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「僕、この地域に根づく自然に寄り添う生活も、集落に暮らしてきた人々のことも、素敵だなと思うし尊敬しているんです。この土地にある価値を、宿の仕事を通して、伝え残していきたいと考えています」これは、かたくりの宿の管理人・渡邊さんの言葉です。
かたくりの宿は、新潟県と長野県の県境にまたがる、秘境・秋山郷にあります。
集落に住む子どもたちの学びの場であった学校を改築してできました。
今回は、ここで働く料理人を募集します。
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食卓に並ぶまでの一つひとつの仕事が、この宿では丁寧に積み重ねられていました。
料理経験は必要だけれど、調理師免許はなくても大丈夫とのこと。
自然が好きで、地域に根ざして料理をつくりたいという人にとっては、得られるものの多い環境だと思います。
併せて、宿の運営アルバイトスタッフも募集するので、興味のある方は読んでください。
東京から新幹線で越後湯沢駅へ。4月上旬のこの日もまだ雪が残っている。
ここからかたくりの宿へは、バスを乗り継ぎ1時間半ほど。
階段状の河岸段丘や棚田など、はじめて目にする景色を眺めながら、バスは道幅のせまい山道を上っていく。
上結東という停留所を降りてすぐ目の前に、かたくりの宿はあった。
「こんにちは。ここまで遠かったでしょう」
朗らかに迎えてくれたのは、宿を管理運営している渡邊泰成(たいせい)さん。
宿の中を案内してもらったあと、ロビーで話を聞くことに。
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「それだけ雪が多くこんな山奥なのに、ここには縄文時代から人が住んできたと。不思議ですよね」
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縄文時代から続いてきた人間と自然の関わり方を見つめながら、地域を継承していく。
そんな思いとともに、津南町と十日町市を舞台に2000年から開催されているのが『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』。
芸術を媒介に、世界中から集まったアーティストたちが地域にあるさまざまな価値を掘り起こしながら作品を残してきた。
渡邊さんは大地の芸術祭を運営するNPO法人越後妻有里山協働機構のメンバーで、もともと美術作品をつくってきた方。
出身は兵庫・宝塚。大学は京都の美大に通った。
「制作を通じて自分自身と向き合ううちに、自分は自然の恩恵を受けて生かされていると気づいて。自然のことを知らないままでは、自分が何者かもわからないだろうなと思うようになったんです」
大学を卒業すると、北アルプスの山小屋で働いたり、インドやネパールの山々を渡り歩く生活を送った。
「街にいたときは、自分が口にしている水がどこから来ているかなんて全然知らなかったし、知らなくても暮らせていました。自分で川まで汲みに行かなければ飲めない状況に置かれてはじめて、いろんな人たちの仕事が蓄積されたうえに自身の生活が成り立っていたと、理解できるようになったかな」
あるとき、知人を通じてかたくりの宿の運営管理人にならないかと声がかかる。それをきっかけに2010年に移住してきた。
山小屋などで暮らしていた経験があったとはいえ、はじめて体験することばかりだったそう。
「投雪機を使って除雪しているとき、溝にはまって抜けなくなって地域の人に引き上げてもらったこともあります。失敗しながら、暮らしの知恵を教わってきて、今もまだまだ勉強中です」
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館内に飾っている写真は、地元の人たちを訪ねて回り、コピーさせてもらったものなんだそう。
地域の歴史にも耳を傾けていった。
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それは、平等に保障されるはずの教育を受けられなくなるということ。
地域の人たちはその後43年ものあいだ声を上げつづけ、1935年にようやく義務教育免除地の指定は解除される。
けれど過疎化が進み、1986年に休校。1992年には閉校を迎えた。
地域の人たちにとってさまざまな想いが詰まった場所。なんとか再利用できないか話し合い、宿として生まれ変わることになった。
2009年からは越後妻有里山協働機構が運営している。
「僕たちは、学校の歴史や匂いをいちばん大事に思っていて。訪れる人たちが昔の面影を感じられるような宿でありたいと考えています」
宿の食事も、地域の文脈をつなぐように地元の食材にこだわった料理を提供し続けている。
運営をはじめた当初、厨房を任されていたのが渡邊真紀さん。
渡邊さんの奥さんで、今は双子のお子さんを育てながらアルバイトスタッフとして宿の運営に携わっている。
