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「朝礼のとき、美佐さんが『ちょっと3分だけいい? 話したいことあんねん』って言ったら、“あ、30分やな。3分では済まないな”って。きっとみんな思ってますよ(笑)」
「ごめんごめん、自覚してる。本当に3分で終わらすつもりなんやけどね。しゃべりだしたら止まらなくなるのよ」
奈良の市街地から少し外れた「ならまち」と呼ばれるエリア。その一角に佇むお店「風の栖(すみか)」では、軽快なやりとりが繰り広げられていました。
こぢんまりとした店内には、オリジナルの衣服をはじめ、スタッフがセレクトしてきたおいしい食べものや遊びごころのある雑貨がずらりと並びます。
楽しそうに会話している人たちがいたら、それはお客さんかもしれないし、みんな風の栖のスタッフかもしれません。耳を澄ませて聞いてみても、やっぱり楽しそうな話をしている。
風の栖で働く人にとって、しゃべることはとても大切なことのひとつなんだそうです。ぽろっと口にした一言や、何気ない仕草から、ものづくりや新しい企画のアイデアが生まれ、どんどん広がっていきます。
今回は、そんなふうにたくさんの言葉をかわしながら、この場所にいい風を吹かせてくれるような人を募集します。育休に入る人が続き、これから少し人手が足りなくなりそうとのこと。
経験はまったく問わないので、いい予感を感じたら読み進めてみてください。
近鉄奈良駅から、南へ。
新旧さまざまなお店が並ぶ商店街「もちいどのセンター街」を抜けて、「ならまち」へと向かう。
歴史ある寺社や家屋が残るこのあたりのエリアは、春や秋には観光客で賑わうものの、寒さ暑さの厳しい冬と夏の盛りには、人通りもまばらになる。おだやかな町の雰囲気を味わいながら、ゆったりと散策するにはちょうどいい時期かもしれない。
駅から歩くこと15分ほどで、風の栖に到着。スタッフのみなさんが明るく迎えてくれた。
最初に話を聞いたのは、宮川美佐さん。
風の栖は、美佐さんのお母さんが20年前にはじめたお店。奈良をはじめ、各地の作家さんの作品や日用雑貨を扱ってきた。
「わたしの母は染めや洋裁をやる人で、前々から服を縫ってはチラッとお店に出していたんです。縫えるときに、縫えるぶんだけ」
そんななか、看板商品だったイスラエルの靴ブランド「NAOT」が成長してゆき、やがて東京と奈良に実店舗を構えるように。
風の栖として何を軸にしていこうか?と考えたときに、オリジナルの服づくりが思い浮かんだという。
「大量生産・大量消費とはまったく違う方向性で。シーズンに合わせて新作を出すのではなくて、本当にいいと思うものを自分たちのペースでつくっていけば、喜んでいただける方も増えていくんじゃないかと思ったんです」
晴れ着というより、普段から身につけられる、シンプルで着心地のいい服を。
店の奥のスペースでは、美佐さんのお母さんがパターンを引き、試作が重ねられている。便利なソフトが使える今でも、鉛筆と定規を使い、手作業で。一つひとつの手さばきが心地よい。
そんなふうに、じっくりとものづくりの幅を広げてきたみなさん。もう少し多くの人に届けられないか?と考えていたときに、あるお客さんとの出会いがあった。
「その方とお話していたときに、“どうやったらつくる量を増やせるかしら…”みたいなことを、ついボソッとしゃべったんです。そしたら『あら、うちの息子が縫製工場をやってますよ』って」
この出会いがきっかけで、京都・宇治にある工場でも服を縫製してもらえるように。
「熟練の職人さんたちが、本当に美しい、品質の高いものを縫ってくださるので、じゃあそこの部分はお任せして、わたしたちはデザインとか素材を考えるところに力を入れられるねって話になり。そこからバリエーションもだいぶ広がりましたね」
今回募集する人は、こうしたオリジナル商品の企画にも関わってほしい。とはいえ、テキスタイルや服づくりにまつわる知識やスキルは、なくても大丈夫とのこと。
実際にどんなふうにつくられていくのか、定番商品である「ひざっこパンツ」を例に、スタッフの永田さんが紹介してくれた。
「もともとはNAOTの接客がしやすいようにつくったんです。靴をご提案するのに、立ったりしゃがんだりすることが多いので、ひざの部分にゆとりをもたせて」
スタッフだけでなく、お客さんにも愛用する人が増えていくうちに、さまざまな声が寄せられるようになった。
なかでも多かったのが、「細身のひざっこパンツがほしい」というもの。ただ、理想のシルエットにはなかなか出会えずにいたそう。
「そんなときに、スタッフの一人がいきなり、わたしの履いてたひざっこパンツの裾をぎゅっと握って。何するん?って思ったんですけど、周りで見てたみんながそれやー!って」
思わぬかたちで、理想のシルエットが見つかって。
「そう、みんな『それほしい!』って。そこからスリムタイプが生まれたんです」
隣で聞いていた美佐さんも、「そうだ、あれもそうじゃない?」と何かを思い出したみたい。
「よくタイツを履いてるスタッフの子がいるんですけど、静電気でスカートが足にくっつくっていう話になって。『なんでつくんやろ? もっと、こうだったらいいのに…』って言いながら、ぐりんってスカートを90度回したんです。そしたら、『その形めっちゃかわいいやん!』ってなって」
