いていくようになった。

「小さなことでも、プラスαになることをしようと思えば、いくらでもやれることがあるんです」

まずは、扱う道具や料理の出し方など、覚えていくことがたくさんある。

そのうえで、それぞれのお客さまに合わせて、臨機応変に考え行動していくことも求められる。

大変に感じるかもしれない。

でも、会社として社員の声に耳を傾けながら、働きやすい環境づくりに取り組んでいる。

たとえば、2年前からはシフトの作成にIT技術を導入。

いつ休みを希望しているのか、何部屋担当しているのかを正確に管理し、以前担当していたお客さまがいれば優先的に割り振るなど、ルールをあらかじめ設定。お客さまの予約情報と照らし合わせて、コンピューターが自動的にシフトを作成してくれる。

それまでは、2日前になってようやく次のシフトが決まる状況でスタッフの負担になっていたのが、改善されているという。

個人の能力を高めていくことにも力を入れていて、たとえば、企業と協力し英会話学習ができるアプリを開発。

海外からのお客さまにお料理を紹介するときなど、すぐに旅館で活かせるような会話に特化して、スマートフォンから気軽に学べるんだそう。社内の外国人スタッフによる英会話講座も定期的に行っている。

 
そうしたなか、若い世代のスタッフも活躍の場を広げているようでした。

入社5年目の甲斐さんは、未経験からこの仕事をはじめて、現在は客室係のリーダーを務めている方。

「大学3年のときにアメリカに留学して。異文化を体験するうちに、日本人の何気ない振る舞いのなかに日本の良さがあったと実感したんです」

日本を訪れる海外のお客さまに、日本文化の良さを伝えたい。そう考え、帰国後はおもてなしの仕事を探した。

縁あって出会ったのが、西村屋。

入社してから生け花や着付けなどの作法を身につけていったそう。

「常にお客さまに気を配りながら、なおかつ自分の作法にも意識を向ける。奥が深い仕事です。緊張感のある職場ですし、最初はいっぱいいっぱいになってしまうこともありました」

まわりのプロ意識も高く、できていないことは面と向かって指摘された。

悔しい思いをしたし、自信をなくすこともあった。

「それでも、正直にぶつかってきてくれたからこそ、どう良くしていけばいいのかを考えることができました」

「何より私の希望を汲んで、早い段階から海外のお客さまを担当させてもらえたんです。自分のやりたいことができると同時に、このままじゃだめだという思いでがんばってこれたのかな」

海外のお客さまを迎えるとき、何か意識していることはありますか?

「まずはお客さまの雰囲気を汲み取るようにします」

「食事の前に乾杯の写真を撮ろうか?と声をかけて撮ってあげたり。寝るときにしても、慣れないと畳の上に布団だけでは固すぎて寝られなかったりするので、マットレスの高さは大丈夫?と声をかけて、希望があれば少し厚めのものに変えるようにしています」

柔軟に考えて行動する甲斐さんの姿は、一緒に働く人たちの目にもちゃんと映っていた。

入社3年目には、フランス・カンヌで開かれた旅行博に参加。商談の席に立会い、着物姿で西村屋について英語で紹介した。

「そのとき、海外の方からの関心が高いのを実感して。私たちのやっていることは間違いじゃないんだと、自信にも似た気持ちが芽生えてきました」

「それまでは、城崎のなかの西村屋でどう頑張っていくかを重点に置いていたんですけど。会場でいろいろな国の人と出会って、価値観や視野が広がっていきましたね」

 
最後に、西村さんの言葉を紹介します。

「城崎はどこにでもあるまちじゃない。それは自信を持って言えます」

「もっと良い場所にしていくために、新しいチャレンジもしていきます。これから城崎がどう変わっていくかまで一緒に楽しんでくれる人に、仲間に加わってほしいですね」

(2018/02/01 取材 後藤響子)

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