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いつごろ何がどの辺りで採れるかということを、地元の人に教えてもらいながら覚えていったそう。
「下処理に手間がかかるんですけど、料理しないともったいない!と思うと、つい買い物袋いっぱいになるほど採ってきちゃうんですよね(笑)。栗の殻を剥いたりするのも2〜3時間ずっと続けられます」
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料理の仕方も、集落の人に教わっていった。
「この地域はよく家に人を呼んでお茶を飲みつつおしゃべりするんです。各家庭のお惣菜やお漬物も出してくれるので、レシピを聞きながらつくり方を覚えたり、自分から料理教室のような場を設けて教わったりもしました」
郷土料理にアレンジを加えたメニューも、試作を重ねて開発していった。
基本の献立は、前菜5品と蒸物、主菜に揚げ物、ご飯と汁物、小鉢。
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「それに加えて、リピーターの方には以前と同じものはお出ししたくないし、連泊される方にも毎日違うメニューをお出ししたい」
「そうすると、リピーターの方と連泊の方が重なったときには、3〜4パターン献立を練らないといけなくなるんです。夜中までかかったこともあります。最初だからとがんばりすぎちゃって」
おふたりの話を聞いていると、この地域のこと、この宿で過ごす時間への愛着を感じる。
渡邊さんと真紀さんのお話の余韻に浸りながら、食堂で夕食をいただくことに。
この日のメニューは、採れたての山菜などを使った前菜5種と雪下人参のピュレをのせた茶碗蒸し。赤菊が美しい酢物に、雪下きゃべつとヒマラヤ茸の“つなんポーク”巻き。
ふき味噌とじゃが芋の春巻きは、外はパリパリ香ばしく中はほくほくで、ほんのりふき味噌が香る。
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真紀さんから仕事を引き継ぎ、今、メニューづくりから調理まで一連の役割を担っているのが、艸香(くさか)さん。
今夜の夕食も艸香さんがつくってくれた。
食事を終えて、仕事が落ち着いてから艸香さんに話を伺う。表情も語りも穏やかな方。
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その後も継続してホームページを見ていると、かたくりの宿の料理人の募集を見つける。
料理と山の中での暮らしに興味を持ち、応募したという。
「小さいころから料理するのも食べることも好きで。自分で野菜を育ててみたいからと、小学生のときには近所の空き地の一部を借りてアスパラガスやトマトを育てていました」
よほど食への好奇心が強い人なんだろう。
とはいえ、山深い地域で暮らすことに不安はなかったのだろうか。
「最初の1日だけホームシックになったものの、次の日には集落の方たちが歓迎会を開いてくれて。おじいちゃんおばあちゃんたちが『いやぁよく来たね!』とうれしそうに迎えてくれたんです。この人たちがいたらやっていけそうだなと思えました」
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「山菜の下処理は、それぞれの種類に合った方法があるんです。たとえばゼンマイだったら、茹でたものをちりちりになるように揉みながら干して、十分に乾燥させる。加減も目分量で難しかったですね」
料理もレシピ化されていなかったから、練習しながら体で覚えていった。
少しずつ一人でできる仕事の幅を広げ、3年目からは艸香さんがメインで担当することになった。
毎日の仕事は、朝6時ごろ朝食の準備をするところからはじまる。朝食の片付けをしたら、食材の買い物へ。昼過ぎから夕食の仕込みに入り、夕食後、自分たちも食事をとったあとにメニューを考える。
「休めるときは休憩できるんですけど、忙しいときには朝から晩まで立ちっぱなしのこともあります」
真紀さんやアルバイトの方が手伝ってくれるものの、艸香さんだけでは大変なので、今回の募集となった。
それにしても、気持ちが折れそうになることはなかったですか。
「私はそうはならなかったですね。なんていうのかな、生活しながら仕事しているような感じなんです」
一昨年からは自家栽培をはじめ、休みの日には畑仕事に精を出しているそう。休憩時間にも草花を見つけてきては、季節を感じてもらえるようにと料理の盛り付けに添えているという。
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暮らしと仕事、そして自然が同居している。そのなかで艸香さんが受け取ったものが、料理にも表れているように感じる。
取材を終えて、いきいきとした気持ちが湧いてくるのを感じました。
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(2018/04/09 取材 後藤響子)