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腹の虫をおさめる
一汁三菜に
優しい生き方を知る

※日本仕事百貨での募集は終了いたしました。再度募集されたときにお知らせをご希望の方は、ページ下部よりご登録ください。

京都では昔から、軽い食事のことを「むしやしない」というそうです。

漢字で書くと「虫養い」、つまりお腹の虫が騒ぐから何かを食べようという意味なのですが、言葉の柔らかさがいかにも京都らしい。

そんなお腹の虫が教えてくれるのは、空腹具合だけではないようです。

「私は、体内時計じゃなくて体内カレンダーみたいなものを持っていて。季節の変化を感じると『そろそろ、あれが食べたいな』って旬の食材のことを思い出すんです。それは本当に、育ててくれた京都の街のおかげかもしれないですね」

そう話すのは、料理研究家の後藤加寿子さん。

武者小路千家という茶道の家元に育った加寿子さんは、茶事から生まれた「懐石」の食文化を家庭で楽しめるように、メディアや教室を通して、わかりやすく伝えてきました。

同じ音を持つ「会席」という言葉と混同されがちですが、「懐石」は豪華な演出を避け、素材の滋味を丁寧に追求する食事のあり方です。

その基本となる一汁三菜は、一見とてもシンプルですが、ご飯を炊くタイミングや、季節に応じた素材のあしらいなど、見えないところにさまざまな心遣いが込められています。

じっくり素材を味わうことは、四季の変化に富む日本に暮らすよろこびそのもの。

この春、加寿子さんが大切にしてきた料理の世界を味わえるお店「びおら」が、東京・広尾にオープンします。そこで、キッチンやホールの仕事を通して、一緒にお店をつくっていくスタッフを募集します。

お茶や日本料理というと、格式高く、難しいイメージを抱く人もいるかもしれませんが、基本になるのは、相手をよろこばせたいという思いやりの気持ち。

今から基本をしっかり学びたいという人にこそ、選んでほしい職場です。

東京・八丁堀。ビルの8階に、後藤加寿子さんが料理教室を運営するサロンがある。集まったのは、「びおら」の立ち上げに関わるみなさん。

まずは相関図を紐解きながら、話を聞いていく。

お店のオーナーを務めるのは、加寿子さんと娘であるすみれさん。すみれさんの中学時代からのお友達の麻衣子さんがお店のPRを担当する。

左に座るのがすみれさん、お隣が麻衣子さんです。

「いつか自分のお店を持ちたいっていうのは、中学時代からの目標のひとつで。お互い子育てが少し落ち着いてきた今、あらためてそれを形にしてみようっていうことになりました」

「私たち最初は2人で、小さなカフェをやろうとしていて。正直こんなに大きなプロジェクトになるとは思っていませんでした」

お店の立ち上げにあたり、まずは飲食業界で活躍されている方にアドバイスをもらおうと、すみれさんはプライベートで交友のあった株式会社ウェルカムの横川さんに相談を持ちかける。

DEAN & DELUCAをはじめ、さまざまな業態で食の楽しみを伝えてきた横川さん。すみれさんから話を聞くうちに、カフェの計画よりも、彼女が子どものころから体験してきた食の世界に興味が湧いたという。

すみれさんの生家、つまり加寿子さんが台所に立つ後藤家では、現代日本の家庭では珍しい光景がさまざまあった。

たとえば家族の夕飯でご飯をよそうとき、最初に茶碗に盛るのは一口だけ。それを食べ終わってから、家族の腹具合に応じて適量を盛り直す。

それは、炊きたてと少し蒸らしたあとではご飯の味わいが違うから。さらに、残ったご飯はしっかり冷まし、塩昆布を入れて夜食のおにぎりに。

お味噌汁も、冬場は甘い白味噌、夏場は酸味の効いた八丁味噌、その間の季節はふたつを合わせたものというふうに、一年を通して少しずつ味や色が変わっていく。

テーブルにはいつも季節を感じる食材が並び、イチゴなどの果物が出るときは、ヘタを取りやすいように包丁で切れ目が入れてある。

白いご飯にお味噌汁、主菜、副菜、一つひとつはごく普通のメニューだけど、その細部に至るまで、食べる人への心遣いが込められている。

日常生活で、そこまで丁寧に食事をすることが珍しくなった今、あらためてお店でそれを表現してみてはどうか。そんな横川さんのアイデアをきっかけに、プロジェクトは新しいスタートラインに立つことになった。

加寿子さんが長年培ってきた懐石の考えを基本に、一汁三菜を丁寧に味わうお店。

加寿子さんが料理監修、すみれさん、麻衣子さんに加え、ウェルカムの事業チームが運営面でそのサポートを担う。

「飲食を仕事としている僕たちは、ある種の癖のようなものがあって。加寿子さんやすみれさんが、自然に身につけてきた美意識や空気感を自分で表現することはできないんです。だから今回の仕事は、自分たちにとっても何か大切なことが学べるチャンスなんじゃないかという気がしています」

「普通のなかにある美しさを求めていくって、食の業態としては難しいテーマで。中途半端にやると『それって、普通じゃん』って、見向きもされない。いかに徹底した普通からぶれないようにするか、メニューも接客も空間づくりも、そこがすごく大切なんだと思います」

