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「スーパーで食材を買うとき、少しでも安いものを選んでいる」という人は多いと思います。毎日の食費をできる限り抑えるのは必要なこと。
でも、たまにはちょっと贅沢するのもいい。
こだわりの原料を使っていたり、手間暇かけてつくられていたり。丁寧につくられたものは、食べて美味しいだけでなく、心も満たしてくれるような感じがします。
株式会社石橋は、横浜にある老舗練りものメーカー。100年以上にわたって“練りもの”をつくり続けている会社です。
さつま揚や伊達巻きなど。手づくりならではの美味しさを追求してきました。
今回は職人見習いを募集します。知識や経験がなくても大丈夫。一人前の職人になれるよう、一から丁寧に指導してくれます。
一つのことを極めていきたい人に、ぴったりの仕事だと思います。
JR東神奈川駅から歩くこと10分。一軒家が立ち並ぶ住宅街のなかに石橋の工場はある。
ここで合っているかな…?と少し不安になりながら扉を開けると、朝早い時間にもかかわらず、すでに職人さんたちが中でせっせと作業を進めていた。
1階部分はすべて工場。事務所のある2階へと案内していただいて、まずは取締役の阿部さんにお話を聞かせてもらった。
石橋はもともと、阿部さんのひいおじいさんが立ち上げた会社。戦前から練りものの生産を続けてきて、創業105年の歴史がある。
「私はもともと異業種で働いていて。4年前に、石橋の社長である父親から『外の目でこの会社を見てほしい』と言われて入社したんです」
当時、職人は70歳の方一人だけ。引退の時期が迫っており、後継者はいなかった。
会社をどのように残していくのか、あるいはたたむべきなのか。阿部さんはいきなり判断を委ねられたそう。
「まずは会社の数字を確認したり、工場で一緒に働いてみたりしました。そうしているうちに、ここにいる人たちのことがよく分かってきて。この会社を存続させる道を考えるようになりました」
そのためには、新しい職人さんを探すことが不可欠。知り合いに声をかけ必死に動いた。
数ヶ月後、築地にあった老舗練りものメーカーが急遽店をたたむことになり、知人の紹介もあって、そこで働いていた職人さんたちが石橋に来てくれることに。
「職人の数が増え、以前より多くの量をつくれる状況になったので、販路を拡大していくことにしました。ただこの会社は、正直あまりネームバリューがなくて」
従来の販路は、横浜市内の給食や仲卸向けの市場など、いわゆるBtoBのみ。「石橋」の名前を謳った商品を一般のお客さんに買ってもらえる機会はなかった。
「スーパーなどに営業をしても、『知らない会社の商品は置きたくない』と言われてしまう。半年以上、一般向けの出荷数はほぼゼロでした。それでも、バイヤーさん向けの展示会で出品させていただくうちに、少しずつ注文をもらえるようになったんです」
BtoCの販路開拓を始めてから2年が経ち、今はようやく軌道に乗ってきたところ。
高級スーパーや百貨店の食料品売場など、値段の安さ以上に味の良さを大切にしているお店からの注文が増えている。
「うちの商品は、手間暇かけてつくることを大事にしていて。機械のように多くの量はつくれないけれど、そのぶん味には自信があります」
たとえば、と言って見せてくれたのが「さしみはんぺん」。
三角形や四角形のものはよく見かけるけれど、丸いはんぺんってあまりないような気がします。
「うちでは、はんぺんをつくるときに、すり身を一個ずつ専用の陶器に入れて成形していて。一つずつ手作業でつくるはんぺんは、全国的に見てもほとんどなくなってしまいました。首都圏だと、うちを入れて数社ぐらいですね」
手作業にこだわるのは、どうしてなんでしょうか?
「手でつくると、ふわっとした柔らかさを残すことができるんです。機械でつくる場合は、型から出し入れするときに、すり身が押されて固くなってしまう」
たとえ手間暇がかかっても、味を第一に考える。そんな姿勢を105年にわたって貫いてきたからこそ、今があるんだろうなあ。
「はんぺんがどうやってつくられているかなんて、なかなか知らないよね」
そう言って工場の中を案内してくれたのは、この道30年以上だという工場長の伊藤さん。
「はんぺんの原料は、ヨシキリザメっていうサメの身なんですよ。宮城県の気仙沼から切り身をもらっていて。プレッサーでつぶしてすり身にしたら、今度は石臼の機械を使って、さらに細かくすっていく」
「すっているときに、粘り気を出すために塩を入れるんだけど、どのタイミングで塩を入れるかがすごく重要。ここが、美味しい商品をつくれるかどうかの分かれ道だね」
塩を入れるタイミングが早すぎると弾力がなくなってしまい、遅すぎても、固くてボソボソとした食感になってしまうんだそう。
そのタイミングはどうやって見極めているんですか?
