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6年前に廃校になった、まだまだきれいな小学校。図工室には陶芸の作品が並び、調理室ではシェフが料理の試作中。体育館にはバスケットボールの音が響いて、図書室にはコーヒーを飲みながらパソコンで作業する人たちがいる。
これらの多種多様な活動はどれも、今回紹介する下田(しただ)の地域おこし協力隊によるものです。
新潟県三条市、下田地域。拠点となる旧荒沢小学校では、現在21人もの協力隊が活動しています。
今回も、農業、スポーツ、教育、ITなどの各分野で合わせて12人の協力隊を募集します。
自分ならどんな関わり方ができそうか、いろんな可能性を想像しながら読んでもらえたらと思います。
東京駅から上越新幹線で2時間の燕三条駅。ここから30分ほど車に乗り、下田地域を目指す。
三条市は、3つの市町村が合併して生まれたまち。下田はもともと静かな農村で、駅付近の賑やかな市街地とは異なる雰囲気を持っている。
今年は暖冬で雪は見られないものの、小雨が降る曇り空のなか、車を走らせていく。
取材に訪れたのは、2014年に廃校となった旧荒沢小学校。
現在は協力隊の受け入れ団体であるNPO法人「ソーシャルファームさんじょう」の活動の拠点となっている。
もともと校長室だった部屋の一角で、代表の柴山さんにお話を聞いた。
「僕は三条の市街地出身で、下田には30年くらい前に仕事で関わりはじめたんです」
以前の下田のイメージは、「水がきれいで農業も盛ん」というくらい。実際に関わってみて、人口減少と高齢化が進むなか、厳しい自然と不便な土地柄を受け入れて暮らし続けることの大変さを実感したという。
「放っておいたら、将来下田はなくなってしまうんじゃないかと思った。だから、この地域で人づくりがしたいと思ってね」
人づくり、ですか?
「人を育てて、その人たちが事業を起こせば、きっと地域は元気になっていく。僕らは、それをサポートする。そうすれば下田は持続可能な場所になっていくんじゃないかって」
三条市とも連携し、地域おこし協力隊の制度を活用するかたちで、2015年にソーシャルファームさんじょうを立ち上げた。
掲げるのは、「農業を通じた人づくり」。
地域に根付いてきた農業を軸とすることで、下田やそこで暮らす人たちに対する理解を深めるとともに、共同作業を通じてチームワークや責任感を育むことができる。
協力隊は、個々の活動分野にかかわらず、NPOで借りている棚田を共同で世話する。地域の人に教わりながら、田植えから草刈り、稲刈りまで協力して行い、収穫したものはイベントで振る舞っている。
地域の生業に触れるなかで、自分自身の活動も深まっていく。
協力隊のなかには、デザインや料理など自分の特技を地域で活かしている人や、農業の体験から派生し6次産業化に取り組んでいる人、スポーツを通じた地域交流を行う人や、3ヶ月間の滞在型職業訓練プログラム「しただ塾」を運営する人など。個性豊かなメンバーが揃っている。
「エネルギーを内に秘めているやつらが出会って、ほかにはない化学変化が起きている。ただ、何かやってみたいことがある人はもちろん、まだやりたいことのない人が来てもいいんだよ」
やりたいことがなくても?
「誰が来てもいいと思う。いろんな人がいるのが、この場所のいいところだから。都会の暮らしから離れて、少し立ち止まって考えたいとか、リスタートしたいとか。そういう人こそ、一度来てもらいたいな」
すでにやりたいことがある人は、試しながら可能性を広げられるフィールドがある。
そうでない人にとっても、ここには得意不得意もバックグラウンドも異なる人がたくさんいるから、「こうあるべき」という押しつけがないし、自分を見つめ直すいい機会になると思う。
続けて、それぞれの分野で活動している協力隊のみなさんに話を聞いていく。
プロのバスケットボール選手である南条さんは、「半農半バスケ」を掲げて活動している方。
協力隊でプロスポーツ選手って、一体どういう仕組みなんだろう。
「僕らは『3x3(スリーエックススリー)』と呼ばれる、3人制バスケットボールの選手で。この体育館が活動拠点の『三条ビーターズ』というチームに所属しています」
日本での知名度はまだ低いものの、東京オリンピックの正式種目にも採用された3x3。プロチームの数を増やす動きが全国的にあるなかで、代表の柴山さんがチームを立ち上げた。
南条さんは昨年から赴任し、農業や地域での活動と並行して毎日の練習に取り組んでいる。
プロとはいえ、副業をしながら活動する人が大半のなか、しっかりとした練習時間と安定した収入を得られる今の環境は恵まれているという。
バスケ以外の活動では、ほかの分野の協力隊と関わる機会も多い。
「基本的に農作業はみんなで協力してやっていて。三条市のマルシェに協力隊として出店するときに、一緒に準備や販売をすることもあります」
「普段は個々の活動をしていて、陶芸家だったり、狩猟をやっている人やシェフがいたり、面白いですよ。バスケのイベントでジビエ料理を出してもらうとかもできると思うし。組み合わせれば、いくらでも可能性があると思います」
南条さん自身は、これからはバスケに加えて、農業と福祉を掛け合わせたプロジェクトを進めていくという。
一緒に進めるのが、奥さんであり、同じ協力隊として昨年10 月から活動している森川さん。
「正直、最初に来たときは、ここで何をしたいのかはっきりと決まっていなかったんです。ただ、長年続けてきた福祉の仕事を続けたいという気持ちだけはありました」
