※日本仕事百貨での募集は終了いたしました。再度募集されたときにお知らせをご希望の方は、ページ下部よりご登録ください。
「僕はどんな庭をつくるのかということに、こだわりはないんです」最初にその言葉を聞いたときは、お客さんの要望にすべて応えるから、自らのスタイルはないという意味なのかと思いました。
けれど話を聞くほどに、どうやらそうではないらしい。
ただ受身になって、希望を聞いて庭をつくってしまうと、結果として希望に添えないものになってしまう。
きちんと相手の言葉は受け止めながら、もっと良い庭、良い空間にできないか考える。答えはひとつではないから、何かにこだわらずに一つひとつの庭に向き合う。
佐野さんの庭は、そんなふうに生まれていました。
ぶんぞう株式会社は、個人宅から保育園や商店の外溝などさまざまな庭づくりを手がける会社です。
庭に植える植物を自分たちの手で育てたり、庭の基礎となる土台づくりや左官仕事まで行ったり。完成後のアフターサービスも含め、庭づくりを最初から最後まで、すべて自分たちで行っています。
その評判は次第に広がり、現在は全国から庭づくりの依頼が届くように。
ところが社内は、代表である佐野さんと今年入ったばかりの女性社員、寺澤さんの2名体制。結果、お客さんを1年近くお待たせしている状況なのだそう。
そこで今回、一緒に庭づくりをしてくれるスタッフを募集することになりました。
異業種からでも飛び込める環境なので、未経験の人にもぜひ知ってほしいです。佐野さんの仕事に対する姿勢は、とても勉強になるものでした。
都心から電車に揺られること約2時間。千葉県の八街(やちまた)駅を目指す。
駅に着くと学校帰りの学生さんたちとすれ違う。初めて訪れた八街は、おだやかな郊外のまち、という印象だ。
今回は実際に手がけたお庭を見せていただきつつ、お話を聞かせてもらえることに。駅まで軽トラで迎えに来てくれた佐野さんと、車で10分ほどの現場へと向かった。
「年間10〜15件くらいのお庭づくりをしています。お家以外にも、幼稚園や病院からご依頼をいただくことも増えました。来週は新潟、再来週は群馬という感じで全国を飛び回っていますね」
庭づくりの職人、というと無口で上下関係も厳しい世界をイメージするかもしれない。佐野さんはそういった雰囲気とはかけ離れた、とても気さくで明るい人。
「好きではじめた仕事じゃないんです。一番下の弟がうちに居候してたんで、食わせていかなきゃと思って。友人の親の会社で、6年くらい街路樹の手入れとか草刈りみたいな公共の場を管理する仕事をしていました」
いずれは独立できるよう経験を積みたい。そう考えていた折、高田造園設計事務所への入社が決まった。
師匠である高田さんは、きれいに整えられた庭がよしとされていた時代に、雑木を使いその土地の自然環境を庭のなかに再現する「雑木の庭」を提案した方。
5年間の修行で学んだのは、豊かな発想力だったという。
「高田さんは、茶庭とかお寺の石組みのような伝統的な庭園技術も取り入れていて。既存のものが合わないと思えば、水道の蛇口を木でつくることもあった。そういう技術や考えを学ばせてもらって、僕の庭づくりの基礎ができていきましたね」
その後、27歳で独立。以降10年間、独自の庭づくりを手がけてきた。
佐野さんの庭づくりは、どんなふうに進んでいくんだろう。
聞けば、営業は一切行っていないそう。ホームページから依頼を受けたら、まずは現場へと出向き、2時間ほどお客さんの要望や困りごとなどを聞く。
「ほとんどお任せが多いです。世間話をしながらどういうものが好きなのか、探っていく。最初にイメージをつくってお見せしてから、ガラッと変わることはほとんどありません」
「木を置く場所によって家の見え方も大きく変わるから、どうよく見せるか、どう快適に住めるかっていうことは考えます。でも図面は、あってないようなものなんですよ」
あってないようなもの。それはどういう意味ですか?
