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大地・文化・生態
4つの島から
見える地球と紡げる未来

どんな地域にも個性や魅力がある。これはほんとうにその通りだと思う。

そのなかでも、とりわけ異彩を放つ地域がある。どんなまちにも可能性があるけれど、そこだからこそできること、そこにしかないものが凝縮されたような特異な地域は、やっぱり存在する。

全世界で約170箇所、日本国内では9箇所だけが登録されている、ユネスコ世界ジオパーク。

島根県の隠岐諸島もそのひとつです。

隠岐諸島は、4つの有人島と180余りの無人島から構成され、その全体がジオパークとして認定されています。一方、いずれも独立した町村であることから、観光や教育の分野においては、それぞれ独自に取り組みを進めてきました。

持続可能な島の未来を見据えたときに、このままの体制でいいのだろうか。

それぞれの島の行政や観光協会、そして4島にまたがる隠岐ユネスコ世界ジオパーク推進協議会のみなさんは、議論のすえ、共同で新たな組織を立ち上げることに。

それが、4月に誕生した一般社団法人隠岐ジオパーク推進機構(総称:隠岐DMO)です。

今回はこの隠岐DMOでマーケティングや教育事業に携わる人を募集します。

ジオパークの思想をベースに、観光や教育、環境保全が混ざり合ったいい循環を生んでいくためには、どんなことができるだろう。4島を行ったり来たりして、地域内外、ときには世界の人たちとコミュニケーションをとりながら、地域の未来をともに描いていくような仕事です。

一見ハードルは高そうですが、経験は問いません。地元の島根や隠岐に帰りたかったけれど、やりたい仕事が見つからなかった。そんな人にもぜひ知ってほしい取り組みが進んでいます。

 

隠岐4島は、本土とそれぞれを結ぶ航路でつながっている。なかでも人口・面積ともに一番大きな隠岐の島町には唯一空港があり、大阪と出雲からそれぞれ便が出ている。今回は大阪から隠岐に入った。

空港から車を10分ほど走らせると、港に到着。昨年4月にできた新しい建物の1階に、隠岐ジオパーク推進機構のデスクがある。

ここでまずお会いしたのが、事務局長の野邉(のべ)さん。大学の先生のような雰囲気の方だなあと思っていたら、スタッフの方が「野邉は“ジオおじさん”なんです」と紹介してくれた。

隠岐出身の野邉さん。昔は地域のことをよく知らなかったそう。

「ぼくらは島で生まれ育っても、隠岐のことを習わないの。高校を卒業すると98%が島を出るんだけども、ほとんど習っていないんで、隠岐のことを語れない。どういう島なの?と聞かれて答えるのに10秒もかからない。今なら一晩中でも話すんだけど」

「次第に隠岐出身ということを隠すようになるんです。出雲大社の近く、って言ってみたりね。早く大人になって島を出たい、出たら二度と帰ってくるか、みたいな。ぼくらのころはそういう劣等感がありました」

ただ、地元への愛着もあった。松江の高専を卒業してゼネコンに11年勤めたあと、隠岐の島町役場の建設課で働きはじめた野邉さんは、まちを盛り上げようとさまざまな取り組みをはじめる。

朝市を開いて600人もの人を集めたり、港のなかで結婚式をやったり、停泊中のフェリーの船体に映画を投影してオープンカフェを開いたり。

一定の成果はあったものの、「どこでもできるじゃん」と思ってしまったそう。

「じゃあ、隠岐じゃないとできないことは何か?と考えると、まず我々が隠岐について知らないとアイデアも浮かんでこない。それで今から15年前に、隠岐学講座というものをはじめたんです」

有志の職員や町民30名ほどを募って、土日に座学やフィールドワークを重ねていく。

すると、地質や生態、文化など、さまざまな要素が複雑に絡み合った隠岐のおもしろさが見えてきた。

「後醍醐天皇や後鳥羽上皇がこっちへ島流しにあったのは、隠岐が辺鄙な島だからだと思い込んでいて。でもじつは、火山活動でできた平らな土地があり、きれいな水が湧くので、米がつくれる。なおかつ、都から北西の方角で縁起がいい。豊かな島だったからこそ身分の高い人たちが流されてきたんだと知ると、イメージも変わるでしょう?」

「あとは隠岐って、雪をかぶった紫陽花の写真が撮れるんです。特殊な気候のおかげで、北海道と沖縄の植物が同じ島内に生えていたり。こんな場所はほかにないんだけど、隠岐の人はどこにでもあるもんだと思ってる。これはみんなもっと知ったほうがいいと」

ほかにも、隠岐でとれる黒曜石を求めて3万年前から人の往来があったことや、何気なく敷いてある砂利や家の石垣に貴重な鉱物が含まれていることなど。知れば知るほど、人に伝えたくなった。

そんななか、国交省の知り合いづてにジオパークのことを知った野邉さん。

その知り合いいわく、「隠岐はまさにジオパークだから、世界を目指しなよ」とのこと。すっかりその気になった野邉さんは、町長や副町長に掛け合い、さっそく走り出す。

包括的な視点から隠岐の魅力を伝えるガイドの育成や、学校教育や生涯学習プログラムの企画・運営、動植物の保護や外来種の駆除を通じた環境保全など。

2、3人でも関心のある人が集まれば、パソコンとプロジェクターとスクリーンを抱え、プレゼンして回った。

そうした取り組みが実を結び、2009年には国内、次いで2013年には世界ジオパークの認定を受けることができた。

「ジオパークというと、どうしても地学のイメージがありますよね。ぼくが世界ジオパークの公開審査会でプレゼンしたときも、『隠岐はジオパークじゃない』と言われて。だから言ってあげたのよ。『みなさんが言ってるのはジオパークじゃない』って」

審査員に向けて(笑)!