「そうそう、袴っぽく、スカートとはまた違ったイメージになってね。そこから細部をつきつめて、『ランダムタックパンツ』が生まれて」と永田さん。
なんだか、想像していたよりもアクロバティックというか。大胆な形でアイデアが生まれることも多いんですね。
「そうですね。けっこう泥臭いところもあると思います(笑)」
アイデアが思い浮かんだら、何につながるかわからなくても共有してみる。風の栖にはそんな雰囲気があるという。
「もう、アイデアの雨ですよ。傍から見たら、仕事せずにおしゃべりしているように見えるかもしれません」
「でも拾い上手な人も多いから、ちゃんと次につながっていく。寝かせておいたアイデアから、芽が出ることもあります」
以前はデザイン事務所で12年働いていた永田さん。
姉妹店のNAOTと共同で半年に一回発行しているジャーナルをはじめ、カタログなどの紙媒体のデザインを担っているそう。
さらに風の栖では、オリジナルのテキスタイルづくりも担当した。
「生地ってどうやってつくるんだろう?ってところからスタートして、工場を調べて。今まではデザイン専門でやってきたので、そこからやるのか!っていう衝撃はありました」
工場は無事見つかったものの、すぐに生地ができるわけではない。
「出したい色が出せるまで、何回も何回もやりとりして。職人さんからは『こんなに言う人は永田さんくらいです』って言われましたね」
試行錯誤のすえ、なんとか生地が完成。迎えたお披露目の日の朝に、店頭で並んで待っていてくれたのは、三重県から来たお客さんだった。
「その服がお目当てで、『もうずっと、どんなふうになるか楽しみにしてたんです』って。その方の手に渡ったときは、みんなでハイタッチして喜びました」
全員でアイデアを出し合ってつくった商品を、自ら接客して届けられる。ものをつくって売る一連のプロセスに関わるからこその手応えがあるという。
永田さんだけが特別なのではなくて、これは風の栖のスタッフ全員に共通する働き方。SNSやWebサイトを通じた発信が得意な人は広報担当も兼任するし、イベントやワークショップを企画することもある。
「自由度が高いぶん、大変に思う人もいるかもしれません。でもしんどいなと思っていたら、美佐さんをはじめ、誰かが気づいてくれるんです。ひとりで抱え込まずに、みんなでなんとかしようって考えになりやすいというか」
繰り返しになるけれど、必要なのは経験やスキルではない。気になることや思いついたことがあれば、たとえそれが些細なことであっても話したり、聞いたりできる素直さのほうが大切だと思う。
加えて美佐さんは、「何か好きなことがある人がいい」という。
「食べるのが好きな人は多いですね。衣食住を考えたときに、風の栖は『衣』がメインですけど、やっぱり人が生きるうえで食べることは欠かせないし、食べたもので体はできていくので」
3ヶ月に一度は店内でマルシェを開いていて、全国からおいしいものを集めるだけでなく、自分たちでオリジナルのジンジャーシロップなどをつくって提供しているそうだ。
最近、風の栖では「基本に立ち返る」ことを意識しているという。
「服も少しずつ安定してつくれるようになってきて、みんなのライフステージも変わってきた今、あらためて考えてみようって。それで出てきた言葉が、“よくしゃべる、よく笑う、よく食べる”」
ああ、基本だ。
「ふふふ。まあ、うちで毎日繰り返されてることなんですよね」
お店は、日没とともに閉まる。
朝、出社すると、先に来た人がお茶を淹れてくれている。
当たり前の毎日を、ちょっといい日にする。そんな小さな工夫や心配りが、このお店にいい風を吹かせているのかもしれない。
最後に話を聞いたのは、スタッフの松下恭子さん。みんなからは“きょんちゃん”と呼ばれている。
全国各地から集まるスタッフが多く、きょんさんも神奈川から奈良に来た一人。もともとTwitterが好きで、今はお店の広報を担当している。
「お店の立場で、いろんな視点を想像しながら書いて伝えるのは、楽しくもあり大変なところですね。Webサイトのページもこの間つくらせてもらったんですけど、企画から撮影、文章を書くところまで、段取りを全部組んで進めていくのがなかなか難しくて」
「でも、何より苦手なのが梱包で…」
え、梱包ですか?
「わたし、すごく不器用なんですよ。だからお客さんの目の前で包むのがプレッシャーで」
自分で企画したり、段取りを組んだり、大変そうに思えることはほかにもいろいろあるなかで、梱包。人によって得意不得意は本当にさまざまなんだなあと感じる。
分業でないとはいえ、すべてひとりで完璧にこなす必要はない。苦手な部分は補い合いながら、みんなで進めていければいい。
最後に、こんなエピソードを紹介してくれた。
「わたし、お菓子づくりが好きで。はじめてクッキーをつくって持ってきたとき、『おいしいかわからないけど…』って言ったんです。そうしたら、美佐さんのお母さんに『そういう謙遜は、うちではいらないからね』って言われて。すごくいいなあって思ったんです。これからは自信を持って出そうって」
よくしゃべる、よく笑う、よく食べる。それって当たり前のようだけど、何かに必死になっていると、つい忘れがちなことでもあります。
そこにちゃんと「人」がいる感じがするのは、風の栖のみなさんが、いつもそのことを心の真ん中に置いているからなのだと思いました。
(2020/1/23 取材 中川晃輔)