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ああでもない
こうでもない
YADOKARIのやり方

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

納得できる働き方ってなんだろう?

自分のことを振り返ってみると、誰もが知っている企業で働くことで満足できると思っていました。友だちも大企業を目指していたので、それが当たり前だと考えていました。でも今は自分の本音と向き合わずに、進路を決めてしまったと感じます。

働き始めてからも、誰かの役に立っているのか実感できず。そんな悩みを持ちながら、なかなか次に動き出せませんでした。

YADOKARIで働いているのは、つまずきながら悩みながら、行動してきた人たちだと思います。

彼らが見つけたのはミニマルライフやタイニーハウスなど、住の視点から、新たな豊かさを発信すること。

暮らしや働き方などを紹介するメディアの運営のほか、クライアントの課題を解決するために固定概念にとらわれない企画やまちづくりを提案するなど、様々な事業を展開しています。

今回は、案件に沿って企画全般を担うプロデューサー。企画した施設や空間の設計を行う設計担当。そして、出来上がった施設の運営を担当するマネージャーを募集します。



横浜から京急電鉄に乗って横須賀方面に2駅。日ノ出町駅の改札をでる。

目の前の交差点を渡って川沿いに歩くと、すぐに高架下に小さな建物が並んでいるのが見えてきた。

取材まで少し時間があったので、橋を渡って対岸から全体を眺めてみる。

高架の下にタイニーハウスが建ち並んでいて、その上をひっきりなしに赤い電車が通過していく。

橋を渡って、Tinysの看板が掛かっているカフェに行くと、YADOKARIのみなさんが迎えてくれた。



最初に話を聞いたのは、共同代表のさわださん。

エメラルドグリーンのインナーカラーが印象的で、屈託のない笑顔が話していて心地いい。

「僕のこれまでって、いつも上がっては下がるの繰り返しで。それでもチャレンジし続ける人生なんですよね」

最初に目指したのはミュージシャン。次は飲食店を開こうとしたものの、どちらも上手くいかなかった。

次に何をしようか考えてみると、音楽や絵を描くのが好きだったことを思い出す。つくる仕事が向いているのではないかと思い、目指したのはWebデザイナー。

学校に通って技術を学び、憧れのWeb制作会社の社長に直談判して入社した。ようやく上手くいくのかと思っていたら、途中で営業部に異動になり、最終的にクビになってしまう。

中々思うようにいかない。次に何をするかも決まっていない。

それならばと思い立つように、インドへ自分探しの旅に出る。

「街もゴチャゴチャして汚いし、浮浪者のような、どうやって生きているか分からないような人も沢山いるんですけど、みんな楽しそうで」

「今まで大事なことってたくさん稼いで、いい家に住んで、いい車買って、みたいなことだと勝手に思い込んでいたんですけど、それがアホらしくなったんですよね」

誰かにつくられた豊かな暮らしのイメージを追うのではなく、自分が心から思う理想の生き方があるはず。

これから何をすべきか、帰国した時点で決まっていなかったものの、旅を通して発見した気づきや、これまで模索してきた経験が、徐々に形になっていく。

「前職の同僚でウエスギって奴と仲が良くて。僕が会社を辞めてからも、連絡を取っていたんですけど、帰国してから『転職しようか考えている』と相談を受けたんですね」

色々話すうちに、ウエスギさんがインテリア好きだったこともあり、暮らしに関する仕事がいいのではないかと考えた。

「まずは家具をつくろうと2人で工房に通うんですけど、つくるのは向いていないことに気づいて(笑)」

「ただ毎回、工房からの帰り道にあるガストで5時間以上、これから何をやりたいかとか、将来について語りあうようになっていたんです」

当時は東日本大震災の直後で、ある建築家の方がコンテナを組み合わせてできる仮設住宅をつくっていた。

それを見て、コンテナを一個ずつ動かせたら、建設コストも下がるのではないかと感心した。移動させることもできるし、何か世の中に楽しい提案ができるのではないかと考えて、活動を始める。

まずは、お互いにほしいと思った世界中のタイニーハウスの画像をFacebookに毎日投稿。資金を集めてタイニーハウスもつくってみた。

自分たちがいいと思ったことだけをやり続けた結果、ディベロッパーからタイニーハウスを使って日本橋エリアを盛り上げてほしいと相談が届く。

「ぜひやらせてくださいってことで、施設をつくって。地域の人とイベントを企画して、一緒になにかつくったり、登壇してもらって講演会を開いたり」

「そこで初めて、まちづくりとタイニーハウスがつながるような事業ができたって、実感したんですよね」

若い頃から、何度も挑戦してはつまずき、遠回りをしてきたさわださん。

それでも行動した結果、自分のやりたいことに近づいていき、徐々に注目されるようにもなった。

メディアの運営から始まった活動も、実際に建築物をつくったり、それを活用して街づくりを行なったり、活動の範囲も拡がってきた。

ここ日ノ出町の高架下施設も、日本橋の活動を見た担当者から相談されたのがきっかけ。

「京急電鉄さんから、この高架下スペースを利用して何かできないかって相談をもらって」



高架下をどうするか。

この開発の企画を担当したのが相馬さん。

「まず、ここの高架下付近は、人通りが少なく、閑散としていたんです」

もともと違法風俗店が立ち並ぶエリアだった日ノ出町地区。2005年に一斉摘発が行なわれて、街から風俗店を追い出したものの、人の賑わいが増えることはなかった。

過去のイメージを払拭して、エリアに人を呼び込むためにはどうすればいいだろう。そこで、白羽の矢が立ったのがYADOKARI。彼らだったら何か面白いことをしてくれるんじゃないかと声がかかる。

