※日本仕事百貨での募集は終了いたしました。再度募集されたときにお知らせをご希望の方は、ページ下部よりご登録ください。
食べるものがどこから来ているのか。
スーパーで買うにしても、わかるのは都道府県くらい。より産地に近づいて産直のような場所だと、ようやく生産者の名前がわかる。
SDGsや持続可能なモノ・コトへの関心が高まっている今、食べものを自分でつくる一次産業に関心を持つ人も多くなっているように感じます。
今回紹介する仕事は、農業。舞台は奈良県宇陀郡曽爾村(そにむら)です。
ここでは、地域おこし協力隊の制度を活用して、トマト農家を育成しています。
3年間の任期のうち、2年間はトマト農家の師匠のもとで栽培方法を学び、最後の1年間は自らのハウスでアドバイスを受けながらトマトを栽培する。任期後はトマト農家として独り立ちすることができます。
これまでにトマト農家見習いの協力隊として村に来たのは5人。ふたりは任期を終えて独立し、無農薬での栽培など、村内ではじめてのことにもチャレンジしています。
土に触れ、自然の近くで暮らす。そんな生き方に興味がある人は、ぜひ読み進めてください。
曽爾村へは、近鉄の名張駅から車で40分ほど。大阪の中心部からも1時間半ほどで行くことができる。
訪れるのは4度目くらいになるだろうか。川沿いの山道を進み、ぽつぽつと集落が姿をあらわすこの風景も、だいぶ見慣れてきた。
さっそく村内を移動し、師匠として協力隊を受け入れているトマト農家さんの元へ。
「ひさしぶりやな!ちゃんと覚えとるよ。あのときは雪降ってて寒かったよなぁ」
迎えてくれたのは、トマト農家の寺前さん。ぼくが2年前に協力隊の取材に来たときも話をしてくれた方。あのときは真冬で雪がちらつくなか、ハウスで取材をしたっけ。
今日はいい天気でよかったです。
「今日はええ天気よ、気持ちいい。前に来てくれたときにいた協力隊の子は、卒業して独立して。今は3年目に入って自分で栽培しとるのが2人、2年目で俺についとるのが1人やな」
これまで5人の協力隊を受け入れてきた寺前さん。農家見習いの人たちと一緒にいて、どうですか?
「前に来てくれたときも言うたけど、研修期間は何年あっても一緒やね。もちろん1日2日だけじゃ無理やけど、いくら教えてもらっても、結局は自分でやってみやなわからへんやん」
「曽爾やと、最初の2年は農家で研修して、奈良の農業大学校で座学も受けられる。そして3年目は自分のハウスで実践する。たぶんあっという間やと思うけど、これくらいの長さがええと思うんよ」
曽爾村では、9年前から協力隊の制度を使って就農希望者を受け入れてきた。高齢化する一方だった曽爾村のトマト部会にも、少しずつ若手が入ってきている。
これから先、協力隊の任期を終えた人が農家として次々に独立していく。収入は植えた本数や面積に応じて決まるし、その年ごとの気候によっても左右される。
就農するまではよくても、そこから農家として食べていけるかどうか。寺前さんの視線はそこに向いている。
トマト一本でやっている農家さんっているんですか?
「無理やね。俺でも無理、トマトだけやと。やっぱり、一人でできる量って決まっているから。家事とか、地域の人との付き合いとかもあるやんか。それも全部含めやなあかんからな」
「でも、トマトだけでは食べていけへんって言うけど、そんなん昔から一緒なんよ」
昔から一緒、というと?
「いわゆる出稼ぎやね。たとえば農繁期は田んぼもするとか、冬場はどこかの酒蔵で働くとか。農家は昔から、いろんなやり方で現金収入をとりにいって、その上で成り立ってる」
「あとはトマトをメインにしつつ、ほかの野菜も栽培して直売所で売ったりね。昔からやってることで、目新しいものじゃない。要は稼がなあかんねんもん。どこを主に、どこを副にして収入を得るか。新しくトマト農家を目指す人には、そういうことも考えてほしいなと思ってる」
ここで寺前さんが話しているのは、一人で農家として生計を立てる場合。
トマト一本でいくとしても、たとえば家族と一緒に取り組めば、そのぶん栽培量も収入も増やすことができる。
具体的にどれくらいの計算で考えればいいんだろう。思い切って寺前さんに聞いてみる。
「曽爾の場合は、曽爾のトマト部会に出荷して、そこから販売してもらうのが基本やから、だいたい苗一本で1000円くらいの売り上げ。でも、部会に出すだけじゃないんよ。たとえば規格外のものは別にして直売所に出したり、村の農林業公社に加工用として買ってもらったりする」
「だから苗1本あたり1200円くらいにはなるし、それを目指さんとあかん。そうすると、3000本植えたら360万円の売り上げで、そこから肥料代とかの経費を引いたら、がんばっても利益は4割くらい。厳しいって思うかもしれんけど、小さい規模の農業ってそんなもんやで。新規の子が厳しいんじゃなくて、我々も同じ」
4割で考えると、手取りは150万円くらい。そこから足りない分の生活費を、どう稼いでいくか。
寺前さんはあえて厳しく話してくれているけれど、トマト栽培と一言で言っても、大玉や中玉など、トマトにはいくつか種類がある。
トマト部会に出すのは大玉トマトのみなので、中玉を育てて直売したり、都会の飲食店など、自分で新しい販路を開拓したり。売り方、稼ぎ方の選択肢や可能性はいろいろとある。
しかも曽爾村は、新たにトマト農家になる人への補助が厚い。たとえば初期費用が大きいハウスも、7割を村から補助してくれて、残りの3割を分割返済する仕組みが整っている。
