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めんどうだけど、たまらない
可能性が開く瞬間

「私、人が変容していく様子が好きなんです。それがたまらなく好きで、うまくいかないことばっかりでも、やめられないんですよね」

島根県立隠岐島前高校は、日本海に浮かぶ離島にある地域唯一の高校です。

17年前、人口流出や財政難などさまざまな課題を抱え、島から高校がなくなる寸前にまで至りました。

そこではじまったのが「隠岐島前高校魅力化プロジェクト」。

生徒が通いたくなる、地域に愛着の持てる学びの場をつくることで、持続的に循環する地域を目指すこの取り組み。

高校のカリキュラムを変え、公立塾や島外から生徒を受け入れる寮を設置。国内外の人と交流する機会をつくったり、地域全体を学びの場にしたり。

今では日本各地から生徒が集まり、全国から教育やまちづくりの挑戦事例として全国から注目されているものの、まだまだ発展途上。

地域の教育について向き合い、その活動は島前地域全体の小中学生世代にも広がっています。

今回募集するのは、島前地域のひとつ、西ノ島で暮らし、教育魅力化コーディネーターとして活動する人。

経験は問いません。

先生や生徒たち、地域の方々と会話を重ねながら、この地域の教育の可能性を探っていく仕事になると思います。



島根県の離島、隠岐・島前地域へ。

飛行機、電車を乗り継ぎ、大きなフェリーに揺られて3時間。

島前には3つの島があり、バスのような定期船を使えば10分ほどで行き来することができる。

島ごとに海士町(あまちょう)、西ノ島町、知夫村(ちぶむら)という自治体にわかれていて、あわせて約5,700人が暮らしている。

そんな情報をおさらいしつつ、この日の目的地、海士町に到着。

今では全国各地で行われている高校魅力化プロジェクトがはじまった場所。

最初に話を聞いたのは、隠岐島前教育魅力化プロジェクトのリーダーを務める宮野さん。

「フェリー、すごい揺れましたよね」と気さくに声をかけてくれる。

宮野さんがここに来たきっかけは、12年前に日本仕事百貨の記事を読んだこと。

最初の1年は公営塾で生徒たちと関わり、隣の知夫村で小中学校の魅力化を立ち上げたあと、プロジェクトのリーダーへ。

宮野さん自身も役割がどんどん変わってきたなかで、プロジェクトも高校から小中学校へ。さらに3町村で連携していく体制へと広がってきた。

「いろんなことをやってるし、できることはめっちゃ増えているんですけど。追いかけるテーマ、魅力的で持続可能な教育と地域をつくるってことは変わっていないと思います」

「今って少子化の影響を受けて、学校の再編成みたいな話が日本各地で起きています。一方で通信制だったり、いい理念やビジョンを掲げた学校ができて人が集まったりもしている。おもしろい私立はいっぱい増えているんだけれど、個人的には公立に希望を持ちたいと思っていて」

公立に希望を持ちたい。

「教育って、どこかの学校や地域が一人勝ちしても意味ないじゃないですか。どこのまちにだって大切なものですよね。地方の教育のモデルとして走ってきた使命感はまだ受け継いでいます。ああいうやり方があるんだっていう希望になるといいなって思うんですよね」

本土で研修会の運営をして戻ってきたところだという宮野さん。

フェリーのなかでも電話でスタッフと打ち合わせをして、この日は会議続き。

夜にはオンラインで、高校生の親御さんたちが集まる会を開くそう。

順調に進んでいる話をワイワイすることもあるものの、さまざまな壁をどうやって乗り越えていくかを考え、調整に動き回る時間のほうが多い。

諦めず、島の教育にエネルギーを注ぎ続けられるのはなぜだろう。

「誰かが可能性を諦めるということを見逃せないっていう価値観が、自分のなかにあるなって思っていて」

可能性を諦められない?

「そう。生徒がなにかを見つけてぐっと動いていくようなシーンだったり、先生が勇気を出した場面を見たときだったり。その人の新しい可能性がバーンと開くみたいなときに、感動しちゃうんですよ」

この地域では教育の分野に限らず、持続可能な地域であるためにどんな手が打てるか、常に話し、考え、挑戦し続ける風土がある。

高校では「失敗の日」という、挑戦したことを称賛するような行事もつくったそう。

「理想があっても、現実にしていくプロセスではたくさんの壁が立ちはだかります。こうだからできないとか、無理だって言った瞬間に可能性を閉ざしてしまう。言い訳せず、一緒に試行錯誤できる人と一緒に働きたいですね」

そんな宮野さんとともに挑戦し続けているスタッフの1人が浅井さん。

小中学生世代の学びのの魅力化のことを考え、仕組みをつくっていく役割を担っている。

「最初は『教育はこうあるべきだ!』って考え方があったんだけど、ここに来てガーンとぶっ壊されました。理想を掲げてやってはいるものの、みんなでがんばってるこのプロセスが好きで、やめられなくなっているんです」

家族で海士町に移住してきたことをきっかけに、10年前にプロジェクトに参加。

まちで最初の小学校のコーディネーターとなり、その役割を開拓してきた。

学校での主な役目は学校と地域をつないでいくこと。

そして、学校で学びをよりよいものにするサポートをすること。

「あくまでも授業をつくるのは先生です。私はそこにチームの1人として参加して、一緒に考えていきます」

先日、職員室の席で、総合的な学習の発表会をどうするかを話す時間があった。

ただ発表の場をつくればよいということではなく、1年間の学習のなかで、子ども自身が、自分のどこが成長したか感じられるにはどうしたらいいのか。

少し話が煮詰まってきたとき、ある研修で聞いた言葉を思い出した。

「『成長をお祝いするってどうですか?』ってつぶやいたんです。授業のひとつでそんなコンセプト立てる必要ないって言われてもおかしくないんだけど、先生たちは『すごくいいね!』って賛成してくれて」

