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東京の西の端、青梅駅と奥多摩駅を結ぶJR青梅線。多摩川の流れに沿って、山の中を走るローカル線で、本格的な自然やアウトドアを楽しめることから「東京アドベンチャーライン」とも呼ばれています。
今、この青梅線沿線の集落をひとつのホテルに見立てるプロジェクトが動き出しています。
その名も「沿線まるごとホテル」。
無人駅の待合室をフロントに見立て、チェックイン。ガイドとなる地域住民の案内で集落を巡ったあとは、古民家を改修した客室に泊まり、地元の食材を使った料理を味わう。
地域のありのままの暮らしを体験できる、新たな旅のかたちです。
企画したのは、青梅線を経営するJR東日本と、地方創生に特化したコンサルティングを得意とする株式会社さとゆめ。
もともとさとゆめが山梨県小菅村(こすげむら)で運営してきた古民家ホテル「NIPPONIA 小菅 源流の村」の発想が、この企画の出発点になっています。村全体をまるごとホテルに見立てる事業モデルを、鉄道の沿線に拡張してみようという試みです。
今回募集するのは、沿線まるごとホテルのマネージャー。
最初の半年間は小菅村のNIPPONIAで働きながら、奥多摩にも通い、来年のオープンに向けて準備を進めていきます。オープン後は奥多摩町に新しくできる施設のマネージャーとして赴任し、運営全般を担うことになります。
あわせて、小菅村のNIPPONIAで働くシェフも募集中です。
取材に訪れたのは、山梨県小菅村。青梅線の奥多摩駅、中央本線の大月駅、いずれからも車で30分ほどの場所に位置している。
山あいの道を走って村の集落に入るとすぐに、さとゆめが運営する「NIPPONIA 小菅 源流の村」に到着した。
車を降りると、梅雨時のしっとりとした空気に包まれる。
暖簾をくぐり、中庭へ。宿の中を流れる清流の音が聞こえてきた。
静かな宿の一角で、まず話を聞いたのは、さとゆめの代表である嶋田さん。
「この宿は開業して2年になります。『700人の村がひとつのホテルに』というコンセプトを掲げてスタートして。最初はどうなるか不安もあったけれど、運営していくうちに、そのコンセプトの意義や自分たちが提供できる価値に気づくことができて、自信が持てるようになってきました」
古民家はホテルの客室、道の駅の物産館はホテルのショップ、温泉施設はホテルのスパというように、村内のさまざまな施設をひとつの大きなホテルに見立てて滞在を楽しんでもらう、地域分散型ホテル。
ホテルのキャストは、村の人たち。地元の人しか知らないような場所を案内したり、農作業体験をサポートしたり、さまざまな側面から「村まるごとホテル」という世界観をつくり上げてきた。
「地域の方々との関係性が深まれば、お客さんをいろんな形でもてなせるようになる。このホテルは、時が経つほど価値が高まるんです」
「ここで培った経験やノウハウを、『沿線まるごとホテル』として青梅線沿線の地域に広げていきたいと考えています」
沿線13駅のうち11が無人駅で、過疎化も進むJR青梅線。このホテルをつくることで利用者を増やし、沿線地域のにぎわいを増やしていきたい。
「本格的なオープンは来年の夏以降になります。その前段階の実証実験として、今年の2月から約3ヶ月間、プレオープンして」
沿線まるごとホテルの宿泊客は、まず青梅線の白丸駅に降り立つ。ホームで待つホテルマンに案内され、待合室でチェックイン。
その後は、地元の人の案内でいくつかの集落を散策し、湧き水を飲んだり、わさび田を見学したり。多摩川を遡る形で小菅に到着し、最後はNIPPONIAに宿泊するというプランだった。
プレオープン時には200人近い人たちが利用し、満足度も高かったという。
「これなら本格事業化できるという手応えがありました。実際のオープン後は、沿線の古民家を改修して、そこに泊まってもらいます。今後5年間で、大小10棟ほどの空き家を整備していく予定です」
新しく入る人は、奥多摩町内に来年オープンする古民家ホテルのマネージャーになる。
まずは小菅のNIPPONIAで働き、マネージャーとしての仕事を覚えながら、奥多摩にも通ってオープンに向けた下地づくりを進めていってほしい。
「正直、小菅のモデルを参考にしても、全然勝手が違うこともあるかもしれない。計画もどんどん変化していくだろうし、オープン前日まで何が起こるかわからない、くらいの心づもりで、どっしりと構えていてほしいですね」
奥多摩は小菅と比べてフィールドが広く、地域内に20以上の集落があり、景観もさまざま。
オープンに向けて、奥多摩ではどんな仕事が生まれそうですか?
「ひとつは、地域資源の発掘です。住民の案内のもと集落を散歩すると、何気ない日常の暮らしや景色にこそ魅力が溢れている、ということに気付かされます」
「奥多摩エリアはアクティビティも盛んで、カヤックや渓流ウォーク、森林セラピーなどを提供している事業者も多い。そういった人たちとも連携して、地域に眠っている資源を発見して、お客さんに地域に飛び出して楽しんでもらうための体験や仕組みをつくっていきます」
そのベースとなるのが、地域住民との関係性づくり。これがマネージャーにとって最初の大きな仕事になりそう。
「ホテルの存在意義を地域にきちんと理解してもらって、協力してもらえる関係を築くこと。ホテルと地域の仲がいいかどうかってすぐにお客さんに伝わるので」
どんなふうに地域の人との信頼関係を築いていけばいいんだろう?
