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枡も職場も、もっと楽しく
顔を上げて、まわりを気遣う
枡づくりのリーダー

※日本仕事百貨での募集は終了いたしました。再度募集されたときにお知らせをご希望の方は、ページ下部よりご登録ください。

日本最古の枡(ます)は、平城京近くで発見されたものなのだそう。

はじめは、量るための道具だったと言われています。時代が変わるにつれて量りとしての役目を終え、徐々に日本酒を飲むための酒器などに使用方法が変化していきました。

およそ1300年もの歴史がある枡を次世代へ受け継いでいくため、大橋量器では日々新しい枡のあり方を模索し続けています。

大橋量器は、1950年に創業した会社。

主に枡を製造販売する事業をおこない、デザイナーとコラボレーションしてユニークな形の枡を開発したり、家具メーカーと協力して枡を使った内装材を開発したり。

ほかにも、枡で飲むコーヒーや、枡ごとオーブンで焼き上げるシフォンケーキが楽しめるカフェを運営するなど、枡の可能性を広げてきました。

新たな可能性を示したことで、枡の認知度も高まり、生産依頼も好調。現在は、ふたつの自社工場で枡をつくっています。

一方で、生産量の拡大に伴い、課題として浮かび上がってきたのが生産体制。

現状、ひとりの工場長がふたつの工場を管理し、全体のバランスを見て、仕事や人員の割り振りをしているけれど、すべてを見るのはむずかしい。

そこで、今回は第二工場を牽引していくリーダー候補者を募集します。

まずは枡づくりの技術を継承しつつ、将来的には工場全体を見渡し、業務の効率化やスタッフのフォローなど、生産体制を改良していける人を求めています。

 

向かったのは、岐阜県大垣市。枡の生産量では、全国シェアの80%を誇るそう。

名古屋駅から電車で30分ほど、大垣駅で降りる。

南口から駅前の大通りをまっすぐ進み、大きな公園を横切って歩いていくと、市役所がある。

その裏手に流れる川を挟んだ場所に、「ますや」と書かれたお店を見つけた。

お店、工場、事務所が同じ場所にあるようで、作業の音と檜のさわやかな香りがしてきた。

店内には、大小さまざまな枡のほか、絵柄が入ったものや、三角、ジョッキ型の枡など、いろいろな枡が並んでいる。

お店の一角で商品を見ながら待っていると、代表の大橋さんがやってきた。物腰柔らかく、丁寧に話してくれるので、緊張もほぐれる。

「ここで働く前は、最新のコンピューターを大手の企業に売る仕事をしていて。そこから家業を継ぐために、戻ってきたんですね。でも、最初はぜんぜん集中できなかったんです。昔いた世界にまだ未練があって」

「ただ、1年間働いて父親から年間の売上を聞いたとき、5600万円だったんですよ。大手を蹴って帰ってきて、もっと売り上げがあると思っていたのが、そうじゃなかった。当時は妻も妊娠していて。最初はやる気もなかったけど、売り上げを上げなければいけないと思って、そこでバチッとスイッチが入ったんです」

現状を打開するため、まず取り組んだのが全国の蔵元への営業活動。

蔵元は、自分たちがつくったお酒を枡と一緒にホテルや飲食店、小売店などに販売していた。

もともと問屋を仲介して蔵元に枡を卸してもらっていたけれど、それだけでは売上につながっていなかったため、大橋さん自ら全国を飛び回り、売り込んでいった。

そして前職でのスキルも活かして販路先を開拓、4年後には売上8000万円を超えた。

「これで大丈夫かなと思ったら、5年目ぐらいですかね。いくら営業しても伸びない。むしろ下がっていったんですよ」

え、どうしてですか?

「要は、お祝いの仕方、飲酒の多様化が進んだからなんです。昔って、宴会やパーティーを開くと、円卓の真ん中には瓶ビールと日本酒が置いてあって、枡の出番も多かった」

「だけど、段々とシャンパンやワインが主流になって。2000年手前ぐらいになると、日本酒で祝う機会が少なくなっていたんですね」

これまで通りのやり方では枡は売れない。

ただ、量りから酒器へと変わり、生き抜いてきた枡。同じように、現代のライフスタイルを探ることで、新たな枡の可能性を見つけることができるかもしれない。

情報収集のために東京の雑貨屋などをまわり、ニーズはどこにあるのか考えた大橋さん。

「雑貨店だったら、インテリアとして使えるかもしれないと思って。あとは、お客さんのニーズも多様化してきたんですよ」

「無地の枡をカラフルにしてほしいとか、ちょっと背の高い枡にできない?とか。たとえそれがむずかしい内容でも、なるべく断らないように依頼を受けて、新しい商品をつくっていきました」

新たな販路先の開拓と新商品の開発を続けた結果、徐々に既存の枡も売れるように。

さらに、東京ギフトショーや海外の展示会にも出展。2005年には事務所の隣にお店をつくるなど、枡の認知を広める活動も積極的に行なった。

「『枡を粋でかっこよく、枡をエンターテイナーに』って言葉をよく使っていて。枡が使われるシーンをもっといっぱい生み出して、『枡ってかっこいいよね』『可愛いいよね』って言われるようにしていきたいんです」

「お店に若い人たちが来ると、『枡って可愛い』って言ってくれる人もいるんですよ。そう言ってもらえると、やっぱりうれしいですよね」

今回募集するのは、工場で働く製作スタッフ。

ゆくゆくは第二工場長になって生産体制の環境をより良くしてほしいとのことだけど、あらためて募集背景を聞いてみる。

「昔は、本社工場の中に各チームがあって、第二工場もひとつのチームだったんです。そこでは、ちょっと小さい枡とか規格が珍しいものとかをつくっているんですけど、依頼がすごく増えたんですよ」

