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起業という選択肢は、誰にでも開かれている。
けれど、実際に起業しようと考えると、不安も多い。
お客さんは来るのか、食べていけるほどの利益を得られるのか、社会の変化に対応していけるのか…。
それでも、その一歩を踏み出してみたい。そんな人のための取り組みがはじまっています。
奈良県宇陀郡曽爾村(そにむら)。
この村で起業型の地域おこし協力隊を募集します。
3年の任期中に起業の準備をして、卒業後の独立を目指します。
事業計画を練り上げる段階では、起業型の地域おこし協力隊をいち早く採用・定着させてきた岡山県西粟倉村のエーゼロ株式会社が加わり、アドバイスしてくれる予定。
過疎地域だからこそのチャンスがある。まずは曽爾村のことを知ってほしいです。
曽爾村があるのは、奈良県と三重県の県境。名古屋から近鉄で名張駅まで行き、そこから車かバスに乗る。
紅葉を眺めながら川沿いの道を40分ほど進み、曽爾村で起業した方が営んでいる村唯一のオーベルジュ「森のオーベルジュ 星咲(きらら)」へ向かう。
坂道の一番上に建物があって、そこから見える景色がすばらしい。
中に入り、今回の募集についてまずは企画課の高松さんに話を聞く。
「曽爾村では、これまで30人の協力隊を採用してきました。すでに任期満了した人が17人、定住したのが14人。8割以上が定住しています」
「ただ、そのなかに自分で事業を立ち上げている人はほとんどいなくて。村の組織のメンバーになって働いている、という人が大半なんです」
農業の協力隊の場合は、3年でトマトやほうれん草の農家として独立できるプログラムが組まれているため、新規就農者として定住する人は増えつつある。
一方で、農産物の販路開拓担当や、観光コーディネーターなどのミッション型の地域おこし協力隊は、任期後そのまま村の組織に雇用されたり、別の仕事をしたりと、進路はいろいろ。
もちろん村内で働いてくれるだけでもうれしいけれど、もっとアクティブに、自ら事業を始めて新しい雇用を生むような人がいてもいいのではないか。そんな議論が昨年から交わされてきた。
「曽爾村のように過疎が進む地域で起業するのは難しいと思われがちなんですけど、地域資源には恵まれていて。農業が盛んで食材も豊富だし、水もきれい。そして何より、曽爾高原があることもアドバンテージだと思います」
ススキの群生地として有名な曽爾高原には、年間50万人の観光客が訪れる。
一方で、曽爾高原以外の観光資源や宿、食事処が乏しく、高原を見てすぐ帰る人が多いのが現状。
ここに、たとえば観光に関する新しい事業が生まれたら、村にも大きな変化が起こりそうだ。
「昨年から起業型の協力隊の実現に向けて動き出しました。その中核を担ってきたのが、SONI SUMMITの菊原さん。今回の募集に至ったのも、彼の情熱の賜物やと思います」
そう紹介してくれたのが、曽爾村の移住定住をサポートする一般社団法人SONI SUMMITの菊原さん。
昨年、地域おこし協力隊として横浜から曽爾村に移住してきた。
「移住だけじゃなく、定住を考えたときに、自ら事業を立ち上げて自立するというのは、とても大事な要素だと思ったんです」
「協力隊を受け入れる目的が定住ということであれば、自分でミッションを設定する起業型のほうが面白いんじゃないかなと。そこを新設しましょうと村に提案しました」
ヒントになったのは、岡山県の西粟倉村。過疎地域にもかかわらず起業家が集まり、いくつものベンチャー企業が生まれている地域だ。
菊原さんは現地に足を運び、起業家をサポートしているエーゼロ株式会社を訪問。代表の牧大介さんにも相談して、アドバイザーという形で協力を得られることになった。
「昨年10月には、曽爾村の観光ビジネスを新しく考えてみようというテーマでワークショップを開きました」
参加者は東京や大阪、そのほか地方の人を合わせて10名。
ワークショップではどんなアイデアが出たんですか?
