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一針一針、縫いとるように描かれた模様。伝統の刺子をベースにした織り模様でありつつ、外に広がりを感じる大きな絵のようでもある。
ポップな色もきれいだなあと眺めていると、模様の隙間に小さなアルファベットが隠されているのを発見。
職人さんの丁寧な技術に、イラストレーターの福田利之さんのデザイン、建築家の滝口聡司さんのアイデアが加わって生まれた、新しいテキスタイル。
いろんな人が関わることで、専門家がひとりでつくるときとは違うものづくりができるのかもしれません。
今回募集するのは、建築家の滝口さんが立ち上げた株式会社テクトコで働く人。
仕事の中心になるのは、イラストレーターの福田さんとつくるテキスタイルプロダクトのブランド「十布(てんぷ)」と、モリカゲシャツキョウトの森蔭大介さんと取り組む新しいブランド「somemore(サムモア)」の運営。
社会人経験があれば、デザインの知識や経験はなくても大丈夫。商品の受発注や、取扱店とのやりとり、広報などを通じて、テクトコのものづくりを全国に届ける仕事です。
テクトコの事務所があるのは中野駅のひとつ隣の東中野。吉祥寺や高円寺など、中央線文化の色濃いエリアとは少し空気が違う。
商店街の中を5分ほど歩いて、テクトコの事務所が入るビルに到着。エレベーターで5階に上がり、扉が開くと、そのままショールームにつながっている。
迎えてくれたのは、滝口さんと、今年からテクトコに加わった杉江さんのおふたり。
昨年までは滝口さんが株式会社テクトコの代表という形であったものの、今は共同で運営しているのだそう。
テクトコの事業は、十布やsomemoreだけでなく、プロジェクトスペース「aptp」やブックレーベル「aptp books」の運営など幅広い。今は、滝口さんと杉江さんを入れて全部で4人のスタッフで運営している。
滝口さんは建築家としての活動も並行しているので、建築設計事務所「アパートメント」のメンバーも一緒に仕事をしている。
そもそも建築家である滝口さんが、十布などテキスタイルに関わる仕事をはじめたのはどうしてだったんだろう。
「僕は以前から建築以外にも文具のブランドの立ち上げに関わったことがあって。また何かやりたいなと思っていたころに、福田利之さんから声がかかったんです」
福田利之さんは、動物などをモチーフとした柔らかいタッチの作品で知られるイラストレーター。滝口さんとは以前から親交があった。
布という媒体を通すことで、イラストをもっと暮らしの中に取り入れることができる。
そんな福田さんのアイデアから、イラストの世界を布で表現する「十布」というブランドが生まれた。
建築家とイラストレーター。それぞれの分野ではプロフェッショナルだけど、テキスタイルについては初心者。
試行錯誤しながら最初につくったのは、柔らかなガーゼ素材を使った大判のプリントハンカチ。
ガーゼの質感は福田さんの絵の雰囲気にも合っているし、プリント技法ならイラストの世界を忠実に布に写し取れる。
「ただ、プリントだと簡単にできちゃうんですよ。せっかくなら紙に描くのとは違う、布ならではの制約によって、ちょっと福田さん“らしからぬもの”が生まれるような可能性を試してみたかったんです」
滝口さんたちが次に選んだ素材は、刺子織という技法で織られた布。
たしかに、水平垂直の細やかな糸の動きで構成される刺繍のような模様は、柔らかで自由な曲線を多用する福田さんの絵の世界とはすこし違う気もする。
日本に一人しかいないという職人さんを訪ねて福島へ。福田さんのイラストを、刺子織で表現できないかと相談を持ちかけた。
実は、このときふたりが提案したデザインは、刺子模様をつくるための“紋紙”というパターンが通常の3倍も必要な複雑なものだった。
「あとから考えたら、すごく無茶なお願いだったと思います。職人さんもきっと『何言ってんだ』って思っていたはず(笑)」
「専門家だったら頭で考えて、無理だなってすぐわかっちゃうことなんだけど、僕らは布に関しては素人だから、こうやったらできるかもしれないって、一生懸命考えるじゃないですか。そこはすごく素人であり続けたいなと思うんです」
職人さんにとっても、この出会いは新鮮な挑戦だったのかもしれない。
本来は小さなパターンを繰り返して模様を描いていく刺子織。十布の刺子織は、規格外の大きなスケールで模様が描かれているので、生地をカットする場所によって違った模様が見えてくる。
いつもは女性が多いという十布のお客さん。この刺子織のシリーズは、男性や外国人のお客さんにも人気が高いのだそう。
「この布だけは、みんなまずは手で触るんですよ。やっぱり、手触りや肌触りを感じられるのって布の良さですよね」
イラストが布になり、製品になって暮らしの中に入っていく。
平面のイメージを素材に変換する作業は、どんなふうに進んでいくんだろう。
「せっかくなので、福田さんの原画を見てみませんか」と、滝口さんが一枚のイラストを見せてくれた。
「原画にはすごく力がありますよね。普通の画材だけじゃなくて、ティッシュペーパーで表面を盛り上げたり、インスタントコーヒーの粉を散らして絵にレトロな感じを演出したり、見ていて飽きない深みがあるように思います」
イラストの図案は、相談しながら決めるんですか?
