求人 NEW

考え、試し、変わり続ける
未来を開拓する人を
育てる島で

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

さまざまな課題にぶつかったとき、あたりまえにとらわれず、新しい方法を模索する。

誰かが答えを持っているわけではなくて、自分たちで試し、ときには失敗しながら道を開拓する。

そんな大人の背中を見た子どもたちもまた、自分で道を切り開いていくことができる。

そうした日々の積み重ねが、未来に続いていく。

島根県立隠岐島前高校は、日本海に浮かぶ離島にある地域唯一の高校です。

11年前、人口流出や財政難などさまざまな課題を抱え、島から高校がなくなる寸前にまで至りました。

そこではじまったのが「隠岐島前高校魅力化プロジェクト」です。

生徒が通いたくなる、地域に愛着の持てる学びの場をつくることで、持続的に循環する地域を目指すこの取り組み。

高校のカリキュラムを変え、公立塾や島外から生徒を受け入れる寮を設置。国内外の人と交流する機会をつくったり、地域全体を学びの場にしたり。さらには学校経営に外の視点を取り入れたりと、常にさまざまな挑戦を行ってきました。

今では日本各地から生徒が集まり、全国から教育やまちづくりの挑戦事例として全国から注目されているものの、プロジェクトはまだまだ発展途上の変革期。

今回は学校や塾をベースに、仲間たちとともに考え、試し続けていく人を募集します。経験があるかどうかより、自分の持っているものを思いっきりぶつけて仕事ができるような人を探しています。
  

朝一番の飛行機に乗って、電車と船を乗り継ぐ。

2時間ほど海を眺めていると遠くからいくつかの島が近づいてきて、隠岐島前高校のある海士町に到着したのはお昼を過ぎたころ。

観光客とともに下船して港を出ると、そこから見上げた高台に隠岐島前高校が建っている。

まずは、ここで魅力化コーディネーターとして働いている山野さんに話を聞かせてもらうことに。

山野さんは東京で企業の人材育成や組織づくりに携わる仕事をしたあと、2年ほど前にこの島にやってきた。

「人の成長に関わる仕事は好きでした。ただ1日や2日の研修がどれだけ盛り上がっても、その後本当に組織がよくなっているのかはなかなか見えないもので。もう少し近い距離感と長い時間軸でひとつの組織や人に関わりたいと思っていたとき、このプロジェクトに出会ったんです」

「最初は転職など考えず、ただ遊びに来たんですけどね。話をしているうちに、この人たちと働くのはおもしろそうだなって。プロジェクトのスタッフとか、役場の人とか、高校の先生とか。とにかくエネルギーがある感じがしたんです」

隠岐島前教育魅力化プロジェクトでは、生徒が通いたくなる学校、そして地域が持続していける仕組みをつくるため、さまざまなことに取り組んできた。

11年前に存続の危機を迎えた高校も、今は倍率が2倍近くになるほどの人気校に。約半数の生徒は島外から“島留学”をしていて、寮のスタッフや地域で見守ってくれる人たちとともに生活をしている。

地域に愛着を持てる機会を増やし、大学進学や就職をした後でも島との関わりが続いたり、島に戻ってくる卒業生を増やすことで、持続可能な地域をつくる一躍を担うプロジェクト。

山野さんはプロジェクトのコーディネーターとして、職員室で先生たちと机を並べ、一緒に授業を考えたり、ときには生徒の前に立って授業を行うこともある。

「僕が担当している主な授業は、夢探究という探究的な学びの時間です。地域全体を学びの場にして、地域のみなさんの話を聞いたり、地域の課題について考えて行動するなかで、高校生が自分の興味や関心を広げていきます。僕は生徒たち地域の人たちのつなぎ役として動いています」

島では観光業のほかに、農業や漁業など一次産業に携わっている人も少なくない。古くから伝わる祭りや行事が多く、生徒やプロジェクトスタッフも参加している。地域から学ぶことは、いつまでも尽きないんだそう。

「このあいだは漁師さんのインタビューに行きました。話を聞いていると、今まで知らなかったその人のこと、地域のことを知ることができるんですよね。あたらしい発見をしたときって、生徒たちの熱量がわっと上がる瞬間があるんです。人が変わっていくところに立ち会い続けられるのは、すごくおもしろいですね」

とはいえ公立高校のなかで、山野さんのように教員でない人が授業を持ったり、職員室で仕事をするのはそうあることではない。

より魅力的な学びの場をつくるため、スタッフや高校の先生、そして町役場や地域の人たちを巻き込んでつくりあげてきた仕組みがあるからこそ、今の関係ができている。

「10年経ったプロジェクトといっても、常に悩みながらで。先生方と相談して授業を考えているんですが、それぞれの想いがぶつかって明日の授業の内容が決まらない、なんてこともありますよ」

「コーディネーターは先生と生徒と地域の方々、今までの仕組みと新しいやり方、それぞれの間に立って、流れをつくるような仕事が多いかもしれません。最適解を選ぶために、頭は柔らかくしておきたいな、と思っています」
  

