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水が合う、という言葉がある。
その土地や環境に不思議となじむ。わけもなく惹かれる。何か大事な決断をしたり、自分の拠り所を見つけたりするときって、そんな言葉にしきれない感覚が頼りになるのかもしれません。
今回紹する水脈(mio)という場所、そして長崎・島原という土地にも、きっといい予感を感じる人がいると思います。
今年の3月、島原市のアーケード内にオープンする水脈は、築170年を超える旧邸宅をリノベーションした複合施設です。
1階はカフェと、小さな庭に面した2室の宿泊部屋。2階にはコワーキングスペースと、運営会社である株式会社水脈、その母体である一級建築士事務所INTERMEDIAのオフィスが入ります。
この場所のオープンに向けて、宿泊部門の支配人とカフェのバリスタ、そしてデザインやまちづくりなどに取り組む人を募集します。いずれかを専門的に究めたいという人も、さまざまなことに横断的に関わりたいという人も歓迎です。
地域の新たな拠点として、いろんな人が出会い、また訪れたくなる。そんな温かな場所を一緒につくっていける人を求めています。
長崎県の南東部、島原半島。
中央に雲仙普賢岳があり、ぐにゃりと突き出た豆のような形をしている。
水脈があるのは、東側の島原市。長崎空港から車で1時間半、あるいは対岸の熊本市からフェリーに乗って1時間で到着する。
決してアクセスがいいとは言えないけれど、人の営みと自然が交差する、不思議な心地よさのある土地だ。
まちなかの至るところで地下水が湧き、こんこんと流れている。道端の水路を泳ぐ錦鯉の姿も。
そんな水の流れは、今回の舞台となる水脈の敷地内にも続いている。
「もともとは築170年を超える住宅だったんです」
水脈の支配人を務める南里(なんり)さんがそう教えてくれた。まずはその流れのまま、なかを案内してもらうことに。
「湧水を引き入れている住宅をこのあたりでは“水屋敷”と呼んでいて、旧堀部邸もそのひとつです。お庭のほうから、建物の下を通って炊事場につながっていて、昔はここで野菜やお皿を洗っていたみたいですね」
水の流れを逆に辿っていくと、こぢんまりとした庭に行き着く。中央にはきれいな紅葉が生えていて、2室限定の宿泊部屋からそれぞれの角度で楽しめるつくりになっている。
アーケード沿いの広々とした空間は、30席ほどのカフェに。
立派な梁が印象的な2階は、コワーキングスペース、そして運営会社のオフィスに。
築170年超の趣ある建物を活かしながら、さまざまな人が訪れ、滞在・交流するような拠点にしていきたいと考えているそうだ。
もともとは建築設計を専門とする人たちがはじめた今回のプロジェクト。なぜ自分たちで運営まで手がけることになったのだろう?
母体である一級建築士事務所INTERMEDIAと株式会社水脈、両方の代表を務める佐々木翔さんに、ことの経緯を聞いてみる。
「INTERMEDIAは、父が34年前に立ち上げた会社です。有明フェリーのターミナルをつくったり、保育園をよく設計したり。人のスケールとして大きすぎない、設計していておもしろいようなものをずっとつくってきました」
東京の設計事務所で5年ほど働き、2015年からINTERMEDIAに加わった翔さん。
長崎県内で活躍する同世代と知り合うなかで、人づてに仕事が生まれることも多くなってきたという。
たとえば、東彼杵町(ひがしそのぎちょう)のカフェ・ランドリー・縫製場が一体となった施設「uminoわ」や、西海市の刺繍の会社がはじめた複合拠点「HOGET」など。
建物単体としてだけでなく、地域の人たちと一緒につくりあげていく過程も含めて評価を得る建築が増えている。
一方で、地元の島原に目を向けたとき、まちを訪れた人たちが滞在・交流するような拠点はまだなかった。
「うちのスタッフは、東京や大阪から移住してきた20代のスタッフがほとんどです。全国各地からインターンやアルバイト、オープンデスクとして出入りする学生も多い」
「せっかくおもしろい人たちが集まっているので、もっと地域の人とも関わるような機会や場をつくれないだろうかと考えていたときに、この旧堀部邸をワーケーション施設にするプロポーザルが出て」
設計を手がけつつ、自分たちの拠点もここに置くことで、まちとの接点も自然と増えていくんじゃないか。
そんな想いから、水脈の構想が膨らんでいったそうだ。
カフェ、宿泊、コワーキング、オフィスと、さまざまな機能を持った複合施設として3月にオープンを予定している水脈。
この場所を通じて、翔さんはどんなことを起こしていきたいのだろう。
「ひとつは、地元の若い人たちが、少し先の未来を描くきっかけをつくりたいなと思っています」
島原には、農業や看護の専門学校はあるものの、4年制の大学がない。
だからこそ地元の高校生には、INTERMEDIAにやってくる建築学生や、空間づくりの打ち合わせなどで訪れるいろんな業種の大人たちと交流することで、生き方・働き方のロールモデルにたくさん触れてほしいと翔さんは言う。
「それで大学を卒業して就職を考えるときに、『水脈って場所でいろんな人と出会ったな』『あそこに行けば仕事のイメージが湧くかもしれない』って思う子が年間1、2人でも出てきてくれれば、島原にとってすごく大きいと思うんですよね」
アーケードを通学路にしている子も多いそうで、外観を撮影しているあいだも、帰路につく高校生の姿をちらほらと見かけた。
