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年を重ねて、まちに飛び出す旅だけでなく、宿でゆっくり過ごす旅も魅力的に思うようになりました。ロケーション、食事、部屋のつくり…。くつろぎにもさまざまな物差しがあるけれど、働く人が肩肘を張らず、自然体でもてなしてくれる空間。そこでは、なんだか心地よくいられるような気がします。

創業からおよそ200年。白い砂浜に日本海をのぞむこの場所で、かつて天皇皇后両陛下をお迎えするなど、数々のお客さんをもてなしてきました。
特徴は、部屋ごとに表情を変える、個性豊かな客室たち。海のきらめきを体いっぱいに感じられるような工夫が凝らされています。
伝統を重んじながらも、時代にあわせて新たな挑戦を続けてきた亀や。
今回は、亀やの要となるサービススタッフと、宿の魅力を発信していく営業を募集します。
湯野浜温泉へは、東京から庄内空港までの空路、または新幹線と特急を乗り継ぐ陸路がある。今回は、最寄りの鶴岡駅まで電車で、そのあとはバスで向かうことに。
バスに揺られ、30分ほど。下車して周りを眺めると、海と砂浜がずっと向こうまで続いている。
海に背を向けて坂を少し登る。地図を見ずともわかるくらい、大きな建物が亀やだ。

「遠かったでしょ? はるばるありがとうございます」
迎えてくれたのは、代表の阿部さん。

亀やは文化10年に創業。湯野浜温泉を代表する宿として、約200年にわたり営みを紡いできた。
建物は11階建てで、客室は全64室。全室オーシャンビューで、刻々と表情を変える日本海を眺めながら、ゆったりと過ごすことができる。
最上階は「HOURAI」と名付けられた特別なフロア。こだわりのデザインが施された客室が6つあり、部屋にいながら掛け流しの温泉を楽しめる。

阿部さんの提案で、館内を巡ることに。
案内してもらったのは、8階のエリア。デザイナーズフロアとのことで、6室ある客室はそれぞれ異なるデザイナーが設計を手がけている。

なんと、酒造さんが。
「新酒の季節になったらバイヤーさんを招いてここで試飲会をやろうかと。もともと亀やでそういうのやりたいね、と話をしていたんだけど、『ぜひやらせてほしい』とお声がけいただいたんです」
「こちらもぜひ」と案内されたのは、また別の部屋。
扉を開けると、ギラギラとした銅板のようなものが見える。
なんの部屋だろう…?

「このフロアの客室は、それぞれ異なるクリエイターさんに、自由につくってね!って設計をお任せしていて。どんなのができるかなって思ったけれど、一番奇抜な部屋になったかもしれない(笑)」
ほかにも、鏡貼りの壁が広がる部屋、部屋の中心にお風呂が孤島のように配置された部屋など。東北芸術工科大学の馬場正尊さんや、若手建築家の吉村靖孝さんなども設計を手がけている。
ドアを開けるたび、異なるテイストを感じられて、次はどんな空間が広がっているのかワクワクする。今後もこんなフロアを増やしていく予定だそう。
「常に改装中。湯野浜のサクラダファミリアだね」
純和風な部屋が中心だった亀や。新しいテイストを持ち込みはじめたのは、ここ10年ほどのこと。
「俺も親父も、宿を経営する家に生まれたけれど、旅館が嫌いだったんだよね。裏側の事情がわかってしまうから。旅館のつく嘘に嫌気がさしていて」
嘘?
「木の板を張っている天井だと思ったら、石膏ボードに写真を貼り付けたものだった、とか。消防の関係とか事情はあるにせよ、『日本の伝統的な数寄屋造り』をなんとなく真似している旅館が多かった。かつての亀やもそうで、そんな嘘をつき続けることが嫌だったんだよね」
そんなとき舞い込んできたのが、湯野浜温泉から車で20分ほどの距離にある、湯田川温泉の旅館を買い取らないか?という話。
「嘘のないこともそうだし、宿らしいというか、人情を感じられる宿をやりたいと思って。自分自身が過ごしたいと思える、かつこれからのスタンダードになるような場所をつくるための実験場になればと、引き受けることにしました」
そうして2001年に改装したのが、湯どの庵。部屋数は14室、基本的にどの部屋も2名が定員。宿泊はもちろん食事まで、施設ひとつでじっくり楽しむことができる。

