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移り住む、に馴染む期間で
身につける
好きこそものの上手なれ

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

違う地域に移住してみたいけれど、仕事が見つかるかわからない。せっかく暮らしを変えるなら、自分の好きなことを仕事にしたい。

移り住む土地や仕事を選ぶのに、今はさまざまな選択肢が用意されています。

なかなか候補に上がりにくいのが、その土地の職業能力開発校で学ぶという選択肢。

テクノスクールは、徳島県が管理運営する職業能力開発校。以前は職業訓練校と呼ばれていたもので、美容や木工、自動車整備や住宅建築など、手に職をつけるためのさまざまな訓練科が用意されています。

職業能力開発校と聞くと、そこに住んでいる人が仕事を見つけるため、資格をとるために通う場所というイメージを持っている人もいるかもしれません。徳島県の県立テクノスクールでは、移住や転職を考えている人を積極的に受け入れているそうです。

今回は訓練生として学び、手に職をつけていく人を募集します。

現役の訓練生、修了して徳島で働く人、指導員として関わり続けてきた人にそれぞれオンラインで話を聞かせてもらうことになりました。聞いているうちに感じたのは、職業訓練の期間は、新しく移り住む土地に馴染み、自分の生活やその先のことをゆっくり考える時間でもあるということ。

生活を変えてみようと思っている人は、よかったら読んでみてください。

 

東京から徳島へは飛行機で1時間ほど。

日本仕事百貨の取材でも何度も訪れている土地で、山間の町に自分で仕事を生み出す人が集まっていたり、海沿いの町にはサーフィン好きが集まっていたりと、移住して自分なりの生活をしている人に出会ってきた。

テクノスクールは、徳島県の中央、南部、西部と3ヶ所にある職業能力開発校。離職に際して雇用保険給付または職業訓練受講給付金の支給対象となった場合、さまざまな訓練科から自分が学びたいものを選び、半年から2年間、生活の安定などを目的とした手当を受けながら訓練を受講し、就職の準備を進めていくことができる。

最初に話を聞かせてもらったのは、南部テクノスクールに通いはじめて半年が経った田中さん。2年制の自動車整備科に通っている。

「出身は神奈川です。専門学校で学んだあと、バイトをしていた東京の小さな設計事務所に就職しました。少人数だったので、全員がなんでもやるようなところで。27歳まで働いたんですけど、ちょっと仕事の悩みが出てきて退職したんです」

その後も建築の道に進もうと決め必死に食らいついてきたけれど、30歳を前にして、自分には建築が向かないんじゃないかと思うようになったという。

やわらかな口調で当時のことを振り返る田中さん。しんどい時期を経験しても、ずっと働いてきた建築の世界を離れることには不安もあった。

「結婚していたので、一家の大黒柱なわけじゃないですか。周りの友だちはそれなりに道が固まってこれからだっていうときに、僕だけ今までのことをまっさらにしてキャリアチェンジしちゃっていいのかなって。正直迷いました」

そんなとき、背中を押してくれたのは家族だった。

「父に話したとき、『キャリアを変えたとしても、9年間やってきたことは無駄にはならないから』って言ってくれて。その言葉には救われた気がします。やりたいことをやればいいって。先のことを考えて、妻の実家がある徳島に移ることを決めました」

好きなことを仕事にする。そう考えたとき、田中さんにとって車に関わること以外に選択肢はなかったそう。

「小さいころから、タイヤがついたものならなんでも。とにかく好きだったんですよね。毎日ミニカーで遊んだり、いわゆるデコトラが載っている雑誌を買ってもらったり。社会人になってからは、仕事は建築、趣味は車っていう感じでやってきたんです。車の道に進むならちゃんと技術を学ぼうと思って、テクノスクールに通うことになりました」

入校したのは今年の4月。新型コロナウィルスの影響で、最初の1ヶ月は休校となったものの、5月以降は毎日、車の整備についての勉強を続けている。

自動車整備科では午前中に座学、午後は工具や車を触る実習、という日々を送っているそう。

「僕、勉強が得意な方ではないので、建築の資格は挑戦しても失敗ばかりでした。だけど車のことになると、座学もすごく楽しくて。自分でもびっくりしているくらいです。実習でも、知らなかったことを発見できて。すごく充実しています」

車のこととなると、とにかく楽しそうに話す田中さん。

大変なことはありますか。

「勉強することがとにかくたくさんあるので、気を抜くとすぐついていけなくなってしまいそうな気がしています。2年って、時間があるようでないんだなと思って。毎日しっかり勉強しようと思っています」

自動車整備士は人手不足が続いていて、修了生の就職率は100%。田中さんはディーラーの整備士として働くことを念頭に置きながら、就職活動も始めていきたいと考えているところ。

「まだ働いてもないんですけど、これが天職なんだろうと思っています。これだけ好きなら、嫌になることはないんじゃないかなって」

好きこそものの上手なれ。聞いているこちらがうれしくなるくらい、充実した日々を送っていることが伝わってきた。

 

