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おもてなしとは、どういったものだろう。
たとえば、ほしいと思うその一歩手前で、靴べらが差し出される。喉が渇いたなと思うその前に、そっとお茶を淹れてくれる。
一歩先を行く心遣いやさりげない行動に、おもてなしの心は表れるのかもしれません。
神奈川・湯河原にある旅館、石葉(せきよう)。温泉街から少し外れた、高台にある旅館です。
今回は、ここで働く接客部門スタッフと調理部門スタッフを募集します。
しゃんと背筋を伸ばして、お客さまと向き合う。おもてなしとは何かを日々問い、磨いていく、シンプルで奥深い仕事だと思います。
湯河原は、箱根と熱海の中間あたりに位置する温泉地。東京からは、新幹線を使って1時間ほどで到着する。
湯河原駅前からバスに乗って10分ほど。山あいの道を進んでいくと、川沿いに湯河原の温泉街が見えてきた。
石葉は、中心街から外れた高台にある。この道で合っているのかな… と不安になりつつ、息が少し上がるほどの急な坂をのぼっていくと、石葉という文字が見えた。
真っ白な暖簾をくぐり戸に手をかけたところで、中から「いらっしゃいませ」の声。係の方がさっと出てきて迎えてくれた。
そこへ続けて現れたのが、代表の小松さん。
「遠いところありがとうございます。歩いてこられたんですか?坂が急だったでしょう」
石葉は小松さんのお母さんが始めた旅館。もともとは別荘として使っていた建物だったそう。
「今年で57年目になります。この建物は、住宅の神様と言われた吉村順三さんっていう建築家に師事していた叔父がつくったもので。住宅として使うことをベースにつくられているんです」
「今思うと大変ありがたかったんですが、旅館っていうのは基本的にそこで一日を過ごす場所ですよね。それはつまり生活をすることにつながっている。ここの旅館としての居心地のよさは、住宅というベースの上に成り立っているのかなと、そう感じています」
部屋数は9室で、1泊5~10万円ほど。シーズン中は常に予約で埋まる人気の宿だ。
「うちが大切にしているのが、静謐と贅沢、という言葉なんです」
静謐と贅沢。
「単純に静かなだけじゃなくて、安らかな雰囲気があるように。そして贅沢というのは、心の贅沢。つまり本物のおもてなしを受けられる、ということ。そのふたつが揃う場所でありたいと思っています」
玄関へ足を踏み入れたときにふわっと立ち上るお香の匂い。きれいに手入れされた庭に、骨董を中心とした作家の作品。迎える人の丁寧な所作。
それらすべてが合わさることで、静謐で贅沢な空間が生まれる。小松さんはそう考えている。
「うちは決して安い宿ではありません。だからこそ、心地よい宿でなければならない。それには適度な緊張感が必要ではないかと思っていて」
「気、と言うんでしょうか。先を読んで考え細部まで気を配る、そしてそれを気づかせない。それが心地よさにつながるんじゃないかと。また、サービスを提供させていただく私たちも心地よく働ける環境づくりをこれからも進めていきたいと思っています」
新しく入る人も、自ら動いて心地いい環境を一緒につくり上げていけるような人だといいかもしれない。
「旅館っていうのは、建築や芸術、庭、料理、花… いろんな切り口があります。勉強しがいがあるし、なによりそれをお客さまに伝えることで、喜んでいただける。自分に返ってくるプレゼントがあるんです」
「たとえばお花。お部屋を整えた最後にお花を入れるんですが、ただ入れるだけじゃない。お部屋に合う花と花器、そして季節感やお客さまの好み。いろんな要素を考えて入れる。きちんと自分の気持ちを伝えようと思って入れれば、お客さまに必ず伝わるんです。これ本当に不思議なんですけどね。自分の手で伝えられるというのは、すごく楽しいことだと思いますよ」
続いて話を聞いたのは、接客部門責任者の長谷川さん。
長年旅館やホテルで勤めてきた方で、5年前に石葉へ入社した。
「大きい宿から小さい宿まで、いろんなところで働いてきました。小さな旅館で数組のお客さま相手に、お着きからお見送りまで接する。そのスタイルが自分の好みだっていうのがわかって、石葉に行き着いたんです」
たとえば食器。作家さんがつくったものには、一つひとつにストーリーがある。
食事は毎月献立が変わる、季節ごとの懐石料理。お隣の真鶴(まなづる)をはじめ、近海の海の幸と地元の無農薬野菜を使い、厳選された調味料、調理方法でつくられている。
「和食って、お料理それぞれに意味があるんですよね。名前の由来とか、季節と料理の組み合わせには、ちゃんと理由がある。それをさりげなくお伝えできるように、日々勉強しています」
たとえば、今の時期だとどういったものがあるんでしょう。
「最近だと節分があったので、枡に入った大豆のお料理をお出ししました。あとは柊の葉と一緒に、イワシのお寿司も」
柊とイワシ、ですか。
「地方によって少し違うんですが、棘がある柊にイワシをつけると、厄除けになると言われていて。ほかには、2月の初午(はつうま)にお稲荷さんをお出ししたり。覚えるのは大変ですけど、季節の行事とか、料理のこととか、話せる種が増えていくのは楽しいなと思います」
「昔はインターネットがなかったので、図書館まで行って調べていましたけど、今はすぐ調べられますよね。季節ごとのしつらえを見て、聞いて、手を動かして。ようやくいろんなお話ができるくらいになりました。お花も料理も着物も、ぜんぶつながっているんです」
つながっている。
「お料理には季節が関係しているし、花や着物の帯の模様もそう。いろんなしつらえが、後ろですべてつながっている。それを知ることを楽しめたら、お客さまにお伝えするのも楽しくなると思います」
