※日本仕事百貨での募集は終了いたしました。再度募集されたときにお知らせをご希望の方は、ページ下部よりご登録ください。
「うちのお店はトランスジェンダーの人にとってのゆりかごだと思っています。うちで働いてゆりかごの外の世界も知ることで、自分の性別を活かして生きていく力をつけていってほしいのね」
「若衆bar やまと男ノ娘(おのこ)」のオーナー、すずさんの言葉です。
同じような考え方を持つ仲間がいる環境は安心できる。
ただ、居心地のいい「ゆりかご」にいても、いつか飽きてしまうこともあるかもしれない。
この仕事を続けてしっかりと経験を積めば、いずれはママとしてお店を任されたり、姉妹店を持ったりすることができる。
若衆bar やまと男ノ娘では、次世代のママになりたい人を募集しています。
男性ではなく女性として、または、自分らしい性別として生きていきたい。そんな思いのある方はぜひ続きを読んでください。
名古屋駅から地下鉄に乗って栄駅へ。
デパートが立ち並ぶ駅前から歩くこと3〜4分。名古屋の代表的な歓楽街の一つ、通称・錦三(きんさん)と呼ばれる歓楽街に到着する。
たくさんの看板を眺めていると、その中に「若衆bar やまと男ノ娘」の文字を見つけた。
周辺を撮影していると「お久しぶりです」と後ろから声をかけられた。振り向くと声をかけてくれたのはオーナーのすずさん。
「ちょっと時間がかかったけど、最近はやっとお客さんも戻ってきた感じですね」
すずさんにお店の話を聞かせてもらいながら一緒にエレベーターに乗り、オープン前のお店へ向かう。
靴を脱いで靴下でお邪魔する。店内は和の趣で落ち着いた雰囲気。奥に目を向けるとソファとコタツがある。なんだか実家みたいで居心地がいい。
「ニューハーフとかが働くショーパブって、たくさんお酒飲んで踊って、派手な怖い先輩たちの下で働くようなイメージだけど、うちみたいな小料理屋っぽいのもあってええんちゃう?って思ってて」
そう話しながら、手際よく炊き込みご飯をつくってくれた。
すずさんが本格的に女装を始めたのは、15年ほど前のこと。会社勤めの憂さ晴らしがきっかけだった。
「仕事がつまんなくて『やってられるか!』って思ってたとき、ちょうど女装が流行ってたのね。なんとなく自分もできるかもって妙な自意識が芽生えて、女装イベントに行ってみたら案外モテたわけ。それで『行けるんだね、わし』と思ってさ」
すずさんは一年で仕事を辞め、女装の世界へ。
東京でいくつかのバーを経営するまでになったけれど、次第にお店を続けることが難しくなった。
すずさんは一旦すべてをリセットしようと、会社も人間関係も全部捨てて、知り合いが誰もいない名古屋へ身ひとつで向かう。
愛知の人は外から来た人を信頼しないと聞き、まずはトヨタの期間工になって地元に溶け込もうと考えた。
「『トヨタの社員って言ったらなんかかっこいいじゃん。しかも現場勤めしてトヨタ用語も分かれば、それを面白がってくれるようなお客さんを引っ掛けられるかもと思って(笑)。」
期間工は3ヶ月で雇い止めとなり、名古屋のニューハーフバーに勤めたあと、2017年に今のお店をオープンした。
「トヨタの偉い人がお客さんで来てくれたことがあって、話していたらなんとその人がつくった工場で私が働いてたことがわかったのね。『あの第一レーンですか!?』って盛り上がっちゃって(笑)。」
地元のお客さんも増え、まさにこれからというときに新型コロナウィルスが流行する。
緊急事態宣言中はお客さんとお店をオンラインでつないで営業してみたものの、心配してくれるお客さんのお情けに頼ってる感覚に耐えられず、潔く断念。何かほかに稼ぐ道はないだろうかとすずさんは考える。
そんなとき、当時のチーママが昔リサイクルショップで働いていたという話を聞く。家電製品などをきれいにして売る仕事ならコロナ禍でもできると考え、リサイクルショップを始めることにした。
今ではそのチーママがリサイクルショップを切り盛りし、店の規模も徐々に大きくなってきている。はじめはコロナ禍を乗り切る目的で始めたリサイクルショップだったけれど、すずさんにとっては、社会で生きにくい人たちへの雇用創出の意味もあったという。
「私たちのような性別の人間のことってほとんど知らないでしょう? 働きたいと思っても、ショーパブみたいな働き口が多くなっちゃう。でもそういう仕事に合わない人もいる。それなら違う仕事をつくってもいいよねって思っています」
「うちで働いてた子がうちの店の分社みたいになって、新しいお店をやっていくことが理想ね。はじめの資本はこっちで用意するから、どうしても独立したいという希望があれば、自分のお店を買い取ってもいい」
お店で働いて終わりではなく、いつか自分の力でやまと男ノ娘のようなゆりかごを増やしていく。そんな人を育てていきたいとすずさんは考えている。
「自分一人だとできることは限られるけど、事業の規模が大きくなっていけば似たような性別の人が楽になれる環境をもっと増やせるかもしれないよね」
「従業員それぞれが、いずれは一社率いれるようになってほしくて。そう考えると小さいお店、小さい企業でもやってる意味あるぞって思ってる」
ここで働くには、どんな人が向いているのでしょう?
