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机の上であれこれ想像をふくらませるより、ひとまず動いてみよう。何かを変えようと思ったら、ときにはそんな軽やかさが必要なのかもしれません。
京都府与謝野町で動き出した、シルクプロジェクトを進めていく地域おこし協力隊を募集しています。目指すゴールは、次世代にまちをつなぐために、仕事をつくり過疎化が進む町を元気にすること。

そう話してくれたのは、一緒にプロジェクトを進めることになる与謝野シルクプロジェクト推進協議会の方々です。
そのために、まずは桑の木や蚕を育て始めているところ。ゆくゆくは、新しい町の仕事をつくっていけたらと考えています。
手探りながら動き始めた与謝野町の新しいチャレンジを、まずは知ってほしいです。
与謝野町は京都府の日本海側、兵庫県との県境にある。最近できた京都縦貫道を使えば、京都市内からは車で1時間半ほど。隣の宮津市にある日本三景の天橋立を訪れたことのある人は多いと思う。
与謝野町をはじめて知ったという人も、“丹後ちりめん”なら聞いたことがあるかもしれない。湿度の高い気候が生産にぴったりだったことから、与謝野町では300年ほど前から、生地全面に細かな凹凸が入った絹織物が盛んにつくられてきた。
訪れた日はちょうど稲刈り直前。車から降りると、風にのった香ばしい田んぼの香りに包まれた。うれしくなって、思わず深く息を吸い込む。この日はずっと、町中で稲のいい香りがしていた。
町をぐるりと囲む大江山に、天橋立をのぞむ海。そのあいだに農地がひろがっている。

はじめに訪れたのは、昨年の5月に与謝野シルクプロジェクト推進協議会のメンバーと地域のボランティアたちが植栽したという桑畑。現在約4000本の桑が植えられている。
「こんにちは。桑畑の畑番をしてます、坂根です」
そんな挨拶で迎えてくれた坂根さんは、協議会事務局であり与謝野町商工会で経営支援員もしている方。

「協議会は、今年はじめに組織されました。誰ひとり桑なんて育てたことのない素人集団なんだけど、とりあえずシルクをつくりましょうということでね」
「まずは蚕のえさになる桑を育てて、秋からは蚕を育てることも決まっています。養蚕農家に研修に行ったりしながら勉強しているところです」
開墾も行ったという畑の苗木は、よく見ると順調に育ったもの、少し元気のないものなどまちまちだ。慣れないながらも日々管理をしているみなさんの苦労が垣間見える。

ところで、いったいこのプロジェクトはどういうものなのだろう?
この日は商工会の事務所に、シルクプロジェクトの協議会メンバーが集まってくれた。
さっそくお話を聞いてみると、一番に答えてくれたのは町内で織物業を営む安田さんです。

“京の豆っこ”というのは、町内のとうふ工場などから出るおからを主原料に、米ぬか、魚のアラを加えた有機質肥料のこと。与謝野町には、京の豆っこを使った自然循環農業に、長年町をあげて取り組んできた歴史があるそうだ。
3年前から、土作りから農産物をつくる安心・安全な「みえるまち」としてまち自体をブランド化しようとする取り組みが始まった。ここで、もうひとつの基幹産業である織物業にもスポットが当てられる。
「現状では、丹後ちりめんの95%くらいに中国製の絹糸が使われているんです」
「与謝野ブランドを語る以上は、原料となる糸も自分たちでつくって、純与謝野産の丹後ちりめんをつくらないといけないんじゃないかという話になって」
今後の町のものづくりに対する姿勢を見せていこう。そのためにシルクプロジェクトが始まった。
安田さんは代々続いた機屋の3代目。身をもって体感しているという、この町の数十年の変化を話してくれた。
「僕が小学生のときは、家から学校まで機屋の音が途切れたことはありませんでした。いつもどこからかガシャンガシャンって機音が聞こえてね」
「だけど今は、学校まで歩いても機屋は一軒あるかないかです。この町の織物業は風前の灯火ですから」

「与謝野町自体も、僕らも、機屋で育てられたようなもの。携わるものとしては、ここが踏ん張りどころだと思うんです」
「そのためには、このプロジェクトは糸をつくるだけじゃだめだと思ってて。町を変えようと思ったら、違う可能性も探しに行かないと」
違う可能性ですか?
「たとえば医療の分野でも、シルクの効能はまだまだ研究されてない部分が残ってる。蚕のさなぎを漢方薬として販売したりすることもできるかもしれない」
「織物も、今まで与謝野町で織っていなかったような種類のものができることもあるでしょうし。いろんなところで、可能性はまだまだ残ってると思うんです」
新しく入る人も、実務と同時進行でさまざまな可能性を探ってほしいとのこと。
「このプロジェクトがブレイクしたら、おのずと与謝野町の織物も注目されるでしょう」
プロジェクトをどう進めていくかという話し合いは、月に1回ほど開かれる協議会会議で行なわれる。みなさん本業を別に抱えながら参加しているそう。