コワーキングやカフェのメニューは高校生価格を設けて、自習や友だちとのおしゃべりでも気軽に使ってもらえるようにしたい。
旧堀部邸はもともと市が所有する施設ということもあり、教育委員会や行政からのバックアップも得やすい。この場所を使って、高校生と一緒に実験的なプロジェクトをはじめてもおもしろいかもしれない。
また、飲食のバリエーションも身近なところから広げていこうと考えている。
たとえばカフェで扱うコーヒー豆は、翔さんの中学の同級生のつながりで仕入れるほか、フルーツサンドが人気の地元のスーパー井上と提携して、朝食やカフェメニューを出すプランもある。
「水脈の目の前にある和食屋『まどか』は、ぼくが島原で一番好きなお店で。水脈に泊まった方限定のコースをつくっていただくお話もしています。ぼくらが心からいいと感じてきた島原のものをご紹介していくのは、流れとしても自然でいいなと思っています」
宿泊や飲食の運営にあたっては、全国で古民家を活用した事業の立ち上げ・運営に携わっている株式会社つぎと代表の小田切さん、INTERMEDIAと同じく建築設計を起点に、宮崎県日南市の飫肥(おび)地区で古民家宿の運営をはじめたPAAK DESIGN代表の鬼束さんをパートナーに迎え、一緒に水脈らしい形をつくっているところ。
これから入る人にとっても、きっと心強い味方になってくれると思う。
もうひとり、水脈に強い思い入れを持って関わっているのが、支配人の南里さん。
東京出身で、都内のハウスメーカーに1年半勤めたあと、縁あってINTERMEDIAの設計スタッフとして入社。将来はゲストハウスをやりたいと考えていたそうで、水脈のプロポーザルの段階からプロジェクトの中心を担ってきた。
どうしてゲストハウスをやりたかったんですか?
「大学の卒業設計で長崎に通っていたときに、よく寝泊まりしていた民泊のオーナーの女性がなんでも話を聞いてくれて、いつも温かく迎えてくれたんです。それがすごく素敵だなって」
「おばあちゃんちに帰ってきたような気分になれる、そんな場所をわたしもつくっていきたい。その方みたいな存在になりたいっていう、憧れの気持ちが一番強いですね」
今は開業に向けて、カフェと宿泊の両面で準備を進めている。
今回入る人も、理想を言えばなんでもできる柔軟性をもった人がいいとのこと。宿泊は1日に最大2組までなので、手の空く時間はカフェを手伝ったり、ふらりと訪れた人に対してコンシェルジュのように観光案内をしたり。自分から役割を見つけていける人が合うと思う。
南里さんにとっては飲食も宿泊も、未経験からのスタート。いずれかの専門性をもった人が来てくれたら、そちらに専念してもらう可能性もある。
メニューは客層に合っているか。宿泊のホスピタリティで不足していることはないか。
議論を重ねながら、得意を活かして、不得意は補い合えるようなチームをつくっていきたい。
「わたしは結構抜けているところがあるので、時間管理とかマネジメントをしっかりやってくれる人がいるとうれしいです。性格的には、怖い人はちょっと嫌ですね(笑)。やわらかい感じの方がうれしいです」
「佇まいが立派なぶん、はじめて足を踏み入れるときの敷居は少し高いと思うんです。そこで店員さんの対応が冷たいと残念だし、わたしだったらもう来たくないなと思っちゃう。場所の雰囲気として、一番はやっぱりおばあちゃんちのように、温かく迎え入れたいですね」
東京から島原への移住者でもある南里さん。
この土地での暮らしはいかがですか。
「四季が濃いですね。東京だと、イルミネーションが飾られると12月が近いなとか、商業的に季節を感じることが多くて。島原の場合は、雲仙岳を見て雪が降ってるなとか、桜がポツポツ咲きはじめたなとか。1年間の移り変わりを感覚的に感じられるのは、すごくうれしいし、好きなところのひとつです」
「スーパーには地元のものが並んでいて、湧水を汲める場所もすぐ近くにあります。地元のものに恵まれて生きているんだなあっていう実感を得やすいのも、魅力かもしれません」
海や山でのアクティビティを楽しむこともできるし、まちなかには個人店だけでなく、飲食チェーンや大きなスーパーもある。県外などからはじめて遊びにきて、「思ったよりも住みやすそう」と話す人も多いという。
ただ、公共交通はあまり整っておらず、生活していくうえで車は必須。商店街の人たちや旧堀部邸を維持管理している市役所の人たちと、密にコミュニケーションをとる場面も出てくる。
田舎ならではの環境やウェットな付き合いも、楽しめる人がいいと思う。
最後に翔さんは、今後の展望についてこんなことも語ってくれた。
「ここから歩いて5分くらいのところにある元旅館も借りることになりそうで。長期で滞在したい人も利用しやすい価格帯の宿泊施設にしようと考えています」
「そこもじつは、水脈をはじめることになってから声をかけていただいたんです。空き家を活用した取り組みを増やせれば、地域の窓口として水脈があることの意味がより強まると思うんですよね。で、その改修もINTERMEDIAでできる。島原には空き家がまだまだたくさんあるので、今後そんな拡張性もあるんじゃないかと思っています」
デザインや建築、まちづくりなどに興味があれば、横断的に関わるのもありとのこと。
地下を流れる水脈のように、この土地の可能性は、深く静かに広がっている。
あとは水が合うかどうか。実際に訪ねて感じることも多いと思うので、ぜひ一度島原に足を運んでみてください。
(2022/12/15 取材 中川晃輔)
※撮影時はマスクを外していただきました。