求人 NEW

50年かけても未知の世界
限りない農業を
達人に学ぶ

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

「農業ほど楽しいものはねえと思うよ」

宮崎県新富町でピーマンをつくり続けて50年になるという福山三義さんは、少年のように顔を輝かせながらそう話してくれました。

担い手不足や高齢化など、どこか暗い言葉で語られがちな一次産業。

たしかに課題はあります。けれど、取り組み方次第でしっかり稼ぐことができるし、ドローンや無人農業機械の導入、IoT化による市場拡大の可能性も秘めていて、これからが楽しみな産業とも言える。生きていくうえで欠かせない「食」に直接的に関わる仕事だからこそ、やりがいも大きいのではないかと思います。

今回は、来年7月からはじまる1年間または2年間の新規就農者向け研修「新富アグリカレッジ」に参加し、宮崎県新富町で農家になる人を募集します。

まったくの未経験でも問題ありません。農業に対して、なんらかの課題意識や可能性を感じている人に挑戦してもらいたいです。

 

宮崎空港から電車に乗って北へ。宮崎市街を抜けると、大きな窓枠の中に田畑の占める割合が増えてくる。

乗り換えもなく、40分ほどで日向新富駅に到着。数名の中学生と一緒にホームへと降り立った。

駅前から1回100円の乗合タクシーに乗り、新富町役場へ。「新富アグリカレッジ」を担当する産業振興課の児玉洋平さんを訪ねた。

新富町出身で、父方も母方も農家の生まれだという児玉さん。両親が家業を継がなかったため、農業との関わりはあまりなかった。

その後、結婚を機に、奥さまの実家の農作業をときどき手伝うように。今では自宅近くにハウスを建て、数種類の野菜を育てているという。

「趣味の範囲ですけどね。なんでこの病気が出るんだろうとか、自分で取り組むと農家さんの苦労がわかるし、考える。面白いですよ。ぼく自身が新富アグリカレッジに応募したいぐらいですもん(笑)」

今年から農林水産と畜産の担当になったこともあり、今回の取り組みには気合が入っている児玉さん。研修生にとっても、心強い味方になってくれると思う。

ところで、この町で「新富アグリカレッジ」が実施されることになったのはどんな経緯なのだろう。

「きっかけは昨年4月から1年間行った『しんとみ農業塾』でした」

米やピーマン、きゅうりやトマトなどの栽培のほか、養鶏や酪農などの畜産が盛んな新富町。

町内の農業経営者710名のうち、39歳以下が28名、49歳以下まで含めると88名と、全国平均や宮崎県平均と比べても若手農家が多いのが特徴のひとつ。

そこで、地域の未来を担う若手農家を中心に、 自身の農業経営を見つめ直し、今後の農家のあり方を考える「しんとみ農業塾」を開講。月に一度、20名の農業経営者が集う学びの場をつくった。

その一方で、担い手の数そのものを増やしていく必要もある。

「今がんばっている方たちを支えつつ、新しい人材も確保していかないと、産業はどんどん減退してしまう。新富アグリカレッジは、この町の農業を支えるもうひとつの軸なんです」

今回の募集では、新富町の代表的な作物であるピーマンに特化。県内でも有数の収穫量を誇る4人のピーマン農家たちの指導を直接受けられる。

また、JA児湯(こゆ)や児湯農業改良普及センター、県の農業振興公社などに所属する農業の専門家たちが座学研修を全面的にサポート。農業に関する知識だけでなく、独立就農に必要な経営戦略やマーケティング、土地の取得や財務についても農閑期に座学で学ぶことができる。

「新規就農に向けた取り組みは、新富町に限ったものではありません。ただ一般的には、これがあります、あれも使えます、といった内容のものが多い。与えるばかりでは、その人自身が成長していけないですよね」

「なので新富町では、人に焦点を当てていこうと。募集人数は3名に絞って、覚悟を持った方に真剣に取り組んでもらう。その代わり、わたしたちもできる限りのサポートをしていきます」

新規就農にあたっての悩みは、農業に関わることばかりではない。お祭りや行事を通じた地域参加も含め、この土地で暮らしていくうえで必要なことはなんでも相談に乗ります、と児玉さん。

もともと若手農家の元気な土地でもあるし、日本仕事百貨でも過去に2度取材した地域商社「こゆ財団」の取り組みなどによって、移住者や関係人口もこのところ増えてきている。まったく知らない土地から就農してきて馴染めない、というような心配は比較的少ない環境かもしれない。

「何より、実習先の農家さんがものすごい方たちなので。本気で就農を考えている人にとっては、とてもいい学びの場になると思います」

 

話がひと段落したところで、役場から児玉さんの運転で15分ほど離れたところにあるビニールハウスへ。

ここでは実習研修先農家のひとり、福山三義(みよし)さんが50年にわたってピーマンを育てている。

県内でもその名が知られる、ピーマンづくりの第一人者だ。

「実家はもともと米作農家をやっとった。冬場は白菜とかつくって県内に送りよってね」

ピーマンをつくりはじめたのは、なぜだったんですか。

「新富町の気候に合うだろうってことで、普及センターがピーマンづくりに力を入れはじめて。そこから興味を持ったんよね」

「当時このあたりでピーマンをつくってる人はいなかったとよ。だからつくり方も手探りで、何度も枯らしたね」

そこで施設園芸農業が盛んな四国にわたり、圃場をのぞいて回った。

軌道に乗って徐々に規模が大きくなってくると、今度はアマチュア無線仲間の力を借り、ハウスの自動開閉装置を自ら試作。企業と一緒に製品化し、今では多くのハウスにこの装置が取り付けられているという。

