求人 NEW

足の神様が喜ぶために
挑戦し続ける神社

※日本仕事百貨での募集は終了いたしました。再度募集されたときにお知らせをご希望の方は、ページ下部よりご登録ください。

何百年、何千年もの間、変わらず存在し続ける。

キリスト教や仏教、イスラム教、そして日本の神道など。いわゆる宗教は、その多くが伝統を守り、現代までその教えを伝えてきました。

一方で、それを享受する人間の価値観は、時代を経るごとに目まぐるしく変わっています。

この世の中で、神社は変わらないままでいいのだろうか。そんな考えのもと、新しいチャレンジをしているのが、大阪・豊中市にある服部天神宮です。

今回は、ここで神職として働く人を募集します。資格を持っていない人も歓迎とのこと。

神様のお膝元で、人と人の対話を大切に働く。神社に興味がある人もない人も、ぜひ読んでみてください。

 

大阪駅から阪急に乗り換えて、服部天神駅へ。

商店街に入る手前で曲がり、裏道のような路地に入る。駅から歩いて5分ほどで、神社の入り口が見えてきた。

一礼をして鳥居をくぐると、本殿の裏側に出る。正面にまわって、まずは二礼二拍手一礼でご挨拶。

社務所の巫女さんに声をかけると、奥から禰宜(ねぎ)の加藤さんが出てきてくれる。

「遠くからありがとうございます。まずは境内をご案内しましょうか」

向かったのは、社務所の目の前にある本殿。服部天神宮では、足の神様をお祀りしている。

「詳しい創建年はわかっていないんですが、1000年以上前からある神社と言われています。もともとは小さい祠で、医薬の神様である少彦名命(すくなひこなのみこと)という神様をお祀りしていました」

小さい祠ながら、地元の人から篤く信仰されていたそう。転機となったのは、西暦901年。菅原道真が京都から太宰府に左遷されたとき、この地に立ち寄ったことだった。

そのとき、菅原道真は足の病を抱えており、村人にすすめられて祠でお祈りしたところ、足の病が回復したという。それから「足の神様」と言われるようになったそう。

今でも、足に病を抱えた人や、怪我をした人が多く参拝に訪れている。

「ほかには、家族や知人のためにお参りされる方も多いです。おじいちゃんおばあちゃんのためとか、足を怪我した友人のためとか。あとは足の手術前に御祈祷にいらっしゃる方もいます」

壁にかかっている絵馬を見ると、サッカー日本代表の堂安律選手など、スポーツ選手の名前が並ぶ。ほかにも、アイススケートの羽生結弦さんの写真や似顔絵がついているものも。

サッカーや野球、マラソン、スケート。多くのスポーツでは、足が重要な部位になる。そのため、アスリート本人はもちろん、そのファンもアスリートの無事を願って参拝する人が多いそう。

「2022年の10月1日に、服部足祭りという新しいお祭りを開催したんです。風鈴みたいに吊り下げる下駄の飾りをつくったり、一本歯下駄の製造会社さんに出店していただいて、幼稚園の子に履いてもらったり」

「一本歯下駄は体幹を鍛えることができるので、日本の伝統的な足文化を今の時代に活かすことができる。現代の社会課題に、神社も行動で取り組んでいく姿勢を見せたかったんです」

参道にある下駄街道。下駄の「カランコロン」という音が、神様に願いを届ける音だと言われていることからつくった。

「下駄につけた短冊は季節ごとに変えていて。11月はワールドカップがあったので、サムライブルーの青色にしていました。W杯限定の御朱印とか、必勝祈願祭もしましたね」

そういった新しいお祭りや行事は、長年の参拝者でも受け入れてくれるものなんでしょうか。

「そこは不安もあったんですが、すごく喜んでくださって。うれしかったですね。年配の方は下駄に馴染みがあるから、かわいいねって言ってくれたりして」

「めずらしいと思われるでしょうが、神様がお喜びになることであれば、参拝者もわかってくださる。それは大きな気づきでした」

ほかにも、服部天神駅からこの神社内までは、段差ないように道がつくられている。車椅子の人も来やすいし、必要であれば車で本殿の横まで入ることもできる、バリアフリーな神社だ。

 

境内を案内してもらったところで、社務所の中で話を聞く。

2年前に実家である服部天神宮に戻ってきたという加藤さん。どういう経緯で禰宜を務めることになったんでしょう。

「わたしの家系でいうと、先祖代々ずっと神主をしているんです。ただ、この服部天神宮はひいおじいさんの代からで」

加藤さん自身は、神道系ではなく、一般の大学で経営学を学んでいた。そのときは、神社を継ぎたい気持ちはなく、「いつかやるのかな」と思いながらも、決断できない日々を過ごしていた。

そして大学卒業後、國學院大学で神主の資格を取得する。

「資格自体は1年で取れるんですが、そのときに『神道ってよくわからないな』って思ったんですよね」

よくわからない?