下田で暮らしはじめて驚いたのは、水と空気のきれいさ、そして地域でとれるお米や野菜がとてもおいしいことだったそう。
「今まで食べていた野菜と全然味が違って、本当に感動したんです。こんなに恵まれている土地なのに、高齢化で手がまわらない田んぼもあると知って、もったいないなって」
「自分の知識や経験を活かせる福祉と、地域の農業を掛け合わせることが、一番自分らしく貢献できることだと思ったんです」
まずは今年の春から、障がいを持つ子どもたちや施設に入居している高齢者と一緒に、お米づくりをはじめる予定。
まだ構想段階ではあるものの、ここでつくったものを都心のアンテナショップなどで販売して、将来的に事業化していけたらと考えている。
「今までは会社としてやるべきことが決まっていたので、自分で自分の仕事をつくり出していくのは、はじめての経験です。最初はすごく戸惑ったけど、自分次第でチャンスを掴めるところは楽しいですね」
今は春に向けて準備を進めているという森川さん。これから入る農業分野の協力隊は、この活動を手伝うこともある。
それに加えて、中心となって動いてほしいのが、協力隊が代々取り組んでいる「五輪峠」という芋焼酎づくり。
どんな活動なのか、担当の濱本さんに話を聞いた。
「五輪峠づくりは、初代の地域おこし協力隊がはじめました。地域の農家さんに芋を育ててもらい、市内の酒屋さんと協力して焼酎にして。生産してくれた芋の量に応じて、できた焼酎をお礼として農家さんに渡しています。原料はすべて下田産です」
濱本さんは、農家や酒屋とのやりとりだけでなく、芋を洗ったり潰したりといった酒づくりの手伝いまで行っている。返礼後に余った焼酎は地元の酒店で販売しているものの、すぐに売り切れてしまう人気商品なのだとか。
酒づくりに興味がある人なら、プロジェクトを通じて一連の流れを学ぶことができ、かつ地域とも深く関われるいい機会になると思う。
埼玉県出身の濱本さんは、職業訓練プログラム「しただ塾」の塾生としてこの場所をはじめて訪れた。
3ヶ月間ここで地域の農業や暮らしに触れて、協力隊として活動することを決めたそう。
「都会とは別の場所に身を置いてみたくて。ほかの地域の協力隊も考えていたけれど、やっぱり実際に来てみて、ここで過ごすイメージが湧いたのが大きかったですね」
「ただ正直、僕は五輪峠がやりたくて協力隊になったわけではないんですよ」
そうなんですか?
「もともと広告代理店で働いていたので、コピーを書くとか、下田で広告の仕事がしたいなと思っていたんですけど…。なかなか事業化するのはむずかしかったですね」
「五輪峠は、前の担当が任期を終えるときに、たまたま手が空いていたので任されて。腑に落ちていない部分もあったんです。今後はなるべくそういうギャップをなくしていきたい。自らこの仕事をやりたいと思う人が入ってきてくれたらいいなと思います」
今年度で協力隊の任期は満了予定。これからのことは未定だけれど、下田を離れて別の場所に移るという。
協力隊のなかには、自分の仕事を見つけて地域に残る人もいれば、1年ほどで途中退任してしまう人もいる。
3年間の任期をまっとうした濱本さんが離れるという選択をしたことも、この場所で見つけたひとつの道なのだと思う。
下田を訪れた翌日、話を聞いたのが井上さん。東京出張に合わせて、清澄白河にある日本仕事百貨のオフィスを訪ねてくれた。
井上さんは教育に関わる活動がしたいと、地元新潟にUターンし協力隊になった。
ところが、最初の1年間はあまり教育に関われなかったそう。
「バスケ部だったっていう理由で、三条ビーターズの立ち上げを任されて(笑)。チームをつくる話は知っていたけれど、まさか自分が主導することになるとは思っていませんでした」
希望の分野と違う仕事を任されることも、多いんでしょうか?
「正直、そういうこともなくはないかな。やらされているって感覚を持ってしまうとつらいかもしれません。空き時間でほかの活動を進めることもできるし、捉え方次第かなと」
「私の場合は、プロスポーツチームを立ち上げる経験なんて滅多にないし、地元が盛り上がるなら立派な社会貢献だから、まずはがんばろうと。ちゃんと成果が残せれば、自分がやりたいこともきっとみんな後押ししてくれるだろうなって」
今は2年目を迎えたところ。
これからは、下田と市街地の小学生の交流を生む自然体験プログラムの企画や、旧荒沢小学校を活用して、近隣の子どもたち向けの学習支援やワークショップも開催していきたいという。
「下田の協力隊になるなら、『こういうことがやりたい』『こういう働き方がしたい』っていう想いが、何かひとつでもあったらいいと思うんです。大なり小なり、なんでもいいと思うんですけど」
「指示をくれる人はいないので、どれだけ自分からアクションできるかが大切なんですよね。どんなことにもポジティブに、面白がって取り組める人だといいと思います」
今回紹介した以外にも、プログラミングやアプリ開発を通じて課題解決を目指す協力隊や、慶應大学SFCと連携した地域おこし研究員も募集中。
いろんな役割や背景を持った人たちと、日々関われる場所だと思います。
一人で地域に飛び込んだり、自分の内面と向き合ったりしても、自分らしい立ち位置を見つけることは、なかなかむずかしいもの。
ここでさまざまな価値観に触れるなかで、進みたい道も少しずつ見えてくるような気がしました。
(2019/1/29取材 増田早紀)