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ほんものを求めて
森のなかで
子どもたちと生きる

大学卒業後、学校の先生をしていた時期があります。

子どもたちに接してきて思うのは、さまざまな生き方をしている大人にたくさん出会ってほしいということ。自分の個性を受け入れてもらえる居場所は必ずあると思っています。

自然のなかで暮らす体験を通して、子どもたちの選択肢を広げたい。株式会社ほんまもんは、そんな想いで自然体験プログラムを実施してきた会社です。

これまで力を入れてきたのは、京都市左京区最北端の集落「久多(くた)」を舞台に、通信制高校の生徒たちと1週間生活をともにする「いなか塾」という取り組みでした。野菜を収穫したり、ジビエを捌いたりするところから、料理し、食卓を囲み、薪を割り、語り合うなかで、自分の好きなことに気づき、生き抜く力を育んでいく。

そこで培ったノウハウを活かし、これから新たにはじめようとしているのが、小学4年生から中学3年生を対象とした長期の山村留学プログラム。“生きる意味を学ぶ、一年間”がコンセプトの、その名も「百森留学」です。

今回はその運営に携わる地域おこし協力隊を募集します。来春のスタートに向けて1名、さらに来年度も1名の採用を予定しています。

舞台は岡山・西粟倉。

より長期のプログラムを、新たな土地ではじめる挑戦です。日本の教育に一石を投じたいというような、強い意気込みを持った人を求めています。

 

岡山・西粟倉は、豊かな山々と川が美しい、人口1450人ほどの小さな村。

岡山駅から電車を乗り継ぎ、おおよそ2時間。最寄りのあわくら温泉駅から、野花が咲く静かな道を10分ほど歩いていくと、かやぶき屋根の立派な門が見えてきた。

西粟倉村で最も古い築約300年の古民家。大きな門をくぐり、趣のある囲炉裏の部屋へ。

奥にある台所からは、筍をクツクツと煮る音が聞こえてくる。

代表の奥出さんが、コーヒーを淹れて出迎えてくれた。

京都・久多で活動してきたほんまもん。西粟倉に第二の拠点を構えたのは昨年のこと。

そもそも奥出さんは、どんな経緯でこの会社を立ち上げたのだろう?

「僕ね、もともとは魚屋なんです。18歳のときに家出して、転がり込んだ先が京都の中央卸売市場。通っていた大学を辞めるくらい仕事がおもしろくって。一通りのスキルを身につけて、25歳でロサンゼルスに渡りました。それからロンドンでも生活して。マグロの取引をしたり、ショッピングモールの鮮魚コーナーで店長をしたり」

さらりと語られる、ドラマのような半生が興味深い。

ロンドン滞在中、長男が生まれた。育児は日本でと考えていたこともあり、帰国。ただ、当時の日本はバブルがはじけたばかりだった。

大量生産・大量消費の社会に生きづらさを感じるなかで、偶然、京都の久多集落に辿り着いたという。

「理想の子育てができてへんなと悶々としていたとき、久多にたまたま出会って。そこで自分の暮らしを自分でつくるお年寄りを見て、めっちゃかっこええなぁって思った。日曜大工もやるし、米や野菜もつくる。チェンソーを担いで山に入って、薪割って調理したり、暖をとったり」

「この人たちの弟子になって、スキルを身につけたい。その姿を息子たちに見せたい。子どもたちにほんまもんを伝えたいって思うようになった」

久多は人口80人を切る、超がつくほどの限界集落。そこへ奥出さんは軽やかに移り住んだ。

移住後は、スクールバスの運転手と蕎麦懐石の飲食店を営んで生計を立てた。お店は繁盛するようになったものの、新たな疑問が生まれたそう。

「たしかにお客さんは喜んで帰ってくれるけど、僕はあまりうれしくなかったの。このモヤモヤはなんやろう?って考えたときに、本当に伝えたいのは蕎麦のおいしさじゃなく、この暮らしぶりなんやって気づいた」

ちょうどそのころ、京都の小学校から林間学校の受け入れ先として声がかかった。子どもたちと一緒に田植えをしたり、薪を割ってかまどでご飯を炊いたり。

田舎で子どもたちと生きる。そんな時間に喜びを覚えた。

「当時、発達障害を持っていたうちの次男は、学校でなかなか特性を理解してもらえず苦しい思いをしていて。ひょっとしたら日本全国に同じように悩んでいる子どもたちや親御さんがいるんじゃないかと。そういう人たちを支援したいと思うようになったんです」

 

久多での活動は広がりをみせ、大学生向けのプロジェクトも行うようになった。そこに参加していたのが、現在スタッフとして働く秋月さん。

「大学4年生で就職活動を始めた矢先、働くってなんだろう?という気持ちでいっぱいになって、久多に住む知人を訪ねたんです。そこで、老後の世界だと思っていた田舎暮らしを楽しんでいる姿を見て、価値観ががらっと変わって。大学卒業と同時に久多に移住しました」

移住してしばらくすると、気付いたことがあったという。

「自分はのんびり暮らしたいんじゃないなって。もちろん、自給自足のような価値観を絶対否定はしないんですけど、わたしはここでの楽しみや価値を、たくさんの人と分かち合いたいと思った。そんなこともあって、久多で活動していた奥出に弟子入りしました」

その土地での生活を、自分の手の届く範囲で楽しむ暮らし方。その土地を活かし、価値を外へ外へと広げていく暮らし方。そのどちらにも美しさがある。

秋月さんが選んだのは後者だった。

秋月さんが加わり4年が経ったころ、西粟倉を新たな拠点として増やすことに。その背景にはどんな思いがあったのだろう?

