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「そもそも」を問い直そう

頼まれた通りにきっちりこなす。

多くの仕事の基本はそうだけど、できたものが本当に相手のためになるかどうかは別の問題だったりする。

近い距離でコミュニケーションを重ね、「そもそもなんのためにやってるんだっけ」と問い直す。すると、もっといいものができるような気がします。

地域の課題に寄り添い、イベントやツアーの企画、自社メディア「LOCAL LETTER」を通したPRなど、幅広い地域プロデュースに取り組んでいるのが、株式会社WHERE。

「誰もが心の豊かさをもてる世界を」というビジョンを掲げ、さまざまな地域の魅力を掘り出し、地域と人のつながりを生み出しています。

今回募集するのは、日本全国の自治体や地域の事業者に伴走して、課題発見からプロジェクトの企画、チーム体制づくり、実施まで一貫して手がけるプロデューサー。

クライアントとの理想的な関係を築いていくために、ときには後押しを、ときには本音で意見をぶつけながら企画を形にしていきます。



取材に向かったのは、WHEREが拠点にしているコワーキングスペース&シェアオフィス「PLAT295」。押上駅から歩いて5分ほどの場所で、すぐ近くにはスカイツリーがそびえ立っている。

キッチンもあるレンタルスペースで迎えてくれたのは、WHERE代表の平林さん。

よろしくお願いします、と名刺を交換すると、そこには「平林和樹(POPO)」と書かれている。

POPOとは…?

「僕のあだ名なんですよ(笑)。理由はとても些細なことなんですが、実家で飼っている犬がポポっていう名前で。友達を実家に連れて行ったときに、母親が僕のことを間違えてポポって呼んで、それを友達がすごく面白がったんです。そこからずっとポポって呼ばれてますね」

なんともチャーミングなニックネーム。和やかな雰囲気で、まずは会社の成り立ちから聞いてみる。

「僕の人生のテーマが、豊かさなんです。小さい頃からなんとなく思っていて、当初は『豊かさ=お金』だと考えて、最初に就職したヤフー株式会社でも一番予算を持っている広告事業部を希望しました」

さまざまなプロジェクトを手がけていくなかで、評価も上がり、給与も高くなった。

自分の考える豊かさは実現しつつある。けれど、平林さんはどこか満たされない気持ちを抱えていたそう。

「そんなときに起きたのが、東日本大震災でした。東京にいたんですが、お店の棚はすっからかんで、食料の確保も難しい。その状況で頼れたのが、離れた土地にいる友達か、長野の実家だったんです。それにすごく違和感を覚えて」

「たとえば隣の部屋の人とか、同じマンションの人たち。そういう人と協力できたほうがいいはずなのに、ここにはそういったつながりが存在しない。お金を持っていることが豊かさだと思ってきたけど、違うのかもしれない… と思うようになったんです」

その後、平林さんは会社を退職し、カナダでのワーキングホリデーや、地元長野でのITコンサルティングを経験。ローカルな人と人のつながりこそが、心の豊かさにとって大事だと考えるようになったそう。

そのなかで出会ったのが、オリジナルウェディングを手がけるベンチャー企業。平林さんはそこに参画し、2015年に現在のWHEREの原型となる地域をプロデュースする新規事業を立ち上げる。

「まずはいろんな地域に足を運んで、話を聞きました。その頃は気づいたら1年半家なしで日本中をまわっていて、家なし社長って言われてましたね(笑)」

「たくさんの人に話を聞いてすごく衝撃だったのが、地域に暮らしている人は誰もそんなに困っていない、っていうことだったんです」

困っていない?

「そう。みんな暮らしを楽しんでるし、仕事にやりがいも感じている。地方には何かが足りていなくて困ってるんじゃないかって思っていたけど、めちゃくちゃ足りてるじゃんって」

「だから、足りていないからこうしてあげるよっていう発想は、おこがましいことなんだって思ったんです。それからはスタンスを変えて、地域の人たちがやりたいことと、僕たちがやりたいこと。それが交わるところで仕事をしていこうって決めて、今までやってきました」

たとえば、と話してくれたのが、奈良県の東吉野村。

家なし社長時代に長く滞在していたという地域で、村の人口は約1,700人。観光地でもない場所だったけど、平林さんにとっては魅力的な土地だった。

「川がきれいで、夏になると鮎釣りをする人たちがたくさんいて。釣った鮎をお裾分けしてみんなで食べたりするんです。そういう暮らしって、都会に住んでいる人から見たら刺激的だし、こんな生き方もあるんだって、発見にもなるんじゃないかって」

そこで平林さんは、今でいうワーケーションツアーのような企画を立ち上げる。最初は知り合いを中心に、毎回10人ほどの人たちを東吉野に連れてきて、地域資源を使ったアクティビティや村の人との懇親会をセッティングした。

すると、参加者だけでなく、地域の人たちにも変化があったという。

「最初は、『観光地でもない場所に人なんか来るんかいな』って言うんですけど、外から来た人に『いい場所ですね』とか『すごく癒されました』って言ってもらうと、自分のいるまちに自信を持てるようになる。それってすごく幸せなことじゃないですか。お互いに良い影響を与え合うっていう考え方は、僕らの事業のベースにありますね」

立ち上げから3年が経った2018年には、株式会社WHEREとして独立。

北は北海道から南は沖縄まで、全国各地で持続可能なまちづくりに取り組みつつ、地域コミュニティメディア「LOCAL LETTER」や、地域の第一線で活躍する人たちが産学官民の枠を超えて集まる地域経済カンファレンス「SHARE by WHERE」の企画運営など、自社事業も幅広く手がけている。