接客のスタッフは、朝7時ごろに出勤し、朝食提供とお見送り。簡単な部屋の片付けをして一旦退社。夕方17時ごろ出勤してお出迎えとご夕食を提供し、その後は片付けをして21時半ごろに退社、というのが基本的な勤務体系。
最初は着物を着るにも時間がかかるので、想像以上に大変かもしれない。でも慣れると着物での所作は意外に動きやすいそうだ。
石葉ではお客さまにゆっくり滞在してもらえるように、チェックアウトが12時になっている。お出迎えからお見送りまで、同じ人が担当するのが理想ではあるけれど、業務を分担しても質の高いサービスを提供できるよう、社内では効率化とゆとりを持ったおもてなしをめざしているところだ。
印象に残っていることを聞いてみると、最近泊まったお客さまの話をしてくれた。
「うちは8割くらいがリピーターのお客さまです。お年を召されたその方は数年ぶりにお越しになられた方で、お話しすると私の名前を覚えてくれていて、少し忘れっぽくなられたそうですが、しっかりと昔来られたときの話をしてくださるんです」
「お料理楽しみなんですって、私の顔を見て話してくださって。…ごめんなさい、思い出しちゃった。うれしいですよ。覚えていただいて、また来ましたって仰っていただけるのは」
少し目を潤ませながら話す長谷川さんの表情は、とてもあたたかい。
「興味を持ってこそだと思います、うちのお仕事は。お料理とかお花とか器に、関心が持てるかどうかで楽しさが増します」
「あとは、人が好きでしっかりと日本の文化に触れたい、丁寧なおもてなしをしたい方に向いていると思います。心なく仕事としてこなしてるだけだと、態度に出ちゃうんです。それは見てすぐわかるので、謙虚にお客様に尽くしたいっていう人がいいんじゃないかな」
続いて話を聞いたのは、長谷川さんたち表の接客部を支える中倉さん。
石葉ではお客さまと直に接する役割と、お客さまの快適な滞在を陰で支える「中番業務」と呼ばれる役割があり、中倉さんは後者を担当している。施設全体の管理から備品の補充まで、仕事は幅広い。
「なにかにつけてお願いねって頼まれることがいっぱいあって。慣れるまで時間がかかりました」
どういうことをお願いされるんですか?
「たとえば、石葉ではお客さまそれぞれのご要望に合わせてお部屋の仕様を変更することが多いんです。テーブルをセッティングしたり、ベッドを設えるときもあります。マッサージ用のお布団を敷いてほしいというお客さまがいるから今すぐ行ってきて、とか。簡単に言ってしまうと、お客様のご要望すべてを担う何でも屋って感じです」
「ダダダって、短距離走を毎日走ってる気分ですよ。お部屋が9部屋あるんですが、それを行ったり来たりして。ご到着前の各お部屋のセッティングも9部屋同時によーいドンなので、どうしたら効率的にまわれるか考えつつ、突発的なお願いにも対応しています」
お客さまと直接対面する接客と異なり、中番業務は黒子的な仕事が多い。ときには直接対面することもあるけれど、見えないところで常にお客さまのことを考え続ける仕事だ。
「中倉くんの布団の敷き方きれいだねとか、あれやってくれてさすがとか。人に認められたり、感謝されるのがモチベーションになっていますね。裏方の仕事は地味に見えるかもしれませんが、シーツのシワ一つも見逃さない、ささいなことほど大切に、滞りなくお客さまをお迎えする。その環境を常に提供することは、とても責任のある仕事だと思っています」
最後に話を聞いたのは調理部門の森田さん。石葉のおもてなしの要である懐石料理を副料理長として担当している。
「料理の仕事はずっとしてきていたんですが、これだけしっかりした懐石料理をつくったことがなくて。すごく感動しましたね」
感動した。
「地の野菜や魚を活かして、手間を惜しまずこだわる。温かいものは温かく、冷たいものは冷たく、一番いい状態で食べてもらうことを石葉では大切にしていて。求められるレベルも高いぶん、それはすごくやりがいになっています」
たとえば、と話してくれたのは、今の時期に夕食で出している京人参のすりながし。すりながしとは、すり潰した野菜などをだしでのばして汁物にしたもの。
通常の汁物用のお椀ではなく、特別に陶器の器を使って出しているそう。
「京人参の味をがつんと感じられるメニューになっています。陶器にしているのは、普通のお椀より冷めにくいからなんです。一番離れたお部屋だと、調理場から運ぶのに2分半くらいかかるので、冬はどうしても冷めていってしまう。それを防ぐための工夫です」
こだわりの料理を届けるのは、接客部門スタッフ。連携プレーで、一番いい状態で食べてもらうことを心がけている。
新しく入る人は、どの程度の経験があればいいでしょう。
「今うちでは、下から漬物、追い回しっていう雑用、八寸場と焼き場、お造り、煮方、という感じで役割が分かれています。一番は、和食調理の一連の流れがわかっている人でしょうか、焼き場程度をお任せできるとありがたいですが、もちろんこれからという方も大歓迎です」
調理部は、ぜんぶで5人。副料理長の森田さんと料理長、そのふたり以外は20代と、若い人が多い。
「何年やっていたかは関係ないと思っています。スタートが一緒でも、勉強熱心な方は伸び方が違う。本物を提供したいっていう人にぜひ来てもらいたいですね」
取材中、接客部の長谷川さんが教えてくれた石葉の名前の由来についての言葉が印象に残っています。
「庭にある石や葉のように、さりげなく。お客さまに寄り添う場所でありたい。そんな想いが込められているんですよ」
石葉の皆さんはまさに、この言葉を体現しているようでした。
(2022/2/17 取材 稲本琢仙)
※撮影時はマスクを外していただきました。