「地質のストーリーだけじゃなく、豊かな生態系や人の歴史文化も含めた営みがそこにあってこそのジオパークだと。もともとそういう理念があったんだけど、当時はどこもやっていなかった。隠岐がそれに先駆けて、今や世界のスタンダードになっています」

いやあ、すごいですね。野邉さんの突破力もそうですけど、それだけのポテンシャルを隠岐が持っていた、ということなんでしょうか。

「そうそう。ジオパークはネットワーク活動なので、世界中に友だちができるんです。国際会議とかで会ったら一緒に酒飲んだりできるし、ぼくは世界ジオパークの離島地域のリーダーもしてるので、セミナーがあると出てちょうだいって言われたり。こんな小さな島で世界を相手に仕事ができるなんて、昔は思えなかったな」

かつては誰も帰ってきたがらなかった隠岐。

最近のアンケートでは、半数以上の子どもたちが将来戻ってきたいと答えるそうだ。野邉さんたちの蒔いた種は、この地域で着実に芽吹きはじめている。

ただ、これを持続可能な取り組みにしていくためには、まだやるべきことがたくさんある。

「子どもたちが帰ってきたときに、今度は仕事が必要でしょ? でも工場や大きな会社を誘致するわけにはいかない。観光の手法を用いて働く場所をつくっていきたいんです」

キーワードは、循環。

宿泊施設やバス、タクシー、船会社など、従来の観光事業者だけでなく、一次産業者や島民も巻き込みながら、経済と環境の健全な循環を生んでいきたい。

今回募集するマーケティング担当は、その実現のために欠かせない役割のひとつ。

「地域の素材やニーズ、いろんなアイデアを拾ってきて、かけ合わせることで新しい価値をつくっていってほしい。そのためには事務所に座っていてもダメで。どんどん外に出ていって、地域の人の話を聞いたり、地域の外にも協力者を増やしていける人に来てほしい」

SONYやNTTドコモといった大企業の地方でのチャレンジに協力する形で、4島を最新の通信技術でつないだり、国内外のジオパークのある地域と交流して知見をシェアしたり。

実験的なプロジェクトも進みはじめているなかで、どの取り組みがどんな波及効果をもたらすのか、全体を俯瞰しながらマーケティング戦略を企画・実践していってほしい。

 

具体的にはどんな仕事なのか、マーケティング担当の石原さんに聞いてみる。

たとえば、と紹介してくれたのは、島のいろんな仕事を体験する『体験博』というイベントの話。

地元の漁師さんの船に乗るツアーや、稲刈り体験、神社の宮司さんによる正式参拝など。普段は一般公開していない仕事をコンテンツ化するにあたって、石原さんは企画や調整に奔走してきた。

「お客さんとしては島らしい体験ができるのはうれしいけれど、事業者にとっては負担が増えてしまう。みなさん本業があるなかで、『そこをなんとか…!』ってお願いしに行ったり、どうすれば無理なく実現できるか、考えて提案したり」

思ったより地道な仕事も多いんですね。

「めちゃくちゃ泥臭いです。隠岐に来てくれた友人から『もっとこんなことも、あんなこともしたらいいのに。もったいない!』って意見をもらうんですけど。…知ってる!」

(笑)。

「それを実行するために、いろんな障壁があって。とはいえ、できない理由を並べても仕方ないので、データにもとづいて説明を重ねたり、何度も通ったりして、一つひとつ紐解きながら、島の人たちと一緒に未来をつくっていくような仕事ですね」

もともと旅行会社や、海外に日本の魅力を発信するPRマーケティングの会社で経験を積んできた石原さん。

その後、縁あって隠岐へ。はじめは月に10日ほど通う生活をしていたものの、海士町出身のパートナーと出会って結婚。まさか島に住むことになるとは思っていなかったそう。

「ここに来てはじめて、自分のキャリアとライフスタイルが両立できると思ったんです。シンガポールや東京で働いてたときは、そのふたつを天秤にかけて『今はキャリアだな』って判断を繰り返していました」

「こっちには、地域のじっじばっばに子どもを預けながら、バリバリ働く移住者の夫婦もいます。まだうちには子どもはいないですけど、将来を考えても、ここならいろいろ挑戦できそうだなってイメージが湧きますね」

また、石原さん自身は観光やマーケティングの経験があったものの、今回入る人は未経験でもまったく問題ないという。

「わたしも、タイプとしてはスペシャリストじゃないんです。いろんな人とコミュニケーションをとる、土地を知って魅力的に伝える、行程を組む。なんでもやるジェネラリストの職種だと思っていて」

「自分から新しい分野を切り拓いて対話して、お互いに学び合っていくような仕事がすごく多い。地域の文化や島の人へのリスペクトと、旅が好きっていう気持ち、あとは気合いさえあれば、経験はなくても活躍できる仕事かなと思います」

隠岐DMOの立ち上げを経て、今はまさに変革の真っ最中。向こう1〜2年は、各自に求められる役割も変わっていくと思う、と石原さんは話していました。

ジオパークだからできる、新しい地域づくり。あなただったら、どんなふうに進めていきますか。

(2022/2/10 取材 中川晃輔)
※撮影時はマスクを外していただきました。

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