現在、社員として所属しているスタッフは、産休中の方も含めて4人。業務委託のスタッフや他社との協働の機会も多い。

具体的にどんなふうに仕事をしているのか。プロデューサー兼「LOCAL LETTER」編集長の高山さんに続けて話を聞いた。

「案件は、人のつながりでご相談いただくことが多いですね。プロジェクトでご一緒した人の紹介とか、イベントの参加者とか。そういったところから問い合わせをもらって、まずはどういった課題があるのか、丁寧にヒアリングしていきます」

たとえば、高知県大月町のプロジェクト。

まちを好きになってくれる人を増やしたいけれど、どういったことをすればいいかわからない、という相談から始まった。

「大月の人たちは、大月町という名前が知られていないから、単独でイベントをしても人が来ないと考えていて。でも、私はちがうんじゃないかなと思ったんです。たとえ知らなかったとしても、地域の魅力をちゃんと伝えることができれば、面白そうって思ってくれる人は必ずいる。だからそれを伝える場をつくりましょうと提案しました」

興味のあるキーワード、やってみたいと思える体験、なんとなく楽しそうな雰囲気。名前を知らなくても、人が行動を起こす理由はたくさんある。

高山さんも実際に大月町へ足を運び、まちの魅力を掘り出しながら企画を考えた。

たとえば、大月町にはダイビングスポットとして有名な柏島がある。また、自給自足100%の学校給食が提供できるほど、食も豊かなまちだった。

大阪で開催した1年目のイベントには、大月の人にも来てもらい、都会にいながら大月の自然や食が体験できるものに。参加者の満足度も高く、地域の人にとっても大きな自信になった。

2年目からはコロナ禍に入ってしまったため、オンラインでの開催に。3年目の昨年はさらに進化させて、イベントの企画運営から加わる人を募集し、その人たちと一緒にイベントをつくったそう。

「司会の人が『ちょうど今、柏島にメンバーが行っているので、中継でつないでみましょう!』『はーい! 僕はいま柏島に来てます! ここでは野生のイルカを見ることができるんですが、さあ出てきますかねぇ』みたいな感じでつないで。その次には『大月のお母さーん!』って、郷土料理をつくっている場所に中継を飛ばして。たくさんの人を巻き込んだ企画になりました」

「オンラインってトラブルも起きやすいので、いろいろなイベントを企画してきた私たちもドキドキで(笑)。参加者も地域の人も楽しめるものになったんじゃないかなと思います」

おなじような企画を繰り返すのではなく、その都度やり方をアップデートしていく。

そのためには、地域や関わる人の変化を、常によく見ておく必要がある。

すると、隣で話を聞いていた平林さん。

「企画を考えるときに大事にしているのが、問い直すっていうことなんです」

問い直す。

「イベントをやりたいって相談が来ても、まずは『そもそもなんのためにやりたいのか』ということを、クライアントと一緒にとことん考える」

「僕らは御用聞きではないので。相手の根っこのニーズをちゃんと掘り起こして、最適なやり方を考えるのが役割なんです。だから、ときにはクライアントとぶつかることもある。それくらい、本気で地域と向き合っています」

妥協せずに向き合うには、熱意もパワーも必要になる。

「やっぱり大変なことはたくさんあります」と、高山さん。

「なんていうか… 旗を掲げ続けなきゃいけないっていうところが、一番大事でしんどいところなのかなと思っていて」

旗を掲げ続ける。

「どんなプロジェクトでも、コミュニケーションがうまくいかなかったり、やることがいっぱいになっちゃったりして、大変なときがある。そのときに、もういいやって諦めて手放しちゃうと、信頼が一気に崩れてしまうんですよね。だからどんなに大変でも、先頭に立って踏ん張り続けないといけない」

「手放したほうがいいじゃん~、やりたくない~、って思うときは、正直いっぱいある… いっぱいあるんですけど(笑)。信じてくれている人がいて、一緒につくりたいものがあるから、踏ん張る。すごい大変だけど、ああ踏ん張ってよかったなって毎回思います」



そんな二人を見守っているのが、外部アドバイザーとしてWHEREにかかわっている米田さん。Jリーグ理事を務めていた方で、平林さんとは5年ほど前からの付き合いだという。

「WHEREが唯一無二だと思うのは、筋を通すのをすごく大事にしていること。当事者も気づいてないような強みを見立てる力も高いし、そもそもの目的に立ち返って、構造的な課題を理解した上で、それをイベントで解決するのか、メディアを通して解決するのかっていう道筋立てていく力もある。システム思考っていうのかな。ここではそういう力が求められるのかなと思っています」

「あとは、たとえば川で溺れている子どもがいたときに『私はライフセービングの資格持ってないからやりません!』じゃなくて、『いや、やばいでしょ。いかないと!』って、服着たまま飛び込んじゃう。そんな勢いのある人が向いてますね」

すると、それを聞いていた平林さんも笑いながら「それ超大事!」と続く。

「メディアサービスとか、地域ブランディングっていうきれいな言葉の会社ではないと思ってます。前線に立ち続けるって大変ですよ。胆力はつくと思います」

「そもそもこうしたほうがいいんじゃないか」

提案することで、やることが増えて大変になるかもしれない。けれど、それで自分にできることが少しずつ増えたり、相手がもっと喜んでくれたりする。

結果的に、自分も楽しく働けるような気がします。

(2021/11/25 取材 稲本琢仙)
※撮影時はマスクを外していただきました。

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