「それでチームとしてではなく、本社工場と同じようにひとつの工場として運営する必要が出てきたんです」

加えて、11月から1月末くらいの間は繁忙期。年末年始の祝いの場で使われる酒器や、節分の豆まきで使われる枡などの依頼が殺到するそう。

製作現場ではどうしても急務の仕事に追われてしまうため、全体を見て的確に指示をすることができるのが、第一工場長のほかにいないという。

「普段はアットホームな感じが、この繁忙期にはなくなるんですよ。会社って社風がすごく大事だと思っていて。この状況をなんとかしていきたいんです」

 

「今は、ふたつの工場が独立して運営しているようなところもあって。ひとつの工場として、互いに相手のことを気にかけられる状態にしたいと思っています」と教えてくれたのは、第一工場長の廣瀬さん。

現在は、第一工場と第二工場のふたつをひとりで統括している。

「僕の役目は管理するというよりは、ふたつの工場の橋渡しかなと思っていて。なので、朝、第二工場に来て機械の準備をして、第一工場の朝礼に出て材料の乾燥機を動かしてまたこっちに戻ってくる、とか」

「第一工場に人手が足りなかったら、こっちのスタッフと一緒に向こうを手伝いに行くこともあります。片方の工場に仕事の負担が偏らないように意識してますね」

枡づくりは、材料となる檜の板材を乾燥させるところからはじまる。

早くて2日、長くて1週間ほどで余分な水分を散らす。その後、板材を削って一定のサイズに整え、枡の寸法に合わせて駒切りにカット。

駒切りになった木材は、専用のカッターで組目となる溝を掘る。溝ができたら間に糊をつけ、4枚1組で四角に組み、軽い圧をかけて仮組み。

そこに底板を付けて、仕上げの削りを円板カンナで行い、最後に面取りをしたら完成だ。

第一工場では毎日3000個ほど、第二工場では一日700個ほどの枡を生産している。

新しく入る人も、まずは一連の工程を覚えるところから。技術を突き詰めていく姿勢は必要だと思うけれど、2年ほどで一定のレベルには到達できるそう。

もともとは、自動車メーカーの製造部門で勤務していた廣瀬さん。夜勤も多く、家庭での時間をもっと大切にしたいと転職を決意。

家から通える職場を探していたときに大橋量器を知り、伝統文化を次の世代に引き継ぐ職人の仕事に興味を持って入社した。

「ここにきて10年は過ぎてるんですけど、やっぱりこの仕事って楽しいなと思っていて。“やりがい”というよりは、“やりごたえ”をすごく感じてますね」

やりごたえ。

「本当にこの時期になると激務なんですよ。年末年始とか節分の時期に向けてご依頼をたくさんいただく。そうなると、いつまでにどれほどの量をつくらないといけないか、そのためにどう人員を配置して作業を進めていくか。それらを考えないといけない」

「僕は突き詰めて美しいものを1個つくるよりは、大量につくって会社に貢献したいっていうタイプで。だから1日にものすごい生産量を出したら、やりごたえを感じますね」

ゆくゆくは、工場をまとめていくリーダーになってほしいけれど、まずは廣瀬さんのサポートができるようになるだけでも、とても助かるとのこと。

「いわゆる勉強ができなくてもいいかなって思います。明るくて会社の雰囲気をよくしてくれる。それでいて、自分のことは自分で責任を持てるような人の方がいいかなって。あとは、相手を気にかけられる人がいいと思いますね」

日々の挨拶や、休憩時のちょっとした会話。そんな小さなところから、まわりとの関係は築くことができる。

仲間に対して心地よく接することができる、ムードメーカーのような人だとよさそうだ。

 

製作スタッフの佐々木さんも、「気遣いができる人、あとは体力と向上心がある人がいいなって思います」と教えてくれた。

「どの工程かにもよるんですけど、『簡単そうに見えて、やってみるとむずかしい』っていうのは、新しく入ってきた人によく言われますね。材を切るのも、1ミリ違ったら組むときに隙間が出て直さないといけなくなるので、きちんと寸法通りに切ることが大切で」

佐々木さんは、第二工場で働くスタッフ。女性の方も多く、高齢のスタッフも活躍しているとのこと。

「割と職人気質な人が多い感じはします。忙しいからっていうのもあると思うんですけど、黙々と作業することがほとんどなので、人間関係の余計な悩みとかはないですね」

「何千個って単位の大きな依頼がきたときは、不安しかないです。期日までに全部出荷できるように、いろいろと準備しなきゃいけないことがあるので。だけど、つくって出荷し終わったときは、無事にお客さんに届けられてよかったっていう達成感がありますね」

取材中に聞いた、工場長の廣瀬さんの言葉が印象に残っています。

「僕、一番はじめにしたのは、掃除だったんです。工場の一角に余った材料が山のようになっていて。捨てるのはもったいないから、全部枡に変えました。そこに今一台機械が置けています」

「新しいスペースもつくれたし、売り上げも上がる。目の前の仕事も大切だけど、今どこに注力するのがいいか、全体を見て動ける人が来てくれたらうれしいですね」

自分で考え、動く姿勢を続けた結果、それが評価されて今は役員という肩書きも持っている。

歴史もふたつの工場もつないでいくリーダー候補。面白い仕事だと思いました。

(2022/11/30 取材 杉本丞)

※撮影時はマスクを外していただきました。

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