「誰にもすがらずに自分の仕事を確立していきたいって人に、ぜひ来てほしいかな。幹部になりたいとか、ママを引き継ぎたいとか、志がある人も大歓迎ね。ま、美意識は高くないといかんよね。女装したことないって人はだめ。下手くそでもいいから自分で支度してこいよって感じかな」
すずさんにお話を聞いていると、入口から「お疲れ様です」と言う声が聞こえる。チーママ的な役割である「若衆頭」のあおいさんが出勤してきた。
彼女は、前回の日本仕事百貨の記事を読んで入社した方。
以前は飛騨高山の酒造メーカーで日本酒をつくっていたというあおいさん。高校を卒業してから4年半、ほぼ毎日働き続けていたけれど、ある日突然仕事へのやる気がなくなって退職。そのあとは、地元の名古屋に戻って車販売の営業に転職した。
営業として知識を蓄えていったけれど、仕事は大変だった。そんなとき、何か気晴らしになるものはないかと考える。
「高校生のときに見た、めちゃきれいな女装の人のことを思い出して。考えてみたら自分も中学生くらいから男らしくなかったし、女装してみようかなって思ったんですね」
女装した人が集まるイベントに参加していくと、同じ趣味を持つ友達ができてくる。でもあおいさんは、女装の友達ができてもうれしい気持ちだけではなかった。
「私にとって女装は一時的に楽しむものではないってことに気づいたんですね。普段から女性らしくいたいと思う自分と、女装を趣味で楽しんでいる人たちとは価値観が違うなって思っちゃって」
あおいさんは女装イベントで出会った友達と距離を置くようになる。だんだんと本格的に女性として生きていこうと考えて、ホルモン注射を打ち、車の営業職も辞めた。
これからどうやって働こうかと考えているときに、日本仕事百貨のサイトでやまと男ノ娘の求人記事と出会う。
「記事を読んで、『ママみたいな人だったら一緒に仕事しても楽しいかもしれない』って思いました。でもママは想像していたより頑固だし、歳もくってるし…騙されましたよ!(笑)。」
それを隣で聞いていたすずさんは、ふざけた表情で笑いを誘う。冗談も言い合えるような信頼関係や温かさを感じる。
「新しい性別でのスタートを認めてくれる人がおると思ったら、すごくうれしかったですね。『変わり者』じゃなくて、普通に扱ってくれたから」
自分たちの性別はお店の中では「普通」のこと。でもお店から出たら普通でなくなるのかもしれない。だからやまと男ノ娘は、MtFの人にとってゆりかごみたいな場所。
実際に働いてみて、どうですか?
「働くための志がないと難しいかなって思いましたね。ママが熱いから、自分の人生をよりよいものにしていきたいって人じゃないと、ちょっと温度差があるかもしれない」
あおいさんは、来年を目処に新しくオープンする店舗で、ママになる予定。今のお店の雰囲気を受け継ぎつつ、カラオケもできるようなお店で、新しく入る人はそのお店で働くことが多くなるそう。
「お客さんが疲れを癒せて、キャストも働きながら互いに成長し合えるお店になったら、すごく幸せだなって思っているんです」
新しく入る人にとって一番近い存在になるのが、入社2年目のけいかさん。
けいかさんが女装を始めたのは高校生のとき。同級生の女子からいじめられ、女性に対する恐怖心が芽生えたことがきっかけだった。
「女装して自分も同じ女性になれば、恐怖心がなくなるって思ったのかもしれませんね」
高校を中退して女装イベントに参加したり、MtFが働けるお店に勤めたり。
3年くらい働いたお店がコロナで落ち目になり、働き口に悩んでいると、女装イベントで出会ったあおいさんに「うちで働いたら?」と声をかけてもらった。
お店の第一印象はどうでしたか?
「いわゆるニューハーフバーとはまったく逆を行く、落ち着いたバーだと思いましたね。安心して素のままでいられる居心地の良さを感じます」
従業員が感じている居心地の良さは、きっとお客さんにも伝わる。だから安心して楽しんでもらえるんだと思う。
「でもイベント期間中は本当に大変で」とけいかさん。
月に一回程度開かれるイベントでは、従業員が手づくりした料理を持ち寄って、お客さんをもてなす。けいかさんにとっては、買い出しから大変なのだそう。
「私、かなりポンコツですぐテンパるし…でも愛嬌はあると思ってます。だから『けいかさん一人じゃほっとけへんわ』みたいに言ってくれる人が、これから入ってほしいなって思いますね」
やまと男ノ娘で働いて2年目を迎えるけいかさんには、やりたいことがあるという。
「名古屋の下町的なところでバーをつくりたいです。正月に親族が集まって、時間が経ってだんだんだれてくるみたいなノリのバー。とくに用事はないけれど、ぼんやりと誰かとだべりながらお酒を飲んでるような雰囲気のお店にしたいですね」
やまと男ノ娘と近い部分もありそうですね。
「本当にいいお店に入れたなと思ってます。こんなこと言うのちょっと恥ずかしい!」
「普段こんなに話せないですよ」とけいかさんが話していると、横からすずさんが「この前もお客さんに『もっと面白いこと言わんか!』みたいに言われてたな!」と入り込んでくる。
それぞれが全然違う話をしていたり、ここぞというときは互いにツッコミ合ったり。爽快な掛け合いは、聞いているこちらもついついつられて笑ってしまう。
「従業員には加点法」と話してくれたすずさん。ちょっと厳しそうだけど、実はとても温かくて、側で見守りながら大切に育ててくれる、親鳥のような存在だと思いました。
すずさんの元で志ある従業員の方々と働いているうちに、もっと自分でこうしていきたいと思うことが出てくるのかもしれません。
MtFの個性を活かしていつか自立した生き方をしたいと思う方は、ぜひ一度話を聞いてみてください。
(2022/4/26 取材 小河彩菜)
※撮影時はマスクを外していただきました。