「宿泊とお土産とアクティビティの3つで考えてもらって。曽爾村の強みは、年間50万人という人の流れがすでにあることと、大阪からも車や電車で約1時間半というアクセスの良さ。それらを活かしたアイデアを考えてもらいました」
あるチームから挙がったのは、高価格帯の宿や飲食店をつくるという案。
現在、村内の宿泊施設というと、民宿が何軒かあるのみ。一方で森のオーベルジュ 星咲は、週末は予約が取れないほど人気があるそうだ。
グレードの高い宿や店が増えることで、曽爾村に滞在する人の層も広がり、新しい経済の動きを生めるかもしれない。
ほかには、森林浴やサウナを楽しめる古民家宿をつくる、といったアイデアも。
宿もそうだし、自然を活かしたグランピング施設があっても面白いかもしれないですね。
「そうです、そうです。あとは、村の人が日常的にやっている味噌づくりをワークショップ形式で開くとか。事業の種は探してみるといろいろあるんですよね」
今回募集する起業型地域おこし協力隊も、こうしたアイデアをどんどん形にしていってほしい。
協力隊の選考過程には事業計画の審査も含まれる。計画をより良いものにするためにも、1月に実施予定の現場説明会にぜひ参加してほしい、と菊原さん。
「1月の見学会では、役場職員や村民との意見交換やアイデアピッチ、村を知るツアーの3つを予定していて。アイデアピッチでは、エーゼロのインキュベーション事業部の人に入ってもらうことになっています」
「その上で、応募後のプレゼンでは、ローカルベンチャーに詳しい代表の牧さんが審査員として参加してくれる。なかなか熱い体制ですよね。この体制をちゃんと活かせるような、しっかりとしたビジョンを掲げられる人に来てもらいたいと思っています」
採用後も、年度ごとに審査会を実施して、進捗の確認やアドバイスをしていく予定。
今の自分は何ができていて、何が足りないのか。定期的にフィードバックをもらえるのは、起業の土台をつくるためにとても大切なことだと思う。
すると、菊原さんの話を聞いていた高松さん。
「ワークショップの参加者は、地域の課題に寄り添って、それを解決したいっていう人ばかりで。都会でバリバリ働いている人たちにそう言ってもらえて、個人的にすごく希望が見えたんですよね」
「都会での経験や視点と地域資源が合わさったら、絶対にいいものができると思うんです。だから協力隊として来てくれる人も、まずは曽爾のことを知ってもらって、地域の幸せとうまく噛み合う事業を考えてほしいなと思っています」
続いて、実際に曽爾村で起業した人に話を聞かせてもらうことに。
「森のオーベルジュ 星咲」オーナーの芝田さんは、もともと曽爾村出身。3年前にここをオープンさせた。
「もともと東京や奈良のレストランで働いていました。ソムリエとしてワインを提供したりしていましたね」
転機となったのは、当時通っていた私塾の先生に独立を勧められたこと。
そこから、奈良にある「なら食と農の魅力創造国際大学校」に2年間通い、料理を勉強。1年間レストランで修行したのち、地元の曽爾に戻り開業した。
「独立するんやったら生まれ育った曽爾村がいいなと思って。曽爾って、年間50万人の観光客が来るわりに宿泊や食事の場所が少ないので、その一つになれたらいいなと」
実際に起業して、今のところどうですか?
「最初はそこそこ借金もして始めたので、不安で寝れないときもありました。けれど、始めてみたら意外とお客さんに来てもらえて」
「一日一組っていうコンセプトで始めたので、コロナ禍の影響をあまり受けなかったのが大きかったと思います。広告もほとんど出さずに、SNSだけで広げていって。あとは来てくれた人の口コミでお客さまが増えていきました」
開業にあたっては、空き家だった平家を改修。
食事は、ランチとディナーを提供。宿泊は部屋の都合上最大4名までで、ディナーと朝食がついてくる。
「料理は里山フレンチって自分では言ってるんですけど、そんな洗練された料理ではなくて。地のものと旬のものを楽しんでもらうことを一番に心がけています」
お客さんは奈良市周辺や大阪、東海地方から来る人が多い。
「小規模でやるからには、一組一組にしっかり向き合って、全身全霊でお客さんに喜んでもらえるように対応する。それが大事なのかなと思います」
窓から見える山々に、おいしい料理。一組限定という特別感に、シェフである芝田さんとの会話。さまざまな要素が、星咲の人気を支えている。
曽爾村で起業したいという人に向けて、なにかアドバイスがあれば聞きたいです。
「そうですね… もしお店を開くのであれば、地域の人に愛される、応援してもらえるような雰囲気づくりが大事だと思います。最初は『なに始めるんだろう』って不安にさせてしまうのが自然なこと。外から来る人は、とくに気にしたほうがいいと思いますね」
芝田さんも、オープン前に地域の人にチラシを配って、内覧会を開いたそう。
どんな事業を始めるにしても、黙々と一人で進めるよりも、まずは地域の人に知ってもらうことが重要なのだろうな。
曽爾村の住み心地はどうでしょう。
「いいと思いますよ。曽爾の人たちは、野菜にしても米にしても、自分の食べるものは自分でつくっていて。僕はそれが普通やと思ってたんですけど、東京とかだと普通じゃないんですよね」
「曽爾の生活って、すごく豊かで価値があるんやなって思いました。そんな暮らしがあって、屏風岩とか曽爾高原とか、風光明媚な場所もあって。僕が生まれ育った30年くらい前の景色がそのまま残っている。それって貴重なことなんですよね」
村にどんな資源があって、どう活かせるか。
事業の構想を広げるためにも、まずはその手前にある自分自身の暮らしを、豊かに楽しむことが大切なのかもしれない。
「起業するなら、自分がやりたかったことに社会性をつけたらいいって、昔アドバイスしてもらったことがあって」
社会性、ですか。
「僕だったら、オーベルジュをすることで曽爾に縁がなかった人に来てもらって、地域活性につなげたい。まだまだおこがましいんですけど、微力でも力になれていたらいいなと思っています」
曽爾村では、訪れるたびに新しい動きが生まれているように感じます。
あなたが胸に秘めているアイデアも、この村で形にすることができるかもしれません。
1/14(土)〜15(日)には、現場説明会があります。役場の方や記事に登場した菊原さん、そして芝田さんと直接話せる機会なので、気になる人はぜひ参加してみてください。
(2022/11/10 取材 稲本琢仙)
※撮影時はマスクを外していただきました。