「いい授業をするとか、いいカリキュラムを組み立てるとか。教育をよくしていくって、毎日の細かい話の積み重ねです。それでも、自分たちがやっていることはどこに向かっているのか、いろいろな立場の人と膝を突き合わせてやっていけるのがおもしろくて。めんどうなことが好きなんだと思います」

コーディネーターの大きな役割のひとつが、教育の場を学校だけでなく、地域や社会に開いていくこと。外の人たちと積極的に接点をつくりながら、子どもたちが学校の外で学ぶ機会につなげていく。

今、地域の中学生は「越境ファースト」という合言葉で、自分がいる環境から一歩外に出てみる場を多くつくっているそう。

うれしそうな顔をしながら話してくれたのは、海外への越境体験の参加に手をあげた中学生のこと。

小学生のころから知っているその子は、ふだんは会っても大人しく、主張が少ない子だと感じていたそう。

「自分から行きたいっていうの、ちょっと意外だなって思うくらいだったんです。改めて選考の面接で話を聞くことになって」

「そしたらまっすぐ私の目を見て、『私は消極的なところを変えたい』って話してくれたんです。まさかそんな言葉が聞けると思っていなくて、感動しました。行っておいで!って。教育ってとても時間がかかるけど、小学校から中学、高校まで。地域の子どもたちの変容を感じ続けられるのは、ここならではですよね」

募集しているのは、海士町の隣、西ノ島で小中学校のコーディネーターとして活動する人。

海士町とは島の特性やプロジェクトの状況などは少し違ってくるものの、宮野さんや浅井さんと同じチームに所属し、相談しながら活動することになる。

学校に席を置き先生方と協力しながら、学校の外でも小中学生が学ぶ機会をつくっていくのが、ここでのコーディネーターに求められる役割。

西ノ島へは、海士町から内航船と呼ばれる小さな船に乗って10分。

港から車でさらに10分ほど、少し高台になったところに建つ立派な校舎が西ノ島小中学校。

ちょうど下校の時間なのか、昇降口ですれ違う生徒たちが「こんにちは!」と元気に挨拶してくれる。

待っていてくれたのは、仲山校長先生。

とてもカジュアルな雰囲気で出迎えてくれた。

「私は15年前くらいに4年間、この島の中学校で数学を教えていました。今年度から校長という役割でこの学校に戻ってきたら、小中一貫校になっていて。この1年は余裕もなく、あっという間でしたね」

「自分の学校経営では、子どもたちに自立してほしい、子どもたちが主体的に動くような学校をつくっていきたいなって思っているんです」

子どもたちが主体的に動く学校。

なぜ、そう考えるようになったんでしょう。

「社会が変わってきたのが一番かな。少子化が進んで、ものをつくれば売れるわけじゃなくなってきた。言われたことをやっちょっても生きていけない時代になったとき、自分を持って自分らしく生きていける子を育てていかんと、この子たちが苦労するんじゃないかって思うんです」

仲山校長が心がけていることのひとつが、教員との関わり方。

「『校長先生、どうしましょうか』って聞いてくるんですよ。先生がそうってことは、きっと子どもたちも『先生、どうしましょう』って聞いているだろうと思って」

「それで、なるべく担当の先生で判断してもらうようにしました。自分で考えて決める姿を見ていると、子どもたちもわかるだろうし。自分で決めた、やってみたっていう経験を1つでも多くさせてあげたいなっていう想いがあります」

ふだんのなにげない関わり方を変えてみる。

毎日の積み重ねで、それが大きな変化につながることがある。

「最近中学3年の生徒たちから『スポーツドリンクの持ち込みをOKにしたい』とか『式典の日以外は靴下の色を自由にしたい』っていう話が出てきたんです。いいじゃん、いいじゃんって」

今あるものをあたり前と思わずに、自分たちでつくっていく。

そんな兆しは、この1年でも少しずつ感じられるようになった。

「まだまだ勉強不足だけん、うまくいくのか不安だらけですけどね。完璧な計画ができるまで待っちょったら、いつまでも変わらないかなと思って。そんな新しいことをやるとき、頼れる相談相手の1人がコーディネーターなんです」

隠岐島前教育魅力化プロジェクトのメンバーが西ノ島の学校にコーディネーターとして関わるようになって、2年目。

今年度はほかの地域の取り組みを視察にいくなど、一緒に、積極的に学ぶ時間をつくってきた。

前任のコーディネーターも島に馴染んで活動してきたものの、やむを得ない事情で島を離れることが決まっている。

西ノ島のコーディネーターはどんな存在なのか、小中学校や島前地域の学びを魅力的にするとはどういうことなのか。チームのメンバーと相談しながら、役割を開拓するようなところから仕事をしていくことになる。

「子どもたちにとって、地域の人とのつながりを体験できるっていうのはすごくいいことだなと思っています。関わりができると、地域の人も子どもたちをこれまで以上に応援してくれるけん。地域との窓口として、その突破口をコーディネーターさんが開いてくれることを期待しています」

学校を地域や社会にひらくことで、魅力的な学びの機会をさらに増やしていく。

そのために、関係性や仕組みを前向きに、時にはしたたかにつくっていく。

体力も気持ちにも、たくましさが求められる仕事だと思います。

それでも、たまらなくうれしい瞬間に立ち会うことができる。

一緒に挑戦を楽しめる人からのご連絡、お待ちしています。

(2026/1/28 取材 中嶋希実)

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