「実際に工事をはじめて、予期しないところに水道の配管が出てきたらそれに合わせたり、実際の様子を見てデザインは柔軟に変わります」
たとえば、あるお宅の庭に配置した石のこと。建物は白が基調で、庭に置く石も深岩石という白くて四角い石を使う予定だった。でも、あらためて全体を俯瞰して見てみると、なんだかおもしろくない。
「茶色くてインパクトがある鞍馬石に急遽変えたんです。それはもう直感ですね」
直感、ですか。
「そう。ただ図面通りにやるよりも、もっと良くしたい。そう思うと…たとえ利益にならなくても、予定外のこともやっちゃうんですよね。ずっと残るものなので、妥協するよりもそのときの僕が持っているすべてを出して庭をつくっていきたいと思っています」
そういう想いはお客さんにも伝わるし、一つひとつの庭に丁寧に向き合う姿勢が信頼にもつながっている。
さらに特徴的なのは、コンクリートを使った土台づくりから、庭のなかで使う構造物、植物を育てることまですべて自分たちでやってしまうこと。
まるで森のように広大な材料置き場で、紅葉やヤシの木などさまざまな植物を所有。石は県外の石切場から切り出してくる。
「木を種から育てることもあります。そうすると根っこがどう育っているかわかるから、木を移植してほしいと言われたときにも自分たちでできる。知識がない人でも、特徴はだんだんわかってくると思います」
玄関へ続く園路をつくるときには、海で拾ってきた貝を細かく砕き、砂やセメントとまぜて使うことも。風合いをしっかりと出すために、洗い出しという作業も行う。「普通、そこまでやる奴はいないよ」と仕事を手伝ってくれた左官屋さんに言われるほど。
良い方法をひらめけば、手間は惜しまないし妥協はしない。
だからこそ、植物のこと、外構のこと、独自の感性も。佐野さんの背中を見ながら、いろんなことを広く学び続けられる面白さがあると思う。
まさにいろいろなことを吸収しながら働いているのが、唯一の社員である寺澤さん。
この4月から新卒で働きはじめて、3ヶ月が経ったところ。大学は美大で、4年間演劇を学んでいた。
「高校生のときはワンゲル部で山登りとかしていて。山とか風景は自分のなかで大事な要素でした。あるとき野外で演劇をやる機会があって、より一層風景というものに寄っていきたくなったんです」
そうして見つけた庭づくりの仕事。ところが実際に働いてみると、自分が想像していた仕事とは大きく異なるとわかった。
「庭づくりがこんなにコンクリートを使うと思っていなかった。私がイメージしていた木を植えるっていう作業は、本当に最後のご褒美みたいなものだったんです」
この3ヶ月の間にも、熱中症で倒れかけたり、重いコンクリートを運んで腰を痛めたり。身体の動かし方とペース配分は少しずつ模索しているところ。
それでも木に直接触れられるこの仕事がとても好きなのだと言う。
「ここにいると、知識として知っていただけのものを、一つひとつ体感できるんです」
体感できる?
「たとえば現場って、木を植える前は日向ですよね。日差しが照りつけるなかで作業をしていて、木が入って影ができた途端に、いかに人間が木に守られて生きてきたのかわかるというか」
「本で読むのと、実際に触れるのとでは全然違うんですよね。この木は、こういう色でこんなつぶつぶがあるんだなとか。そうやって一つずつ感じながら、空間が立ち上がる瞬間に立ち会える。それが醍醐味かなって思います」
うまく伝えられているかな…と心配そうに、丁寧に言葉をつないでくれる寺澤さん。本当にまっすぐに、この仕事に打ち込んでいることが伝わってくる。
大変さも痛感した一方で、働き方については良い意味でのギャップも感じているという。
「今度舞台をやるために1ヶ月お休みをいただくんです。演劇を続けていいよって言ってもらって。どちらも諦めずに、一つの働き方として認めてくれたのにはびっくりしましたね」
すると隣で、「だって俺も休みたいもん」と笑う佐野さん。
少数精鋭の会社だから、もちろん自分の都合を常に優先できるわけではない。だからこそ互いを思いやりながら、気持ち良く働き続けられる環境をつくりたいと考えている。
はじめは荷物運びなどを中心に指示を受けて動くことが多かった寺澤さんも、最近では少しずつ仕事を任されているそう。
「この前、下草を初めて自分で植えて。佐野さんは、あとからやり直すことになっても、まずは自由にやらせてくれます。やってみてから『あの草は日向だと枯れるんだよ』って教えてくれました」
「まだまだ、植物が成長した後のことまでは想像できないですけど。小さな空間でも、自分の手で生み出していけるのは本当に楽しいし、任せてもらえるのもうれしいですね」
最後にもう一人紹介したい人がいます。工藤工務店の代表、工藤さんです。
工藤工務店は千葉で注文住宅の販売を行っている会社。
工藤さんは、佐野さんに事務所の庭づくりを依頼した施主さんでもあり、ときには一緒に仕事をするパートナーでもある。今回、ご好意でお庭を見せてくださって、お話も聞かせてくれた。
佐野さんとはかれこれ4年ほどのお付き合いになるそう。
「うちで家をつくったお客さんも、庭は佐野さんに任せたいという人が多くて。半年くらい待たされるのに(笑)でも僕も、佐野さんなら安心して任せられるんです」
工藤工務店がつくったあるお宅の庭を、佐野さんが手がけたときのこと。
「僕はリビングって、できるだけカーテンをつけないで生活してほしいなと思っているんです。家族が集まる場所だから、そこから一緒に見る景色や空間を楽しんでもらいたい。もちろん人目もあるので、窓の配置はすごく考えるんですけどね」
「その庭づくりを依頼したときに、佐野さんは僕が想像もしていなかった大きな木を持ってきた。2階の屋根に届くほどでした」
とても驚いたものの、家の中から見ると外への目隠しにもなり、緑がとても気持ちのいい空間になったそう。
「そういうところを見ていても、良いものをつくろうっていうことに、すごくまっすぐなんだなぁって。だからまた一緒にやりたいと思うんですよね」
取材を終えるころ、佐野さんがこんなふうに話していました。
「庭づくりは正解がないんです。毎回すげぇのできたなと思うんだけど、時間が経って手入れに伺うと、もっとこうすればよかった、今の俺なら違うなって思う。そうして、次はまた違うことをやってみようと思える」
「だから土台をつくるのも、植物や構造物に触るのもすべてが楽しい。無駄なことは一つもないです」
佐野さんにはこれが自分のスタイル、というようなこだわりはありません。
あるのは、良い庭とはなにか?良い空間とはなにか? と自問自答を繰り返しながらより良いものをつくろうという熱量と豊富なアイデア。
だからこそ、木が根を張り葉をのばしていくように、関わる人も一緒に成長していける場所なのだと思いました。
(2018/7/10 取材 並木仁美)