あんまり厳しいことばかり言うのもあれやけど… と言いつつも、率直に、そして真摯に協力隊のことを考えてくれる寺前さんの存在は、新しく来る人にとって心強いと思う。
「腹括ってこないと大変やでっていうのは、どうしても伝えたいかな。もちろん、その上でやりがいのある仕事やと思うし、来てくれた人にはちゃんと指導していきたいと思ってるよ」
そんな話を隣で一緒に聞いていたのが、協力隊2年目の鬼塚さん。
2年間体験してみて、どうですか。
「農業ってセオリーがないんだって感じています。毎年気候も土壌環境も変わる。だから2年で学べることって限られていて」
「そこから先の、寺前さんが持ってはる感覚的な部分は、3年目以降も引き続き師匠として技を盗みにいこうと思ってます」
鬼塚さんは2年前、日本仕事百貨の記事を見て協力隊に応募。それ以前は調理師として料理の道を進んでいたそう。
「もともと農業に興味があって。あとは、当時東京にいたんですけど、子どものアレルギーがひどかったんです。だから空気の綺麗な場所で子育てをしたい思いもありました」
曽爾に来てからは、寺前さんのもとで日々トマトの勉強をしつつ、規格外のトマトでバーベキューソースをつくるなど、料理の経験も活かしている。
自分で育てた野菜が実るのは、やっぱりうれしいですか。
「うれしいですね。自分で育てたからおいしいのもあるし、寒暖差がある曽爾のトマトはそもそもおいしい。旨みがあって味が濃い」
「農家になりたいと思って来たんですけど、実際にやってみると、料理人としての道の先をずっと歩いているイメージなんです。その道中でおいしいものをつくる、みたいな。だからトマトを育てるというのは、自分にとってすごく大事なことになりました」
鬼塚さんは今年から3年目になるため、自分のハウスでトマトを育てることになる。
独立したあとのことは、どう考えているんでしょう。
「どんな仕事も楽ではないと思っているので、その覚悟は持っています。でも、自分が本当にやりたいことだったら、多少厳しかろうが楽しめると思っていて」
「うちは夫婦で農作業をする予定なんです。村の保育園もすぐに子どもを受け入れてくれて。二人で作業できるぶん、独立1年目のスタートの本数は多めに設定しています。だいたい2000本弱かな」
とはいえ、それだけの本数を栽培しても、家族を養うための収入には届かない。
足りないぶんは、料理のスキルを活かして加工品をつくったり、イベントに出店したり。ほかにも地域の宿と提携して、専属シェフとして料理をするパッケージの構想も進んでいる。
そしてゆくゆくはトマトだけで食べていけるよう、1万本まで規模を大きくしていきたいと話す鬼塚さん。
「自分のやりたいことを見失わない人に来てほしいなと思います。村には移住者も多いので、暮らしの面で相談にのってくれる人もたくさんいますよ」
場所を少し移動して、今度は協力隊3年目の村山さんに話を聞きに行く。
2年前に話を聞いたときは、まだ曽爾村に来て間もなく、学ぶことばかりだと話していた村山さん。今年からは自分のハウスでトマト栽培にチャレンジしている。
「実は初っ端から、寺前さんとはちがう栽培方法に挑戦していて(笑)。苗を植えて支柱を立てるんじゃなく、苗を吊り下げるやり方にチャレンジしてるんです」
「曽爾の風土に合っているかわからないので、本当に探り探りで。今年は前半の収穫量がすごく良かったんですけど、一人じゃ収穫がおっつかなかったのが反省点ですね」
村山さん一家は、奥さんとお子さんが3人。ゆくゆくは奥さんにも手伝ってもらうことを考えているけれど、今年は一人でどれだけできるのか挑戦しているところだそう。
たまに寺前さんにアドバイスをもらいながら、1年やりきった。
「規格内のトマトを部会へコンスタントに出すのが基本なので、そこはきっちりやろうと思っています。ハウスを増やしながら、きちんと管理できる本数を丁寧に育てることが大事ですね」
村山さんは今年で協力隊の任期が終わるため、来年からは協力隊の収入なしで暮らしていくことになる。
「収入に関しては、トマトだけとは最初から思っていなくて。部会は熟れる少し前の大玉だけなので、中玉を直売したり、それを知り合いのレストランに名刺代わりに届けて、使ってもらえないかと営業していこうと考えています」
「あとはにんにくと玉ねぎがほしいっていう声を知り合いの料理人から聞いていて、そのふたつも育てようかなと。今年は田んぼもやらせてもらったので、お米は買わずに済んでいますね」
ほかにも、曽爾村はクラフトビールの歴史が長いため、大麦を育てる計画もあるそう。ホップは曽爾村産のものがあるので、100%曽爾産のビールをつくろうという試みを村内の知り合いと企てている。
楽しそうに話してくれる村山さん。村での暮らしを自分から充実させていっているように感じる。
「どうせもう人生折り返してるので(笑)。3年目になって、だんだんと自分が面白いと思えることを見つけられるようになってきたのがうれしいし、すごく楽しいです」
すぐに結果を求めず、コツコツと。曽爾村のトマト農家不足の課題は、少しずついい方向に向かっているように感じます。
土を耕して、苗を植えて。真っ赤な実りを自分の手でつくりたい。そう感じた人は、ぜひ応募してみてください。
(2022/11/11 取材 稲本琢仙)
※撮影時はマスクを外していただきました。