湯どの庵の成功で手応えを得た阿部さん。コンセプトの違いはあるものの、いいところは積極的に亀やへ取り入れていった。

「俺が口を出すのは、機能性と安全性が担保できないときだけ。経営者だからってああしたい、こうしたいとケチをつけるんじゃなくて、彼らのクリエイティビティが120%発揮できるような環境をつくるのが自分の仕事。湯どの庵での経験を通して、あらためてそう思ったね」」
阿部さんの仕事のすすめ方に共感する人が人を呼び、亀やはさまざまなクリエイターが関わり合ってつくっていく宿になりつつある。
クリエイターのなかには、亀やとの出会いを機に、「湯野浜リノベーション計画」という温泉街全体のまちづくりプロジェクトに深く関わることになった人もいるそう。
温泉とヘルスケアをかけあわせた新たな湯治の提案、まち全体でワーケーションできるような体制づくりなど。大学や企業、行政と連携しながら、湯野浜温泉の価値を見つめ、発信する取り組みがすすめられている。

亀やで働くスタッフは、全部で50名ほど。20代、30代もいれば、阿部さんが子どもの頃から知っているようなベテランまで、さまざまな年齢の人が働いている。
「昔の旅館って、近所の主婦が働く場所だったの。サービスもゆるい雰囲気で、マニュアルなんてなくて一人ひとりやり方が違っていたから、すごく丁寧な人とそうでない人で差も激しくて」
数年前からは新卒採用を始め、若いスタッフの割合が高まりつつある。オペレーションのマニュアル化や、一人で何役かを担うオールラウンダーの育成などに取り組んでいるけれど、まだまだ取り組みは始まったばかり。
「正直、これまで組織っていう感覚が亀やにはなかったんだよね」と阿部さん。
チームとしての連帯を強くすることでますます魅力的な宿にしていきたいし、外部のブレーンたちとの協業も加速していきたい。
「明るく、一緒に宿を盛り上げてくれるような人と働きたいね」
「湯どの庵の取り組みをはじめたときも、亀やの部屋の改装をはじめたときも、最初は馬鹿にされることが多かった。とどめが、スタッフから言われた『若、ご乱心』(笑)。最初はついてくる人も少なかったけれど、勝てば官軍だよね。でかい話をしているだけでは、でかい話にならない。実直に手を動かしていくことも大事なのかなと思います」
阿部さんいわく、「冷凍食品を利用する良さもあるけれど、せっかく食事を出すならちゃんとおいしいものを食べてもらいたい」と、亀やで提供する食事を10年かけてすべて手づくりのものにしたそう。
今では献立を月替わりにしていて、「明日も試食会なんだよね」と教えてくれた。

そんな阿部さんの背中を追って、亀やの変化を支えてきたのが若いメンバーたち。
新卒入社して7年、サービススタッフとしてマルチに働く神事(じんじ)さんにも話を聞く。

仕事は、お客さんを出迎えるところから、見送るところまで。亀やは部屋食が中心なので、サーブすることもあるし、ラウンジではドリンクの提供もある。
「昔は一組のお客さまに担当のスタッフがついていたんですが、今は時間ごとに分担してご対応するようにしていて。なのでお見送りだけ担当することもあります」
「なかには『前回もあなたに見送ってもらったね』とか、『髪切ったね』と声をかけてくださるお客さまもいて。一つひとつの接点は短いなかでも覚えてくださっているのは、うれしいことだなと思います」
お客さんのなかには、家族ぐるみで50年通い続けている人もいるそう。亀やでのもてなしや、スタッフに会うのを楽しみに通う人も多いのだろうな。

「ベテランの仲居さんとのコミュニケーションは、難しさを感じるときもあるかもしれません。いろんな方がいますから。…妥協が大事かな」
妥協、ですか。
「適度に距離をもつというか。性格が合わないなと思っても、別に普段の仕事に影響はないので。自分のなかで折り合いをつけながらやっていけるといいかもしれません」
日々の仕事もあるなかで、組織を大きく変えていくのはとても大変なこと。
まずは仕事を通してコミュニケーションをとるなかで、お互いを知り、小さな変化を重ねていくんだと思う。
最後に、どんな人と働きたいか聞いてみる。
「仕事は、大変なこともあるけれど、やってみると楽しいと思います。あと食べものがおいしいので、食べるのが好きな人もいいかもしれないです。この辺りは山の幸も海の幸もたくさんあるので、楽しんでほしいです」
取材中、行き交うスタッフたちと阿部さんが何度も立ち話をしているのが印象的でした。
仕事の話もしているんだろうけれど、必ずと言っていいほど、どこかで誰かが笑っている。

何度も訪れたくなる。その感覚に少し触れられた気がする時間でした。
(2022/4/22取材 阿部夏海)
※取材時はマスクを外していただきました。