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九州本土でもっとも高い山々、九重連山。
一帯にはさまざまな高山植物や動物が生息し、「阿蘇くじゅう国立公園」に指定された豊かな自然環境が広がっています。
そんな国立公園のなかに佇む一軒の旅館「九重星生ホテル」が今回の舞台。
この旅館で接客や清掃など基本となる業務に携わりながら、自然と人との橋渡しに向けた取り組みを一緒に進めていくスタッフを募集します。
たとえば満月の夜限定の湿原ツアーや登山ガイドツアー、ススキを使ったフクロウのオブジェづくりなど。まだ実現には至っていないアイデアもいろいろとあります。
なにより自然が好きだという方。その魅力を、宿泊という切り口から伝えていくことに可能性を感じる方にも、この旅館のことを知ってもらえたらと思います。
福岡空港から高速バスに乗り、山間の高速道路を進んでいく。
あいにくの天気だけれど、立ち込める霧もなんだかいい雰囲気を醸し出している。
1時間15分ほどで、大分県の日田インターチェンジ口停留所に到着した。
バスを降りたところで待っていてくれたのが、九重星生ホテル代表の安部智子さん。ホテルまで車に乗せていただく。
「うちの旅館は阿蘇くじゅう国立公園のなかにあります。ここから山のほうに向かって1時間ぐらい。とってもいいところですよ」
国立公園のなかにある宿って、珍しいですよね。
「そうですね。個人経営でありながら、 位置づけとしては環境省の宿舎事業という形になっています。もともとは国立公園に制定される前、昭和30年に母が閉鎖されていた山小屋を買ったのがきっかけで。母が26歳のときでした」
学校の先生をしていた安部さんのお母さん。教職を離れて7年間は、登山客のための宿をひとりで営んでいたそう。
「今は湯布院とか別府のほうへつながる『やまなみハイウェイ』が目の前を通ってますけど、当時はその道もなく。よくこんな奥深い山の中で宿をやろうと決意したなと思います」
その後、建築士だったお父さんと結婚。建て替えや増築を繰り返し、旅館は規模を拡大していく。
「小さいころはよく手伝っていましたね。夏の忙しい時期は皿を2時間も3時間も洗ったり、夜遅くまで弁当をつくったり」
「それが嫌だったわけではないんです。ただ、継ぐつもりはまったくありませんでした」
大学進学を機に上京し、システムエンジニアとして7年間上場企業に勤務。
東京での暮らしは嫌いじゃなかったし、むしろ自分に合っていた。
「でも今行くと、東京って何もないなと思うんですよ。外見はきれいだけれど、中は空っぽな箱のような感じで」
このあたりのほうが、一見何もなさそうですけど…。
「いやいや、自然があります。たとえば、ホテルからほど近いところに『タデ原湿原』という湿原があって、ホテルのキャンプ場から遊歩道でずーっと歩いていけるんです」
「ある満月の日にその木道を歩きました。そうしたら、夜でもはっきりと色がわかる くらい、草木の緑が月の光に照らされていて。そんな月あかりの明るさとか、緑の鮮やかさとか。日々ハッとさせられることが、ここにはたくさんあるんです」
自然のことを語りはじめると、静かに落ち着いていた声が弾んでくる安部さん。助手席に座る自分にも嬉々とした気持ちが伝わってくる。
「年に数回、大雪が降った翌日に雲ひとつない晴天になる日があります。紺碧の空に映える真っ白な山のきれいなこと、きれいなこと」
「今は春が来るのが待ち遠しくて。日一日と緑が山をのぼっていくさまにワクワクするんです。こういうときに、人間も動物だなと感じます」
旅館に着いてからも、勢いそのままにいろんな話を聞かせてくれた。
安部さんは昔から自然が好きだったんですか。
「いえ、全然。花の名前もほとんど知りませんでした。身近にありすぎて、興味を持とうとすら思わなかったのかもしれません」
自然を意識しはじめたのは、つい4〜5年前のこと。
当時も旅館を継ぐつもりはなく、経理など一部の仕事を手伝っていた安部さん。いつしか自然好きな人が身のまわりに集まっていたそうだ。
「ビジターセンターの方とか、登山ガイドの方とか。人生をかけて自然を守ろうという想いを持った方にたくさん出会いましたし、くじゅうに関する作品を寄贈してくださる写真家さんやアーティストさんの知り合いも増えていって」
絵画や写真だけでなく、木の形をした本棚も、知り合った大工さんがつくってくれた。
その本棚には、安部さんのご両親の蔵書や九重町に関する書籍が並んでいる。
「そのうちに、わたしも自然が好きになっていきました」
「だから、そのよさをまだ知らない人にも伝えたいんです。かっこよく言えば、人と自然を橋渡しする旅館になりたい」
今はアイデアをひとつずつ形にしているところ。
星のことならなんでも知っているビジターセンタのスタッフと一緒に星空鑑賞会をはじめたり、九重町を舞台に活動する自然学校やネイチャーガイドクラブと共同で、ホテル内でのイベントやものづくりワークショップを開催したり。
各部屋に置く「ご案内」も木を使ってリデザインし、くじゅうの自然やそれを守るための取り組みについて、たっぷりと盛り込んだ。
ほかにも、地道にいいものをつくっている生産者さんと一緒に食から自然を伝えていきたいし、お土産コーナーにも“このまちならでは”と言えるものを置いていきたい。
