地図アプリにも観光マップにも載ることのない道があります。
山へ入っていき、子どものころからの遊び場のように歩きまわり、収穫する猟師さん。山を案内してもらうと、自分の価値観がぐらぐらと揺れるようでした。
「食べられるんだよ」「今の季節はここが危険で」「あの木はなんだと思う?」
何十年も山を歩いてきた猟師さんは、自分だけの地図を持っているのだと思います。
その上を歩くと、「こんな食文化があるんだ」「山と暮らすってこういうことなんだ」と体で感じるものがあります。
地域に暮らす人たちと関係を育み、一人ひとりが持っている地図を、ツアープランにしていく。
そんな“関係性のツーリズム”によるまちづくりを進めるのが、一般社団法人ツーリズムみはま。
ここで、ツアープランナーとして働く地域おこし協力隊を募集します。
自らツアープランをつくり、ガイドを行う仕事です。
関係性をもとにした暮らし文化のツーリズムは、2022年7月に「Kii Tourism」として動き出したばかり。
現在は移り住んだ2名が、町民や役場職員と協力しつつ、めいっぱいチャレンジ中。
3年間をかけて自分の仕事をつくったのちは、ツーリズムみはまとして活動していきます。
仲間入りには、よいタイミングだと思います。
ツーリズムみはまのベースキャンプがある三重県御浜町(みはまちょう)。
世界に2つだけの「道の世界遺産」として知られる世界遺産・熊野古道が走っています。
まず向かったのは、2020年6月に完成した七里御浜ツーリストインフォメーションセンター。
訪れた日が祝日ということもあり、駐車場には何十台もの車が停まっている。
併設されているカフェに入ると、甘夏のジュースをいただいた。
8000人ほどが暮らす御浜町は「年中みかんのとれるまち」として、多品種のみかんを育てているそう。
ここで、Kii Tourismのスタッフである玉置さん・藤原さんと合流すると、七里御浜(しちりみはま)を案内してもらう。
名前の通り、全長22キロメートルもある日本一長い砂礫(されき)海岸。
まるで絵のような風景に向かって夢中でシャッターを切っていると、女性の玉置(たまおき)さん。
「今は空、海、砂の3色でしょう。雨のあとは、もう一色加わるんです」
もう一色?
「淡水が注ぎ込むことで、海にエメラルドグリーンの層が現れるんです」
海での話は続く。
ひとまとめに「海」といっても、季節によっても表情が変わるそう。なかでも、春の海はことさらにきれいだという。
七里御浜に面する御浜町が、新産業として観光に力を入れたのは2019年のこと。
熊野古道を訪ねるインバウンドの需要が年々伸びるなか、2020年10月にはマリオットホテルが完成。
御浜町を訪れる人に、この地域ならではの体験を提供しようとKii Tourismが生まれた。
現在は、ツアープランにつながりそうな地域資源を日々拾い集めている段階。
玉置さんは、地元である愛知県犬山市から移住してきた。
「ツアーガイドとして働いた経験はあるんですが、ツアーそのものをゼロからつくるのは、はじめて。面白そう!って飛び込んじゃいました」
フィールドである紀伊半島は三重、奈良、和歌山県にまたがる日本一大きな半島。
どんな可能性を感じていますか?
「自然相手なので天候に左右される可能性はつねにありますが、タイミングが合うと、何年も胸に残るような風景と出会える。それが紀伊半島なんです」
海の風景を味わったあとは、森の御浜町へと向かう。
みかん畑の広がる坂道を進むと、暮らしのつくる風景が現れた。
七里御浜から車で15分ほどの阪本地区は、50世帯・80人ほどが暮らしている。
山間地ながら温暖な気候もあって、ここ数年は地区への移住の問い合わせも増えているそう。
一方で観光客が訪れることはほとんどない。
そんな阪本地区にもツーリズムの地域資源があると話すのは、男性の藤原さん。
「みかん畑に行きましょうか。今は甘夏が旬ですよ」
畑までは50メートルほど。
歩き出したところで「身の回りの植物を楽しんでいきましょう」と、声をかけられる。
「これはさくらんぼですね。それから…」「あそこに葉山椒が生えてる。いい香りでしょう」
自分一人では通り過ぎてしまいそうな道中も、藤原さんと歩くことで小さな目的地になる。
みかん畑に到着すると、ポケットからハサミを取り出し、慣れた手つきで収穫をはじめる二人。
やってみませんか?と誘われて木に近づくと、甘夏に白い花が咲いている。
「甘くていい香りがしますよね」
みかん畑からの帰り道のこと。畑を囲む石垣から、葉っぱが伸びている。これは…?