そして、日本初の高架下タイニーハウスホステル&カフェラウンジ「Tinys Yokohama Hinodecho」が2018年の4月にオープンした。

「こんな遊休地があるんですけど何か面白い施設つくれませんか?とか、街を盛り上げるような場所にしてほしい!とか、まだ何も決まっていない段階で、抽象的な相談をいただくことが多くて」

「クライアントが本質的に何を求めているのか。それを整理して、その上でYADOKARIとして今どんなものを提案したいか、社会に必要なものは何かを考えて、企画しています」

施設を計画するときは、設計チームや運営チームと連携しながら進めていく。コンセプトを決めたり、建築に落とし込んだり、まちづくりの計画を立てる。メディアチームと連携して、プロモーションや情報発信も行う。

現在YADOKARIで働いているのは13人ほど。少数精鋭で進めるなかでも、チームプレーが求められる環境だ。

「プロジェクトを進めていくには、単純に私たちがやりたいことだけを形にするのではうまくいかなくて」

「しっかりと収益が出る仕組みをつくることも必要だし、つくって終わりじゃなくオープン後の運営方法まで考えないといけないんです」



つくった後を担当しているのが川口さん。

現在は、主にコミュニティづくりの切り口からまちづくりに関わっている。2年前に新卒で入社し、昨年の9月までTinysのマネージャーとして施設の運営を担っていた。

「最初は先輩と二人でマネージャーをやっていて、日本橋でやっていたように、まずたくさんのイベントを開催してみたんです」

「そのときに、地域の人がふらっと食べに来てくれたんですけど、イベントを理由に断ってしまったこともあって。段々とお客さんも離れてしまい、日本橋と日ノ出町では、求められていることが違うのかな、と思いました」

ちょうどそのころ、先輩マネージャーが退職し、川口さんひとりでTinysの運営を担うことに。

「色々考えてみて、この場所だけに人を呼ぶんじゃなく、このエリア全体を盛り上げるほうが、結果として多くの人を呼ぶことができるんじゃないかと思ったんですね。それで、まずは地域のいろんな人の話を聞きに行ったんです」

「ほんとに頑張りましたよ(笑)。そうやって地道に関係性を築こうとしていると、少しずつ泥臭い部分を評価してくれる人や、僕たちの活動に期待してくれる人が現れてきたんです」

日ノ出町の商工会やまちづくり系の団体、さらには近隣エリアのコミュニティにも足を運び、関係性を築いていった。

今では、地域の人に対してこんなことしてみませんか?と提案することもあるそう。

「例えば、このエリアってNPOさんのアートイベントや、地元の方のマルシェが開かれていたんですけど、時期がばらばらで。せっかくなので一緒にやりませんかってことで、この場所を使って同時期に開催したことがありました」

地道に地域の人との関係性を築き、活動を続けた結果、1日で5000人もの人を呼ぶことができる場所に。

街づくりと聞くと、大きな建物の開発など、華やかなイメージが先行してしまうことも多いかもしれないけれど、川口さんが大事にしたのは地域の人たちとのつながり。



今年の1月に入社した設計担当のかみながさんも、そんな地域とのつながりを大事にしている方。前職は横浜の設計事務所で働いていた。

「入社して数年が経ったとき、今までの自分のスキルや経験を活かして、大規模な建築の設計を経験しました。達成感があった一方で、自分の本当にやりたいことについても考える機会になって」

「その建築の仕事とは別に、3坪ほどの日替わりスペースで、たまにコーヒーを売ったりしていたんですね。建築家の肩書きなしに、地域の人とコミュニケーションできるのが、なんだかすごく居心地良くて」

より身近な人に喜んでもらえる建築を目指して、YADOKARIに入社した。

「みんな、ザ・人間って感じなんですよね。組織にいると表面的な付き合いになることが多いと思うんですけど、ここはみんな素顔をさらけ出している雰囲気がいいなと思いました」

現在は設計だけではなく、企画から一緒に動いてコンテンツも考えている。

「クライアントの要望と、YADOKARIの考えを踏まえて形にしていくので、建築だけでなく、家具を設計するようなことも多いです」

一般的な設計事務所では、用途などは決まった上で設計していくことが多い。ただ、YADOKARIの設計担当は何をやるのか一緒に考えながら設計を進めていく。

設計図を描くだけでなく、関わり方はもっと広く、深い。

「YADOKARIが目指すものに共感して、プロジェクトを引っ張っていけるような人にきてもらえたら嬉しいです」

どの仕事も明確な答えがあるわけではない。

だからこそ試行錯誤し続ける。

単純なことのようで、いざやってみると難しいですが、YADOKARIのみなさんはそうやって自分たちの仕事をつくってきた人たちだと思います。

(2021/5/31 取材 杉本丞)
※撮影時はマスクを外していただきました。

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