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いくつもの時代にわたって、変わらずに愛されてきた“老舗”と呼ばれる会社。伝統を守りながらも、その時代の人びとに受け入れられるような工夫を重ねてきたから、淘汰されずに受け継がれてきたのだと思います。
草履や下駄など和装に合わせる履物やバッグの企画製造・販売を行う、株式会社伊と忠(いとちゅう)も、創業以来京都に根を張り124年という長い歴史を紡いできました。
今回は商品開発からお客さんへの届け方まで、さまざまなディレクションを行う企画担当と、河原町にある本店で働く販売スタッフを募集します。
どちらも積み上げてきた伝統を大切に、新しい発想でこれからの伊と忠をつくっていく仕事です。
訪れたのは京都を代表する繁華街のひとつ、四条河原町。デパートやお土産屋さんの並ぶ通りには、たくさんの人が行き交っている。
阪急河原町駅を出てすぐの場所に、伊と忠の本店を見つけた。
表で写真を撮っていると、迎えてくれたのが取締役の伊藤智美さん。社長の妹さんという立場でも、飾らない雰囲気がとても話しやすい。
これから企画職として働く人は、智美さんとタッグを組んで仕事を進めることになる。
「伊と忠は桐箪笥屋から派生して、明治28年に創業した会社です。当時はまだ着物の時代ですから、桐の加工技術を活かして草履や下駄の商売をはじめて。それからずっと、着物に合わせる履物とバッグの製造・販売をしてきました」
智美さんのお兄さんである、伊藤忠弘さんが現在四代目。全国の店舗を含めると、社員は全体で60人ほどになる。
伊と忠のこだわりは、材料となる生地の織りや染めから、鼻緒やバッグの取手まで、一つひとつ職人の手作業で商品を仕上げること。見た目の美しさだけでなく、使い心地にもこだわっている。
「草履の台と鼻緒を組み合わせる“挿げ(すげ)”の工程は、職人が店内で行います。お好みの台と鼻緒を選んでいただいて、足の形に合わせてセミオーダーで仕上げます。マニュアルはなくて、職人が目で見て覚えて受け継いできた、伊と忠ならではの挿げ方なんです」
124年間、伝統を守ってきたものの、呉服業界を取り巻く状況は厳しくなってきている。
「着物離れが進んで、思いを込めて良いものをつくっても、それを受け取ってくれる人が少なくなっています。今まで通りやっていたら、和装の伝統は残らないかもしれません」
伊と忠で働く40代以下の社員は数人。社内に商品部はあるものの、定期的に新商品を出すことで手いっぱいになってしまい、和装を楽しむための新しい提案をする機動力が足りなかった。
そこで今回、新たな発想で商品企画やPRなどを進める人を募集することになった。
「伝統を残すためにどうするべきか、本格的に考えていきたくて。着物をあまり着ない人や若い人でも楽しめるようなものを、形にしていきたいんです」
この家の生まれで、幼いころから和のものに触れてきた智美さん。
「子どものころは『将来は洋風の新しいお家がいい!』なんて憧れもありました(笑)。でも歳を重ねるにつれて、『この色合いや細工は、今の人には思いつかないだろうなあ』と伝統的なものに感動することも増えました」
「日本のものだけじゃなくて、海外で工芸品や伝統衣装を見つけたときも、その土地ならではの感性に衝撃を受けますね。旅先でいいものに出会うと、これを伊と忠の商品に活かせないかなっていうのは、いつも考えてしまいます」
新しく仲間になる人は、日本の伝統文化へ興味があったほうがいいと思う。それと同じくらい、広く新しいアイデアを吸収していけることも大切なのかもしれない。
具体的には、どんな商品開発をしていくんだろう。新しく入る人にとって、きっといい相談相手になるのが、塩崎さん。
「お着物以外の服装にも合わせやすい商品をつくりたいと思っています。履物はなかなか難しいんですけど、バッグならパーティーシーンで服装問わず使えるので、可能性は十分あると思います。あとは、和装にも洋装にも合うアクセサリーやストールを扱っていくのもいいかな」
実は塩崎さんは伊と忠の社員ではなく、グループ会社であるスーベニールの取締役。
スーベニールは、伊と忠の雑貨部門から独立した会社なので、今でも両社は兄弟のような関係性。塩崎さんは2002年から10年ほど伊と忠で働いたのち、社長の伊藤さんと共にスーベニールを立ち上げた。
「なんで私が出てきたのかっていうと、今回入る方にやってもらいたい“なんでも企画”の経験者だからなんです」
…なんでも企画?