NIPPONIAのマネージャーを務める谷口さんの話は、きっと参考になると思う。
もともとは都内の高級ホテルで働いていた谷口さん。日本仕事百貨で施設マネージャーの募集記事を読んで応募し、2019年に妻のひとみさんとともに小菅村へ移住してきた。
「移住してからホテルがオープンするまでの半年間は、挨拶回りの毎日でした。地域の高齢者集会や各集落の会合にも顔を出して、宿でこういうことをやろうとしています、と誠実に説明をして」
「直接会って言葉で伝え続けて、だんだんと認知されていったというか。お互いの顔がわかったことで、ホテルに対する意識も変わっていったんだろうなと思います」
今ホテルの仕事を手伝ってくれている地域の人たちも、谷口さんが探してきたんだそう。なかには、2回断られてもめげずに通い続け、今では宿のキーマンとして活躍している人もいる。
新しいことをはじめるにあたって、反発はなかったんでしょうか。
「当然、ありました。集落の会合で『失敗したら誰が責任取るんだ』とか『3万円のホテルをつくっても人は来ない』とか、言われたこともありましたね」
「そんなときも丁寧に、誠実に対応するしかなくて。途中で諦めたりせずに、少しずつでいいので、前に進めていく粘り強さは必要だと思います。当初反発していた人も、今ではホテルの運営に積極的に関わってくれていますよ」
地域住民との関わりの濃さは、このホテルならでは。
一方で、ベースにあるのはあくまで接客。一泊数万円にふさわしいサービスを提供するのは、簡単なことではない。
「マネージャーといっても、最前線で接客をすることがメインの仕事になります。小菅での研修中は、接客の基本から客室清掃の仕方まで全部教えます。あとは売上の管理やスタッフ育成のような、マネージャーとしての仕事のやり方も伝えていくつもりです」
「でも、逆に言えばそういうことは教えられるし、蓄積したノウハウもあるので、経験が浅くても不安にならないでほしい。柔軟な考えを持っていて、素直さと謙虚さのある人なら歓迎です」
小菅での研修中も、奥多摩に拠点を移してからも、まずは地域の一員として暮らしを楽しんでいくことが大切。それが、訪れた人に地域の魅力を伝えていくことに直結すると思う。
谷口さんにとって、暮らしと仕事は溶け合っているような感覚だという。
「休みの日に、村の人に野菜のつくり方を教えてもらうことがあるんです。そこでいろんな話をして、『小菅は多摩川の源流の村だから、下流域の人たちのために農薬をあまり使わないんだ』とか、いろいろ教えてもらうんですよ」
「プライベートで聞いたその話を、今度はお客さんに伝えていく。そういうことの繰り返しなので、オンとオフは必然的に混じってきますね。仕事が充実すればライフスタイルも充実するし、ライフスタイルが充実すれば仕事も充実する、そんな循環があります」
せっかく移住するのだから、その循環まで楽しめるといいと思う。仕事とプライベートの境界の曖昧さを、前向きに捉えられる人が合っているんだろうな。
「僕だって、田舎に住んだことはなかったし、地域の人と関わる経験もはじめてでした。そういう自分でもできたんです。人と話すのが好きな人であれば、この仕事や環境を楽しめる素質はきっとあると思います」
最後に話を聞いたのは、シェフの鈴木さん。今回は小菅村で働くシェフも募集する。
NIPPONIAに併設しているレストラン「24sekki」では、暦の二十四節気に合わせたフルコースを提供。
和食をベースとした創作料理で、鈴木さん自ら、お客さんに食材や調理法を説明するスタイルをとっている。季節ごとの料理を味わいたいからと、リピートしてくれる人もいるという。
「特にこだわっているのは、多摩源流水を使ったお椀ですね。この水は客室にも置いてあるんですよ」
「地域を散歩するとき、ガイドさんからここが源流の村だという説明もあると思います。そして夜はその源流水を使ったお椀を味わう。ひと連なりのストーリーとして、感動してくれる方も多いですね」
源流水に合うようにブレンドした昆布や鰹節でだしをとり、味付けは塩をほんの少し入れるだけ。そこに村内で育った川魚と、山で採れた季節の山菜が入る。
小菅村の食材のおいしさをダイレクトに感じられそうだ。
「ここで働く一番の魅力は、生産者との距離がすごく近いこと。休みの日に散歩していると、農家さんが見たこともない野菜をくれることがあるんですよ。普段どうやって食べているのか聞いて、それをアレンジして、プロの料理としてお客さんに出していきます」
仕事と暮らしがつながっているという感覚は、先ほどの谷口さんの話にも通じる。
「休みの日でも、地鶏や甲州牛が育っているところを見に行って、餌を触ったり、ちょっと味見したり(笑)。それって僕にとっては楽しいことだから、仕事の感覚じゃないんですよね」
そういうことにも興味を持って、一緒に楽しんでくれたらうれしい、と鈴木さん。そこから料理のアイデアも生まれてくるみたい。
「新しいメンバーのアイデアも、どんどん試していきたいですね。顔が見える生産者さんの食材を自分でアレンジして、お客さんの反応もダイレクトに感じられる。よろこびを感じられる瞬間がたくさんある環境だと思います」
まずは地域での暮らしを存分に楽しむこと。
その過程で得た経験や感覚が、きっとその後の仕事にも活きてくる。それはマネージャーとシェフ、どちらの仕事にも通じるものだと思います。
地域をまるごと楽しむつもりで、飛び込んでください。
(2021/7/5取材 増田早紀)
※取材時はマスクを外していただきました。