「お茶の木なんです。この辺りでは石垣に種を植えて、茶葉を収穫するんです」
山あいの紀伊半島ならではの知恵の一つだという。
植え方にひと工夫あれば、加工方法にも一手間かけられている。
地元の人は、毎年4月ごろに茶葉の新芽を収穫。家々の釜で炊いて、番茶をつくる。
植物の面白さに魅せられたところで「森の御浜町の魅力はまだまだあるんです」と、玉置さん。
ミニバンで林道へと入っていく。
ぐらんぐらんと遊園地のアトラクションのように揺れること5分。
車を降りた玉置さんと藤原さんは、山の斜面を登っていく。ふだん山に入らない人には、ちょっと勇気のいる道。
5分ほど進んだところで、突然きれいな石畳が現れた。
「ここ、世界遺産なんですよ。横垣峠(よこがきとうげ)といって、熊野古道の伊勢路(いせじ)にあたります」
熊野古道のなかではまだまだ知られておらず、歩く人も限られているという。
石畳の表面を眺めていると、岩肌がやや荒いことに気づく。
「庶民が歩く道だったんです。江戸時代に紀州藩がつくった記録が残っています。敷き詰められている石は、神木流紋岩っていいます。御浜町の神木(こうのぎ)地区でしか採れない火成岩なんです」
玉置さんのライフワークは、歩くこと。
熊野へやってきたきっかけも、スペインにある1700kmの道の世界遺産・サンティアゴ巡礼道を踏破したことから。
ここで玉置さんは、Kii Tourismの第1弾ツアーとして生まれた「熊野の旅を描こう」を紹介してくれた。
「絵地図作家の植野めぐみさんと歩き、絵を描いてゆっくり過ごすプランです」
第1回目は、お隣・熊野市にある丸山千枚田で実施。今後は、この横垣峠でも実施したいと考えている。
玉置さんは、ときどき横垣峠を訪れて、頭の整理をするという。
「江戸時代につくられた石畳を歩いて、ここから七里御浜を眺める時間が好き。日常とは違う時間が流れているから、タイムトリップしたような気分になります」
「車だと通り過ぎちゃうような風景に身を置いて、じっくり過ごす。Kii Tourismを通じて、そういう時間を届けたいんです」
この場所では、リトリートをテーマにしたアクティビティや、企業研修も考えられそうだ。
Kii Tourismの立ち上げから携わる御浜町役場の林さんは、観光を通じたまちづくりについて話す。
「この道は、長年にわたって地域のみなさんが手入れをしてくださっています。でも、高齢化が進む現状ももちろんあって。観光を通じて、持続可能なまちをつくる新たな仕組みが必要なんです」
「その一歩がKii Tourismです。町内の小さな点に光を当てて、みんなでそこを照らし直す。参加者が紀伊半島の文化や信仰、暮らしを体感しつつ、住民がより豊かでより幸せになれる。そんなツーリズムを協力してつくっていきたいな」
Kii Tourismのツアー開催で収益を生み出し、活動するフィールドの整備にも取り組んでいきたい。
ツアープランの開発はとても大切な課題だからこそ、Kii Tourismには頼もしい商品開発アドバイザーがいる。
「紀伊半島は宝の山。とんでもなくすごいんです」と話す橋川史宏さんは、この地域における関係性のツーリズムの第一人者。
2004年に住民自身がエコツーリズムのガイドを行う「紀南ツアーデザインセンター」を立ち上げると、100以上のプランを展開してきた。
橋川さんは、ツーリズムを次のようにとらえている。
「『自分はこういうことができるんだ』『あそこに行くと面白いよ』と、住んでいる人たちの知恵が集まり、それを紡いでいくのが究極のツーリズムだと思うんですね」
関係性のツーリズムをつくるには、どんなことが必要でしょうか。
「自分に対する信頼や関心を持ってもらうことだと思います。『Kii Tourismのみんなに石を投げたら、なにか返してくれるだろう』。そう思われる関係を築いていけると、きっとすばらしいツーリズムが生まれますよ」
最後に再び、玉置さんに話を聞きました。
「移住する前は、『なんでも一人でやらなきゃ』って気持ちが強かったんです。けど、ここはいろんな人が助けてくれる場所です」
玉置さんが名前を挙げたのは、町役場職員の濱地さん。
「濱地さんは『紀伊半島に住みたい』を『紀伊半島に住もう』に変えてくれた人なんです。引っ越しのときには、家探しから灯油の買い出しまで(笑)、それこそ友達みたいに手伝ってくれて」
「だから安心してこのまちにいられるようになった。これから関わっていく人たちがすごい信頼できそうだなと思えたから」
ちゃんとここで暮らそう。
自分の気持ちが定まると、いろんな人が助けてくれるようになった。自分が築いていく人間関係がしっかり見える。
まずは、地域の人たち一人ひとりとゆっくり会話をして、地道に関係を築いていく。
きっと、Kii Tourismのツアーもそこから生まれていくのだと思う。
はじめの一年は、できるだけ多くの時間を御浜町に浸していくのがよさそうです。それから、ゆっくりとあなたの地図を描いていきましょう。
“関係性のツーリズム”は、今はじまったところです。
(2023/5/2 取材 大越はじめ)