「はい(笑)。私はもともと着物のデザインがやりたくて、伊と忠に企画職として入りました。でも事務仕事ばかりで、なかなか商品をつくらせてもらえなかったんです」
「現社長の伊藤に『いつ商品を企画させてくれるんですか?』って尋ねたら、『塩崎はなんでも企画の担当や!』って言われたんです(笑)。『営業や店舗運営、経営も企画の仕事だし、いずれは商品もつくってもらう』って」
その社長の言葉通り、塩崎さんは入社から2年後に、夏用の下駄を企画する機会に恵まれた。
老舗の浴衣ブランドとのコラボレーションを企画したものの、今まで取引をしたことはない会社。バイヤーの方に、担当者を紹介してもらうところからはじまった。
完成した下駄を、浴衣とセットでディスプレイしたり、伊と忠の直営店以外でも販売をしたり。はじめてのことに取り組み続け、新たな層に伊と忠を知ってもらうきっかけができた。
「お客さまの手に渡るまでの一連の流れを最初に学んでいたから、いろんな部分からアプローチができて、企画を成功させられた。今となってはそう思います」
これからの商品開発には、塩崎さんもサポートで入ってくれるとのこと。きっと心強いと思う。
「新しく入る人には、まずは現行の商品づくりを一緒に進めて、一連の流れを知ってもらうことになると思います。定番商品のラインナップや、バッグや草履の基本的なつくり方、材料となる生地の製法まで、学ぶことはたくさんあると思います」
下駄の色や形を決めたり、鼻緒に施す刺繍を考えたり、バッグの素材をセレクトしたり。
それぞれの職人さんと相談しながら、ものづくりを進めていく。
伊と忠が大切にしてきた「人の手でつくり上げる」という部分は今後も守っていきたい。
「残すべきところは残して、新しいものを取り入れていきたいと思っていて。老舗の会社って、和菓子屋さんでも着物屋さんでも、伝統的なDNAはずっと残しながら新しいことにチャレンジしているんです」
「これからも長く伊と忠を続けていくために、新しいアイデアを持つ人材が必要だし、ブランド自体も世の中にそう映るように見せていきたいと思っています」
一つひとつ大切につくられた商品をお客さんに届けるのが、店舗の販売スタッフ。働きはじめて3年目になる、鈴木さんに話を聞いた。
茨城県出身とのことだけど、柔らかな京都の言葉遣いは、まるで地元の人のような印象。
「最初に伊と忠を知ったのは、京都の大学に進学したころなので、もう10年くらい前になります。四条通を歩いていたときに、『すごく素敵なお店がある』と思ってふらっと入って。そのときはお値段を見てすぐにお店を出てしまったんですけど、『いつかああいうお店で働きたい』と、ずっと思っていました」
卒業後は、ほかのお店で接客の仕事をしていた鈴木さん。たまたま伊と忠の求人を見つけ、この世界に飛び込んだ。
今は本店での販売に加え、催事で全国の百貨店をまわることもある。
「私たちは、完成品を販売するだけではなくて、お客さまの足に合わせてひとつずつお売りしています。だから、ほかの販売の仕事よりも、ひとりのお客さまにかける時間が長いと思います」
「お客さまは、普段からお着物をお召しになる方や、お茶やお花を習っている方が多いですね。とても気さくで、話好きな方が多いです。じっくりとお話をして、お好みや習いごとがわかったら、それに合った商品をおすすめしています」
お店には常に4人ほどのスタッフがいる。お茶を飲んでもらいながら、ゆっくり話をすることもあるそう。
「最初は、わからないことばかりだと思います。それでも、お客さまにどんどん声をかけて、お話をしてみることは大事かと思います」
「私もはじめは、自分で草履をおすすめすることが難しかったので、『お茶をやってらっしゃるんですか』とか世間話をして。そうすると先輩がサポートにきてくれるので、交代したら先輩の接客をずっと横で聞くようにしていました」
専門的な業界だから、覚えることはたくさんある。
素材の特性や織り方の種類、呉服特有の数え方まで。インターネットで気軽に調べられる知識ではないから、鈴木さんも本を読んだり、着物の仕事をしている友人に教わったりしているそう。
「私ももともとは、遊びで着物を着る程度でした。でも、学んでいくことはすごく楽しくて。和装に興味がある方なら絶対に役立つ知識ですし、楽しんで仕事を覚えられると思います」
歴史あるお店での仕事。鈴木さんはどんな思いで働いているんだろう。
「そうですね…。ひとつずつ手づくりなので量産はできないんですけど、今後も絶対に残していかないといけないものだと思っています。その責任はあると感じていますね」
「どんどん若い人にも来ていただきたいですし、逆にこちらも気さくに接することができるようにして、居心地の良い雰囲気のお店にしていけたらいいなと思っています」
最後に、取締役の智美さんに、少し気になっていたことを尋ねてみる。
伝統を守ってきたベテランの方たちは、これからの新しい取り組みについてどう思っているんでしょう?
「正直、今までも新しい商品を出すときに、摩擦が起こることはありました。でもそれって、お互いに『お客さまに喜んでもらえるか』っていうことを一番に考えているから起きることなんです」
最初は半信半疑でお店に置いたとしても、お客さんが気に入ってくれると、翌日には応援してくれるようになるそう。
「伊と忠がずっと大切にしてきたのは『お客さまに喜んでもらうために、ものをつくって販売する』という考え方。これから働く人もその思いに共感して、伊と忠で働いているってことをちょっと誇らしく思って仲間になってくれたらうれしいです」
少しずつ変わっていこうとする老舗企業の、節目に立ち会うことになるこの仕事。
伝統が現代に調和していく姿を、肌で感じることができると思います。
(2019/2/7取材 増田早紀)