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薩摩武士のまちから
狼煙をあげる

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新しいことを始めるには、勇気がいるもの。先駆者のいないことであれば、なおさら困難に感じるかもしれません。

それでも、その一歩を踏み出すことには価値がある。背中を見て勇気づけられる人がいたり、後に続く人が出てきたり。たとえわずかな前進であっても、踏み出さなければ、何もはじまりません。

鹿児島県出水(いずみ)市。

ここに、400年前の江戸時代につくられた出水麓(いずみふもと)という武家屋敷群があります。

国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、長年建物の補修が行われてきましたが、近年は空き家が急増。まちをあげて新たな活用方法を模索してきました。

そうしたチャレンジのひとつが、武家屋敷を改修してつくる宿。今回は、その宿の支配人を募集します。

宿は来年6月のオープンに向け、現在工事が進められているところ。地域にとっても、民間による出水麓の活用事業は初めての経験。

この宿から麓のまちづくりを進めていく、パイオニアとしての役割が求められています。



東京から飛行機で1時間40分、鹿児島空港へ。目指す出水市は、空港から車で1時間ほど北西に向かったところにある。九州新幹線が通っているので、福岡からも1時間半ほどで来れる。

出水麓があるのは、駅から歩いて10分ほどの場所。約44ヘクタールの範囲内に、大きな木造の屋敷や蔵などが立ち並んでいる。

道は碁盤の目状に広がっていて、両側には生垣と立派な門。歩いているだけで、江戸時代にタイムスリップしたような気持ちになる。

待ち合わせ場所の古民家で待っていてくれたのが、出水市役所の池林さん。観光交流課に所属していて、宿のプロジェクトにも深くかかわっている方だ。

「碁盤の目のように見えて、実は道が鉤形になっている場所もあるんです。わざとそういうつくりにして、敵が攻めてきたときに迷いやすくしているんですよ」

「出水麓は観光地でありながら、普通に人が住んでいる住宅地でもあります。都市計画のなかに『用途地域』という規制があるんですが、麓はそれが住宅に指定されていて、宿や飲食店をつくることができなかったんです」

加えて出水麓は、国が指定する重要伝統的建造物群保存地区でもある。このまち並みは、いろいろな制度や仕組みのなかで守られてきた。

そこから、どうして宿をつくるということになったんでしょう。

「最初のきっかけは、宮路邸という武家屋敷の持ち主の方が、もう自分の力では維持ができないからと、4年前、市に寄付の相談をしてくださったことでした」

「建物を引き受けたまではよかったんですが、維持にはお金がかかるし、自力でまかなう仕組みをつくろうにも、規制があるからどうにもできない。それで、じゃあその規制から変えていこうということになったんです」

企画政策課にいた池林さんは、その担当として奔走。用途地域の規制の変更や、新しい条例の制定など、1年以上かけて麓を取り巻く仕組みをアップデートしてきた。

その甲斐あって、昨年からはお店や宿といった用途が認められるように。とはいえ、前例のない場所で商売をするにはリスクも伴う。民間で事業をはじめるような動きはなかなか生まれなかった。

「だったら、まず行政が先導して、なにか事業をはじめないといけないねと。それで宿をつくるというプランを立てて、実施する事業者を公募したんです。そこで手をあげてくれたのが、九州を中心にまちづくり事業を手がけている株式会社つぎとさんでした」

「今年ようやく着工まで辿り着くことができて。最初に建物を引き受けたところからかかわってきたので、すごくホッとしています」

宿となるのは、現在工事が進められている宮路邸という武家屋敷と、10年前から市が所有していた土持邸のふたつ。

「宿をはじめることで、出水麓で新しいことができるんだ!って、地域の事業者さんに思ってもらうことが大事だと思っていて。宮路邸は、この麓を活性化するためのフラッグシップといえるプロジェクトなんです」

これまでは、周辺を散策してすぐにほかの地域へ、というのが定番のコースだった。そこに宿があることで、滞在時間は長くなり、レストランやカフェ、お土産物など、さまざまな需要も生まれてくる。

空き家を活用した新しいお店が増えていけば、地域経済の活性化にも貢献できるし、それは出水麓の歴史を未来につないでいくことにもなる。

「今後は市としても、空き家の持ち主と活用したい人をうまくマッチングできるような仕組みをつくっていきたいと思っています。走り出したばかりの事業ですが、まずは面白そうだなと思う人が来てくれたらうれしいですね」



続いて、宿について教えてくれたのが、市と一緒にプロジェクトを進めている株式会社つぎとの小野さん。

つぎとは、全国各地で古民家を活用した地域活性事業に取り組んでいる会社。九州では出水のほか、福岡県うきは市や熊本県甲佐町などでも古民家宿のプロデュースを中心とした事業を手がけている。

「昨年の春から出水にかかわりはじめて、エリア計画の策定や資金調達に取り組んできました。ようやく工事がはじまって、年明けに完成、というところまで来て。今は開業に向けた準備をしています」

宮路邸は1月末に工事が終わり、6月にオープン予定。土持邸も、資金の目処がたち次第工事がスタートする予定で、ゆくゆくは3棟ほどの建物を使った客室分散型の宿にしていきたいと考えているそう。