「たとえば、仏教だとあらゆることが言語化されているんですよ。教義とか経典がたくさんある。でも神道は、非言語的な要素が多いんです。具体的な決まりというよりは、抽象的な考え方や感性に任せることが多い」

言語化できないものを、どうやって扱っていけばいいのか。

悩んだ加藤さんは、神道を別の角度から見てみようと、神道の研究室があるイギリスの大学に留学。外国から見た神道を学び、その後太宰府天満宮で3年間経験を積んで、実家に戻ってきた。

「これまで紡がれてきた歴史を後世に残す。それは非常にやりがいがあることだと思うようになったんです」

「ただ、普通に継ぐのは面白くない。せっかく継ぐなら、自分だからできることをしたい。その気持ちでいろんなことを始めています」

お祭りをつくったのも、新しいチャレンジの一つ。それ以外にも、さまざまなことを変えてきた。

たとえば、お守り。

「参拝者を見ていると、ランナーさんが多いことに気づいて。おっしゃっていたのが、お守りって本来肌身離さず持つものだけど、普通のお守りだと走るときに持てないと」

「それで考えたのが、靴紐に通すお守り。たぶんほかの神社にはないと思います。参拝者の気持ちに寄り添ったからこそできたお守りですね」

ほかにも、飛脚の格好で京都から服部天神宮まで走ってしめ縄を運び、奉納するという神事も新たにおこなった。

「現代に合わせて変化していかないといけない。その一方で、変えてはいけないものもある。その塩梅はむずかしいなと思っています」

加藤さんは、どう線引きしているのでしょう。

「そうですね… やっぱり、足の神様が喜ぶかどうかっていうことでしょうか」

神様が喜ぶかどうか。

「たとえば、神様へのお供物。ふつうは白米なんですけど、江戸時代には白米ばかり食べていて脚気になった人がたくさんいたと。だから足の神様へのお供えは玄米の方がいいんじゃないかと考えていて。今は白米なんですが、今後玄米にしてみようかと検討しているところです」

神社に限らず、長い歴史を持つ宗教のなかで新しいことを始めるのは、勇気のいることだと思う。

それを恐れず、一番大切なことを見失わなければ、新しいチャレンジはできるし、周りの人も受け入れてくれる。

加藤さんは、どんな人に来てほしいですか。

「具体的にいうと、小さいホテルの支配人みたいな人、でしょうか。神社には足の悩みを抱えた方がたくさんいらっしゃるので、その方々に対して心配りをしないといけない。相手の立場に立って、それぞれの苦しみや喜びを受け止め、お祈りをする」

「神社に来てよかったなって思ってもらえるコミュニケーションをするのが大切で。ある意味サービス業と似ているかもしれません。今はいろんなことを変えている段階なので、その変化も楽しめる人だったらいいですね」

 

続いて話を聞いたのは、西川さん。

ご実家も神社ということで、実家を手伝いながら働いている。

「8時半過ぎに出社しまして、9時から朝拝という朝の行事を行います。それから1時間ほど清掃ですね。その後は参拝者に対応したり、社務所で祝詞を書いたり。午前中は参拝者が多いので、授与とご祈祷をすることが多いです」

「1時からはもう一度外の掃除をして、残りの仕事を片付けて、5時前後にあがる。基本的にはお祭り前とかでなければ遅くなることは少ないですね」

通常は9時から17時までが勤務時間。ただ男性は当直があるため、定期的に泊まりの日がある。

あとは御朱印を書くこともあるため、筆文字に慣れていない人は練習が必要かもしれない。

「4月にはこのお祭り、5月はこのお祭り、みたいに決まっているので、そのスケジュールに合わせて必要なものを手配します。道具もそうだし、お魚とかのお供物もですね」

準備は、なにかマニュアルのようなものがあるんでしょうか。

「以前担当した人に確認することもできるし、チェックリストのようなものもあります。だいたいの行事は簡単な記録を残していますね」

服部天神宮に勤めて14年。地域の代表である総代の人とも顔馴染みになっていて、いい関係性が築けているそう。

お祭りの準備も、当日の行事も。地域の人たちが来てくれるからこそ成り立つもの。普段の掃除に取り組む姿勢はもちろん、挨拶も基本。神職として恥ずかしくない姿を見せることが、いいコミュニケーションにつながる。

西川さんはどういう人に来てほしいですか。

「たとえば、掃除はすごく大切な仕事になるので、ゴミが落ちているとか、あそこが汚れているとか。そういうことにしっかり気づくことができる、というのは大切な要素かなと」

「あとはご高齢の方も多いので、丁寧に話ができる柔らかい方だったらいいですね」

 

最後に話を聞いたのは、半年ほど前に入社した相川さん。

大学で国際関係を学んでいたとき、自分の国のことをもっと知りたいという気持ちから神道に興味を抱き、神道系の大学に転入した。

「昔から神社とかお寺によく行っていたので、自分も家族もそんなに抵抗がなかったです。むしろ応援してくれて。母親も企業に入るよりは神職の方が向いているんじゃないかって」

「神職って、狩衣(かりぎぬ)を着て、祝詞を読んでお祓いをして、みたいな華やかなイメージだったんですけど、実際は掃除とか祭りの準備とか、裏方の仕事が多くて。力仕事も意外とあるんですよね」

相川さんはすでに神職の資格を持っているので、ご祈祷も担当している。資格を持っていない人は、ご祈祷以外の仕事をしながら、資格の取得を目指すことになる。

「悩みや心配事が少しでも晴れたらいいなと思いながら、毎回ご祈祷をさせてもらっています。終わったあと、すっきりした顔をされているのを見ると、やってよかったなって思えますね」

「難しいことばかりではないので、一から勉強する気持ちがあれば大丈夫だと思います。個人的に一番大事だと思うのは、人の悩みに寄り添うことができるかどうか。そこが肝なのかなと。あとは禰宜さんの新しいチャレンジにも、進んで協力してくれたらいいですね。僕自身も、これからの神社には新しい挑戦が必要だと思っているので」

 

服部天神宮は、世の中に合わせて変わりゆく途中。

その流れに乗って、足の神様が喜ぶことを追求していける人であれば、これからの神主としての生き方を学んでいけると思いました。

気になる人は、ぜひ一度加藤さんと話してみてください。自分の進むべき道が見えるかもしれません。

(2023/2/2 取材 稲本琢仙)

※撮影時はマスクを外していただきました。

この企業の再募集通知を受ける

おすすめの記事