高校から坂を下ったところにあるのが、隠岐國学習センターという公立塾。

塾というと学校とはまったく別のものというイメージがあるけれど、ここでは連携をとりながら学習内容を決めている“学校の夜間部門”みたいなものなんだそう。進学に向けて学力をつけるはもちろんのこと、地域や自分のことを探究する時間も多くつくっている。

ここで働く倉恒さんは、鳥取で国語の教員として働いた後にこの島にやってきた方。

「地元の町が寂しくなっていくのをどうにかしたくて、町に愛着のある仲間を増やすために教育の道へ進みました。教員として働いていた高校でも地域を題材にした探究的な学びの時間を取り入れていたものの、うまくいっているとは言えない状況で。勉強のために隠岐島前のメンバーの講演を聞きに行ったら、ここで働きたいと思ってすぐに電話したんです」

「いつか地元に帰ったとき、視察するくらいじゃ隠岐島前と同じことはできないと思ったんですよね。いいところだけではなくて、どんな試行錯誤があるのか、いい部分も大変な部分も知りたくてここに来ました」

まっすぐハキハキと自分の意思を伝えてくれる倉恒さん。働いてみて、どうですか。

「やっぱりいろいろ大変なところはあるんだなって。それと、自分が変わったのを感じます。教育とはこういうものだって思ってるけれど、周りのいろいろな意見を聞いているうちに、それって本当に正しいんだろうか?って問うことが増えたんです。生徒に投げかけた問いが自分に返ってきている感じがありますね」

学習センターでの仕事はお昼過ぎから。ミーティングを何本かしたころに生徒がやってきて、その後は個別学習の指導やゼミに立ち会い、22時すぎに退勤する。

「自分の関心について対話や実践をしながら探究していく『夢ゼミ』では、文章について一緒に考える文体ゼミを担当しています。あとは個別指導のほかに、生徒たちと週に1回15分話す時間をつくっていて。今ひっかかっている部分やうまく進まないことを聞いていくんです」

生徒のなかには、勉強をがんばりたい意欲はあるものの、いざ授業になると眠くなってしまうという子もいる。

「やる気はあるんですけど、70分2コマの学習時間で自習する集中力が続かないんです。わからないことが多すぎて、わからないって思ってるうちに眠くなってしまう。話を聞いていると、自分に合った学習方法が見つかっていないんだろうなと感じて」

いろいろな方法を試した結果、黙々と書くよりも、耳から入ってくるほうが覚えやすいということがわかった。英単語は音声の教材を使い、授業の復習は倉恒さんが聞き役になって、毎回どんなことを学んだか話してもらうことで、少しずつテストの成績が変わってきたそうだ。

「彼女の場合には、やる気はあるけど手法がついてこないというのをサポートした感じですね。2ヶ月ほどやってみて、一番よかったのは彼女の自立度が上がったことだと思います。約束の時間を忘れがちだったんですけど、毎回1分前には横に来るようになったりして」

1人ひとり、関わりかたが違うんですね。

「この高校に通う生徒たちはもともとの学力もぜんぜん違うし、進路も幅が広いんです。それぞれに合う方法を考えるためにも、生徒みんなと話す時間は大切にしています」

島を訪れてから約半年。

最近のプロジェクトの様子を聞かせてもらおうと、オンラインで時間をつくってもらったのはプロジェクトのリーダー的な役割を担う大野さん。昨年度からは公立高校初の学校経営補佐官として、高校の経営にも関わっている方。

「プロジェクトがはじまって11年目で、いよいよ卒業生が社会人経験を経て島に戻りつつあります。さまざまな経験をした子どもたちが、島の教育に関わったり、あたらしい仕事をつくりはじめるかもしれない。これから数年で、また多くのことが変わっていくと思います」

「その変化に対応していくためにも、学校や地域をより持続可能なものにしていくためにも、取り組まないといけない課題は山ほどあって。まだまだ動き続けないとって思っているところです」

山野さんが学校のなかであたり前のように働いていたり、大野さんが学校経営に関わっていたり。公立高校の常識では“ありえない”状況を、ここでは自らつくりだしている。

現場で生徒1人ひとりに向き合いながらも、ビジョンに向かってよりよい仕組みや常識をつくっていく。あたりまえにとらわれず、さまざまな折衝や挑戦を続けてきたからこそ今の状況があるんだと思う。

「最近は、小さなトライを繰り返すことが文化として根付いてきた感じはあって。とくに今年4月のコロナ禍でのオンライン対応はしびれましたね。緊急事態宣言を受けて、先生も含めチームみんなでたくさん話して、調整して、交渉して。組織関係なく、ああだこうだって言いながらもオンライン授業ができるところまでもっていきました」

それまでZoomを使ったこともなかった先生たちとトライ&エラーを積み重ね、授業を続けられる方法を考えた。生徒全員のオンライン環境を整えることで、公立高校では5%しか実現できていないというオンライン化を2週間で実現した。

「あの経験をして、これはかなりいいチームができているんだと実感しました。自分たちの熱量を信じられるというか、これからもどんどん変えていけるっていう自信につながった感じがあります」

大人が目の前の課題に本気で取り組んで、少しずつ、でも着実によい方向に変えていく。

その姿は、きっとそばにいる生徒たちに伝わって、地域の未来ににじんでいくんだと思います。

(2019/12/2、2020/9/23 取材 中嶋希実)

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