「協議会がなくても話すメンバーなので、いつも雑談の延長でスタートする感じですね」
「はじまってしまえば、いい感じの緊張感があって。『この間、こんな話聞いたよ』とか、『ネットでこんなやり方見つけた』というようなことを意見し合います。養蚕の学会の先生を呼んで勉強会をすることもあります。みんなが前向きになれるような空気ですね」
取材中も「安田くんは弁が立つなぁ」「それが言いたかった!」と横から合いの手が入る。和気あいあいとした雰囲気が印象的だった。
プロジェクトの可能性はさまざまあるとはいえ、まずは絹糸をつくらないとはじまらない。ひとまず今は、蚕のえさになる桑を育てるところにチャレンジしている段階だ。
ここで、先ほど挨拶をした商工会の坂根さんも話に加わる。
協議会に入ったら、まずは何をすることになるのでしょうか。
「まずは桑園の整備です。冬は雪かきもあるでしょうね」

自然や動物が相手なので、現場はいつも大変なのだそう。
知識を身につけられる場所はありますか。
「ありますよ。たとえば養蚕については、兵庫県丹波市の養蚕農家さんのところで教えてもらっています」

得た知識はみんなで共有し合う。協議会のメンバーになるなら、自らすすんで学ぶ意識が求められそう。
「今は桑のお守りをしていると言ったけど、私は商工会の職員として、いずれプロジェクトが独立するとなったときに伴走支援できたらと思っています」
「この協議会を会社組織にしてもらうのもいいと思っていて。その事業のリーダーとして町に根づいてもらいたいという思いもあります」
いずれ町の仕事をつくってもらいたいということですか。
「そうです。正直『織物自体が商売として成り立たなくなってるというのに、またそこをやるのか』という批判的なご意見もたくさんいただくんです。それでもやるんです」
はじめてのことばかりだし、批判を受けることもある。それでもみなさんを動かすものって何なのだろう。
町役場商工振興課の大上さんが答えてくれた。

やらないと、はじまらない。
「与謝野町の基幹産業の現状を守るだけではやっぱり限界がある。新しい何かを模索していって、チャレンジしていこうっていう考え方がこのプロジェクトにはあるんです」
同じく町役場の金谷さんも、大上さんの話に頷きながら話を続ける。
「僕もみなさんも子どもや孫がいて、彼らが生まれ育った町を存続させていくためには、仕事をつくっていかないとという思いが、根っこにはあるんだと思います」

最近は、協議会メンバー1人ひとりの「まちを変えていこう」という意識がすごく上がってきていると感じているそうだ。
自分たちで積極的に動き出している協議会の人たち。その脇を役場のみなさんがサポートしていくかたちで、プロジェクトは進んでいる。
どんな事業をつくれるだろう。化粧の仕上げに使うフェイスパウダーや、サプリメントなど、すでに世の中で製品化できているものをつくったとしても、一貫してひとつの町でつくられている安心感は、それだけで十分な魅力になるように思う。
協議会としては3年以内に、人を雇えるくらいの何らかの事業をつくりたいと考えているそうだ。
みなさんが口々に話しはじめるので終始にぎやかに取材は続く。雑談のようなかたちで町での暮らしの話になった。
「地域との関わりは生活と切り離せないですね」
「祭りの役といった自治会の役がいろいろあるんですよ。そういうのに参加してお互いの交流が生まれないと、やっぱり暮らしにくいと思います。そこはみんな積極的につなげていきたいなと思っていますよ」
聞けば、町内でリーグが組まれるほどスポーツが盛んで、集まりが大好きな町民性なのだそう。
ほどほどの参加にしておかないと、あとから負担になってしまうから、様子を見ながら町には馴染んでいってほしいとのこと。

「それは自信を持って言えます(笑)」
町の話をはじめるとみなさん本当に楽しそう。最後に、どんな人に来てもらいたいか教えてください。
「養蚕農家になってもらいたいわけじゃないんですよ」
「僕らと夢を共有してくれて、一緒に挑戦してみますって言い切ってくれる人に来てもらいたいですね」
この日お会いしたのは、未来の話を楽しそうにしてくれる、明るくて気さくな方ばかりでした。
まだまだ見えないことが多いけれど、一緒に考えていけるポジティブな仲間がいるというのは本当に心強いと思います。
(2017/9/1 取材 遠藤沙紀)
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