そんなエピソードからもわかる通り、軽やかなフットワークとアイデアの持ち主である三義さん。

「毎日勉強よ。だから農業ってここなんよ。脳のわざ、で脳業。もちろん体力もいるけどもね」

「収量を伸ばすためには、記録も大事やがね。毎日ご飯食べる前に日誌を書くとよ。今日はどんな作業をしたとか、肥料はどうやって入れたとか。もう50冊にもなるから、だいたい傾向がわかってくる。そういうので勉強せんといかん」

研修生は、三義さんをはじめ4人の農家さんにそれぞれついて学ぶことになる。

「基本的には8時にきて17時に終わるってパターン。百聞は一見にしかずで、何をしているのか見ること。1年もすれば初歩的な内容は覚えられるわね」

新富町はピーマンの産地としてのブランドをすでに築いており、JAを中心にまとまった販路が確保されている。また、冬の間には他産地の供給量が落ちるため、年中温暖で日照時間が長い気候を活かして高単価でピーマンを販売できることも強みになっている。

テクノロジーの導入にも積極的で、三義さんの息子で今回の実習先農家のひとりである望(のぞみ)さんは、ハウス内の環境制御を徹底。二酸化炭素濃度を調整したり、センサーやカメラを使って収集したデータを管理・分析したりすることで、収量がぐんと伸びたとか。

人それぞれの育て方を吸収しながら、新しい農業の形をつくっていくこともできそうだ。

「ただ台風のときは大変やけんな。今年もね、このへんまで水に浸かって、ハウスもフィルムがやられて。その修復にまだかかっちょる」

「作物の手入れをしながら修復。倍の仕事があるとよね。それが農業なっちゃけど。逃げるわけにも、やめるわけにもいかんから、向き合ってね」

被害の程度にもよるけれど、ハウスを建て直すのには家一軒分のお金がかかることもある。今年の大型台風による被害で、農業をやめる決断をした人もいるという。

「それを乗り越えさえすれば、この仕事は面白い。なんでかっつったら、結果が目に見えて返ってくる。うまく育てれば、作物が3割4割多くとれる。売り上げも500万円ぐらい違うわね。それを5割7割…なんぼとってもいいわけ」

県の平均収量は、一反あたり13トン。ところが三義さんは、18〜20トンの収量をあげている。役場の児玉さんいわく、「この数字は本当にすごい」とのこと。

「生協にも送りよるけど、子どもがピーマン食べるようになったって聞くこともある。東京のプリンスホテルなんかのシェフも、こんなピーマン食べたことねえって。やっぱそこだよね。楽しみが出るのは」

最近はペルー沖でとれる長さ40mの海草を原料にした肥料を使っているそう。

肥料の質やタイミングをちょっと変えるだけで、収量や味に大きな違いが表れる。三義さんのピーマンに対する好奇心はどこまでも尽きない。

これまで150人ほどの研修生を受け入れてきた三義さん。

なかには独立して農業を続けている人もいれば、そうでない人もいるという。

その違いはどこで生まれるのだろうか。

「やっぱり作業の速さやね。能率というかね。うちのパートさんでもそうだけど、ここで待ち受けるとよ。車を置いて、ここに来るまでの歩き方でわかる。『あ、この子はできる』『この子はできんじゃろな』って。だから、研修の段階で過去に何人も帰してる」

厳しい言葉にも聞こえるけれど、失敗してからの損失が大きいからこそのやさしさとも言える。

農業に興味がある、というだけでは難しい。独立就農するには、経営者としての感覚や判断が求められる場面も多々ある。ハウスの修理や収穫の繁忙期には、周囲の農家さんの仕事を手伝うような協調性も大事になってくる。

応募にあたって経験は問わないものの、ハードルは決して低くない。この環境に飛び込むことは、ある種の挑戦だと思う。

三義さんはどんな人に来てほしいですか。

「よし、自分は絶対にやりきるって。そういう感覚を最初に持っていることが大事よね。暇がないって言ったって、作物は待ってくれんからね」

「農業はね、勉強すればするほど面白くなる。人間の知識はたかが知れちょっからね。本を読む。肥料の会社に行ってみる。そうすっと、どこまでも未知の世界が広がってる。限界はねえっちゃ。だから面白い」

大変なことも包み隠さず教えてくれた三義さん。彼の育てたピーマンは、きっとおいしいんだろうなあ。

そんなふうに思っていたら、帰りがけに紙袋いっぱいにピーマンを詰めて渡してくれた。

「生でも十分いけるし、焼いてもうまい。みんなで食べてな」

人も自然もおだやかな新富町。

それでいて、新しい技術や取り組みをどんどん取り入れようという力強さもある。今、少しずつ活気づいてきている町だと思います。

この土地にこれから根を張るピーマンは、いったいどんな味がするのだろう。

数年後にはなると思うけれど、自信作ができたときにはぜひ食べてみたいです。

(2018/11/6 取材 中川晃輔)

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