アイデアはたくさんある。今回募集するスタッフも、こうしたアイデアを一緒に形にしていってほしいという。
ひとしきり話し終えたあと、「ただ…」と続ける安部さん。
「はっきりと伝えておきたいのは、基本は旅館だということです。ベースにあるのは日々の掃除やおもてなし。お客さまに『ここに来てよかった』と感じていただけてこそ、くじゅうの自然を伝えていけると思っています」
となると、接客や宿運営を経験してきた人のほうがよいでしょうか。
「経験はあればなおよいですけど、必須ではないです。旅館は非日常を提供する場所ですが、やっているのは生活の延長線上にあることばかりですから。普通に暮らしていて、人のことを想える方であれば、スキルや経験はなくてもいいと思います」
日々旅館の運営に関わっている人は、どんなふうに働いているのだろう。
話を聞いたのは、フロントを中心に担当している荒木大輔さん。
「普段は8時前ぐらいに出勤して、まずは玄関の掃除ですね。落ち葉があったり、山の動物が汚したりしているので、そこを片付けて。チェックアウトとお見送りが終わったら、次のお客さんが来るまでは館内のお掃除が中心です。とくに温泉が広いので、なかなか大変で」
温泉の温度管理も仕事のひとつ。日が沈んだ途端にぐっと冷え込むので、こまめに調整する必要がある。
「交代で休憩をとりつつ、掃除の合間には電話対応や予約の確認をしたりとかですね。そうこうしているうちにチェックインの時間になるので、お客さんをお迎えして、そのあとは夕食の手伝いをします」
登山シーズンの繁忙期は、夕食後の片付けまで行って帰宅。冬場の閑散期には、お客さんに向けて手紙を書いたり、障子の張替えをしたりと、普段なかなかできないことに充てる時間が多くなる。
旅館全体が大きいため、掃除だけで1日終わるような日もあるという。
「老若男女いろんな方がお泊まりにいらっしゃるので、いい経験になっていますね。海外の方も、少ないですがいらっしゃるので言葉の勉強をしてみたり、よく来てくださる常連さんと近況をお話ししたり」
お客さんは、登山や温泉など、日常から離れた時間を過ごしにくる人が多い。近隣に飲食店があるわけでもないので、繁忙期でも夜は比較的静かだそう。
無関心でもなく、過剰に関わるでもない。お客さんとのちょうどいい距離感を大事にしているような印象を受ける。
「スタッフも、賑やかというよりは落ち着いた人が多いです。年齢層は40〜50代が中心ですね。娯楽施設も近くにないですし、ある意味で忍耐力は必要かもしれません」
たしかに、都市部で体験できるような“遊び”はない。けれども、自然ならたくさんある。
本を読んだり、散歩やドライブに出かけたり。じっくりと、ひとりで過ごす時間を大事にしたいという人のほうが、ここでの暮らしには向いているのかもしれない。
入社前は大分市内の工業地帯に住んでいたという荒木さん。自然に対する興味はさほどなかった。
「人と自然の橋渡し」については、今まさに勉強中。九重星生ホテルでは、お客さんだけでなく、従業員の自然に対する理解や興味関心を深めようと、九重町で活動する自然学校のスタッフを招いてレクチャーを実施している。
そのレクチャーの講師役を担当しているのが、セブン‐イレブン記念財団が運営する九重ふるさと自然学校の指原孝治さん。
「国立公園に指定されていることもあってたくさん人が来るんですけど、くじゅうの自然を伝えきれていないと思うんですね。外から来た人だけでなく、地元の人たちにも伝える機会をもっと増やしていきたいんです」
近くにある長者原ビジターセンターは、来訪者数が全国5位に入ったことも。ただ、自然のなかを案内できる伝え手がまだまだ不足している。
もしも旅館のスタッフが伝え手になれれば、宿泊者のニーズに合わせて柔軟にツアーを組んだり、自然についてあまり詳しくない人に接点をつくったりすることができるかもしれない。
自然学校では、出前授業や自然体験プログラムなど、年間通じてさまざまな企画を立案・運営している指原さん。
九重の自然を人に伝えるうえで、どんなことを大事にしているのだろう。
「この土地には人が手をかけることで守ってきた自然がたくさんあります。そこは触れるようにしていますね」
たとえば草原は、毎年野焼きをしないと維持できない。雑木林だって、木を間引くことでいろんな植物が育つ環境を保っている。
何もせずにこの景観が保たれているわけではない、ということは欠かさずに伝えているという。
「人それぞれの伝え方があっていいと思います。今回ホテルのスタッフとして入られる方も、お客さまと一緒に楽しみながら自然の魅力を伝えていきたい方。あとは体力のある方がいいと思いますね」
取材を終えるころ、あたりはすっかり霧に包まれてしまった。
「ここからの眺めも最高なんですけどね…」と、残念そうな代表の安部さん。
「また来てくださいってことですね(笑)。春はとくに、いいですよ」
安部さんが何度も語っていた春のすばらしさ。ぼくも味わいたくなりました。
これから加わるスタッフの人も、働きはじめるのはちょうど春先あたりになります。
長い冬を越えて、新緑が広がるように。きっと、いいスタートが切れるんじゃないでしょうか。
(2018/12/7 取材 中川晃輔)