コンセプトは、「武士が生きた歴史や、薩摩の文化を感じられる宿」。

改修中の宮路邸も、既存の建材を可能な限り活かし、武家屋敷の雰囲気をそのまま味わえるような設えに。

料金は、一人一泊2万5千円ほど。高単価層をターゲットに、歴史を感じる空間でゆったりと過ごせる場所にしていきたい。

また、2棟目の宿の隣には、古民家を改修したレストランもつくる予定。現状、麓には飲食店が少ないので、宿泊客だけじゃなく観光客や地域の人にも食べに来てもらえるような場所にしたいと考えているそう。

「もちろん、そのレストラン以外にも、少し駅のほうに歩いた商店街沿いのお店とかに誘導して、食事をしてもらえたらいいなと思っています。今考えているのは、チェックインのときに薩摩焼のお猪口を渡して、提携しているお店でお猪口を見せたら、500円でお酒一杯とおつまみを出してもらえるようなもの」

「初めての土地でそんなふうにはしご酒できたら面白そうじゃないですか。観光客はなかなか地元の人の行きつけのお店を知らない、行きにくい、というのがあるので、宿が宿泊者と地域のお店をつなぐきっかけになればいいなと思っています」

今回募集する支配人は、宮路邸のオープン準備から入ることになる。

オペレーションや備品の仕入れなどは、他地域の宿を参考にしつつ、必要に応じて実地研修も。小野さんは全国各地の事例にも詳しいので、アドバイスをもらいながら進めていけると思う。

「支配人もベッドメイキングや掃除をしてもらうことになると思います。あとは地域の人にパートとして入ってもらうことも考えているので、そのシフト管理やマネジメントもありますね」

「あとは、体験コンテンツづくりも同時に進めていきたいと思っています。着付け体験とか観光牛車といった既存の観光体験もあるので、うまく連携しながら新しいものも考えていきたいです」

たとえば、宮路邸の裏手には畑がある。これは江戸時代、平時は農民、有事は武士という半農半士の生活をしていた薩摩藩士の名残なのだとか。

その畑を活用して、宿泊者に農作業を体験してもらうこともできるかもしれない。また麓では甲冑体験も実施しているので、まさに半農半士の気分を味わうこともできそうだ。

ほかにも、熊本県甲佐町にある古民家宿では、手づくりの線香花火をつくるイベントを最近開催したそう。これも支配人が親子で楽しめる体験をつくりたいと企画し、花火屋さんに声をかけて実現した。

宿の運営にとどまらず、やってみたいことにはなんでもチャレンジできる環境なので、興味関心を活かして宿を盛り上げていってほしいと小野さん。

「支配人には宮路邸の顔になってもらいたいと思っていて。最初は挨拶をちゃんとする、くらいからで大丈夫です。宮路邸でどんなことをしようとしているのか、地域の人にちゃんと知ってもらう、という姿勢は忘れないでほしいなと思います」

宿がオープンしたあとも、掃除や朝食の提供など、さまざまな面で地域の人の協力は欠かせない。宿の存在が地域全体にとっていいものになるよう、支配人自ら積極的に地域へ入っていくことが求められる。

小野さんも、この出水麓で事業を進めていくうえで、関係性づくりのむずかしさを感じたことがあったという。

「出水は、事業の主体になってくれる地域の事業パートナーがまだいないのもあって、私たちが表立って調整や根回しなどをしていて。そのぶん、地元からの率直な意見を直接受けることもありました。ただ、それも私たちが関わろうとしてきたからこそ受けた意見なので、ないよりはマシかなと。存在がちゃんと地域に認知され始めてきたということだとも思っています」

「なので、最初はとくに関係をつくっていくのが大変に感じるかもしれません。でも、『外から来た人がよくわからんことをしている』って思われてしまうのはすごくもったいない。自分から挨拶するとか、イベントをするときは地域の人にも声をかけるとか。粘り強く、コミュニケーションを丁寧にできる人だといいのかなと。発信したり、ちゃんと関わろうとしないと認知されないので。一生懸命やっていたら、地域の人もあたたかく受け入れてくれると思います」

小野さんは、最近地域の人から言われた言葉が印象に残っているそう。

「『あなたたちは、麓にどれくらい長いあいだ関わるつもりでいるの?』って聞かれたんです。つまり、私たちがどれくらい本気なのかっていうことですよね」

「私たちは宿をつくって終わりじゃなくて、そのあとも伴走し続ける。なんなら、15年くらいかけて返す借金をすでに背負って事業をはじめているので(笑)。少なくとも15年は絶対います!って答えたら、おお、そうかって。それからその方はすごくいろんなことに協力してくれるようになりました」

それは地域の人たちも、本気だからこそ。中途半端な気持ちでは、お互いにとってよくない結果になってしまう。

「まずは面白そうっていうところからでいいと思うんです。実際に来てみて、まちの空気を吸って。いろんな人と話すなかで、自分の気持ちも高めていってもらえたらいいのかなと」

「だから私も、あきらめないで、『ここでやっていく』っていう気持ちを伝えていこうと思います。あきらめたら、伝わらないまま、誤解されたままになっちゃうので。一緒に麓を盛り上げていけたらいいなと思います」



新しい環境で新しいチャレンジをするのは、けっこう不安です。

けれど、慣れきった場所で言われたことをするだけなら、チャンスはなかなか巡ってこない。

自分たちでつくっていく楽しさと難しさを感じながら、まちの未来をつくる仕事に取り組んでみるのもいいと思います。

(2021/11/16 取材 稲本琢仙)

※撮影時はマスクを外していただきました。

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