「長年の経験でつちかった勘だね(笑)。魚の状態や温度によって、すりつぶす時間や塩を入れるタイミング、量も毎日変わってくる」
「季節によっても違いはあって。夏だったら、石臼があったまっているから氷を入れて冷やすし、冬は反対に石臼が冷たすぎるから、先に機械を回してあっためることもある。その加減が難しい」
すり身の微妙な変化を、見た目と手触りで確認しながら進めていく。
「見ているのは、色っていうよりはてかり具合かなあ。つやが出てくるんですよ。その感じとか。あとは触ったときに、ぶつぶつする感触がなくなって、つるっとしたら。うーん。こればっかりは言葉にするのが難しいなあ」
決められたルールがあるわけではなく、日々変化する状況に合わせて判断する。その感覚を手に入れるまでには、かなり時間がかかりそうな気がします。
「最初からできるものではないからね。これまで数え切れないくらい失敗してきたし、30年以上続けている今でも、うまくいかなくて悩む日もあって。奥が深いなと思う」
何年やっていても、毎日が勉強の連続。
「もっと楽をしようと思えば、いくらでもできるんだよ。一度で大量にすりつぶせる機械を導入したり、氷や調味料を入れるタイミングや量も、すべてマニュアル化したりね」
「でも、楽してつくったものと手間をかけた手づくりのものでは、それだけ食感や味が変わってくる。どんなに値段が安くても、美味しくなければもう一度買おうと思ってはもらえない。
本当に美味しい練りものの味をぜひ知ってもらいたい、と伊藤さんは言う。
「うちでやっている手づくりの味も、後継者がいなければそこで終わってしまう。なくしてしまうのはもったいないですよ」
現在、石橋で働いている職人は3人。擂潰(らいかい)と呼ばれるすりつぶしを担当している工場長の伊藤さんと、成形と呼ばれる形づくりを担当しているのが2人。
そのうちの1人、藤田さんにお話を伺った。
「手作業のよさは、味や食感以外にもあって。機械では詰まってしまうような、大きな具材も入れることができるんですよ」
実際に成形の作業を見せてもらう。
秤や器具を使わず、手の感覚だけを頼りに、形も大きさも均一な塊が次々と並べられていく。
「さつま揚げは60グラムで、いわし団子は50グラム。商品ごとに重さがそれぞれ決まっています。計量ミスがないために途中必ずグラムを確認しますが、今ではもう、左手に持ったときの感覚でだいたいの重さがわかりますね」
しかも、ものすごいスピードだ。
「少ない人数で回しているので、素早くつくっていくことも大切で。注文が多い時期はさしみはんぺんだけでも1週間で600枚ぐらいつくらないといけない。毎日すごい数を2人でつくり続けていますね」
新しく入る人は、まずどんな仕事からスタートするんでしょうか。
「最初は道具の洗浄などの補助的な作業からお願いすると思います。1ヶ月ぐらいして慣れてきたら、成形を練習していく。まずはゆっくりでもいいから、同じ形と重さでつくることを意識してもらって、どんどんスピードを上げられるように」
「簡単そうに見えるけど、きれいな丸い形にすることも難しいんです。小さいものは片手で握って、親指と人差し指の間から押し出すんですが、はじめはなかなか丸くできない」
毎日の積み重ねで、少しずつスピードも上がり、重さの感覚も掴めるようになっていく。
同じ作業を毎日続けるのは、大変ではないですか?
「うーん。ストレスを感じたことはないですね。徳島県の水産高校を出てからずっと練りもの業界で働いているので、20年近く経ってはいるんですけど」
「水産高校へ行ったのも、家から一番近かったことが理由。練りもの業界に入ったのも、そこなら首都圏で働けたからで(笑)。全部たまたまなんです」
それでも、20年続けているというのは、すごいことだと思います。
「黙々とやるのが好きなんだと思うんです。営業や接客とかは無理。なんだかんだこの仕事が合っていたのかもしれないですね」
新しく入る人も、根気強く続けることを楽しめる人だといいのかもしれない。
「朝は早いですし、忙しいときはしんどいなと思うことももちろんあります。練りものは冬が繁忙期なので、どうしてもその時期に注文が殺到してしまう。やらなきゃ終わらない。そこは大変ですね」
「まあでも、そんな時期でもなんやかんや冗談を言いながら作業していて。3人で手を動かしながら話している時間が楽しいんですよね」
お昼はみんなでお弁当を食べることも多いそう。少ない人数だからこそ、職人同士のつながりも深くなっているんだと思う。
「人間関係がいいっていうのも、続けられている大きな理由だなと思います。新しく来てくれる人とも、楽しくやっていけたらいいですね」
取材後に、さしみはんぺんをいただいた。ふわっとしたメレンゲのような食感で、山芋の香りが口の中に広がっていく。
私が知っているはんぺんとは味も食感も大きく違っていて、この味をなくしてほしくないと思いました。
この技術を引き継いでくれる方を待っています。
(2019/12/20取材 鈴木花菜)