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「頭だけじゃうまくいかないんです。張りの感覚とか、身体で覚えて想像する。それがうまくいくときがおもしろいんです」
トントントン。トトトトト。トントントン。
椅子張り替えの「ReChair(リチェア)」の工房。中に入ると、金槌やミシンの音が小気味よく響きます。
ReChairとは、椅子の生地を張り替え、新たないのちを吹き込むサービス。工房には全国からさまざまな種類の椅子が届きます。
ひとつとして同じものはなく、毎回が真剣勝負。黙々と手を動かしながらも、一つひとつ最善を考えて作業にのぞむ職人さんの表情は、どこか楽しげにも見える。
椅子張りひとすじ47年の、有限会社AZUMA。今回は椅子張り職人と、職人見習いを募集します。
経験は問いません。先輩たちの指導を受けながら、どんな椅子でも一人で仕上げられるようになるまで少しずつレベルをあげていきます。
あわせて、椅子張り替えのアドバイザーも募集します。
じっと座っているよりも、手や身体を動かすほうが好き。そんな人ならやりがいを感じられる仕事だと思います。
池袋から電車に乗り、30分。
埼玉・ふじみ野駅から車で少し走ったところに、ReChairの工房兼オフィスがある。
中に入ると、椅子とテーブルのある空間の壁に、色とりどりの生地見本が飾られている。
「椅子を持ち込まれたお客さまには、どの生地がいいか見て選んでもらっています。見本帳もいいんだけど、お目当てを探すのも大変だから一覧できるようにしたんです」
そう教えてくれたのは、代表の井ノ上さん。
ひとつ聞くと十を教えてくれるような、気さくな雰囲気をもつ方だ。
「木製の椅子なら骨組みや塗装、それぞれに職人がいて。その先の座り心地に関することは、すべて僕ら、椅子張り職人の仕事です」
椅子張りとは、ダイニングチェアやソファなどの椅子に、布やレザーといった生地を張ること。見た目のうつくしさはもちろん、座り心地に関わる内部構造の知識も求められる。椅子の仕上がりを左右する重要な仕事だ。
幼いころから家業である椅子張りに親しんできた井ノ上さん。22歳から職人として働き、2011年に2代目としてお父さんの跡を継いだ。
店舗やオフィスの開設にあわせた椅子張りなど法人向けの仕事がメインだったところから、個人向けの椅子張り替えの仕事に会社の軸をシフト。
ホームページを中心に、全国各地から張り替えを引き受けている。
「ダイニングチェア、ソファ。ノーブランドから有名な家具ブランドまで。うちにやってくる椅子はメーカーも年数もさまざまです。毎回異なるものを張り替えるのって、ものすごく経験とスキルがいるんですよ」
かねてから職人の減少など、椅子張りの技術継承に課題を感じていた井ノ上さん。
椅子の知識と応用力が広く身につく張り替えの仕事なら、どんな椅子張りにも対応できる力を持った職人を育てていけるかもしれない。
「工房、見てみますか」
井ノ上さんの案内で、工房のある2階へ。明るい挨拶で迎えてくれたのは、作業中の職人さんとそのサポートのみなさん。
全員で10人くらいだろうか。それぞれの持ち場で手を動かしている。
もとある生地をニッパーで剥がしていく「はがし」、へたった座面や背面にウレタンを足して座り心地を改善する「下ごしらえ」。
その後、座面に合う生地の裁断・縫製を経て、座面の張り替え。これが、椅子張り替えの基本的な流れ。
「昔は、職人仕事をするなら独立して自分の工房を持つものだ、と言われていたんです。どの工程もできるようになれば、独立しても食っていける。分業するところもあるけれど、うちはすべてできるようになって一人前ですね」
やり直しなしですべての作業ができるようになるまで5年。そして第一線の職人と肩を並べられるようになるまで、さらに5年。これまで、8人の職人が独立してきた。
そんな環境だからか、工房で働く職人さんは若い人が多い。ときには先輩と後輩が一緒に作業したりしていて、なんだか和やかな様子。
職人の世界って、ベテランの背中を見て覚えるようなイメージがあったので意外でした。
「僕もね、ずっとそういうタイプだったんです。よく怒鳴ってたし、できないならできるようになるまで練習して当然。やっただけ身につくものだから、本人のためにもなると思っていた」
ただ、椅子張りに興味をもつ人も減っているし、独立がすべてではないと考える職人も増えてきた。過去のやり方を続けていても、きっと人は育たない。
「3年前からReChairのリブランディングに取り組んでいて。なにをゴールにこの仕事をするんだろう? と考えたとき、『日本の張り替え文化をつくる』という言葉がでてきたんです。ああ、これだ、と腑に落ちて」
日本ではまだまだ知名度の低い、椅子の張り替え。買い替えの時期に張り替えを選択する人は1%にも満たないという。
「まずは張り替えのファンを1%から2%まで増やす。ファンが増えても職人がいないと文化レベルにはもっていけない。じゃあ職人が働きやすい環境をつくろうと」
そこで、固定残業時間と年間休日を、ライフスタイルに応じて1年ごとに選べるようにした。職人たちは何を思ってこの仕事をしているのか、そのためにはどんな働き方がよさそうか、1対1でじっくり話す時間も持つようになった。