「いえ、ラフスケッチとかはなく、完成した絵を受け取るんです。そこは、福田さんを信頼しているので口出ししません。僕らの仕事はそれをどう製品として良くするかっていうことなんです」
一点ものの絵と違い、カラーバリエーションひとつで売れ行きが変わってしまうプロダクトの世界。
製品に仕上げていくときに必要なのは、ユーザーとしての視点だという。
「できるだけたくさんの人の意見を聞きたいから、製品化の段階では福田さんもテクトコのスタッフも対等に話し合いをします。今回入る人も、その部分ではものづくりに参加してもらうことになると思います」
直接デザインに関わる仕事ではないけれど、全国のショップとのやりとりや、展示会でのリアクションなど、日々の業務で気づいたことがものづくりに反映されることもあると思う。
十布の活動は、“布博”などイベントへの出展や、ギャラリーやショップでのフェアなど、全国に広がってきた。
最初は10のカテゴリで布をつくることを目標に、「十布」と名付けられたブランド。インドのブロックプリントなど、いろいろな技法や素材と向き合い、今は7番目となる両面染色の手ぬぐいが完成したところ。
「10で終わりじゃなくて、11があってもいい。先のことはあんまり決めすぎないようにしているんです。自分が最初から明確な何かを持っていると、人と出会って面白そうなことができそうっていうときに可能性を狭めちゃうかもしれないから」
若いころから、人との出会いが仕事につながることが多かったという滝口さん。
事務所を選ぶときも、人が集まれる場所をイメージしていたのだそう。
「ここには普段からいろんなクリエイターが出入りしています。オフィスやショールームとして使う以外にも、トークイベントなど、いろんな使い方ができるように育てていけたらいいなと思っています」
「これから入る人のお仕事は十布やsomemoreが中心だけど、いろんな事業を通じて出会う人たちや、イベントにも関心があれば、もっとこの環境を楽しんでもらえるんじゃないかな」
話を聞いていたショールームでは、ちょうどこの取材の2日前、テクトコの新しいブランド「somemore」の展示会が開かれたばかり。
ストライプ模様を思わせる白いラックには、パッチワークの切り替えでデザインされたシャツやワンピースが並ぶ。
京都のシャツブランド、モリカゲシャツキョウトの森蔭大介さんをデザイナーに迎え生まれた服のブランド「somemore」。
そのアイデアを温めてきたのが、冒頭でも紹介した杉江さん。話しているときも、聞いているときも、にこにこしながら場の雰囲気を和らげてくれる方。
杉江さんは、前職でも手帳などのものづくりに関わっていた。
「モリカゲシャツで、手帳のカバーをつくる企画があって、森蔭さんと出会ったんです。私はもともとモリカゲシャツが好きだったこともあって、いつかまた一緒にお仕事をしたいと思っていました」
そんなアイデアを持って、杉江さんがテクトコの仕事を始めたのが一年ほど前。
森蔭さんと一緒に新しいブランドをつくるにあたって頭を悩ませたのは、すでに定評のあるモリカゲシャツと、どう差別化していくかということだった。
「打ち合わせでモリカゲシャツのデザインは引き算だという話しが出たんです。シンプルなものも好きだけど、気分が上がるような足し算もファッションの魅力だと思っていたので、じゃあテクトコはもうちょっと足し算にしましょう、と」
「ただ、たくさんじゃないんだよね、というところから、somemoreっていうブランド名を思いついて。“もう少し”っていうのが、自分たちにとってちょうどいいんじゃないかと思ったんです」
今までのシャツとまったく違うものではなく、少しだけデザインをプラスしたもの。
モリカゲシャツの製品でも見られるパッチワークの技法。そのパターンを、少しだけ自由に変化させて、somemoreのコレクションが生まれた。
雰囲気は共通しているけど、どこか違う。展示会では、モリカゲシャツをよく知るファンからも新鮮だという反応があったのだそう。
来年の春には次のコレクションの展示会を計画しているので、そのサポートが、新しく入る人の最初の仕事になるかもしれない。
「しばらくは洋服のコレクションを続けますが、somemoreはシャツのブランドと決めているわけではなくて。せっかく建築のチームと同じ場所で働いているから、一緒に空間づくりをしたり、続けていけば可能性はいろいろあると思います」
前職の経験も含めると、長い間プロダクトの企画や販売に関わってきた杉江さん。
somemoreでは、今までと少し異なる意識でものづくりに向き合う面もあるのだそう。
「私はプロダクトに関しては、一個の作品に満足するというより“売りたい派”なんですよ。たくさんの人に届けば、つくり手さんも喜ぶし、自分も楽しい。何か事業を続けていくために、どうやって儲けるかっていうのは大切なことだと思うんです」
「somemoreではそういう共通認識を持った森蔭さんが一緒にやってくれているので、そこは安心して任せられると思っています。だから私は、売るっていうことだけじゃなくて、自分自身が好きなものっていう視点も少し大切にしてみようと思って」
森蔭さんの新しいデザインフィールドであるsomemoreは、杉江さんにとっても、今までとは違う姿勢で仕事に向き合える場所。
自分以外の誰かと一緒だからできること。その場所があるから生まれるもの。
そんなものづくりに参加できるのが、テクトコで働く醍醐味なのかもしれません。
(2018/11/20 取材 高橋佑香子)