「わたしたちのプログラムに参加する子のなかには、社会に馴染めない子もいます。あるとき、学校では問題を起こしていた子が、誰より田植えをがんばって。彼は最終日に『僕はこういうところで家族を持ちたい。卒業したら帰ってきたい』と言ってくれたんです」

「だけど、久多には現金収入になる仕事がない。帰っておいでとはどうしても言えなくて。久多もすばらしい環境だけど、もう少し元気な田舎にもフィールドを持ちたいなと考えました」

人口の約1割を移住者が占める西粟倉。全国に先駆けてローカルベンチャー支援の取り組みをはじめた結果、若い起業家が多く集まっている。また、“百年の森林構想”を掲げ、村ぐるみで森を守る活動も行ってきた。

“元気な田舎”というイメージにぴったりの場所だった。

「この西粟倉を舞台に、小・中学生を対象にした1年間の『百森留学』を計画しています。起業家の方の講義を受けたり、林業の現場に入らせてもらったりするなかで、子どもたちの好奇心や探究心を育んでいきたい。みなさんオープンな雰囲気なので、地域と関わりながらいい循環を生んでいけたらと考えています」

そんな百森留学と並行して、教育や地域創生に関心のある大学生や社会人を巻き込んだ「いのち学コミュニティ」という企画も進行中。今回募集する協力隊は、これらの運営に携わっていってほしい。

山村留学にあまり馴染みがないのですが、日々どんなふうに過ごすことになるんでしょうか。

「朝は早くて5時半に集合します。そこからごはんを一緒につくって食べたり、掃除をしたり。お米や味噌、野菜は自家製なので、畑仕事もします。暑い時間帯は手をとめて休憩をとったり、夜は車座になって話したり。田舎の時間に基づいて動いていますね」

「ぼくらにとっては当たり前の生活を送っているだけなんです」と奥出さん。

自然の中で子どもたちと暮らす。それだけ聞くと、伸び伸びと和やかな光景が思い浮かぶ。だけど、業務内容は幅広く、一日のうちに収まる仕事ばかりではない。

「平日の日中、子どもたちは地域の学校へ通うので、そのあいだに事務作業全般をします。経理や広報、保護者や営業先とのやりとり、活動の様子を収めた動画や写真の編集。総合職のような感じです」

体験イベントの企画やオンラインでのコミュニティづくりなど、これからしていきたいことのアイデアはたくさんあるそう。

施設のキャパシティ的にも、初年度は最大で10名までを受け入れ予定。

それまで赤の他人だった子どもたちと、家族のように過ごす。楽しいこともたくさんあるだろうけど、大変なこともありそうだ。

「常にアンテナを張っているので、正直クタクタにもなります」と、秋月さん。

これまでもプログラムを開いてきたなかで、とくに印象的だった出会いはありますか。

「自分に自信のなかった高校1年生の男の子ですかね。みんなで鹿を解体するところから調理して。彼は『また機会があれば、一からやってみたい』って言うんで、後日罠に獲物がかかったときに声をかけたら、本当に来て」

電車を乗り継ぎその日のうちにやってきて、丸っとさばいて帰ったという。好きなものを見つけた彼はどんどん自信をつけていった。

「学校のなかでは評価の対象にならなくても、田舎暮らしにはいろんな手仕事があるから、なにかに引っかかってくれる。そういうきっかけをいっぱい散りばめておくのが私たちの役割だと思っています」

どんな人と働きたいですか。

「ただ単に子どもが好きとか、田舎が好きとか、そういうんじゃなくって」と奥出さん。

「きちんと目的を持って生きている人。ほんで、西粟倉から教育改革してやるぞっていうようなアグレッシブな人」

アグレッシブな人。そう言うと、奥出さんは秋月さんと出会ったころの話をしてくれた。

「秋月は鶏の解体を教えてくれって言ってね。『私は自分で育てた鶏を解体して、そのプロセスの大切さを伝えられる母親になりたい』と。これはほんまもんやなぁって思ったね。ここで全部学ぼうっていう覚悟があった。飢えてたね、目が血走ってたもん(笑)」

奥出さんの話を聞いて、秋月さんが続ける。

「生きていく術がほしくて必死だったんですよね、当時。新しく来る人にはずっとここにいてほしいとは思っていなくて。たとえば、働く期間を決めて、技術を全部学んで独立したい。そんなアグレッシブさは大歓迎です」

これから第三、第四の拠点を増やしていきたい、とも考えているそう。ほんまもんのコミュニティを一緒に広げていくこともできると思う。

教科書を使ってまなぶ学校ではないし、気軽な田舎暮らし体験でもない。ぴたりと当てはまる“同業”はなかなかないので、日々試行錯誤しながら自分のやり方をつくっていくことになりそうです。経験は問わないので、あとは本気で飛び込んでほしい。

学生なら、研修生という形で関わりはじめるのもいいかもしれません。

 

取材後、森のなかを散歩しながら、目にした景色が印象に残っています。

ちょうど人工林と自然林の境目だと、奥出さんは教えてくれました。

「同じ姿かたちをしてまっすぐ伸びてくれる木は、扱いやすいかもしれない。けれど、僕らが関わる子には自然林のように生きてほしい。高い木もあれば低い木もあって、それぞれの生き方がある。そういう個性を僕らは尊重していきたいんですよね」

暮らしが便利になり、情報や物であふれかえるなか、ほんとうのことってなんだろう?

その答えを、子どもたちと一緒に探しにいくような仕事です。

(2021/5/25 取材 惣田美和子)
※撮影時はマスクを外していただきました。

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