とはいえ、ここは職業能力開発校。田中さんのように最初からやりたいことが決まっていて、まっしぐらに入校してくる人ばかりではない。

西部テクノスクール電気工事科を修了して、今は太陽光パネルの設置などを仕事にしている片寄さんは、入校当初、これといってやりたいことがなかったそう。

「以前は埼玉に住んでいました。計測器メーカーでソフトウェアの開発をしていたので、毎日PCの前でプログラマーとして働いていたんですよ。移住のきっかけは、東日本大震災です」

当時、原発事故の影響などを考えて、東から西へと移住を決める人は少なくなかった。3歳になる子どもがいた片寄さんも家族で話し合い、いろいろな地域を見て回るようになった。

「あるとき、徳島に移り住んだ人が書いているブログ見つけて、会いに来たんです。その人たちもいるなら心強いし、町よりも自然が豊かなところのほうがいいかなっていう直感で。今はちょっとした里山みたいなところに住んでいます」

暮らす場所を先に決めた片寄さん。仕事はどうやって考えていったんですか。

「前職と同じコンピューターの仕事ではなくて、別のことをやってみたいと思ってはいたんですよね。といっても漠然としていて、これがやりたいってものはなくて」
そんなときに移住の先輩たちから教えてもらったのが、職業訓練という選択肢。

お金のことを心配せずに、学びながら先のことを考える時間がもてる。暮らす場所も仕事も変えようとしていた片寄さんにとって、はじめの1歩にぴったりな道だった。

数ある訓練科から電気工事科を選んだのは、最初に相談したテクノスクールの先生が勧めてくれたから。14人の同級生とともに、ゼロから電気設備の勉強がスタートした。

「朝8時すぎからはじまって、16時すぎには終わり。本当に学校みたいな生活ですよ。昼休みにはみんなでバドミントンやったりして。年齢はバラバラでしたけど、なんか和気あいあいとしてて」

楽しい訓練生活を送りながらもしっかり勉強して、1年のうちに2つの資格をとったという片寄さん。流れで学ぶことになったものの、電気設備の仕事が肌に合っていたそうだ。

「中学高校でスポーツをやっていたり、関東にいるときは週末山に登ったりしてたんですよ。仕事で身体を動かすっていうのは、自分にはよかったのかもしれませんね。あとは電気ってすごく生活に近いものだから、人の役に立ってるのを実感しやすいのはいいなって思うんです」

修了後の就職先は、テクノスクールの斡旋に頼らず自分で探して決めたそう。最初に働くことにしたのは、薪ストーブを販売している小さな会社だった。

「再生可能エネルギーみたいなものに関心があって、親方の弟子みたいな感じで就職したんです。だけどあまりの厳しさに、2ヶ月で辞めちゃいました。そのあとしばらくして、いい就職先ありませんか?ってテクノスクールに戻ったんです」

「テクノスクールの先生方は、面倒見がいいんですよね。先生たちは地元の人が多いから、その後も良好な関係が続きやすくて。それでようやく今の仕事について、そろそろ7年が経つところです」

肌に合う仕事を見つけ、自然のなか暮らす日々。近所の人から野菜をもらうことも多いそうで、すっかり徳島での生活に馴染んでいるようす。

「僕にとって徳島はまったく縁のないところだったので、テクノスクールで同級生ができたのは心強かったですね。今でも同じ業界で働いてる人が多いから、ときどき連絡をとるんです。ワンクッションというか、ここでの生活に馴染む期間としてはすごくよかったんだと思います」

 

そんなテクノスクールで16年教鞭をふるい、今は県庁で人材育成に関わっている杉野さんにも話を聞かせてもらうことに。

杉野さんの地元は徳島県。車好きが高じて機械工学を学び、大学ではアルミニウム合金の研究をしていたそう。家庭教師のアルバイトや大学で非常勤職員を経験していたこともあって、これまで学んだことを人に伝えていく仕事をしようと徳島県庁に入庁し、職業訓練指導員として、テクノスクールでの訓練に携わってきた。

いろいろな理由で岐路に立っている人たちが集う職業能力開発校。16年間、いいときも大変なときも、いろいろな訓練生を見守ってきたという。

「やっぱり好きではじめた人は、覚えるのが早いですよね。センスがあって、びっくりするほどの速さで技術を身につける人もいます。一方では、最初からうまくいかなくても、小さな失敗をきっかけにぐっと成長する人も多いですよ」

もともとの知識量やモチベーションは人それぞれ。実習に入る前には、当日関わる指導員全員で、訓練生それぞれの状況を共有して、一人ひとりに合った関わり方を考えている。

半年から2年という長い期間一緒に過ごすこともあって、修了生が就職後、はじめてとれた有給休暇を使って遊びにきてくれることもあるんだそう。先輩の姿が見えることで、在学中の訓練生も将来の姿を想像したり、励まされることも少なくない。

ここを通過点にして、さまざまな人生が続いている。悩みや思いが重なる場所だからこそ、血の通った関係が続いてるのかもしれない。

「徳島県にはいい会社がいっぱいあるんですよ。徳島という、田舎からでも社会の役に立てる、世界に通用する仕事ができるのを知ってほしいと思っています。学んでいること、やっている仕事に誇りを持ってもらいたいですね」

学びながら馴染んでいくテクノスクールでの時間にいい予感がしたら、まずは話を聞いてみてください。

(2020/11/13 取材 中嶋希実)

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