そんな話を聞きながら「私のは本当に家庭料理ですから。普通でつまんない、って言われるかもしれないですね」と、場を和ませる加寿子さん。

すると、みんなが一斉に「加寿子さんの普通は、普通じゃないから!(笑)」と反応する。

そのやりとりが、家庭の食卓のようで、ちょっと微笑ましい。

加寿子さんは、どんなふうに料理と向き合っているんだろう。得意料理のひとつである “白菜の葛引き”のつくり方を尋ねてみる。

「まずは、畑から旬の白菜を手に入れることですね。懐石のお料理は濃い味付けをせず、素材の味を引き出してつくります。だから、いい食材を選ぶっていうのは本当に大事なことなんです」

野菜をつくる農家さんをはじめ、さまざまな仕入先にも顔が広い加寿子さん。新しく入る人にとってここで一緒に働く時間は、食材を見る目を肥やすいい機会になるかもしれない。

「美味しい白菜が手に入ったら、それを生のままお出汁に入れる。そうすると、野菜の旨味が出るんです。そこに生姜を加えて、最後、葛か、家庭なら片栗粉でとろみをつけて仕上げます」

白菜が美味しくなる冬場、体が芯から温まる食事はなによりのご馳走。手にほどよく熱さを伝える器の選び方、汁の温め方、その心遣いひとつで、味わいも変わっていく。

「お茶事や懐石にはいろいろ作法がありますけど、それは全部、お客さまに『ああ、いい時間だったな』って満足して帰っていただくためのものなんです。大切なのは知識よりも、どうすればお客さまが喜んでくださるか、自分で考えられることだと思います」

新しくできるお店には、接客のマニュアルはない。

ルールや型に従うのではなく、一人ひとりが考えて行動する、その積み重ねでお店をつくっていきたいという思いがあるからだ。

「私も以前、冬の北海道でお茶事に招いていただいたとき、お庭の路地草履にホカロンを忍ばせてくださっていて、思わずうれしくなりましたね。そういうふうに、人からしていただいてうれしかったことを、今度は誰かにしてあげる。そういう感性のある方なら、細かいことは少しずつ覚えていけると思います」

実際の茶事では、お客さまを迎える数ヶ月前から、その方の好みや季節に合わせて、しつらえや床の間の飾り、花、器など、空間の隅々まで心を尽くしておもてなしのあり方を考える。

ただ、準備にかけた時間や、心遣いの深さに相手が萎縮してしまっては意味がない。高価な器や調度品に囲まれていることを意識しすぎると、食事の味も分からなくなる。

何よりの気遣いは、相手に楽しんでいただくこと。

びおらの内装やインテリアにも、その考えが浸透している。

たとえば、お客さんがソファに何かをこぼしても、すぐに対応できる素材かどうか。つまずくような段差はないか、トイレは清潔を保ちやすいか。

新しいお店の計画には、いたるところに、お客さんへの配慮が込められている。

そしてお客さんにリラックスしてもらうために大切なのは、なによりスタッフが自然体であること。

マネージャーにアルバイト、飲食経験の有無や、年齢差、シフトに入る頻度など、お店への関わり方は違っても、一人ひとりが自信を持ってお客さんと接してほしい。

そのために、オーナーであるすみれさんたちはお店のなかで実践してみたいことがあるという。

「できれば、まかないをスタッフみんなで一緒に食べる時間を持ちたくて。営業時間の前に皆でそろって、その日お出しする食材や器、ご予約のお客さまのことなどを話す時間にしたいと思っています。そういう時間があることで、お客さまにお伝えできる言葉も変わってくると思います」

一緒に食卓を囲みながら、食の楽しみを知り、伝えていく。

その仲間の一人となるのが、キッチンマネージャーを務める向坂さん。現在は、加寿子さんと一緒に、お出汁をはじめ、お店で出すメニューの開発を進めている。

「僕はもともと、理工系の学生だったんですが、大学時代にはじめた居酒屋のアルバイトが楽しくて。そのまま卒業後も飲食の業界で仕事を続けて、今年で36歳になります」

「今までいろんなお店でホールやキッチンを経験してきたけど、どこかでちゃんと和食を勉強したいという気持ちがありました。今回こうして、加寿子さんから直接いろんなことを教わる現場で仕事ができるのは、すごくワクワクします」

同じ素材でも、下処理や火加減ひとつで味が変わっていく和食のおもしろさを、一つひとつたしかめるように勉強しているという向坂さん。

キッチンに立ち手を動かすだけでなく、自分で興味を持って食材の知識を仕入れることも楽しみのひとつ。

「僕自身は、すごいキャリアのある料理人というわけではないし、お茶と和食の関わりも、今まさに学んでいるところです。新しく入る人とも一緒に、いろんなことを勉強していけたらいいなと思います」

これからできるお店に必要なのは、そんなふうに素直な気持ちで食と向き合える人だと思います。

いつか学びたかった、お茶や日本料理のこと。

一つひとつ、丁寧に紐解いていけば、自分たちのルーツにある思いやりの形が見えてくるはずです。

(2022/2/25 取材 高橋佑香子)

※撮影時はマスクをはずしていただきました。

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