「最初から椅子が好きとか、この仕事で独立するとか、そういう気持ちじゃなくてもいいのかもしれない、と思いつつあります。でも、手先の器用さを活かしたいとか、なにかしら目的や目標を持ってきてもらえたらいいですね」
「手を動かすなかでこの仕事に喜びややりがいを見出してもらえたらいいなと思うし。その環境をつくるのが僕の仕事なので」
張り替えを文化に。既存の職人像にとらわれず、柔らかな頭で試行錯誤してきた井ノ上さんは、きっといい師匠になってくれると思う。
一緒に働くみなさんは、どんな人たちなのだろう。
話を聞いたのは副工房長の山根さん。新しく入る人は、山根さんたち先輩に習いながら仕事を覚えていくことになる。
大学では食品科学を学び、就活も同じ領域で探していたけれど、なかなかうまくいかなかった。なにを仕事にしたいか。思い浮かんだのは、手作業だった。
「図工の時間とか、プラモデルつくるのとか、好きだったなって。そんなときに、たまたまここを知りました」
「職人の仕事って年配のおじいさんがやっているのかな、って想像していたんですけど、若い人が多くて。質問しやすそうだし、馴染みやすそうだなと思いました」
最初は先輩の手伝いから。ウレタンを交換するためにサイズを測ったり、形を整えたり。指示を受けつつ作業して、一人でも十分できるようになったら次の工程にステップアップして、技術を身につけていく。
入社7年目の山根さん。今はダイニングチェアからソファまで、だいたいの椅子の張り替えはできるようになってきたそう。
ReChairに持ち込まれるのは使い込まれた椅子。オリジナルの状態を知らないままに座り心地を調整したり、張り替えしたりするのって、むずかしそうに感じます。
「そうですね…。たとえば座面だと、後ろのほうとかあんまり座っていない部分を見ると、もとの厚さがわかるんですよね。もとの姿を知るにはどこを見ればいいか、だんだんとわかってくるようになる」
「生地も、しっかり張らないと座っているうちにシワができてしまいます。数値で決まっているものではないので、何度もやって身体で覚えるしかない。だから、一発で綺麗に決まったときはうれしいですね」
最近担当したのは、複雑な形のデザイナーズチェア。パーツが細かく分かれていて、何度も微調整をしながら完成までこぎつけた。
「やったことがない形は最初、正解がわからない。失敗したらまた生地を注文して縫い直しですし、緊張感はあります」
でも、「そういう形ほどやってて楽しい」と、山根さん。
どうしたら綺麗に仕上がるだろう。やればやるほど、自分のなかでイメージできる幅が広がっていく。手を動かしながら考えることが好きな人には、きっとぴったりな仕事だと思う。
「自分に合った仕事に出会えたな、と感じてます」
「僕も未経験で入社したので、ちょっとおもしろそう、やってみようかなというくらいの気持ちで入ってきてくれたらと思います。口下手のほうなので… わからないことはいろいろ質問してくれるとうれしいです」
最後に話を聞いたのは、入社2年目の大澤さん。
実家は長野にある家具工房。家業を1年手伝ったのち、「外でも経験を積みたい」と入社した。
なかでも椅子張りを選んだのには、理由がある。
「実家でも椅子張りをしたことがあったんですけど、寸法をきっちり測って計算するだけじゃなくて、感覚的な、曖昧なところがあるのがおもしろいなって」
曖昧なところ?
「布を張るにも種類に伸び方、張り方が異なります。このくらいかな? って想像して確かめるのが楽しいというか。そこがむずかしいところなんですけどね」
「もちろん、頭も使いますよ。入社して驚いたのは、想像していたよりもすごく細かいところまで気にするというか、ちゃんと考えなきゃ全部剥がしてやり直しになることも多くて」
たとえばソファなら、座面と背面の模様はひと続きになるか、布地と座面の中心はきちんと合うか。そのために、ウレタンのボリュームを考慮して寸法をとれているか。
「完成までの工程でどんなことが起こるか、逆算して作業することが大事。最初はむずかしかったけれど、先輩たちが何度も細かく教えてくれて、ふつうのレベルがあがったというか。それはよかったなと思いますね」
今でも覚えているのは、最初に張り替えを担当したダイニングチェア。
「何度もやり直しして。先輩に『お客さんにお出ししていいよ』って言われたときはうれしかったですね」
1脚仕上げるのに最初は1時間かかっていたけれど、今では30分かからずに仕上げられるようになった。
覚えることも多いし、感覚を身体に染み込ませていくのは、一朝一夕でできることではない。だからこそ、椅子や家具が好きとか、手作業をしていると落ち着くとか、好きや得意がある人だと頑張れると思う。
「座面の生地を変えるだけで、古かったものが別物になるというか、すごく印象が変わるんです、張り替えって。そういうところに面白みを感じられるとか、感覚的なところを楽しめる人に来てもらえるといいかなと思います」
取材後、「ちょうど完成したところだよ。座ってみて」と、張り替えたばかりのソファに座らせてもらいました。
やさしい弾力が全身を包み、跳ね返してくれる。取材前に見たときはボロボロで、クッションもぺったんこだったのに…!
大切にしていた椅子が生まれ変わって戻ってくるのはうれしいし、張り替える人もきっと手応えを感じられる。コツコツと仕事を積み重ねていく先に、よろこびをわかちあえる仕事だと思いました。
(2023/6/8 取材 阿部夏海)